第十三話
第十三話 ―黒―
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ねぇ」
「何」
「何か話さない?時野」
二人は新幹線で仙台へと向かっていた。
「話すことも無いのに、話す意味は無いわ」
「・・・・・・」
車窓には少し雪がちらつきはじめていた。
「ところで、何で僕と一緒に行こうと思ったの?」
「私には、あなたを監視する義務があるから」
「何で?」
「知らない」
そう即答すると、また車窓かた遠くを眺める。
いつものように少し悲しげだった。
「なんで見てるの?」
「酔ったから」
・・・なんとも現実的な答えである。
二人は何とか仙台駅についた。
「で、どこ行く?」
「ホテル」
「・・・え゛」
思わず、志隆が音も立てずに時野から一歩遠ざかった。
「意外と・・・かりん以上?」
「そういう意味じゃないわ。
ただ単に、どこにも行きたくないし、ある程度隔離されている場所なら監視もしやすいから」
「監視・・・ね」
志隆は空を見上げるが、雪はもうちらついていなかった。
「じゃあ、行こうか。
・・・変な気分だけど」
「はぁ〜緊張した〜」
「なぜ」
二人はホテルではなく、近くの旅館にいた。
もうすでに、日は傾き始めており、西に面する窓が眩しい。
「なぜって、当たり前じゃん。
高校生の男女が二人きりで旅館に宿泊だよ?
どう考えても・・・・・・」
「そういう関係だとしたら、ビジネスホテルに泊まると思うわ。
お金もそんなに無いと思うから」
「・・・そうか」
畳に寝転ぶと共に、携帯電話の着信音が鳴った。
すかさず志隆が取る。
「もしも〜し」
「よう、志隆」
「清輝〜」
時野は夕日を見ながら固まっていた。
「どうだ?旅は」
「それがね・・・・・・」
志隆がそそくさとトイレに駆け込む。
「はっきり言って、かなり暇」
「だろうなぁ」
「ずっと景色見たまま動かないし」
「ま、お前と話すことだけでも貴重だと思っとけ」
「思っとけ、って言ったってなぁ・・・・・・
そういえば、清輝って時野について知ってることってある?」
「平均値をはるかに越える空間認識能力者ってことぐらいか」
「くーかんにんしきのーりょく?」
「簡単に言えば、一回見ただけでどこに何があったのかを正確に頭の中に叩き込める能力だ。
つまり、一回その道を見れば、真っ暗でも問題無しに通れるっていうことだ」
「へー」
「で、その能力+時間を止められても動ける能力のおかげで、今は時間制御装置の作動者ってわけだ」
「時間制御装置?」
「時間を止める機械だ。その間に防時局の外にいるやつの死生物に関する記憶を消す。
しかも、その機械が厄介でな、普通の人間には作動できないんだよ。
1mmも狂わない正確な歩幅、登録した人間ぎりぎりをかたどっている赤外線センサー、
そして、その作動者だけが知っているボタンの0.01秒の誤差も認められない操作をやったあとにはじめて作動するんだ」
「何言ってるかよくわからないけど、とにかくすごいね」
「ま、安易にがちゃがちゃ止められないようにするためだろうけどな」
「・・・そういえば、時間を止められても動ける能力って、時野しか持ってないの?」
「現時点ではな。
ただ・・・あくまで余談だが・・・死生物も作動中は動けるらしい。
だから、時野はもしかしたら死生物、という可能性が――」
無機質な携帯電話の音が意味も無く響いた。
志隆は用も足さずにトイレから出た。
「時野」
「何」
「英子さんの記憶を消したのって、時野?」
「そうよ」
あまりにもさらりとした受け答えだった。
「何で?」
「要らない物を消して、何が悪いの」
静かに、右手を握り締めた。
「何で要らないの?」
「引きずっていても負にしかならないものは、要らないわ」
爪が少し、皮膚へと食い込む。
「ならなんで・・・・・・」
志隆が机を叩きつけた。
「ならなんで僕の記憶も一緒に消してくれなかったんだよ!!」
「あなたにはその記憶が何れ必要になる気がするから」
「・・・いつ?」
「わからな――」
その一言を発しきる前に、志隆は時野の髪を掴み、無理やり引き寄せた。
「わからないって一体何なんだよ!!わからないならそんなことするなよ!!」
「痛いから離して」
自分が誉めた髪を引きちぎらんばかりに握り締める。
「いっそのこと・・・僕ごと殺してくれればよかったんだよ!!」
「わかった」
時野は左手でガラス製の重い灰皿をつかむ。
掴まれた右手に振り下ろそうとした瞬間に志隆が手を引き、勢い余って灰皿が手を離れ、畳を転がっていく。
「な・・・なんだよ?」
握り締められた状態のままの髪を手でとかしもせず、時野は転がっていった灰皿を追っていく。
「あなたが、殺して欲しい、と言ったから。
そして、その言葉は嘘をついていなかったから」
「ちょ、ちょっと待てよ!
確かに、言った言葉は嘘じゃない。で、でも、死にたくなんて無い」
「どちらが本当なの」
時野が灰皿を拾った。
「わ、わかんないよ」
「自分の意思なのに、なぜわからないの」
「わ、わかるわけないよっ!」
空気がおかしすぎて。
志隆は自分でも何がなんだかわからないまま、部屋を飛び出した。
意味も無く部屋を飛び出した自分に、何の気も起きなかった。
「・・・・・・」
息も切らさずに走り、その階の非常階段で立ち止まる。
「・・・ちっ」
安物の腕時計を見ると午後6時ちょい過ぎ。
あと25秒前だったらよかったのに。
「・・・・・・」
自分だけが知らないことより、自分だけが知っているほうが悲しすぎる。
知らなかったら教えてもらえる。
でも、自分だけ知っていたら誰も信じてくれない。
ましてやそれが、人であったなら。
「・・・要らないから消した・・・と、彼女は言った」
要らない、って何なんだろ。
この世に要らない物なんてない、と多くの人が言っている。
確かに、このまま引きずっていても何にもならない。
でも、いきなり・・・しかも自分以外の人に区切られるなんて辛すぎる。
「・・・彼女が無機質な性格なのはなぜだろう?」
笑った・・・と彼女が言ったときはあるが、どう考えても人間として有りえない。
笑っている表情を作ることが出来ないなんて。
心が凍りついているだけではない何かがある。
どんなに気張っていても、人前で緩むことはいつかある。
それさえもない・・・ということは・・・・・・
「・・・完璧なる心の欠如、または欠陥」
としか考えられない。
一体、彼女に何があったのだろうか?
――あなたを監視する義務があるから。
誰に頼まれた?
どうしてそんなことを?
――知らない。
――わからない。
ただ「忘れた」ということではない何か。
気が付けば立ち上がっていた。
知らなければ。
そして・・・謝らなければ。
その衝動だけで自然と足が稼動していた。
「とき――」
志隆の気持ちを打ち砕く、不可思議な光景が広がっていた。
脱ぎ捨てられた服。
窓の桟。
時野。
「時野!!」
その一言を感じ取る前に、時野は艶やかなその髪を引きずるようにして、窓から飛び下りた。
「・・・!!」
志隆が土足のまま畳の上に上がると、窓から顔を出して下を見る。
田舎と都会の混ざったかぜが通り抜ける。
時野はいなかった。
一言も発さずに部屋を出て行く。
脱ぎ捨てられた服が、少しずつ冷たくなっていった。
志隆は直感的に行くところが分かっているようだった。
携帯電話を取り出す。
「・・・もしもし?」
「もしもし、美月?」
「何?志隆」
「時野がいなくなった」
「・・・え?」
「見つけたら電話するから、用意だけしといて」
「わ、わかった!」
携帯電話をしまうとそのまま走っていく。
通り過ぎた脇に、見知らぬ登山口の看板が見えた。
開けた場所に志隆は見つけた。
白く光る羽に包まれた何かを。
一歩踏み出した途端に、落ちていた枝が乾いた音をたてて折れた。
「来ないで」
きっぱりと。
いつものように冷淡に喋った。
「どうして?」
「これを見たら、普通の人間が私のことを人間とは思わないから」
気にせずに志隆はまた一歩踏み出す。
「来ないで」
羽が自分の存在を感じ取るかのように小さくなる。
「時野は普通の人間だよ」
「上辺だけ」
一歩。
「誰だって、自分が自分でなくなる時なんてたくさんあるよ。
時野はそれが、外に出るだけなんだよ」
「慰めた気にでもなったつもり」
一歩。
「来ないで」
一歩。
「いつまでもそうしてるつもりなの?
羽の殻に閉じこもって、誰とも触れ合おうとせずに、突き飛ばして」
「ええ」
一歩。
「来ないで」
「そんなに来て欲しくないなら、僕からも注文しておくよ。それができたら僕も行かない。
顔見せて、笑って」
一歩。
「出来ないことを強要するのは何もしないことよりひどいこと」
「なら、行くよ」
一歩。
「何も、自分だけが違うなんて」
一歩。
「思わなくていいよ。みんなに共通していることは、違うことなんだから」
一歩。
もう、手をのばせば届く位置にあった。
「だからさ、誰でもいいから触れ合いなよ。最初は・・・僕でいいからさ」
「あなたはただの観察対象。私はその対象に――」
「屁理屈言わない」
ゆっくりと羽をさする。
意外にももろく飛び去っていった。
「・・・努力はしておくわ」
「素直に言ってよ。『がんばる』って」
「・・・がんばる」
志隆が思いついたように手を止め、慌てて後ろを向く。
「どうしたの」
「だって時野・・・裸じゃん」
志隆の顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、当たり前なんだよ!服脱いでったんだから・・・・・・
気づかない僕の方がおかしいんだよ!」
「覚醒時の私は自己制御が効かない。
しょうがないといえばしょうがないわ」
「と、とりあえず電話・・・・・・」
志隆が携帯電話を取り出す。
「もしもし」
「もしもし?見つかった?」
「うん。今ここ――」
「エレクシエストの要請をしておいて」
「え?」
思わず振り向くが、その姿にまたも後ろを向く。
「何?どうかしたの?」
「なんでもないよ」
「要請をして。
私が、来るわ」
「どういう――」
またも意図せずに振り返った瞬間、時野が飛び立った。
「時野!!」
「時野がどうかしたの!?要請って何を!?」
あわてて志隆が携帯電話を取る。
「エレクシエストを転送して!!」
「え?まだAST反応は――」
「仙台市西部上空500mにAST反応!
第二十型死生物、ジルです!」
「わかったわ!」
そう答えて飛び去った上空を見る。
エレクシエストと同じような身長。
前腕の中ほどから生える二本の爪のようなもの。
黒色の巨人がそこにいた。
そして、時野が吸い込まれると共に、
目は青から赤へとグラデーションを経て変わり、時野と同じ羽が生えた。