第十八話
第十八話 ―縹―
「じゃあな。志隆」
「じゃあねー」
「バイバイ」
「じゃあねー!」
志隆は、また、無理に明るく振舞っていた。
「1分――」
「時野」
「・・・何」
「もう一回聞くけど、なんで英子さんの記憶を消さなかったの?」
「それはあなたに――」
「かりんさんの記憶も」
少しも驚いてはいなかった。
「・・・聞いたのね」
「うん」
「・・・・・・」
時野が少し気まずそうに目を右下に向けた。
「答えて」
「・・・元々、あなたの記憶は故意に残ったものじゃなかった。
あなたが防時局内にいたからなのか、何か特別な能力があったからなのかはわからない。
だけど、元々あった記憶を少し変えることしか出来なかった。
もう一人も同様に」
「・・・・・・」
・・・・・・
「それと――」
「一人じゃない。涼白かりんだ」
「・・・・・・」
続けざまに志隆が言い放つ。
「それは事実?」
「ええ」
「黒は一つも無い?」
「ええ」
「なんで消せなかったの?」
「わからない」
「嘘をついた意味は?」
「・・・わからない」
時野のむなぐらをつかんだ後、事態を察知したようにそのままゆっくりと解き放ちながら離れた。
「・・・わかった・・・・・・」
「・・・たわね」
「何?」
「何でもあるけど・・・何でもない」
「カラオケ来たはいいけれど」
「誰もうまくないヘタレな事実」
「ああ暇ああ暇ああ暇だ」
「俳句調になりまとめもダメダメ」
「「「「ダーメだこりゃ」」」」
四人は主人の膝の上に頭を乗せる犬のようにいた。
流行の曲が流れているが、誰も歌おうとしていない。
「いいだしっぺって、誰だっけ?」
「私」
「つかえねーな、委員長」
「鈴木って言いなさいよ」
「そういえば、三人の名前って何だっけ?」
考え込み始める。
「うーん・・・・・・」
「うーん・・・・・・」
「うーん・・・・・・」
「うーん・・・・・・」
「「「「うーん・・・・・・」」」」
志隆が考え込むのをやめる。
「・・・リアルに覚えてないの?」
「完全に忘れてるな。全員」
「なんだったっけかな〜」
「自分の名前も覚えてないなんて、情けない・・・・・・」
「情けない・・・というより、かなり論外な事実だけどね」
新しい曲がはじまる。
「・・・ん?これって・・・・・・」
「去年の合唱コンクールの自由曲の原曲ね」
「結構懐かしいな」
「歌ってみる?」
「アルトもバスもいないけどね」
誰とも言わず静かに歌い始める。
伴奏からすると元気な曲調だが、四人で歌っている曲調は、どこか物悲しげな感じがした。
「あさーの・・・ちょっと鈴木、何うっすら潤んでんのよ」
「そういえばこれの前の日誕生日で、来年の今ごろは抜け駆けできますようにって、願ってたのを思い出したの・・・・・・
あと三週間しかない・・・・・・」
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
「去年に戻れるなら、去年の自分に全力で土下座したい・・・・・・」
「大丈夫。仲間がいるじゃない。ここに三人」
志隆は、自分がちゃっかり仲間に入れられていることに多少困惑してしまっていた。
「ちょっと待て。
お前らここに来た意味を忘れちゃいないか?」
「「そういえば」」
三人が今までのことなど忘れ、一気に志隆に付着する。
「志隆と」
「時野さんの」
「関係は一体何だ?」
「・・・はぁ?」
小暮がポケットをまさぐる。
「場合によってはお前を――」
「待て。ちょっと待て。小一時間待て」
篠崎が志隆の顔面に紙をつきつける。
「すでに証拠がこれだけあがっているのですが?」
「え?正直なところを言ってみたらどうなんだ!」
小暮がペンライトで志隆の目を直接照らす。
「ま、眩しいって」
「さあ、言え」
「さあ、言え!」
「さあ、言え!!」
志隆はほぼ脅迫され、びくつきながらなんとか言った。
「と、友達・・・かな」
なおも引き下がらない。
「嘘つけ。私と一緒に帰ったことなんか無いくせに」
「だって、鈴木とは別方向だし・・・・・・」
「じゃ、何で私とは帰ったことあるの?」
一瞬空気が凍りつく。
「はぁ!?」
「聞いてねぇぞそんなこと!」
「だって、小暮と鈴木が帰ってるのを見たから・・・・・・」
「「あ」」
「ちゃっかりギャルゲ方向に転換ですか?」
全員が一気にため息をついた。
「「「「バッカバカしい」」」」
「こことか・・・どうかな?」
「・・・男二人でディズニーはかなりキツいぞ」
二人は清輝の部屋で次の旅行にどこに行くかを、雑誌を見ながら真剣に話し合っていた。
「そういえばさ、ぶっちゃけた話、レナとはどうなの?」
「・・・は?どうって何が?」
「そろそろとぼけるのにも限界があると思うけど」
志隆の頭にフリスビーのように雑誌が直撃する。
「・・・ついにお前まで感染したか。
全く、局員といい、局長といい、操縦者といい・・・・・・
本当に馬鹿ばかりだな。ここは」
「だって、端から見てるとどう考えてもそう見えるよ?」
「俺は赤髪で赤目で外人のオペレーターなんかに興味は無い」
志隆の目がますます疑いの色を増す。
「・・・否定すれば否定するほど、ますます怪しい」
「・・・お前は俺の口から肯定の言葉しか聞きたくないのか?
というか、否定も肯定もせずにその事実を否定するにはどうすればいいわけよ」
「そうだな・・・僕の目の前でレナに向かって『嫌い』って言えばそれでいいよ」
清輝が頭をかきながら考え始める。
「・・・それはそれでいろいろと問題が――」
「じゃ、好きなんだね?」
「じゃ、お前と時野神子はどうなわけよ?」
清輝が逆襲を開始した。
「えっ!?
っていうか、話題を――」
「ど・う・な・ん・だ?」
とたんに志隆がモジモジしはじめる。
「・・・すぐには答えられないよ」
「じゃ、もし告白されたらどうする?」
「・・・多分・・・付き合うと思う」
志隆が顔を真っ赤にしながら答えた。
「告白されたら、といえば、残りの三人はどうなわけよ」
「・・・?」
「かりんとあいつとチビ」
志隆が考え込み始める。
「ここに巨乳が加われば、年上、年下、同年代で選び放題だったろうにな〜。もちろん、実年齢じゃなくな」
「一番脈アリなのは美月なんだけどさ〜・・・・・・」
志隆が搾り出すようにしていった。
「おお。早くも呼び捨てがはじまっていたか」
「いや、どう考えても『さん』付けとか敬語とか無理だし」
「ま、顔と体つきを見ながら言えば、な」
志隆は疑問を持った。
「話すとき見てないの?」
「ああ」
「それじゃ、今度そうやって話してみようっと」
今度は清輝が少し考える。
「・・・お前の場合、それはやめておいたほうがいいな」
「どうして?」
「自分の好きな相手が、いきなり自分の目を見て話さなくなったら、傷つくだろうが」
「・・・確かに。
っていうか、清輝って以外とそういうこと考えてるんだね」
「まあな。ここに閉じ込められる前はそれなりにやってたからな」
「へー。少し意外」
志隆がやる気無さそうに答える。
「・・・あのさ」
「何?」
「興味ある話題と、そうでもない話題でさ、態度急変するのやめたほうがいいぞ」
「ご、ごめん。それなりに気をつけてはいるんだけどね・・・・・・」
「・・・で」
清輝が志隆に接近する。
「結局誰なんだ?」
「うーん・・・・・・
かりんは、この前の旅行でかなり意外なのを見たし・・・・・・
美月は、引っ込み思案そうで、意外とそうじゃなかったりとかするし・・・・・・
レナは・・・・・・?」
「・・・どうした?」
志隆が気づいたように言う。
「そういえば、僕の中でいつの間にか、レナが恋人から友達に格下げにされてるよ」
「・・・本人が聞いたらどんなに悲しむことか・・・・・・
で、時野神子は入れるのか?入れないのか?」
「うーん・・・どうだろう・・・・・・」
清輝も考え出す。
「俺では、容姿以外に長所が見当たらんのだが・・・・・・
ところで、志隆はかわいい派か?きれい派か?」
「かわいい・・・だと思う」
「じゃ、確実にターゲットは一人以外、いなくなっちまうじゃないか」
「でも美月はどっちかというときれい・・・あ!!」
志隆の脳裏に二人の姿が浮かぶ。
「・・・・・・」
「・・・どうした?」
「ごめん。ちょっとロープ持ってくるから椅子準備しといて」
「・・・何があったかはわからんが、とりあえず、いろいろとやめとけ」
行きかけた志隆がとぼとぼと戻ってくる。
「・・・やっぱり考えすぎだよね」
「・・・そうなんだろうな。多分」
二人が同じ方向にベッドに倒れる。
「しっかし、お前も豪勢なやつだなぁ。
それなりにやれば、エロゲ展開も十分に有りえるのに」
「『それなり』が一番やりたくないんだって」
・・・・・・
「決めた!!」
「な、何が?」
「お前のダチと一緒にさ、遊び行こうぜ」
「・・・意外と質素だった」
「・・・悪かったな」