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天壌命の人間倶楽部  作者: 水無亘里
第一話“復讐自殺”
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第一話"復讐自殺"後編

 天壌命はそもそも人間というものに興味が無かった。

 人間に興味を持てなかったのだ。

 だから、ただ淡々と時間だけを積み重ねるようにして生きていた。

 周囲が羨望の眼差しを向けようと、信奉の眼差しを向けようと、そんなものは関係なかった。

 天壌は何の努力もせずに、何もしようともせずに、ただ自堕落に生きていた。少なくとも本人はそのつもりでいた。

 明確な意志などなかった。目的も存在しない。

 ただ退屈な時間を怠惰に過ごす。それだけだった。

 そんな退屈な日常を壊したのは、向笠華恋だった。

 向笠は実に魅力的な少女だった。

 表面上では明るく快活で、一見普通の女子高生といった風情。

 だが、その笑顔の中には僅かな陰りが垣間見えた。

 気のせいかもしれない。そうとも思った。

 だが、それから気になって、何度か向笠を見ていると、やはり違和感が胸をよぎった。

 彼女の笑顔には裏があるのではないか。そしてそこにある陰りは、天壌にも共通するものだとも思ったのだ。

 分かり合える。天壌はそう直感した。


 退屈を持て余していた天壌は向笠の観察を始めた。

 基本は複数人で過ごしていることの多い向笠だったが、時折一人でいることがあった。

 そんなとき、必ず傍らにあったのが、本革の手帳だった。

 向笠は、時折嗤いながら、時折苛つきながら、必死に何かを書き殴っていた。

 そこには何かしらの強い情念が書き込まれているのだろうと、瞬時に理解できた。

 それからの天壌はその内容を探ろうと必死になっていた。

 しかし向笠のガードは堅かった。授業中、休憩時間中は勿論。体育の授業中でも、彼女は手帳を手放さなかったのだ。

 そこまで頑なに隠そうとする彼女の思いを、天壌はどうにかして知りたい。そう思うようになっていた。

 気づけば天壌は向笠のことばかりを見ていることに気づいた。

 授業中ですら歯止めはきかない。まるで初めて恋した少女のように……。

 そう考え、天壌の身体には電光が走った。

 そうか。これが恋なのだ。これこそが恋と呼ばれる感情なのだ、と。


 愛しい思いは募り積もり、彼女の尾行が始まった。

 少し調べようと思えば、彼女の自宅など簡単に調べられるものだ。

 天壌には多くの信奉者がいたし、今まで便利だからと、彼らに色々と指示をしてきたこともある。

 職員室へ向かい、住所録を見せてもらえば簡単に成果は出るだろう。

 それでも、天壌はあえて尾行をすることにした。

 何よりそれは楽しかったからだ。

 信号待ちをしながら手持ちぶさたに呆けている横顔も。通りがかった女性が散歩していた犬にわしゃわしゃー、と撫でまくる時の笑顔も。歩きタバコの煙をもろに被ってしまっても咽せずに耐えている時の眉間の皺も。

 全てが愛おしい。愛らしい。

 ああ、私はこんなにも彼女を愛しているのだ。なんて想いに、胸は張り裂けそうになる。

 その行動をつぶさに追い続け、天壌はようやく辿り着いた。

 ――ここが向笠さんのお家……。

 二階建ての一軒家。辺りは一等地というほどではないが、綺麗な住宅地だ。クリーム色のレンガが家を小綺麗に飾り立てている。

 通りすがりに見ただけでは、ここはただの一軒家でしかないだろう。 

 だが、ここに向笠が住んでいる。そう思うだけで、そこは観光名所のような特別な場所に感じられた。辺りを行き交う通行人に通行料を払わせたいくらいに、天壌にとって特別な空間となっていた。

 ここで彼女が生活をしている。寝て、食べて、お風呂に入って、暮らしている。そう思うと胸の鼓動が高まり、高まり、どうにかなってしまいそうだった。

 ここに立っているだけで寿命が三年は縮んでしまいそうだ。それくらいに、天壌の胸部では激しいビートが刻まれていた。

 表札に書かれた向笠の文字を見ているだけで、天壌は荒い息を止められなかった。

 身体は限界に近い。だからこそだろうか。天壌はその先を求めた。いっそここで果ててしまっても良い。むしろ本望だ。

 天壌は表札横にあった門扉を開き、敷地内へ侵入する。そしてそのまま回り込み、横手の壁に張り付いた。

 ――確か、向笠さんはこの後、習い事のために外へ出るはずだ。その隙に……。

 ガチャ……。

 都合良く、扉は開かれる。愛しい向笠さんの横顔が通り過ぎてゆく。

 その顔には表情などない。だがそれでも構わない。何を考えていようとそんなことはどうでもいい。

 彼女が愛しい。それだけでいい。

 舐め回すようにその後ろ姿を見つめていた天壌だったが、姿が見えなくなったところで行動を開始した。

 天壌はスカートのポケットから鍵を取り出す。

 ――向笠さんったら、手帳の管理は厳重なのに鍵の管理はずさんなんだもの。……くすっ、可愛いわ向笠さん。

 現物を見ることが出来れば、同じ物をもう一個作ることなど容易いものだ。信奉者の中にも鍵を作れる人間くらいいるのだから。

 鍵を開け、玄関に入ると、一斉に香る向笠家の匂い。天壌はその心地よさに腰が砕けそうになりながらも、なんとか膝を突く。

 ――もう少し、もう少しで手帳に近づけるわ……

 向笠の部屋を探しつつ、天壌はその家を堪能していた。

 興奮のあまり鼻血が滴り落ちてきたので、ティッシュを鼻に突っ込みつつ(信奉者が見れば卒倒物の光景だろうが)、室内を我が物顔で闊歩する。そして……。

 ――見つけたッ!

 『華恋』と言う文字が可愛らしく書かれた札の掛かった扉。この時点で天壌の心臓は高鳴りすぎてズキリと痛みすら催す。

 それでも足は、手は止まらない。

 恐る恐る開けた先には、桃色の空間が広がっていた。全体的にピンクと白系の柔らかいイメージで統一された家具。レースの付いたクッション。でっかいウサギのぬいぐるみ。それはもう、天壌が向笠に抱いていた可愛らしいイメージそのままの部屋だった。

 そして、視線は机へ向かう。

 容易に想像は付く。あの一番上の鍵付きの引き出しに、あの手帳がしまわれている。

 そしてその鍵もすでに手元に作ってある。こちらの管理も甘かったからだ。

 ――というより、家の扉と一緒にくっついていたから、念のため作っておいただけだけど。

 それは功を奏したということだろう。鍵は突っかかることなく刺さり、滞りなく回った。

 そして、その中身は……。

 ――……当然、そうでしょうね。

 中身は空だった。出掛けた際に持っていったのだろう。その可能性は高いと踏んでいた。

 これでは忍び込んだ意味がないのだろうか。

 いや、そうでもない。

 少なくとも、ここまでのルートは確保できた。次回以降の侵入は容易に済むだろう。

 あとは深夜にでも忍び込めばいいだけだ。

 天壌は笑顔を隠しきれないままに、向笠家を後にした。


――


 その後の懸念もないわけではなかった。

 手帳がなくなってすぐに向笠は気づくものかと思われたが、毎日手帳を持ち歩いている訳ではなかったらしく、翌日はそれに気づいた様子はなかったのだった。

 気づいて欲しい。手帳はここにあるのに! そう思っても想いは届くわけもなく、結局、放課後になってから挑発的に彼女を誘い、彼女を脅迫することに成功した。

 結果だけ見れば脅迫は必要だったのかどうか、疑問の残る結果ではある。

 現在、向笠は自ら望んで天壌に従っている。そしてそれは信奉者たちと同等かそれ以上の熱量を伴っているのだ。

 それが天壌が向笠に対して抱いている恋心のような感情と、全く同じものであって欲しいものだ。だが、それは確認しようのないものだ。

 言葉で表せる感情は少ない。天壌の想いと向笠の想い。それらを比較することも並べることも対比することも難しい。

 だから取れる行動は一つしかない。それは信じることだ。向笠を信じ、通じ合ってると信じる。

 結局のところ、そうするしかないのだ。

 ――それにしても……。

 天壌は思う。

 向笠の魅力とは何なのだろう。

 なぜ天壌は彼女にこれほどまでに惹かれているのだろうか。

 彼女が可愛いからか。もちろんそれもあるだろう。だがそれ以上に、天壌を引き寄せるものがあるはずだ。だがそれは何か。

 天壌は考え、一つの仮説を打ち立てる。

 それは彼女がどうしようもなくアンバランスな存在だからではないだろうか。

 だって、天壌は向笠ほどアンバランスで不安定な人間を知らない。

 彼女の心は彼女の手帳を見たことで少しだけ理解できた。

 それは、コミュニケーションを欲しているクセにコミュニケーションを苦手としているということだ。

 それは表面上のコミュニケーションではない。もっと深層レベルへのアクセスを目的としたコミュニケーション能力のことだ。

 彼女は誰より深いコミュニケーションを欲している。だが、彼女は表面的な交流しか出来ず、深いレベルには接することが出来ない。

 本当の自分を理解して欲しい。ありのままの自分を見て欲しい。だがそれがうまく伝えられない。彼女はそのストレスに押し潰されているのだ。

 そして憎んだ。

 全てを憎んだ。自分を解放できずに、本当の自分を殺し続け、そうなった現状を責任を他人に擦り付けた。『お前らのせいだ』。そう書かれていた。

 そんな深いレベルでの交流を望むことは、そこまでおかしいことではないだろう。だが、その実現はとても難しい。

 だからそんな悩みはきっと誰にでもあるのだろうし、皆が思い悩むものなのだろう。

 しかし彼女は耐えきれなかった。それは彼女が人より寂しがり屋だったからだ。

 だから耐えきれずに潰れた。

 今、向笠が天壌に向けている恋慕のような感情はこの辺りが影響していると見ていい。

 たった一人、天壌だけが彼女の秘密を知り、かつそれを受け入れている。

 それが彼女の救いとなっているのだろう。

 ――けれど……。

 同時に思うことがある。

 それは彼女が身勝手な子供である、ということだ。

 何故ならば、深いレベルのコミュニケーションを欲しているのなら、まず相手を知るところから始めるべきだからだ。

 『自分は誰も愛しません。でも私のことは愛してください』。向笠の理屈とはそういうことなのだ。

 彼女が真の意味で幸せを願うのであれば、そこを克服する必要があるのだろう。

 天壌はそこまで考えた上で、彼女を導こうとは思わない。

 天壌にとってそんなことはどうだっていいことだ。

 彼女が本当に幸せかどうかなどということはどうだっていい。

 天壌の望みは、望まれること。

 向笠が天壌を求めていれば、それでいい。

 天壌が向笠を求め、向笠が天壌を求めている。

 その形さえあればいいのだ。それ以外は受け付けない。

 ――向笠さん、貴女は私だけのものよ。……うふ、うふふふ……


 そんなことを考えていると、向笠が声を掛けてきた。

「みこと様、どうかしたの? なんだか楽しそうな顔をしてる……」

 ふと周りを見ればそこは部室で、椅子に座った向笠が上目遣いに天壌を見上げていた。

 その愛らしい表情を愛おしげに眺めていると、向笠は顔を赤らめて視線を逸らした。

「そうね……貴女と一緒に居られるのが嬉しくて。あら、向笠さん、どうしたの? 顔が赤いけど……」

「なんでも、ないです……」

 今度は顔を下へ向けて所在なさげに俯く向笠。

 可愛い。なんて可愛らしい。そんなことを考えながら、天壌は笑みをこぼす。


 ――彼女はもう、私のものだ。



 《第二話"自傷衝動"へ続く――》

・後編

天壌視点。

どうやって手帳パクったの? という疑問を僕自身が抱いたので書いてみました。

恋心の描写が唐突すぎやしないか、それが心配な点のひとつです。

『恋は突然に』とか『恋に理屈はない』とか言いますし、ギリギリ理解不能ではないかと思います。いや思いたいです、はい。


・次回

自傷衝動というタイトルが確定してます。

相変わらずなんだか物騒ですが、頭のおかしなちょっとヤバイ女の子をいっぱい書きたい、というのがこのお話のコンセプトなので、お許しください。

こちらの子も可愛い子に仕上がる、予定です。がんばる。

あ、ちなみに。もしかしたら間に間章を挟むかもしれません。そのときはよろしく見てやってください。お願いしますぺこりー。

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