第一話
第一話 ―白―
「起立」
今日も一日が終わる。
「さようなら」
「さようなら」
途端に教室が騒がしくなる。
「またあのセンコー、チャイムきっかりに終わしやがったぜ」
「卒業まで続くかもな」
一人だけ立ち上がっていない者がいた。
「神崎君」
彼に女子が話しかけている。
「神崎君?」
女子が彼を覗き込む。
「神崎君!」
「な、なに?」
実に寝ぼけた声が返ってきた。
「やっぱり寝てた。
そこの席いいよね。前が大原君だから何してても見えなくて」
「僕にとっちゃ、本当に天国だよ」
「志隆!」
後ろからきた男子が彼の椅子を思い切り蹴る。
彼の腹に机がめり込む。
「ちょっと・・・やばかったんじゃない?」
「志隆!おーい志隆!」
男子が彼の頭を覗き込んで見ると、口から涎を垂らし、半分白目になっていた。
「ひぃっ!?」
「か、神崎君!」
女子が彼の頬を連続ビンタする。
「・・・い・・・・・・」
「神崎・・・君?」
「・・・痛い・・・・・・」
二人が安堵する。
「よかった・・・・・・」
「何が?」
「人生っていうのはな、語らなくていいこともあるんだ」
「同級生に言われても迫力ないけどね。ましてや小暮だし」
そう言って彼はまた倒れるように寝始めた。
小暮と呼ばれる男子が無理矢理夢の世界から引きずり出す。
「なんだよ小暮」
「これから四人で飯食いに行こうと思ってな」
彼は少し首を動かして辺りを見回す。
「篠崎は?」
小暮が彼の視界の上を指差す。
彼が少しずつ椅子を倒していく。
「やっぱり」
案の定
「あーあ」
後ろに派手に倒れた。
「痛ってー・・・・・・」
「だ、大丈夫?志隆君?」
「なんとか・・・ね」
また夢の世界へと誘われる彼を引きずりながらなんとか四人は教室を後にした。
「またここ?」
「安くて近くてみんなで楽しめる。
これこそ最高だろうが」
「それを言うなら、安くて速くてうまい、じゃないの?」
店中にソースの匂いと焦げる麺の匂いがしていた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「ええっと・・・チーズとキムチのもんじゃで」
「わかりました」
全員が同時に部屋の壁に倒れこむ。
「しっかし、部活無い高校がこんなに暇な物だとは思わなかったな」
「それだけがここのとりえだからね」
全員が照明と換気扇を見上げる。
「テスト終わってから一ヶ月、ずーっとこれかぁ・・・・・・」
「そろそろ次のやつもはじまるよね・・・・・・」
「進路決まってないやつ挙手」
四人全員が手を挙げる。
「だるだるだな・・・・・・」
「いいじゃん。それだけがここのグループのとりえなんだから」
「否定したいところだけど、否定できないんだよねぇ・・・・・・」
「そうだよねぇ・・・・・・」
笑い声が聞こえてくる。
「これから僕達、どうなってくんだろうねぇ・・・・・・」
「なるようになってくだろ。どうせ一般市民Aで終わるさ」
「主役級がここから生まれるわけないよねぇ・・・・・・」
足音が近づいてくると共に全員が一時的に座りなおす。
品物が置かれると共に誰ということも無く、四人が分担して野菜を切り始める
「この作業するの、一体何回目だろうね」
「百回は軽く超えてるだろ」
四人は手際よく野菜を切り終わると一つにしてドーナツ型に中をくり抜く。
くり抜いた直後に汁を入れ始める。
「ここのもんじゃうまいけど、さすがに百回も食べるとなぁ・・・・・・」
「メニューも全部制覇したしなぁ・・・・・・」
特に意識する事も無く、揃ってため息をつく。
「次からはどっか喫茶店にでも行ってみるか」
「喫茶店って、最近できたメイド喫茶しか知らないけど」
「パス」
「パス」
「パス」
汁の表面に膜が張ってくる。
「じゃあ他に喫茶店知ってる人は?」
沈黙。
数秒後に揃ってまたため息をつく。
「このグループ内に情報通に通じてそうなやつ、いないからなぁ・・・・・・」
「ゲーセンなら暇潰せそうじゃない?」
「四人共通でできるやつ、ないだろ?別々にやったんじゃ意味無いしな」
また誰とでも言うことなく、土手を崩してかき混ぜる。
そして突き出された三つの皿に篠崎が出来上がった物を乗っけていく。
きれいに四等分されており、鉄板には屑さえ残らなかった。
「これ食い終わったらゲーセン、行くのか?」
「そういえば買いたいものあったから、みんなでデパート行かない?」
「私もあった」
志隆と小暮が女子二人に向かって右手を突き出す。
あっけなく平手で返された。
差し出した手が鉄板に直撃する。
「あちっ!」
「何も手出しただけだろうが!」
「わかった。五百円で勘弁してあげるからこれ食べたら行こ。デパート」
「あー、手疲れた」
「でも自給五百円のバイトだから別に悪くないかも」
「月十二万だぞ?」
「わかんないよ。そういうの」
夕日の十字路を一人と三人に分かれて進んでいく。
「じゃ、ここで」
「バイバイ」
「じゃあな」
「じゃあね」
何気なく、空を見上げる。
一番星が輝いていた。
しかし、辺りを見回せばすでに別の星が光っていた。
カバンからウォークマンを取り出す。
聞きなれているクラシックが流れてきた。
誰もいないのをいいことに、指揮を振りながら歩く。
音量を調節しようとした瞬間、
体中に振動が伝わった。
横を向いた瞬間に驚愕する。
目をこする。
驚愕する。
こする。
驚愕する。
何度こすってもその光景に変わりはなかった。
深紅の眼球。
白黒の巨人。
距離と大きさなどを考えても身長百メートルはあるだろうか。
白黒の体には少し不似合いな深紅の目が彼をしっかりと見つめていた。
「な、なに?」
なんの予告も無しに彼の脇五メートルほどを光線が駆け抜けた。
舗装されている道路が土まで丸見えになっている。
粉砕している、というよりは削り取られていた。
第二射が放たれようと思った瞬間、
第二の振動が体に伝わった。
巨人が見た先を追いかけると
銀色の装甲板。
四脚。
尾。
足と同じ太さの腕。
細い青目。
そしてその青目も彼を捉えていた。
それも身長は百メートルありそうだった。
「アニメの展開とかから予想すると、赤目巨人が敵で青目巨人が味方?」
巨人から先程と同じものがもう一方に照射された。
胸部に命中すると当たった方の巨人が倒れる。
土煙のような物と共にビルが倒壊する。
倒れたその場所から何かが放たれた。
投槍が巨人へと命中し、激しく出血をした。
赤い空がさらに真っ赤に染まる。
しかし、全く動じていない。
巨人は二射目をもう一方の巨人へと照射する。
立ち上がった巨人は装甲板が剥げて、白い中身が剥き出しになっていた。
巨人はその四脚で跳び上がり、襲い掛かる。
しかし、もう一方の巨人は瞬きをした瞬間に消えていた。
巨人は動かない。
目がこちらを捉えた。
ゆっくりと歩きながら近づいてくる。
ようやく事態を把握したのか、志隆は全速力で駆け出した。
何が起こっているのかもわからない状態で。
志隆の足が止まった。
目の前には今、後ろにいたはずの巨人が立っていた。
思わず腰を抜かしてしまう。
涙が零れ落ちる。
巨人の胸部が中から引き裂かれる。
中から筒状の物が飛び出す。
巨人の手が志隆を優しく掴む。
「や、やめてよ!」
ちょうど胸の高さほどまで腕が上がったとき、志隆は筒の中へ放り込まれた。
何回も前転を繰り返してようやく志隆は止まった。
「いっててててて」
「お前が死生物の激戦に耐えられたとは思えないな」
中にはすでに先客がいた。
「シセイブツってなに?」
「俺の名前よりもまずは死生物か。その好奇心は認めてやるか。
まあ、後ろに座れ。またあいつが来る」
彼が座っている物の後ろには確かに座席があった。
「これ?」
「それ以外に無いだろ?」
仕方なくそれに座ると腰の部分が拘束具のようなもので覆われた。
体が自由に動かせなくなる。
「何・・・これ・・・・・・」
「黙れ。来る」
出口が閉じられ、筒の中にまわりの景色が写る。
「目標確保」
「やったわね」
「こんなもの、お前にだってできるさ」
「そりゃどうも」
景色が動き、さっきの巨人が姿を現す。
内部が激しく揺れる。
「βよこせ!」
巨人の両脇に双剣が現れる。
ゆっくりながらも走って敵に近づいていく。
中は激しい揺れに苛まれる。
「うわあああああああ!」
「少し黙ってろ!」
前の巨人からまた光線が発射される。
巨人がまたもや倒れる。
中は重力が横にかかる。
「レオムは!」
「私がやってるんだから、声かけないでよ!」
視界上部に身長二十五メートルほどの人型兵器が写る。
両手には何か太い電線に繋がれた長い銃が握られている。
それを巨人に向かって構えると強烈な光と共に何かが発射され、人型兵器が反動で吹き飛ぶ。
それをくらった瞬間に巨人は光の中に包まれた。
「どうなってるの?」
「相手の爆風に巻き込まれてるだけだ。勝ったんだ」
光が止んだ後の景色はただの廃墟となっていた。
「町・・・は?」
「消えたさ」
「・・・え?」
もう一度、頭上に広がっている廃墟を眺める。
「みんなは?」
「さあな。避難勧告が出ていたはずだから、逃げてると思うぞ」
「こんなところに防空壕みたいなところって、あるの?」
「ある。防時局ならそれぐらい用意できる」
聞いたことも無いところだ。
「死生物って何?レオムって何?これって何?あれって何だったの?防時局って――」
「聞きたいことがあったら着いてから聞け」
筒がまた外へ出される。
「平塚清輝、神崎志隆の生存を確認」
外にいたのは自衛隊のような人達だった。