第二十二話
第二十二話 ―鉄―
エレベーターの天井に何かが落ちてきた音がした。
手錠が自動的に外れる。
「・・・ねぇ」
「何」
「これって・・・僕達が死生物だってことが、勝手に決め付けられたんだよね」
「そういう・・・こと・・・ね」
ビジネスホテルのような部屋の中にベッドが二つ。
そして、四隅には監視カメラがあった。
タンスの中にはパジャマと人間ドッグ用の服の中間のような白い服と下着が二十数枚。
・・・それと、ピストルと二発の弾丸が入っていた。
「超法的機関・・・か。
人権も無視できるんだね」
「・・・そのようね」
他の部屋も調べてみる。
脱衣所無しのトイレ付き浴室。
洗濯機と物干し部屋。
もちろん、全ての部屋に監視カメラがついていた。
「とりあえず、どっちで寝るかは決めとく?」
「・・・条件はほとんど一緒だけど」
どちらかを選ぶ元気もなく、入り口側が時野、奥が志隆となった。
志隆がテレビをつけてみる。
「・・・ついた」
映し出されるのは見たことのある場所。
指揮室であった。
よく見れば近くに番号を押す場所が無い電話機と、テレビの上に小さなカメラがあった。
「他のチャンネルもあるみたいだね」
志隆があるニュース番組で止まる。
「・・・は、吉良風市上空より佐藤リポーターです。佐藤さん?」
テレビが巨大なクレーターを映し出す。
「・・・はい!佐藤です!」
ヘリコプターの爆音のせいで、リポーターはかなり強い口調で話していた。
「ご覧いただけますでしょうか!吉良風市内で地震のために突如出現した巨大なクレーターです!
五十年前の広島のように、瓦礫もなく、ただの砂地が広がっています!
付近には別の局のヘリコプターも多数飛び交っており、ものものしさを感じさせます!
さらに、今回の地震では前回などよりも復旧活動が遅れており、各地から自衛隊が派遣されている模様です!
以上、現場からでした!」
カメラがスタジオへと移る。
「斎藤さん、これら一連の事件についてどう思われますか?」
「私は地質学者ではないのでどうとも言えませんが、震度7以上の地震が同じ場所、しかも、一部地域に多発するとは素人といえども思えません。
何か裏があるような気がしてなりませんね。
とにかく今は、復興を早く願うばかりです」
「ありがとうございました。では次――」
志隆はリモコンでテレビの電源を切った。
「一週間経って、どちらとも音沙汰無し・・・か」
「・・・・・・」
二人は遠くの復興作業を見ながら話していた。
「食料はちゃんととどいているんだよな?」
「・・・はい。レナによれば・・・少し冷めているらしいですが」
「レナによれば・・・ということは、そうなんだな?」
「・・・・・・」
二人の間を風が通り抜けていく。
「どこに責任を感じてだ?」
「局長としてもそうですし・・・滝綱美月としてもです」
「本格的に死生物と認定されてしまったことによる、開きか・・・・・・
学校の方には、どう伝えてあるんだ?」
「・・・単なる風邪です、と伝えさせました」
「そう・・・か・・・・・・」
工事現場の音のみがかすかに聞こえる。
「・・・いけないんですよね。本当は指揮を取っていた先輩が一番責任を感じてるはずなのに・・・・・・」
「まあ・・・な・・・・・・」
「どうしても思っちゃうんですよ。志隆がもしあの姿に変わってしまったら・・・って。
姿が変わっても、心はもちろん変わっていないはずですけど・・・多分、受け止めきれないと思います。
逃げ出すと思います。
でも、死生物としても扱えないと思います。
だから、もしその時が来たら――」
「やめろ」
由佳里がそのままの表情で美月の言葉を遮る。
「その人にとって重過ぎる問題は前々から考えておくものではない。
考えずに、覚悟さえしておけばいいんだ。
頑張って答えを出したところで、実際に直面したときに、方程式のようにその答えが出るとは限らない」
「・・・でも、覚悟もつきませんよ」
「ならそのことについて何も考えるな」
「・・・わかりました。先輩」
「あいつに限って、二週間風邪で休みか・・・・・・」
「馬鹿は風邪ひかない、なんて冗談言ってる場合じゃないわよね・・・・・・」
「アパートはオートロックで熱がひどいからって会えないし・・・・・・」
三人は教室で少数の他のグループとは別に机に腰掛けて話していた。
「あいつ、一人暮らしなんだろ?
相当やばいんじゃねえのか」
「志隆のおじさんやおばさんも風邪ってしか聞いてないみたいだし・・・・・・」
鈴木が思い立ったように言う。
「やっぱり会ってみるべきよ。
風邪、うつっても別にいいじゃない」
「でも、いくら言っても開けてくれないのよ?」
「何か、隠し事でもあるのかな・・・あいつ」
「まさか・・・・・・」
「そういうこと今まであった?」
篠崎が鈴木に向かって聞く。
「私は幼稚園からだけど、一時期以外はそういうことは無かったわ」
「一時期って何だよ」
「小四の時。小四って、まあ、ああいう勉強するじゃない?」
「まあ・・・ね」
「それで、色々あってね。結局は仲直りして、今ぐらい仲良くなったんだけど。
中学になったら小暮が私達に入ってきたからね。あとはもう無いわ」
しばらく黙っていた小暮が話し出す。
「そういえば、鈴木と俺もそんなことあったっけな。あの時は志隆に仲立ちしてもらったんだっけ。
中学からだと俺と一緒にいる時間の方が長いが、せいぜいしょうもない理由の口喧嘩が一、二回あったぐらいだな。
あとはそれっきり仲良くやってるさ」
「あの・・・さ」
鈴木が言った。
「何?」
「全然、違う話になっちゃうんだけどさ・・・・・・
私、前に私たちが住んでたとこに引っ越すことになったの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
空気が、凍る。
「ごめんね。・・・こんなシケる話題出しちゃって。
もう決定なんだって。明日には、もう・・・いない。
会社、やめて・・・だってさ。
地震で・・・っていうのもおかしいけど、一応疎開なのかな。これって」
「実は・・・私もなんだ。明後日。前住んでたとこに」
「俺もなんだ・・・一週間後・・・金よりも命・・・って」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
空気が元に戻ったが、どことなく違う感じがしていた。
「志隆だけ・・・知らないんだよね・・・これ」
「あいつのこと・・・置いてくのか・・・・・・」
「ちょっと聞いたんだけど、あと八日で吉良風市が封鎖されるんだって。
何でも、国の特別調査地域になるらしいよ」
「来てくれるよな・・・あいつ」
「っ・・・くっ・・・やっ・・・めっ!」
時野が志隆を跳ね飛ばすと、壁に激突せずに受け身をとり、四足で立ち上がった。
時野の首筋には誰かの指に沿ってつけられたような青あざがついていた。
「もう・・・十七回目・・・よ」
「時野、もう無理だよ。助からないし、死ねないんだよ僕ら」
無数に散乱した食物と思われるものが悪臭をただよわせていた。
しかし、この環境に慣れきってしまった彼らにその悪臭は匂わない。
「だからといって・・・私の首だけ締めても・・・・・・」
「銃弾でも死ねなかったんだから、こうするしか方法はないよ」
そのことを証言するかのように、二人のベッドの間には弾の入っていないピストルと血のついた一発の弾丸があった。
「もう少し、あなたの弾をめり込ませたら、死ねるかもよ」
「無理だよ。もう指の届く範囲内はとっくに押し込んでる」
そして、また襲う気も起きなく、志隆は様々な色に染まったベッドに横になる。
「もう一度聞いておくけど、洗濯する?」
「もう面倒になったよ。生きるのも。死ぬのも」
「状況伝えて!」
「オルは現在、復旧作業中のキラカゼ内駅前通りにて完璧に停止中です!」
「現在、ω以外のすべての武器を使いましたが、全く歯が立ちません!」
「一ヶ月も待って何をしかけてくるかと思ったら・・・・・・
レナ!」
「はい!」
レオムは灰色で板状になった正方形の中心にある赤い半球状のものにレールガンを向ける。
「敵中心特定!本体、レールガン、敵に対して90度固定!噴射準備OK!充電完了!」
「まさか三型に使われた演算撃ちが使われるとはね・・・・・・
発射!」
レオムが引き金を引いた瞬間、まっすぐに後ろのビルへと激突した。
「・・・何があったの?」
「映像による検証の結果、レールガンが弾き返されたことがわかりました!」
「・・・っ・・・・・・」
レオムが何とかビルから顔を出す。
「ポジトロンライフル・・・使いますか?」
「最終手段として・・・ね」
「・・・オル半径100m以内に子供がいます!」
「何ですって!」
「ズームします!」
灰色の長髪。
身長は120cmほど。
真紅の瞳。
「神武累奈、神武里奈と判明しました!」
「レナ!早く救出を!」
「機関部がやられました!」
「やばい・・・・・・」
ゆっくりと二人が近づいていく。
「早く!救護班を!」
「あの距離では無理です!」
「こんなところで、みすみす命を無駄に・・・!!」
「半径50m内接近!」
なおも近づいていく。
二人の表情はどこか楽しげだった。
そして、何か言いかけたところでビルの陰に入った。
「消えました!」
「別のは!」
「だめです!全てビルとオルの死角です!」
「レオムでは確認できました!」
「送って!」
映像が送られてきたが、ズームしすぎているためにかなり不鮮明だった。
「後ろ姿だけだと、何をしているのかわからないわね・・・・・・」
ふと、こちらを向く。
そして天真爛漫に笑うと、
「こ、故障しました!」
「カメラが故障!?
まあいいわ!オルの下方部を撮れるようなのは!?」
「これです!」
道路が無ければ、ただ灰色の壁を映しているだけに見えた。
そして、下から少しずつ上がっていく。
ちょうど二人が通れるような高さになると、二人が真下に移動する。
「危ない!」
高さ90mの板が二人にのしかかる。
しかし、二人は潰されること無く、めり込んでいく・・・というより、吸い込まれていった。
そして、
「オル、停止」
「良かったな。エレクシエスト三型機の誕生じゃないか」
「・・・はい?」
一人しかいなかった。
「す、すみません」
「いや、別に謝ることはない。
むしろ喜ぶべきだ」
「は、はぁ・・・・・・」
「そしてもう一つ」
一瞬、静寂に包まれる。
「何・・・ですか?」
「例の二人を死生物から外す」
「!?」
思ってもみない答えが出てきた。
「ま、元々は単なる実験期間のようなものだったのだからな」
「しかし――」
「しかしもかかしもない。わかったか?」
「・・・はい」
美月は長官の発言に色々な意味で二度も驚かされていた。
「それと、君達はAELについて、どう思っているのかね?」
「アエル・・・ですか?」
少し考えた後に、
「すみませんが、何のことかわかりません」
「まあ、当然であろうな。私が作ったのだから」
「作った?」
「Arms which god manufactured Erecshiest Last use day
神創兵器エレクシエスト最終使用日、だ」
いきなりの英悟に唖然とする。
「神創・・・兵器?」
「ま、単純に言えば最後の死生物が襲来したときのことについて、だ」
「それについてはレオム量産型と対宇宙戦用防衛兵器しか・・・・・・」
「完成しているのかね?」
「25%未満・・・です」
急に長官が立ち歩きはじめた。
「そうか・・・では三型機の記念として、予算を十倍にしてあげようか。うん」
「!?」
「大丈夫。本当だ。好きに使ってくれたまえ。
何しろ、君達は人類の英雄なのだからな」
「・・・わかり・・・ました」
「では、話は以上だ。下がっていいぞ」
「し、失礼します」
戸が閉まる。
「あとはこの予算を使って我々にどこまで対抗できるか・・・見物だな」