第十五話
第十五話 ―桜―
「ねぇ、これ似合う?」
「うん。似合うと思うよ」
二人は近くのスポーツ店でスキー用品を買いあさっていた。
さながら、恋人同士である。
「・・・さっきからそればっかり」
「言葉通りなんだからしょうがないじゃん」
レナがため息をつく。
「その切り返しが嫌いなのよ。
せめて素直に謝ってくれたほうがまだマシなのに」
「・・・ごめん」
「ま、いいけどね」
持っていたウェアを元に戻す。
「ところで、レナってヨーロッパとかそこらへんの育ちだったりするの?」
「確かに生まれはヨーロッパだけど、一歳から引っ越して青森だったから」
「へー。だからスキーなんて誘ったんだ」
レナが志隆の隣に腰を下ろす。
「そういえばお金持ってないから、おごってくれない?」
「いいよ。別にウェアとかそんなに高そうじゃないし」
「あっりがとー!」
志隆に何をするでもなく、またすぐにレナが立ち上がる。
その顔には不敵な笑いが浮かんでいた。
「じゃあ、とりあえず買い終わったから、行ってくるね」
「うん」
そのままレジへと向かっていく。
「いらっしゃいませー」
店員が手際よく会計を済ませていく。
志隆の顔が少しずつ焦りだす。
まだ一人分の会計も済ませていないにも関わらず、すでに五桁を突破する勢いだ。
「・・・・・・」
店員の言葉は志隆の頭の中には入らなかった。
「ひどすぎるよ・・・・・・」
志隆の財布の中身はわずかな小銭が残るばかりとなった。
「でも、あの額を現金で払うとは私も思わなかったわ。
結構これ、持ってるのね」
レナは人差し指と親指を使って輪を作って見せた。
「それにしたってトホホだよ・・・・・・」
「ま、いいじゃない。援交よりは安いんだから。
それに教師付きで中級くらいにはさせてあげるんだから」
どんなにいい言葉を差し伸べても、志隆はただ肩を落とすだけだった。
「さてと、まずは上級ね」
目の前には絶壁が広がっていた。
志隆が少しずつ斜面をのぼりはじめる。
「無駄よ。
ここしか行く道無いから」
「・・・マジで泣きそうなんですけど・・・・・・」
「まぁ、暇になったら私に激突してイチャイチャすればいいじゃない」
「・・・なんだかなぁ・・・・・・」
「ほら!誰かさんの真似なんかしないで先行くわよ!」
レナは軽々と下まで滑っていった。
「たかだかこれくらいの距離しかないんだから、がんばって降りてきて〜!」
「トホホ・・・・・・
これじゃ、ただの拷問だよ・・・・・・」
「・・・まさか、怪我するとは思わなかったわ」
「ま、かすり傷だけどね」
志隆達はロッジで傷の手当てをしていた。
「でも、頭とかに当たらなくてよかったわね。
運だけはいいのね」
「ま、あれだけの死生物に遭って生き残ってるんだからね」
レナがおどろいた顔をする。
「言葉出しちゃだめよ!知るわけ無いんだから!」
「こんなのでもだめなの?」
「一般人にとって、そんな単語とは縁が無いほうが言いの!」
「・・・一般人、なんて言葉を使ってるほうがはるかに怪しまれると思うけど」
レナがしまった!という顔をする
「・・・それもそうね」
「じゃ、そろそろ行こうよ。スキー」
「・・・やっぱりやめることにするわ」
志隆が不機嫌そうな顔をする。
「大丈夫だよ。さっきみたいなところじゃなければ。それにあんなに払ったんだし」
「お金のことは心配ないわ。それよりもあなたが危険な目にあってしまうのが何よりだめなの。
観光でもしましょ」
「え〜・・・・・・
せっかく来たんだしさ〜・・・・・・」
志隆がまだ駄々をこねる。
「そもそも私が行きたかった場所じゃないのよ。ここは」
「行きたくなかったら、なんで来たの?」
レナが志隆から視線を外して話し始めた。
「それは・・・もちろん志隆への罰ゲームもあったけど、嫌いだった雪になんとなく、触れてみたくなっただけなの」
「嫌い・・・だった?」
「まあ、いわいるトラウマっていうのなんだけどね。
まだ中学生だったころ、お父さんが単身赴任で東京に行ってて、突然倒れたの。心不全で。
すぐに行こうとしたんだけど、吹雪で飛行機も新幹線も止まっちゃって。
次の日はなんとか晴れたんだけど、ちょうど移動してた時にいきなり逝っちゃって。
ドラマみたいな話だったから、夢だと思ったわよ。本気で。
でも、もちろん覚めるわけもなかった。
当たり前って言えば当たり前だけど、自分を責めたわ。本気で。
学校にはなんとか行ってたけど、ぼろぼろだったわ。いろんな意味で。
三年ぐらい経って、高校にも行って、なんとか安定してきたの。
でも、お母さんは、死のう、と言ってきた。
なぜか私も、うん、って言ったの。
その時が唯一、自分がなんでこんなことしてるのか、わからなかったの。
今だからわかるけど、何もかも欠けてたんだと思う。
お互いに何かをお父さんの姿と重ねてて。満足しきれなくて。
でも、ちょうどその日にあそこから呼ばれて、局員になったけど、
結局死んじゃったわ。
その時に私も死んだのかもしれないわね。
昔と今じゃ、違いすぎるもの」
レナが顔を伏せる。
「ごめん。ちょっと行ってくる」
「・・・・・・」
レナは志隆に顔を見せないようにして走って立ち去った。
「・・・・・・」
第九番が流れる。
それとほぼ同時に、客が騒ぎ出した。
「もしもし」
「わかってるかもしれないけど、第二十一型死生物リタ出現よ。
送るから」
「・・・どうかしたの?元気ないけど」
「今はそんなことも言ってられないわ。早く」
「わかった」
志隆が屋上についたころにはすでにエレクシエストがいた。
乗り込むと同時に声が響く。
「今回はレナが不在のため、私、漸漠澪がレオムを担当します。よろしく」
「よ、よろしく」
コンテナが落ちて開くと共に、レオムが中から飛び出した。
「あれがリタか・・・・・・」
地面から縦に白黒交互に線が入った四角錐の死生物が白い地面から生えていた。
「AST反応拡大」
「志隆!」
「うん!」
エレクシエストはリタの方へ手を向けた。
リタがそれを放つと同時にエレクシエストの目の前の空間で遮られる。
「・・・長いわね」
「レオムでの攻撃を開始します。中距離戦闘用武器、装備。長距離戦闘用武器へ可変」
二丁のハンドガンらしき物を連結させ、ライフルのような形に変形させた。
「ロックオン、完了。発射」
その弾は傷もつけることもなく、発射され続けているAST粒子砲の中に消えた。
そして、そのままそれでレオムを貫いた。
「反応無くなりました」
「・・・・・・」
・・・・・・
「・・・、・・・・・・、・・・・・・・・・
・・・・・・、・・・」
・・・・・・
「・・・・・・、・・・・・・、・・・・・・・・・・
・・・、・・・・・・」
・・・・・・
「・・・・・・、・・・、・・・、・・・・・・
・・・・・・、・・・・・・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
「・・・、・・・・・・、・・・、・・・・・・・・・、・・・・・・
・・・・・・、・・・・・・・・・・・・、・・・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
「・・・、・・・・・・、・・・・・・」
そして、時野は静かに立ち上がった。
「?・・・格納庫に誰か居ます」
「ズームして」
監視カメラが一人の人間にズームしていく。
「・・・時野神子?」
カメラをしっかりと見ながら連続して何かをつぶやいている。
「口元をもっとズームして。早く」
さらに口元へとよっていく。
「じ、る、を、だ、し、て・・・・・・
何ですって?」
続いてつぶやいていく。
「こ、う、そ、く、ぐ、を、は、ず、し、て。
わ、た、し、が、い、く、か、ら・・・・・・
行くってどこに?」
それだけつぶやくと、時野は後ろを向いてしまった。
「微弱ですが、確かにジルの脳波が上昇しています」
「自分が取り込まれたというのに、なぜあの娘は怖がってないの?」
静かに歩きだした。
「ハイリスク、ハイリターン・・・・・・
いいわ。解除して」
「いいのですか?!」
「責任はとるわ。
と言っても、どう取ればいいのか教えて欲しいけど」
「・・・拘束具解除開始!」
ジルが見えなくほど覆っている鉄の塊が少しずつ開いていく。
「第1ロック解除!」
表面の厚い鉄が落ちる。
「第2ロック解除!」
胴体部分が姿を表す。
「第3、第4ロック解除!」
両足を覆っていた二枚の塊が四方へ倒れる。
「第5、第6ロック解除!」
壁に固定していた塊がまるごと落ちる。
「・・・いいのですね?」
「・・・ええ・・・やって・・・・・・」
「最終ロック解除!フレーム切除!」
頭部が四方に割れ、全体を覆っていた細い鉄の鎧がバラバラになって落ちる。
少しも変わりがない、ジルの姿がここにあった。
再び時野がカメラを向く。
「ぶ、り、じ、の、ば、し、て。
ブリッジのばして!」
再び後ろを向くとジルの胸あたりへと通じる道が伸びていく。
音も無く、近づいていく。
ジルの胸に直接触れる。
その時、
時野は倒れるようにしてジルの中へと入っていった。
「・・・何が・・・・・・」
「じ、ジル、脳波上昇!」
「血圧130まで上昇!」
「催眠状態から準覚醒状態になりました!」
ジルの青目が紫色へと変わる。
そのまま自分の手を念入りに見つめている。
「四次元ゲート準備!」
「は、はい!」
手際よく九人が操作を進めていく。
「地下ゲート開放完了!」
「四次元ゲート完了!」
「合図を!」
「エレクシエスト二型機・・・投下!」
「あと44分かぁ・・・・・・」
操縦室内に振動が伝わる。
「何か用意してくれたのかなぁ・・・って、え!?」
そこにはまぎれもないジル・・・二型機が立っていた。
リタが新たに出てきた敵に対してAST粒子砲を放つ。
二型機がエレクシエスト・・・一型機では考えられない動きで全てのAST粒子砲を避ける。
二型機が走りながら爪をのばしていく。
リタが連射する間隔を短くしていくが、もう意味は無い。
二型機がリタを二つで切り裂くと共に、
「リタ、消滅!」
「凍結解除は・・・お前にとって是か?非か?」
二人は向かい合わせで座っている。
だが、美月は目を合わせていなかった。
「・・・全然わかりません。
でも、指揮官としては、正解に近いものだったと思います」
「滝綱美月としては?」
「間違いです」
由佳里は腕を組み直した。
そして、気に入らなかったらしく、また元に戻す。
「まあ、お前としてはずいぶんと思い切った選択だな。
私でもそうしたとは思う。
ま、呼ばれることは承知していたとは思うが」
「その話なんですが・・・まだ召集が来ていないんです」
「ほう。あいつらもあいつらで忙しいときがあるものなのか」
由佳里が感心したように言う。
「何かあったんですかねぇ」
「しつれーしまーしゅ」
「しまーしゅ」
「ん?」
「こんにちはー」
「にちはー」
「こ、こんにちは。
どうやって・・・?ま、いいか。
何しにきたんだい?」
「いつもがんばっているちょーかんしゃんにありがとうをいーにきたでしゅ」
「でしゅ」
「それはどうもありがとう。君たちみたいな人がもっと増えてくれればいいのだがね」
「「・・・みたい」」
「ん?何だね?」
「「馬鹿みたい、って言ったのよ」」
「や、やめろ!やめろおおおぉぉぉぉぉ・・・・・・」
グシャ