第二話"自傷衝動"②
夕日の差す教室で、二人の少女が向かい合っていた。
「はぁ……はぁ……、ミ、ミコト様……は……、早くぅ……」
栗色の髪をボブカットにした少女、向笠が顔を赤らめて、そう言った。
ミコトと呼ばれた少女、天壌命は囁くような優しい声で、うん、と返事をした。
天壌が向笠のほうへ腕を伸ばすと、
「ん……んぅ……あ、ダメです……ミコト様……」
と、向笠はうろたえてしまう。
すると天壌はその反応を楽しむように指先を動かしてゆく。
「あ……ダメ……そこはダメです……もっとそっちに……、あ、ひゃぅ……!」
「ふふ……、ここかしら……? それとも、……こっち?」
「あ、いけませんっ! ミコト様! あ、あぁっ……」
向笠のリアクションを楽しむように指をいじくる天壌。
「ねぇ……、どっちがいいの? 向笠さん」
「あ、ダメ……あと、名前で……呼んで、ほし……あぅ、……んぅ!」
天壌が向笠の頭を撫でると、向笠は跳ねるようにビクつき、そしてその頭を預けてくる。
「ふふ……正直ね……。あなたのそういうとこ、好きよ、華恋……」
「あぁ……名前……嬉しい……」
天壌は手を頭から放し、再び正面へと向ける。途端に向笠は息を荒くする。
まだ触れてもいないというのに、まるでパブロフの犬ね……、と天壌は唇を緩ませる。
「クスっ。ねぇ、どうして欲しいの? お願い、してみてくれる……?」
「あ、あふ……。もっと……右……いやっ! あ、……そっちじゃないのっ! うぅ……そんな……」
その反応をいつまででも楽しんでいたい天壌ではあったが、いつまでも時間があるわけではないので、その手を核心へと触れさせる。
「ふふ、ここでしょ? 向笠さん……」
「あっ、ダメっ……!?」
そして天壌は一気にそれを摘まみ上げる。
「あ、あああぁぁぁ……っ!!」
ぐったりと伏せてしまう向笠。
その手にはトランプのカードが1枚握られていた。
「ふふ……揃っちゃった。やっぱりババはそっちだったのね……」
「ズルイです……ミコト様……、はぁ……はぁ……。私の反応でカードを当てちゃうだなんて……」
天壌と向笠は向かい合ってババ抜きをしていたのだった。
机の上には捨てられた札が乱雑にばらまかれている。
「ごめんなさい……。でも、あなたがあまりにも可愛くって……イジワルしたくなっちゃうの……」
「そんな……ダメです……。ミコト様……はぅ……」
向笠は甘い吐息を吐いて瞳を潤ませていた。
天壌はそんな愛しい少女の頬をそっと撫でてやる。
向笠はその手に擦り寄るように頬を寄せてくる。
火照った頬は熱く、触れ合うだけで汗ばみそうなくらいだった。
人間倶楽部が設立されて、一週間が経とうとしていた。
天壌と向笠は、部室代わりに教室にたむろしては、今日のようにトランプをしたりして遊んでいる。
それは本来の活動とは違うものなのだと、天壌も理解してはいたのだが、向笠と過ごす日々が楽しくて、ついつい遊びすぎてしまうのだった。
そうして今日も日が暮れ、一日は終わろうとしていた。
名残惜しくも思いつつ、変化を起こさねばという思いもありつつ、結局こうなってしまった。それは天壌にとって反省材料でもあった。
そんなことを考えつつも、学生鞄を手に取り、天壌は口を開いた。
「向笠さん、あのね、……ちょっとトイレ行ってきてもいい?」
天壌がそう告げると、向笠は急に顔を赤く染めて俯いてしまった。一体何を想像したというのだろうか。
天壌は少し首を捻りつつも、急かされるような衝動が身を駆け抜けるので、思考を切り替えて、「それじゃあ、行ってくるね」とだけ言い残す。
向笠がわずかに頷いたのを確認し、天壌は教室を出た。
斜陽に彩られた廊下をパタパタと走り抜け、女子トイレへ。
そこで、天壌は言葉を失ってしまった。
そこにいたのは。
痩せ細った身体に虚ろな瞳。なぜか退廃的な印象を抱かせるよれよれのセーラー服。水に濡れたように艶やかな黒いポニーテイル。
何よりも彼女を異常たらしめているのはその手。
ぴちょん……。と、雫が重力に促されるままに落ちてゆく。そして地面で、爆ぜる。
赤い、花のようだった。
滴る血液が、狂い咲いた花のように美しい。
咲く季節を間違えたかのようなアンバランスな姿であり、なおかつ膨大な栄養を与えられ肥大化した花。
それは醜悪の極みのようでもあって、また美醜を超越した存在感すら放っていた。
率直に言って。
天壌は、その瞬間、つい数分前まで一緒にいた愛しい友達のことすら忘れてしまっていた。
それほどまでに、天壌にとって、彼女は美しい存在だった。
そんな光景に見惚れ、我を忘れている間にも、時間というものは巡り続けるもので、彼女は天壌の存在に気づいたようだった。
その顔色から察するに、その胸の内は、恐れ……だろうか。
唇を振るわし、足元はふらつき、視線は縦横無尽に泳ぎまくってる。
「……あのっ、……そのっ。……えっと……」
少女は口ごもり、うまく言葉を発せないようだった。
その声は小川のせせらぎのように透き通っていて、天壌は心が洗われるような気持ちすら沸き上がるのだった。
なので、つい、呟いてしまう。
「綺麗……」
その声。その姿。その在り方。
全てが美しい。
彼女には儚さがあった。
触れただけで壊れてしまうような。わずかな汚染で色を変えてしまうような。わずかな衝撃で弾けてしまうような。
そんな不安定で、刹那的な美だ。
「もっと。ねぇ、もっと綺麗な貴女を見せて……?」
天壌は凍るような笑顔で、そう詰め寄っていた。
その胸中は、あの時と同じだ。
――ああ、わたしは、この子が欲しい……。
ただのババ抜きがここまでエロくなるとは……。
こういうのが書きたくて始めたシリーズです。
引かずにお楽しみいただければ幸いです。