第二十話
第二十話 ―練―
志隆は走っていた。
病室へと。
そして、戸を開ける。
「・・・・・・」
「・・・志隆」
そこには、美月と横たわっている時野の姿があった。
「どうなの?」
「今のところ、気絶しているだけ」
静かにそこに横たわっていた。
すぐにでも起きだしそうに。
「あれだけ無残に頭部をやられてからの猛反撃もすごかったけど、その後に気絶してその場に倒れているとは思わなかったわ」
「潰された・・・んだよね」
「そう」
静かに時野の脈拍を告げる電子音のみが時が過ぎていることを告げる。
「ねえ」
「何?」
「時野は・・・時野神子は、あなたにとっての何なの?」
志隆が少しためらう。
「単純に言えば、守らなければならない存在」
「強いのに?」
「僕より強いけど、守らなければならない・・・というより、守った気になってなきゃならない存在」
「私より?」
・・・・・・
「・・・どっちだろ」
「はっきりして」
「・・・・・・」
「ごまかさないでよ!」
「イエスとノーの間にだって・・・答えはあるよ」
殴った。
平手ではなく、拳で。
「最低」
そういい残すと、平静を装って病室を出て行く。
戸を閉めた直後に走っていく足音が聞こえた。
「・・・・・・」
志隆は時野がいることをわかっていながら、目の前のベッドを思い切り蹴る。
時野は志隆に気づかれないように志隆を確認し、再び目を閉じた。
「よっ」
「・・・おっす」
いつものあいさつをして、二人は通り過ぎようとする。
「なあ」
「何?」
目を合わせることは無いまま、二人とも逆を向いて横に並んでいた。
「お前、何でわざわざ?」
「ば、ばか!
べ、別にあんたを救ってやったんじゃないからね!
あんたを助ける気持ちなんか、米粒よりも無いんだから!」
「誰もそんなことは言ってないさ」
赤くなってしまった顔がますます赤くなる。
清輝は軽く笑っている。
「だって・・・・・・」
「ま、AST粒子より多けりゃ、それで十分だ」
「・・・遠まわしに言うんじゃないわよ」
「何がだ?」
清輝がレナをいじっていることが、二人の顔を見るだけでよくわかる。
「・・・・・・」
「感謝してますよ。そりゃ。
お前が怒鳴り声をあげなかったら、多分、いないからな」
「・・・たんに言わないで」
レナがつぶやく。
「ん?」
「簡単に言わないで!
・・・って言ってるの」
「俺が死ぬのが怖いのか?」
「そ、そんなわけないに決まってるでしょ!
そ、操縦者が減るのが困るだけよ」
「ふーん・・・・・・」
かなり意味深な言葉を発する。
「な、何よ」
「・・・・・・」
清輝は答えようとしない。
「何とか言ったら?」
「そういえば、かなーりキツい一言だと思うが、志隆が、レナは友達になった、って言ってたぞ」
「あっ、そう」
思わず清輝がレナを見る。
「・・・そんなに軽くていいわけ?」
「ま、多分そうなるんじゃないかとは思ってたわよ。
かりんも身を引いたようだし。
志隆の三角関係の行方も見守っていきたいし」
清輝が向き直る。
「ほー。
なんだかんだで、意外と優しいところ、あるんだな」
「あ、あんたに誉められたって何にも――」
「かりんは」
レナが清輝の靴を思い切り踏んづけた。
「残念。お前用の防御策は全て施してある」
「・・・受ける気まんまんね」
「まあな」
「・・・認めた」
「おかしいか?」
「いいえ」
しばらくの沈黙。
「近頃、俺とお前の仲がいろいろと言われてるらしいな」
「由佳里さんの効力もあってね」
「この際、付き合ってみましょうか?」
「・・・は?」
思わず固まる。
「どうせ、食事とかそういう――」
「断るならしっかりと断れよ。
もっとも、お前の性格上、それは有りえなさそうだが」
「・・・マジ?」
「本気と書いてマジですが何か?」
静かに向き直る。
「・・・信じられない」
「嬉しいのか?呆れてるのか?」
「・・・さぁ」
「じゃ、信じさせてやるから」
・・・・・・
信じ込ませるのに3秒もかからなかった。
「・・・・・・」
「信じる気には・・・なったか?」
「・・・好きじゃなかったら、どうするつもりだったわけ?」
「交渉決裂。崩壊の末路だ」
「・・・ほんと・・・ばか。
呆れるわ」
「で、何よ。
了承ですか?決裂ですか?」
「・・・・・・」
返答は無い。
「どっちみち即答してくれるとは思ったんだが・・・・・・」
「・・・・・・」
「決断の時間まで、5!4!3!2!1!」
「・・・・・・」
「・・・付き合ってくれよ。
せめてボケぐらい」
「・・・・・・」
「ちょ――」
「あーもううるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!何よ純情な女の子がゆっくり答えを考えてるって言うのに!あんたにはそれを守ることも出来ないほど男らしさっていうのが欠けてたわけ!?もう最低!最低にもほどがあるわ!ミジンコだってあんたより天才よ!大天才よ!もうバカらしいったらありゃしない!何!?そういう真剣な場面でもあんたはボケが必要だとでも思ってるわけ!?これからの一生を変えるかもしれない大事な決断だっていうのに、そんな漫才みたいなことやってられるわけないでしょ!もういいわよ!もういいわよ!つまりあんたは私からさっさと答えを聞きだして浮かれ踊ることしか創造してないんでしょ!勝算しか考えてないナルシが!もういいわよ!私が考えていたことを二百字以上二百四十字以内で述べよとか言うんでしょ!わかったわよ!言ってやるわよ!清輝のことは最初から気になってました!志隆に会ってからちょっとその気持ちは失せたけど、ずっと微妙な心境で悩んでたのよ!あんたみたいな単細胞じゃないからね!清輝のことはだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいすきでした!これからもだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいすきです!だから清輝も私のことをだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいだいすきでいてください!以上!終わり!!」
レナは暴言を吐き散らしながら廊下をずかずかと歩いていった。
「バーーーーーーーーーーーーーーカ!!!」
廊下に共鳴して、無限に広がっていった。
「・・・全く・・・・・・
お前がだよ」
「イエスとノーの間に答えがある場合だって、もちろんあるさ」
「・・・・・・」
美月はずっとうつむいたままだった。
「志隆を信じられなかったんだな?」
「・・・・・・」
ゆっくりと頷く。
「後悔してるな」
「・・・・・・」
「どうする?自分から謝るか?謝るのを待つか?」
「・・・悪いのは志隆です」
「指揮はいくら真似してもいいが、そういういらんところを真似するのはよせ」
「・・・・・・」
「かわいいんだかかわいくないんだか」
由佳里が仕方ないように携帯電話を取り出す。
「・・・おう。屍か?・・・お前はいつまで経っても変わらないな。彼氏が欲しくないのか?・・・自分の心に嘘は・・・わかった・・・あ、そうそう。私の買った券を全て美月に・・・相変わらずだな・・・もういい。澪に代われ。
・・・おう澪。久しぶりだな・・・だから私は『元』だと言ってるじゃないか。だが今回は若干、『元』を取らせてもらう・・・私の買った券を全て美月にかえろ・・・無理だからこそお前に言っているんじゃないか・・・さっきまで話していたのを聞いていないのか?・・・じゃ、頼む。それと、相変わらずか?・・・お互いがんばろうな。いろいろと。じゃあな」
由佳里が携帯電話をしまう。
「・・・何かしたんですか?」
「私が志隆と行く予定だった遊園地の券を、お前名義にかえた」
「・・・え!?」
「今、澪に頼んでやってもらっているが、ま、お前が命令しても変わることはあるまい。
私からの親切だと思って大事に受け取れ」
「・・・・・・」
「ええっと、明日は誰と行くことになってるんだっけ?」
志隆が自室でカレンダーを確認する。
「由佳里さん?
・・・ああ、あの時に入ってきた人か」
「入るぞー」
ドアを見ると、すでにドアは開いていた。
「・・・ドア開けてから言わないでくださいよ」
「まあ、堅苦しいことは言うな。
別に私が襲うわけでもあるまい」
「・・・さらっと言うところが怖すぎますよ」
由佳里が容赦なく床にあぐらをかいて座る。
「・・・ちんけな部屋だな。
せめてアイドルポスターの一枚や二枚が貼ってあればいいものを」
「・・・はぁ」
改めて志隆を見る。
「ところでお前、ロリコンだそうだな」
「・・・は?」
「いや、否定しなくても分かるさ。
そもそも○学四○生に近い体格の持ち主を好きになってしまうというところで、否定できる要素は無いと思うが?」
「・・・・・・」
由佳里が腕を組み直す。
「ま、何を好きになったところで私には関係ないがな。
ところで、またお前は別のところに手を出したそうだな」
「別の・・・ところ?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「・・・誰ですか?」
「清輝、と聞いたが?」
急に志隆が神妙な顔つきになる。
「そう。あの、引き締まった筋肉が・・・って、何言わせるんですか!」
「初対面にしてノリツッコミとは、なかなかやるな。
コンビ組むか?」
「結構です。400%お断りです」
由佳里が改めて志隆を見る。
「そういえば、お前とこんなバカ話をしに来たんじゃなかった」
「明日の話ですか?」
「そうそう明日の話。
明日、お前と一緒に行くのは私ではなく、美月だ」
「・・・へ!?」
思わず志隆が固まる。
「本当ですか?」
「本当だ。
嘘だったら好きに使え」
「・・・主語が無いのである意味怖いですよ。それ」
「ま、とりあえず伝えることはそれだけだ・・・が」
「・・・が?」
「お前にとって時野は何だ?というより、時野にとってお前は何だ?」
志隆が返答に困る。
「時野にとっての・・・僕?」
「そうだ」
「・・・監視対象・・・?」
「なんなんだそれは?時野はどこかのスパイか?」
またもや返答に困る。
「・・・何ともいえないです・・・・・・」
「本人が、そう?」
「はい・・・一度・・・・・・」
今度は由佳里が神妙な顔になる。
「いろいろな意味で興味深いな。
ま、そこはどうでもいいんだ」
「人を考えさせておいて、どうでもいいんですか!?」
「時野がお前のことを豚以下に思っていようがどうでもいいことだ。
問題は好意があるかどうか、だ」
「豚以下って・・・・・・
でも、最低限他の人よりはあると思います。
聞いたところによると、ほとんど無視だとか」
由佳里は機嫌が悪そうに答えた。
「・・・そうだな」
「あと、僕からでいいから仲良くしよう、っても言いましたし」
「つまりは、友達から始めよう、と?」
「・・・友達からどこに行くんですか・・・・・・
でも、考えてみればそうともとれますね」
「客観的な意見を取り入れることは大事なことだ」
「・・・なんか、まずいこと言っちゃったかな?」
由佳里が左手の手首を見る。
「お、そろそろ時間だな」
「・・・時計ついてませんけど」
「じゃあな。また会えれば会っておこう」
「・・・どんな別れですか・・・それ」