第十一話
第十一話 ―鉛―
虚無の空間の中に人間が一人。
「ルヴィエシスさん?」
響きもせずにただどこまでも飛んでいくだけだった。
「おーい」
「何ですか?志隆」
ルヴィエシスは志隆の後ろにいた。
「前から出てきてよ」
顔が急にこわばる。
「・・・志隆。あなたは私に好意を持ってはいけません。
最低限、恋人のような感情は捨てるべきです」
「いいじゃん。好きなんだから」
二人の心が離れていく。
「だめです。あなたは夢の中にいる人を本気で好きになるつもりですか?
どう考えても異端です。やめなさい」
「夢だからこそ好きになれるんだよ」
志隆がルヴィエシスへと流れていく。
それ以上の速さでルヴィエシスは遠ざかっていった。
「・・・わかりました。無理にでもあきらめさせる必要がありますね。
志隆。後ろを向いていてください」
「どうする気かしらないけど、まあいいや」
志隆が後ろを向いてからものの数秒もかからなかった。
「いいです」
志隆が向いた先には、
クジラのような白に黒の模様が刻まれた体。
体に生える八枚の翼。
口から突き出している牙。
そして、体中についている真紅の眼。
まぎれもない、ルエだった。
「く、来るな!来るなよ!」
「事実です。受け入れなさい。
それに、私はあなたから出て行くことはできません」
志隆は鳥よりはるかに速く離れていく。
「私の名前はルヴィエシス、人間界では第十六型死生物ルエ、ですね。
偶然にも、その他全ての死生物の名前が人間界での呼び名に似ているようです。
ルブェボシス、ラジュギシス、ルマジェシス、チギェウシス、ダジギュシス、マジュタシス、ロサギュシス、セウィムシス、クルィロシス、イジュアシス、ヨルギァシス、ムリィボシス、ノジュトシス、キィウロシス、ゲルィアシス。
そして、インラァシス、エリィンシス、ジヴェルシス、リヴィタシス、モラギュシス、ロングィシス、レクィドシス、オヴィルシス。
オヴィルシスの出方によってはいくらでも作られます」
「つ、作られる?」
混乱しながら志隆がなんとか答える。
「あなたがたが言っている死生物は、あなたが考えるような人間を絶滅させるための神の使徒、ではありません。
もちろん、あなたがたから見れば神の使い、とでもいうような生物ですが。
最初の目的はあなたを取り戻すことでした」
「最初?それに僕?」
志隆が止まると共にルエも止まる。
「そうです。あなたは本当に偶然落ちてしまったデギゥルシスの核が人間化した姿。
つまり、あなたは第一型死生物デルの一部です」
「・・・・・・」
「そして偶然にも出てしまい、人間界に落ちてしまったがためにそのような姿に――」
「あははははははは」
半分狂気した笑い声がルエにのみ聞こえる。
「そんなわけないじゃん。僕、お母さんから生まれてきたんだよ?
そんなわけないじゃん。そんなわけ――」
「現実を見つめなければ何にもなりませ――」
「うるせぇ!何もかもいらねぇんだよ!」
その時。
志隆の背中から虫の足のようなものが生えてきた。
無数に生えたそれはルエを何重にも突き刺した。
「死ねよ!そのまま死ねよ!」
止まらずに生えてくるものがルエを無数に突き刺し、そして中身を次々と抉り出していく。
「や、やめ――」
「言うなクソアマ!ルエが!忌々しい死生物なんかになって誰がたまるもんか!!」
志隆がルエの顔らしき前面へと近づいていく。
最後に残った目が志隆を見ている。
「・・・ふっ」
ゆっくりと右手をのばしたとき、志隆は視界の右に映ったものに愕然とした。
今まで何十回と見てきた、デルの手。
他の死生物とは違い、全くの白色でそれぞれの指についた爪がするどくとがっている。
そしてその手の付け根は、見事に自分へとつながっていた。
「・・・いやだ・・・なんだよこれ・・・・・・」
自分の右手を左手で引きちぎる。
痛みよりもその左手さえもデルへと変わっている。
手の先端から口の中へと押し込む。
そして自分の体もデルに変わっていることに気づく。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
消えろ!!消えろ!!全部消えろ!!僕なんて消えろ!!」
全ての生えた何かが自らの体を突き刺した。
「・・・・・・」
手を確認する。
「・・・・・・」
背中を確認する。
「・・・・・・」
顔を確認する。
「・・・・・・」
夢の中。
そう、夢の中。
そのことはわかっているにも関わらず、有り得ないほど現実味を帯びたその体験に縛られていた。
全く動いていなかった。
目を閉じたらまた眠ってしまいそうで怖い。
眠ってしまったら、また会ってしまいそうで怖い。
また化けてしまいそうで怖い。
息をすることさえ恐怖に感じた。
「・・・・・・」
苦しい。
苦しいのも怖い。
息をするのも怖い。
何も出来ない。
何もかも怖い。
廊下で何か声が聞こえる。
「キラカゼ内にAST反応を二個確認!同型のため、第十八型インです!」
「・・・そうだ」
再び生命活動を開始する。
たかが夢だ。
「平塚清輝はエレクシエストに搭乗し、待機!」
乾いた目でなんとかまばたきをすると指揮室へと走っていった。
「β、よこせ!」
「β、投下!」
既に戦闘がはじめっていた。
「イン、活動開始!」
「エレクシエストを軸にして全く対称的に動いています!」
「誤差、0.01秒もありません!」
エレクシエストの半分ほどの大きさしかない、白色で独眼の巨人が迫る。
受け止めようとする腕の挙動もむなしく、胸と背に二人の腕がめり込んだ。
「胸部装甲、完璧に損壊!」
「背部装甲、損壊率63%!」
二人がエレクシエストを壁代わりに数百メートル遠ざかる。
「レオム許容速度は!」
「57kmオーバーです!」
二人が地面に両手をつけると足の力のみで跳躍し、飛びげりをくらわせようとする。
エレクシエストはβを落とすと二人のアキレス腱をつかみ、その動きを利用して逆側に投げ飛ばした。
「片方を狙って!」
「了解!」
エレクシエストが再びβを拾うと、起き上がろうとしていた二人にそれぞれ投げる。
二人の頭部は、道路に固定された。
「η、よこせ!」
「η、投下!」
フェイシング用のような柄が短い槍が投下された。
それを掴むと一気に跳躍し、一人を覆う影を作る。
腹部に深く突き刺さった。
頭部に刺さっていたβを抜くと、降りかかる血も気にせずに、四肢から順番に切除していく。
最後に左胸に突きたてた。
「イン一体、消滅っ!」
「いえ、もう一体も消滅しました」
「四次元内で神経をつながれた死生物?」
エレクシエストの格納庫内に二人はいた。
「あくまで仮説だけどな。一卵性双生児でもあれは無いだろ?さすがに」
「そうだけど・・・・・・」
「もしくは機械で同じようにコピーされた量産型、か」
胸部装甲換装作業がはじまっているが、清輝は動こうとはしなかった。
「それだとしたら、片方が攻撃されてるときに片方が助けに来るよね」
「・・・それもそうだな。少しは頭、いいんだな。
もちろん、形だがな」
「・・・・・・」
エレクシエストの胸の白い皮膚があらわになっていた。
「そういえば、清輝はなんでパイロットになりたかったの?」
「初めからパイロットになりたかったわけないだろ?
ただ単に、自衛官として適当にやってたら、ここに飛ばされたってだけだ」
「その歳で自衛官?」
改めて志隆が清輝をなめまわすように見る。
茶髪、180くらい、比較的男らしい体・・・・・・
「無しじゃないけど・・・十代だよね?」
「もちろんだ。お前と一つ違いの18。ただ、学年的には同じだけどな」
「どうやって入ったの?」
「中卒で入ったに決まってるだろうが」
清輝のような人が町中に溢れていたら、少しは景気もよくなるだろうか。
「月とすっぽんだね、ほんとに・・・尊敬するよ」
「そりゃどう――」
目が半開きのまま固まっている。
「ああ。記憶消去か」
「・・・もう私が教えきれることはなくなったわ」
「え?もう?」
すでに志隆はエレクシエストの全操縦方法をマスターしていた。
「若い人のほうが、適応能力が高いのは本当のようね」
「若いって・・・時野だって十代だろ?」
「歳は確かに16よ」
少しも躊躇しないで言うのが時野らしい。
「一つ下だったんだ!」
「どこが不思議なの」
「ずいぶん大人っぽいからさ。その大和撫子っぽい髪もそれを演出してるのかもしれないけど」
数秒ほど時野が自分の髪をながめる。
「別に髪の毛なんて飾りだわ。こんなもの、邪魔なだけ」
「もったいないよ!欲しくても手に入らない人がたくさんいるんだよ?」
「かつらにでもすればいいじゃない」
志隆が何かに気づいた。
「もしかして・・・すっぴん?」
「化粧なんて、お金の無駄だわ」
「はいやー・・・・・・」
十代までで化粧をしていない現代の女性など、多分、時野のみであろう。
いや、断言してもいい。
「外見の美しさなんてどうでもいいわ。
どんなに美しくてもいつかは衰えるもの。
それなら、時が経っても衰えない、知識と心を持つべきだわ」
「・・・僕の名言語録に載せとくよ」
「それよりも、早くその近すぎる顔面をどうにかしてくれないかしら。
邪魔よ」
仕方なく志隆が顔を遠ざける。
「もしかして、病弱だったりする?」
「どうして」
「だってシミとか一つもできてないじゃん」
「シミやソバカスは肌の新陳代謝が悪いから出来てしまうもの。
適度な生活を送っていれば、悩むことも無いわ」
一体、何人の女性を敵に回せば気が済むのであろうか。
「美少女コンテストとか出たら?絶対優勝できるよ。スタイルもいいし」
「・・・どう言えばいいの」
「何が?」
「誉めてもらったときに、どう対処すればいいのかがわからない」
少し志隆が笑った。
「素直に喜べばいいんだよ。笑って」
時野が人間の顔で作り出せるとは思えない表情を作り出した。
「ど、どうしたの?」
「・・・らった・・・・・・」
「え?」
「笑ったの。あなたが言うから」
少し時野の顔が恥ずかしそうに見えたのは気のせいでは無いような気がする。
「ああ・・・そう・・・なんだ・・・はは・・・・・・」
「志隆、あなた、気持ち悪い」
志隆が軽くドアをノックする。
「英子さーん。開けるよー」
「わかりましたー!」
病室が広いせいなのか、英子が大声で答えた。
しかし、志隆はすぐに病室に入ろうとはせず、入り口から首を突き出して辺りを見渡している。
「どうしたんですか?」
「いや、かりんがどこかに潜んでたりしないかなぁ、って」
「ご名答〜」
志隆の意思に反し、かりんが後ろから声をかけた。
「うわっ!」
「も〜、志隆ったら〜、私のことそんなに意識してるの〜?」
この前と同じように、後ろから抱きつく。
「いや、だから・・・・・・」
「サービスよ〜。サ・―・ビ・ス」
かりんが志隆の耳に息を吹きかける。
「あふゃあ!」
「息だけでこんなになっちゃうの〜?楽しみ〜」
かりんが志隆の頬を人差し指でいじりだした。
「で、何ですか?神崎さん」
これくらいの耐性ならついてしまったようである。
「そういえば、一番肝心なあのことについての謝罪をしてなかったなぁ・・・って」
「ああ・・・いいですそれなら。私も踏ん切りがつきましたし」
「何〜?あのことって〜。なんか意味深〜」
かりんが志隆を覗き込む。
「まあ・・・あれはあれ・・・ということで」
「あれはあれ・・・です」
「英子〜?私が知らない間に場所をいいことにしちゃってない〜?」
「そ、そんなわけないです!」
英子が全力で否定した。
「場所、といえば、もう気絶してないのに、なんでここにいるの?」
「体は大丈夫なんですが・・・部屋がちょっと悲惨なので、ついでにここに住もうかな・・・と」
確かに、ベッドの周りは、きれい、とは言えなかった。
「意外でしょ〜?」
「確かに」
日常に、非日常が割り込んでくる。
「キラカゼ上空300m地点にAST反応!第十九型死生物、エンです!」
かりんが人差し指を止めた。
「烈那英子はエレクシエストに搭乗し、待機!」
「大丈夫〜?代わるけど〜?」
「大丈夫です。仕事です」
英子がベッドから出て、病室の出口へと向かった。
「神崎さん?」
「何?」
「あの、帰ってきたら、弁償の代わりのようなものとして、水族館にでも行きませんか?二人で」
「空き時間ってあるの?」
「交代制ですから」
志隆が少し考え込む。
「いいよ」
「わかりましたっ!」