第二十一話
第二十一話 ―覗―
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何とも言えない空気が二人の周りに漂っていた。
「・・・美月?」
「・・・志隆?」
声が重なる。
が、譲り合う言葉もなく、また沈黙が続いてしまう。
「私から・・・ごめんって言ったほうがいいの?」
美月は前を向いたまま言う。
「あやふやにしてる僕がいけないんだよ」
そして、すぐに後ろを振り向く。
「こういうの嫌い。だから・・・・・・」
美月が志隆に向かって右手を差し出す。
「・・・うん」
手を握り合った瞬間に、美月がすばやく志隆を引き、倒れかけた志隆に半ば激突するような形で何とか唇を交わした。
「女の子とは、これでいいの。
さ、行きましょっ!」
美月がだいぶ近くになってきた観覧車のようなものに向かって走っていく。
「・・・・・・」
静かに、志隆も走り出した。
「今時遊園地なんて流行らないと思ったけど、固定観念ってなかなか捨てられないのね〜」
周りには家族連れに混じって、二人組が何組もいた。
と、何も言わずに志隆の右手を握り、指をそれぞれに交差させる。
「ずいぶん、積極的だね」
「取られたくないからに、決まってるじゃない」
そして、引っ張って走り始めた。
そんな様子を陰から見ている者がいた。
「どうやら、よりを戻したようです」
「それは何よりの知らせだな。澪」
「はい。こっちが見ててもうらやましいくらいです」
「・・・五年以上・・・だからな。お前も、私も、レナ以外の全員も」
「・・・はい・・・・・・」
「せめて清輝を連れにやってやりたかったんだが・・・・・・」
「・・・気分だけ満喫してもますます鬱になるだけです」
「・・・もっともなご意見です」
「うわぁ、ここも混んでる・・・・・・」
絶叫が一段と大きく聞こえる場所には人の山と「一時間待ち」と書いてある看板があった。
「休日って、こんなに人来るんだね」
「志隆。ちょっと行ってくるから待ってて」
「うん。わかった」
美月が少し小走りでかけていくが、その足は待っている人の列へと向かっていた。
そして、レインコートを着た女性の手の中に何かを滑り込ませた。
なおも笑顔で走っていく。
女性がさっき滑り込ませたと思われる紙を広げる。
「なっ・・・・・・」
すかさず通信をいれる。
「どうした?」
「あ、あの、ばれてしまったのでそろそろ帰っても・・・・・・」
「アホタレ。だが、まだまだだ。まさか、絶叫ものは嫌いなのか?」
「いえ、そうではないのですが・・・ある意味絶叫ものが・・・・・・」
「何なんだ?ある意味絶叫ものとは?」
「紙・・・はっきり言えば紙に書いてある文字です」
「美月から渡されたのか?」
「・・・はい」
「気にするな。読んでみろ」
「・・・いいのですか?」
「もちろん。出来るだけ忠実にな」
「では・・・・・・」
文面は、美月のイメージ壊し要素満載であった。
テレビで放映するとしたら、「ピー」の音で九割方埋まってしまうところであった。
「・・・です」
しばらくの沈黙。及び冷や汗。
「・・・地震、雷、火事、親父、美月だな・・・・・・
わかった。許可する」
「・・・心の底からありがとうございます」
「・・・・・・」
美月は観覧車の中で靴を床に投げ出し、中腰の姿勢で何とか移っていく吉良風市の風景を見ていた。
「・・・僕が言うのもなんだけど、もうちょっと行儀よくしたら?」
「いいの」
これでは本格的に兄妹である。
「でも楽しかったなぁー。また来たいね。ここ」
「そうだねー」
「何が一番楽しかった?」
「そうだねー」
「美月?」
「そうだねー」
「・・・・・・」
ほとんど無視である。
「レナって胸ないよね?」
「そうだねー」
「由佳里さんってブスだよね?」
「そうだねー」
「・・・だめだこりゃ」
極めつけの質問を言ってみる。
「僕のこと嫌い?」
「そうだねー・・・って、志隆、何か言った?」
思わず慌てふためくが、時すでに遅し。
志隆はいつも以上に落胆していた。
「・・・聞いてけっこう損したこと」
「な、何を聞いたのよ」
「実験的にやってその後の展開を期待してたのに、一番最悪な選択肢をあなたは選んでしまった」
「何があったの?一体?」
「それはこっちの・・・・・・」
夕暮れの太陽に何かが重なる。
「こっちの?」
「死生物・・・・・・」
「死生物・・・って、え?」
黒に二本の白いラインが入った四本の足。
平らな円柱状の体。
まぎれもない、死生物だった。
「状況伝えて!」
そう言い終わる前に観覧車の隣に一型機と二型機が投下された。
「誰が――」
「私だ」
「先輩!?」
「実際問題、お前と志隆の仲をよくしてやることよりも、こっちのほうに興味があったのでな。
久しぶりに座らせてもらう」
「・・・先輩・・・・・・」
志隆のいるゴンドラに二型機が手をのばす。
志隆はゴンドラの扉を開け、何とか乗り移った。
「必ず帰ってくるから!」
そう言い残して操縦室へと送られる。
「・・・優しさが寂しさに変わることなんて、いくらでもあるのよ」
一型機が起動する。
「敵は第二十四型レドだ。よろしく頼む!」
と、一気に十種類の銃器が降ってきた。
「・・・これをどうしろと?」
「撃ちまくれ」
「・・・大雑把な・・・・・・」
ξとχを手に取ると、両方を作動させ、弾幕を形成する。
すぐさま黒煙が広がり、レドは完全に見えなくなってしまった。
「いくら命令と言っても、もう少し考えることはできるだろうが!」
「何か・・・声が違うので・・・・・・」
「なら、この声の方がいいの?」
「あんまり似てないのでやめてください!」
「レドのAST反応拡大!」
レドが一本の足を一型機に向けた。
そして、放つ。
「前部装甲融解中!」
「四次元フィールド、強制起動!」
AST粒子砲が目の前の空間で遮られた。
「レドのAST反応収束!」
二型機がかけていく。
自分に向けられる足を無視し、通りざまに両断した。
自爆することはなく、そのまま両脇に倒れる。
「あいつ・・・無視して・・・・・・」
「・・・?両方のレドに動きがあります!」
倒れた直後から斬られた断面が血も出ること修復していく。
さらに、体までも形成した。
「レド、二個体に分裂しました!」
「二型機は片方の核を確実に探し出せ!一型機はリミッター解除後、応戦にあたれ!」
言い終わる前に二型機はAST粒子砲の乱舞に襲われながら、足の方を切り刻んでいく。
一型機がリミッターを解除した。
「長いやつちょうだい!」
「θ、投下!」
一型機の1.5倍はある細長い剣が投下された。
「やあああぁぁぁ!」
時野を襲いかけていた二本の足を切断する。
しかし、分裂は起きなかった。
「本体部分は攻撃するな!
足のみを攻撃しろ!」
ついに二体は本体のみとなってしまった。
「突き刺せ!」
二機が構えた瞬間、どこからともなくAST粒子砲が二機を直撃した。
「レド、再分裂を開始!」
「合計三十二個体となりました!」
思わず由佳里が机を叩く。
「相手に出来るわけがない!」
抵抗する間も無く、二機は集中砲火をあびせかけられる。
「一型機、全起動部完璧に損壊!」
「四次元フィールド発生装置、故障です!」
「二機との連絡がとれません!」
「二型機操縦者、精神的損傷、異常値!」
由佳里は聞くこともなく、ただその場にうずくまっていた。
三十二体がゆっくりと、倒れた二機を取り囲む。
頭部へとあてがう。
そして。
「一型機、二型機の頭部反応無し!」
一回だけ流れたことのある、電子音が再び指揮室に木霊した。
「二型機操縦者・・・心停止・・・・・・」
・・・・・・
涙をこらえながら、由佳里が言い放つ。
「対最終死生物用体制へ移――」
「二機に動きが見られました!」
モニターに全員が集中する。
かすかに二機の手が動いていた。
「二型機はまだしも、なぜ一型機が?」
「もしかして・・・・・・」
次の瞬間、
全装置が異常を示す警告音を発した。
「一型機、二型機の脳波計測装置、異常!」
「血圧500を突破!異常を示しています!」
「時野神子も同様値を指し示しています!」
「外部圧力により一型機操縦室損壊!」
「内部圧力により一型機全装甲、全起動部完璧に損壊!」
「頭部反応が戻りました!」
「ついに来てしまった・・・・・・
第一次覚醒が・・・よりによってこの二人の時に・・・!!」
二体は立ち上がる。
その目は赤く染まっていた。
もう一型機も、二型機も、
エレクシエストとはほど遠くなってしまった。
「二機のAST反応拡大!」
ジルは光の翼を展開し、デルはあの時の、虫の足のような触手を出していた。
ジルは羽根を一枚取り出すと、刃の付け根にあてる。
すると、刃は弓状に変化し、羽根は矢状に変化した。
引き絞り、放つ。
一体のレドを貫通し、近くにあった兵装ビルを三棟破壊した。
三十二体がその存在に気づき、後ろ足二本を突き出す。
黒煙が立ち込めたその場所に二体はいなく、上空にジルがデルを抱えるようにして飛んでいた。
「デルのAST反応、さらに拡大!」
デルがレド達に向かってAST粒子砲を放つ。
避けられることなく受け止めた。
お返しとばかりに再び集中砲火する。
ジルはデルを離し、目視できないほどの高速移動によって全てを完璧に避けきった。
デルは地面に着くと間も無く、出てきてしまったソレを三十二体全員に突き刺した。
痙攣しながら枝分かれしたソレに引っかかっている。
デルは、まるで儀式を行うかのようにジルを囲むようにしてソレを樹のように立てる。
黒い天使に今まさに制裁を受けようとしている人間のようでもあった。
ジルは翼をはばたかせると、羽根を無数に散らせる。
一つだけ弓にあてると、全ての羽根が制裁の矢へと変わる。
そして、
全ての矢が無に返すために放たれた。
「・・・防衛庁、副長官より文書です」
「・・・美月には・・・すまない、と言っておいてくれ」
「・・・わかりました」
志隆と時野が防時局の廊下を歩いている。
ただ、何箇所か違うこと。
手が手錠で繋がれていること。
装飾用ではない首輪がつけられていること。
二人とも、無言なこと。
「入れ」
二人は後ろの二人に追い払われるようにしてエレベーターに入る。
扉が閉まるぎりぎりまで、銃が下ろされることはなかった。
「死生物二体を地下監禁施設へと監禁しました」