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閑話――忘れられた集落から。

あたたかい。

最初に感じたのは私を包み込むような温かさ。

優しくそっと回される腕に甘えて、耳を胸に当てると愛しい人の鼓動が、私の鼓膜を、脳を、そして心を揺らす。

彼に名前を呼ばれる度に、私の胸いっぱいに歓喜が広がり心が震える。

ほら、今も私を呼ぶ声がする。



「美由里」



声を聴くだけで、私の心がダメになりそうになる。

ずっと聴いていたい。ずっと触れ合っていたい。ずっとずっと、彼の側にいたい。

彼の手が私の頭を撫でる度、彼の指が私の髪を梳く度、体が、心が融けそうになる。

きっと、この世に生を受けた瞬間から、私の魂は彼を欲していた。

彼になら全てを捧げても構わない。

私の体は彼に貪ってもらう為、私の心は彼に弄んでもらう為にある。



――だから早く、私の全てを奪いに来て。



そこで目が覚めた。

目に映るのはいつもと変わらない景色。

木と煉瓦で組まれた内壁に真っ赤な絨毯。

魔法の火が灯されたカンテラに照らされて薄く影が伸び、室内を明るく照らして出す。

私の目覚めと共に輝きだした魔法の火が、やや肌寒い室温を一気に常温にまで引き上げた。

枕元に置いた時計が朝の10時を示している。

魔力で動く自動式卓上カレンダーは最後の記憶から約半年先の日を映し出していた。

今回の休眠は短かったなぁ、と大きく伸びをする。

ぼきぼきべきばき。

関節が酷い音を立てる。



「んぅ~、快調快調。にしても随分と懐かしい夢を見たなぁ。元気にしてるかな、お兄ちゃん?」



幸せな夢を思い返すと、にへらぁってだらしなく顔が歪む。

今日は朝から良い気分だ。

思わず鼻歌を歌いながらテーブルの上に置いてある水晶に目を向けると――、



「うそっ!?割れてんじゃん!え、えっ、いつ割れたの!?ってこうしてる場合じゃない、行かないと!」



慌てて布団を跳ね退け着替えを箪笥から取り出しパジャマを脱ぎ捨てる。

ちゃっちゃと着替えて割れた水晶を片付け、急いで部屋を飛び出した。



あの水晶は『招きの水晶』って呼ばれるマジックアイテム。

所謂魔具の一種なんだけど、ちょっと特殊な性能を持ってて普通の人には扱いにくい。

魔具は使用者が魔力を込める事で効力を発揮するけど、招きの水晶は使用者の想いを消費して発動するタイプの魔具だ。

逢いたいって想いを毎日込めて水晶を想いでいっぱいにしたら、水晶が割れて想い人を呼び出す事が出来る。

普通だったら会いに行った方が早いし、相手の都合に関係無く呼び出すもんだからイマイチ使い勝手は宜しくない。

でも私にはこれ以上無い至高のアイテムだ。

なにせ本来なら二度と逢えないハズのお兄ちゃんに逢えるというチートアイテムだからね。



長い回廊を右に回ると1人の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

背が高くスラッとしててモデルさんかってくらい足が長い。

それでいて体の要所は女性的な丸みを帯びていて悩ましげだし、胸は大きいし――ありゃFは間違いないわね。

切れ長で睫毛の長い赤い瞳と、腰まで伸びる長い緑銀のサラサラな髪の毛が相俟ってエキゾチックジパング……いや、少なくとも日本じゃないか。

まぁ要約するとスゴイ美人な近所のお姉さん、って雰囲気だ。

私とお揃いの赤いローブを着てるけど、本当にお揃いなのか?ってくらい輝いて見える。

やっぱり素材が良いと服も違って見えるのね。

彼女も私に気付いたようで、甘い微笑みを浮かべて小さく手を振る。



「あら、ミューリちゃんおはよう。休眠してる間お話出来なくて寂しかったわぁ。……って、あ、あら?待ってミューリちゃん、私そんなに早く走れないわよぉ~」



上げた手をむんずと掴まえてそのまま駆け抜ける。

普段なら抱き付いて甘えたい所だけど、今は一大事。

お姉ちゃんに付き合ってぽわぽわしてたら日がくれちゃうよ。

迷路のように入り組んだ回廊を走りがてら、掻い摘んでこれからの事を話しておく。



「お姉ちゃん、起きたら水晶が割れてたの!」

「まぁ、じゃあ遂にミューリちゃんのお兄さんがこの世界に?」

「そうなの、今から迎えに行くから長老に許可もらいに行くよ!返事は聞かないけどさ」

「でもそれって許可もらった事になるのかしら?」

「いいのよ、本人知らない間に抜け出して事後承諾にするより良心的でしょ?」

「わぁ、ミューリちゃん優しいのね♪良い子に育ってお姉ちゃん嬉しいわ」



お解り頂けただろうか。なんちって。

この短い会話で充分解る通り、お姉ちゃんはちょっとのんびり屋で天然で良い人。

これで私達の中で一番頭が良い天才って言うんだからびっくりだよね。

何度目かの角を曲がると、やけに荘厳な雰囲気を醸し出している扉が見えた。

お姉ちゃんの手を離し更に加速して、勢いを殺さずに両足で踏み切りドロップキック。



「たのもーーー!」

「ぶべらぐぁっ!」



思いっ切り開かれた扉にぶつかり何かが吹き飛んだ気がするけど気にしない。

ゴロゴロ転がって体勢を整える。

すくっと立ち上がって椅子に座って気ままにお茶を飲んでいた禿げ上がったお爺さんに言い放つ。



「という訳で、ちょっくら行ってくるわ!」

「ミューリちゃん、それじゃ誰も解らないわよぉ?ほら、長老固まっちゃってる」

「そう?でもお姉ちゃんは解ってるからいいんじゃない?誰にも解らないのにお姉ちゃんだけ解るなんて、流石お姉ちゃん頭良い!」

「うふふ、ミューリちゃんに褒められちゃったぁ」



わぁい、と2人で仲良くハイタッチ。

……はっ!?いけないいけない、お姉ちゃんワールドに引き込まれちゃった。

お姉ちゃんと会話するとこっちまでぽわぽわしてくる。

と、さっき吹き飛ばされた衛兵のおっさん……あぁ、いけない。綺麗な言葉を使わないとお兄ちゃんに「めっ」ってされちゃう。衛兵の綺麗なおっさんが近付いてきた。



「待てミューリ、一体何処へ行くと言うんだ」

「決まってるじゃない、前世から結ばれていた愛しの伴侶の元よ!」

「何、遂に見付かったのか!?」

「そうなの、早く逢いに行かないとお兄ちゃん素敵で格好良くて優しくてフェロモンむんむんで一目見ただけで胸がキュンとなって思い描いただけで切なくなって触れられただけでイっちゃいそうになって、あぁ、ああ!」

「悶えるなよ!」

「これが悶えずにいられますか!待っててねお兄ちゃん、すぐイクから!」



お姉ちゃんの手を掴み直して開け放たれたままの扉を駆け抜ける。

すべすべしてもちもちして思わず頬を擦り寄せたくなる感触だけど、なんとかお姉ちゃんの手から意識を切り離す。

回廊を左へ左へ、時々右へ。

階段を駆け降り再びダッシュ。

引き摺られるようになりながら横を走るお姉ちゃんが思い出したように言った。



「ねぇミューリちゃん、今向かってるのって転移門?」

「そうだよ!あれならお兄ちゃんの元へひとっ飛びだもん」

「でも私魔石持ってないわよぉ?」

「大丈夫、こんな事も有ろうかとコッソリ研究塔からちょろまかしてきたから!」

「あらぁ、悪い子♪でも恋する乙女は止められないって言うし、今回は特別に許しちゃうわ」

「さっすが~、お姉ちゃんは話が解るっ!」



階段を駆け降り人通りの多い通路を擦り抜けるように駆け抜ける。

みんな何事かとびっくりしてるけど、私とお姉ちゃんの顔を見て把握したらしく声援が飛んでくる。



「おっ、嬢ちゃん遂に恋人見付かったのか!」

「そうだよ!今から抱き締めてもらいに行くの!」

「よし、行ってこい!子供出来るまで帰って来るなよ!」

「ありがと、おじさん!」

「そうかい、やっとミューリちゃんにも春が来たんだねぇ」

「ミューリお姉ちゃん、結婚するの?おめでと~♪」

「ナギさんも遂に嫁に行くのかぁ。ミューリ嬢ちゃんとも仲良くな!」

「くぅっ、ミューリちゃんとナギさんが嫁に行っちまうなんて」

「ははは、めでたい事さ、泣くんじゃないよ!それにしてもあの2人を一度に嫁に迎えるなんて、婿殿は幸せ者だねぇ」

「あらあら、皆さんありがとうございます」

「みんな、ありがと、ありがとう!」



暖かい声援に包まれて、ちょっとくすぐったい。

みんなが祝福してくれた分より、もっと幸せになるからね!

一足早い結婚式みたいになった回廊も通り過ぎ、いよいよ目的の扉が見えてくる。

同じようにお姉ちゃんの手を離して空中に飛び上がる。



「ファルコンキィィィック!」

「ヌゥゥゥゥイ!」



ワートホグに吹き飛ばされたマスターチーフみたいな声がしたけど気にしない。

今度はそのまましゅたっと着地を決める。



「10,0!なんちって」

「きゃぁ~、ミューリちゃんカッコ良い~♪」



わぁい、と笑顔で2度目のハイタッチ。

吹き飛ばされてピクピクしてる転移門の管理人に、すちゃっと右手を上げてサムズアップ。



「そんな訳で、ちょっくら行ってくるわ!」



左手に握り締めた魔石を割ると、周囲に魔力の渦が出来る。

開放された魔力に反応して転移門が蒼く輝き、私とお姉ちゃんの体を光が包み込む。

右手でお姉ちゃんの手を繋ぎ、私は高らかに詠唱を始めた。



「開け、空間の門よ!私とお姉ちゃんを望むがまま、愛しのお兄ちゃんの元へ運べ!レッツ転移!」



眩い光が視界を埋め尽くし、空間が弾けるように歪んで、私とお姉ちゃんは空間を飛んだ。





「しっかし、ミューリにあそこまで慕われるとは如何程の人物だったのか。それとなく同情もするが」



ふぅ、と溜め息を吐き出して走り去った廊下を見詰める。

と、先程まで動かなかった長老が微かに身動ぎした。

矢張り長老ともなれば何が起こるのか予見出来ていたのだろう、動じず黙って送り出してやるとは流石長老。

俺もいつかは長老のようにどっしりと構えた大人になりたいものだ。



「ふわぁ~あ、ちょっとうたた寝してしもうたわい」

「って、寝てたんかい!」

「ほ、どうしたんじゃロージ?何かあったんかいのぅ」



背伸びして骨を鳴らす長老。

アンタが寝てる間に嵐が来たのさ、とは言えずに深い溜め息を吐くしか無かった。

今回はちょっぴり短いです。

それと前回のお話にはなんちゃって科学が満載です。

学校とかで話したら黄色い救急車を呼ばれるので注意が必要です。


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