第二話"自傷衝動"③次文
気づけば私は走り出していました。
だって。だって。
見られてしまいました。
私の秘め事を。
私はそもそも普通でなければならなかったのです。
普通であらねばならなかったのです。
そうあるように望まれて生まれて、そうあるように望まれて育てられてきたのです。
何事もなく成長し、つつがなく大人になり、そのまま老けてゆく。
私には、そういう使命が課せられていました。
そう生きねばならなかったのです。
ですが、それは無理でした。
私には出来なかったのです。
周囲が個に望む形と、個が個に望む形は違うことがあります。
私もそうでした。
私は普通であることを望まれていました。ですが、私は普通であることが許容できなかったのです。
普通に生きる。ということは、周囲の人間と同じように生きる、という意味です。
どこにでも居るような普通の人間になる、という意味です。
もちろん、最初は私も普通であろうとしていました。
普通に人と喋り、普通の点数を取り、普通に学校に通う。
そんな生活をしている時期もあったんです。
ですが、それを続けているうちに、次第に私の心の中には、暗い影が差し込み始めました。
最初はわずかな違和感くらいのものでした。
しかし、影は段々と姿を濃くしていき、しまいには声まで聞こえるようになってしまいました。
声は言います。
「お前に、普通に生きる資格があるのか」
私はその時、背筋が凍り付くのを感じました。
そうです。私には、そんな資格はなかったのです。
罪深い私には、《普通》などという恐れ多い幸福を享受する資格などありませんでした。
私は、恐怖しました。
自らの過ちに、眩暈すら覚えました。
私は普通であることを望まれて生まれてきました。
ですが、
生まれてくること自体が望まれていた訳ではなかったのです。
私は本来なら、生まれてくるべきではなかったのです。
なのに、私は、生まれてしまった。
生まれてきてしまったのです。
ごめんなさい。
謝って済む話ではないですけど、それでも。
ごめんなさい。
生まれてきてしまって、ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………。
気づけば私は、ノートにそんな文字列を書き込んでいました。
そして、ノートが滲んでゆきます。
ぽたり。
次々と溢れてくるものを、私は懸命に拭います。
それでも、それは止まってくれません。
私は罪深い人間です。
生きていてはいけないはずなのに、自ら死を選ぶことは許されていなくて。
死ななきゃいけないはずなのに、生きていなければならないのです。
こんな身体を流れる血液など、枯れ果ててしまえば良いのに。
こんな穢らわしい人間など、死んでしまえば良いのに。
なのに、死ねない。
「ごめん、なさい……」
誰も居なくなった教室は、静かでした。
ひんやりとした机の感触が、火照った身体を労るように優しく冷やしてくれました。
ちょっとずつ明かされる茉水さんの秘め事。
もうちょっと一気にバラしても良かったかなと思わなくもありません。
こういうのは難しいなと改めて痛感しました。
茉水さんと違って作者は秘め事が苦手でして……。
どうしても一気に語っちゃうか、今回みたいに焦らしすぎるかの二択になります。
むぅ……。