第二十五話
第二十五話 ―肌―
「だーめでしゅ!」
「りにゃこそはにゃしをきくでしゅ!」
そう言いながら、二人がまだ寝ている志隆の部屋へとやってきていた。
といっても、午後一時である。
「な・・・何・・・?」
志隆が瞼を5mmも開かずに答える。
「しりゅーしゃん、きいてくだしゃい!るいにゃが――」
「ちがいましゅ!りにゃでしゅ!」
「と・・・とりあえず、累奈ちゃん、話してよ。何があったの・・・?」
里奈と思われる方の一人がそっぽを向く。
「いきにゃり、りにゃがあれににょらにゃいっていったんでしゅ」
「あれ・・・?もしかして三型機のこと?」
「しょーでしゅ。
わたしたちがえらばれたのはとくべつにゃことにゃにょに、いたいからいや、っていうんでしゅ」
「まあ、確かに感覚も直に伝わってくるけど・・・・・・」
志隆は自分の体験を思い出すと共に、傷一つついていない三型機の姿を思い浮かべた。
「しりゅーしゃんは、にょりたくにゃいでしゅよにぇ?」
「うーん・・・・・・」
志隆は自分と一型機について考え始める。
自分を救ってくれた。
家族を殺した。
入っていて、気持ち悪いわけではない。
むしろ、気持ちいい。
「乗りたくないとは・・・いいきれない・・・かな?」
「ほーら。やっぱりしりゅーしゃんも、るいにゃとおんにゃじかんがえにゃんでしゅ」
「しりゅーしゃん、ひどいでしゅ。じゅっとみかただとおもってたにょに・・・・・・」
里奈の瞳が徐々に湿気をおびてくる。
「だ、大丈夫だよ!僕はふ、二人の味方だから・・・・・・」
「「どっちかにしてくだしゃい!」」
「そんなこと言ったって・・・・・・」
一人の味方になれば片方は泣く。
かといって、このままでは二人とも泣いてしまう。
「わかりました・・・・・・」
そう言ったのは里奈だった。
「ぢょうしぇ、しりゅーしゃんは・・・えぐっ・・・りにゃにょ・・・えぐっ・・・みか・・・えぐっ・・・た・・・えぐっ・・・にゃんぢぇしゅ・・・えぐっ・・・よにぇ・・・・・・」
「り、里奈ちゃん・・・・・・」
「しちゅりぇーしました!」
どこか重々しく、走っていった。
「いい・・・の?」
「・・・わるいにょはりにゃでしゅ」
「・・・・・・」
運悪く、
「キラカゼ内に三つのAST反応を確認!
第二十九型死生物ニオ、第三十型死生物デム、第三十一型死生物キアです!
操縦者四人は、至急、格納庫へ!」
放送が響いた。
「・・・ひとりでいくでしゅ」
「そんな無茶な・・・・・・」
累奈が志隆に微笑む。
「いもうとでも、あにぇにょやってることぐらい、できるでしゅ・・・・・・」
「・・・わかった。頑張って」
「ありがとー・・・でしゅ」
累奈の小さな肩が、小刻みに震えていた。
「現在、相手からの積極的な交戦はありません」
直方体。
各面に一つずつ穴。
複数の塊。
「・・・・・」
横たわる紐。
無数の足。
口のみがのった頭。
「・・・・・・」
包帯に巻かれた体。
牙が突き出た口のみの頭。
二本足で立つ竜。
「あちら側から交戦が無いのは珍しいわね・・・・・・」
「さすがに、全戦全敗ですからね」
「それを当たり前にするのが、ここの役目よ」
三機の別々な色の体が立っている。
「大丈夫?一人で平気?」
「しぇんりょくとしてはつかえにゃいかもしれましぇんが、がんばりましゅ」
「うん。もし何かあったら、僕の後ろにいてていいから」
「ありがとーごじゃいましゅ」
「・・・・・・」
三型機の移動速度は、遅くなっていた。
「来るときは一気に来るわね。
レナ、用意できた?」
「いつでも撃てます」
兵装ビルを数棟挟んだ向かいがわに、デムがいた。
「もう一度確認するけど、一型機はデム、二型機はニオ、三型機はキアをお願い」
「「了解」」
通信を一度切る。
「相手が何を考えているのかわからない以上、こちらから手出しはできないわ」
「Ω以外の全兵器、投下完了しました」
三機の周りの道路や兵装ビルの上には、様々な武器が置かれていた。
「りにゃ・・・・・・」
そう聞こえた瞬間。
「三型機が消失しました!」
「また飛行機に――」
「三型機、出現!」
「あ、あれは!」
誰もが目を見張る。
「多分・・・里奈ちゃん?」
巨大な里奈へと変形した三型機がそこにはいた。
髪の毛の先がやりのようになったものがいくつかあった。
「ひとりでも・・・できたでしゅにぇ」
赤い目をした理奈が一型機に向かって直接話し掛ける。
「・・・まさに何でもあり、ってことね・・・・・・」
「ニオ、消えました!」
「デム、消えました!」
「キア、消えました!」
三つの点が静かに消えていった。
「どうしますか?」
「五時間は厳戒態勢を維持して。
何も無かったら、解散よ」
「あー、疲れたー・・・・・・」
結局、三体は現れないままだった。
「何で帰っちゃったんだろ。仲間なのに三型機を警戒でもしてるのかな?」
ノック音。
「いいよー。入ってー」
思ってもみない人物が入ってきた。
「・・・かりん」
「厳戒態勢、お疲れ様」
そう言ってカフェオレを手渡すと、志隆がそそくさと立ち上がろうとする。
「いいわ。別にお茶なんか淹れなくても。さっき、飲んできたし」
「・・・お茶?」
志隆が自分の部屋を見渡す。
「そういえば結構人とか来るけど、お茶とか出したことって一回も無いなぁ。
第一、急須とかないし」
「別に緑茶は出さなくてもいいんじゃない?」
「あはは、そうだよね」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・
「・・・そ、そういえば、口調とかがあの時と変わらないね」
「そうね・・・何か・・・めんどくさくなったから」
「そうなんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時野で慣れているはずの沈黙が耐え切れなくなってくる。
「・・・どう?最近」
「・・・・・・」
「・・・慣れた?」
静かに首を横に振る。
「あの別れ方は・・・最悪だった」
「そう・・・だよね」
「“カノジョ”は多分、死んではいないと思う。
生かされてるのよ。エンの中で」
志隆が思わず反論する。
「でもあの時!
あの時・・・僕が・・・・・・」
「私が行っても、志隆が行っても、結局、同じことよ。
エンは消えた。“カノジョ”と共に」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・どうして・・・わかるの?」
かりんがどこか一点を見つめる。
「そもそもの話、核に何かを当てさえすれば消えてしまうあいつらがおかしすぎるのよ。
ヨギの時、本当に最後の瞬間、確かに何か硬い物にあたった気はしたわ。
でも、触れたぐらいで死ぬわけ無いわよ。もちろん、この前の二体は除いて」
「・・・・・・」
「つまり、あいつらはまだ様子見しかしていない、もしくはかなり長い時間をかけてヒット&アウェイを繰り返しているのかもしれない。
そもそも、あいつらが住んでいる場所がこの世界と時間経過が一緒とは限らないし。あいつらにとって私たちの一週間は、本当にささいな一秒なのかもしれないからね」
「・・・・・・」
今までの会話から推測すると、かりんはだいぶよくはなってきているが、今だに元の感覚を取り戻せないようであった。
「・・・たとえ生きていたとしても、どうやって取り戻すの?」
「・・・わからない。
でも私は、そのためにレオムの技術を必死で習得しようとしてる」
「・・・レオムの・・・技術?」
思ってもみない答えだった。
「一型機が完全に志隆のものになった今、清輝みたいに兼任はしていないから、無職も同然。
その空いた時間を、レオムに使おうと思ったの」
「・・・レナから、奪うの?」
「・・・そういうことになる。
でも、奪えたとしても多分二ヶ月は先になる。
いくら職員として量産機の講習を受けていたとしても、本物を操るには時間がかかるわ」
「・・・量産機?」
かりんが仕方なく説明をはじめる。
「レオムの量産型である量産機のことよ。
AEL・・・略す前の文字がなんだったか忘れたけど、『神創兵器エレクシエスト最終使用日』の略らしいわ」
「神創・・・兵器?」
「もしかして、志隆が創った兵器だからだったりして」
「うちはそんな家系じゃないよ〜」
久しぶりに笑みがこぼれる。
そして、すぐさま戻る。
「最後の死生物が襲来する日のことをさすらしいわ。
もっとも、単なる憶測だけど。
でも、ヨギみたいに体長2kmもある生物が出てきた以上、10km・・・100km・・・・・・
もしかしたら地球規模と戦うことになるかもしれない」
「・・・そんな・・・・・・」
「そのために防時局もいろいろと準備してるのよ」
「そうなんだ・・・・・・」
かりんが話を本題に戻す。
「だから私はそのときのために、勉強をもっとしっかりするわ」
「来るかもわからないのに?」
「もし、本気でこっちを潰したくなったとしたら、あいつらだって全員を呼び集めて総攻撃を仕掛けるはずよ。
そのときにエンがくれば・・・・・・」
「助けられるかも・・・しれない・・・?」
かりんに少し笑顔が戻る。
「どんなことにしろ、私は憶測に憶測を重ね合わせてただ自分を動かしたいだけなのかもしれない。対象が“カノジョ”でなくても。
でも、決めた以上、引き下がるわけにはいかないわ。
応援してくれると、助かるわ。
じゃあね」
かりんが志隆の部屋を出ていった。
「うん。
・・・がんばって」
このとき志隆は、かりんとは恋人とも、友達とも、兄弟ともいえない、不思議な関係になってしまったと感じた。