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色々悩みが増えました。

山賊騒動から2日。

とある理由で僕の精神力はガリガリ削れてきている。

1つは自分の責任というか、僕が受け止めなくちゃいけない事。

あの時僕は、僕の意志で、1人の人間を殺した。

それも正当防衛なんかじゃない。

小さな子供が蟻を踏み潰すみたいに、僕は人間の命を弄んだ。

単に殺した訳じゃない、僕が思い付く最も残虐な方法で殺したんだ。

それを思い出す度、胃から酸っぱいものが上がってきて、胸の辺りが酷く病む。



――やっぱり、ゲームみたいには慣れないなぁ。



ゲームの中なら襲ってきた山賊の身包み剥いで頭にプスプス弓矢撃ち込んだり、スタァァァァップ!してきた衛兵を沈静化した後で背後から斬りつけたりしてたんだけどなぁ。

まだ魔法だったから良かったけど、もし剣なんかで殺していたら、手に残る肉を断つ感触に眠れない夜を過ごしていたハズだ。

異世界だから法で罰せられる事は無いけど、だからって割り切れるものでもない。

時折込み上がる酸っぱい液に辟易しつつも、どうにか折り合いを付けなくちゃ、とも思う。

ただ塞ぎ込むだけの暇が無い事は幸いかもしれない。……最も、それが僕の精神力を削り取っていくもう1つの理由なんだけど。



「どうしたんだい、ユーリ君?疲れているなら少し休むといい、それにユーリ君が望むなら……その、添い寝くらいならしてもいいよ?」

「ユーリ、お腹空いたの?私がクッキー食べさせてあげるね♪それとも……口移しの方がいい?」



教会の居間で椅子に座る僕に、背後からエアリィさんがきゅっと抱き付き、膝の上に乗ったミナがむぎゅむぎゅすり寄っている。

エアリィさんは先日の山賊騒動の時に取った僕の行動――偶然にエアリィさんの命を救ったパイタッチ――のせいで、何故か好感度が鰻登りになっている。

曰く、命の恩人だからって事だけど、エアリィさんも僕の命の恩人なんだけどなぁ。

それを指摘したら『ふふっ、お揃いだね』なんて顔を朱く染めて言うもんだから、僕のHPは赤ゲージですよ。

どうやらこの世界のエルフ族は、命を救ってくれた人に一生尽くすらしい。

それも一族のしきたりじゃなく、遺伝子に刻まれた本能に因るものだとか。

以来毎日……といっても2日しか経ってないけど、エアリィさんは僕の側を離れようとしない。

それを見たミナが対抗心を燃やして、僕に引っ付いて離れない。

流石にトイレに行く時とお風呂に入る時は付いて来ないけど、それ以外はずっと一緒。

加えておはようのキスとおやすみのキスをねだってきた。

余りにかわいかったから二つ返事で了承したのはナイショだ。

そんな訳で、今僕の後ろを付いて回るピク○ンが2人。

まぁ2人共かわいいし癒されるからいいか、って思い始めた。

ただ、1つ問題が。



「…………じー」



正面から感情の読み取れない三白眼で僕を見据える少女。

シーナだ。

修道女らしく貞操観念がしっかりしてるせいか、僕がデレデレしてるのがお気に召さないようだ。

もっと健全な男女の関係を築いて欲しいみたいだけど、そもそも2人と男女の関係にすらなってないし、この2人に抱き付かれて反応しないのは年老いた人だけだと思う。

それでも妹のミナと友人のエアリィさん、2人の恩人――僕自身に自覚はないけど――という事もあってか、余りキツくは言ってこない。

代わりに、じっと何か言いたげに僕を見据えてくるんだ。

シーナもかわいいから別に見られる分にはいいか、って最初は思ってたけどコレはなかなかにキツい。



「あの、シーナ?」

「なんですかユーリさん」

「……なんでもないです」



取り付く島もない。

それも目が乾いて痛くなるんじゃないかってくらい僕を見ながら。

若干怖いですヨ。



「シーナ君、そう目くじらを立てなくてもいいんじゃないか?」

「そうだよ、ユーリ悪い事してないよ?」



援護射撃をしてくれる2人。

その気持ちはありがたいんだけど、出来れば抱き付きながらは言わないで欲しい。あぁっ、シーナの僕を見る目が濁ってる!濁ってるよ!

誰でもいいからこの状況なんとかしてくれないかなぁ。

そんな風に早くも他力本願な僕の願いが届いたのか、来客を知らせる鐘が響いた。



「あ、はーい。すぐ行きます」



いつもの表情に戻して玄関へ向かうシーナ。

うん、やっぱりいつもの方がかわいいよ。

そんな事を考えてると、後ろから耳に熱い吐息を吹きかけられた。



「うひぃあ!?」

「酷いなユーリ君、私にはその熱い目を向けてくれないのかい?」



そう言ってご自慢のCカップおっぱいの谷間に僕の頭を埋めるエアリィさん。

むにむに、ふにょふにょ。

なにやら幸せな感触が首や後頭部を包み込む。

そして顎を僕の頭に乗せて凭れ掛かる。

いや、もうデレデレですねエアリィさん。

もう喋り方にしかクールキャラ残って無いですよ。

意識を背後に向けていると、胸元にもぞもぞした感触が。

見るとミナが僕のYシャツの中に潜っていた。

流石に先日の格好は恥ずかしかったので、今の僕の格好は無地の白Yシャツに濃紺のスラックス。

スラックスはぴったりサイズなのにYシャツはかなり大きめで、仕方なくダボっとさせて着ている。

袖も捲ってみたけど動きにくくて、なんでこのサイズなんだろうかと麻袋片手に悩んだけど、今ならその理由が解る。



「ぷはっ。にへへ、ユーリとみっちゃく♪」



2つ目まで開放したボタンの辺りから頭だけ出したミナと目が合う。

僕のシャツの中に潜り込んで密着してるんだ。

確かにぴったりサイズだったらYシャツがパッツンパッツンになって苦しくなってただろう。ゆったりサイズだからミナがこうして入っても丁度良いくらいだ。

しかも今日は日差しが強いからみんな服は薄手。

ミナも薄いベージュのTシャツを着てるから、柔らかいふにふにや擦れると堅くなるさくらんぼの感触が直に伝わってくる。



――落ち着くんだ僕、落ち着くんだ息子。いつ如何なる時も平常心を保つのだ。



出来るだけ意識を逸らしながら必死にうろ覚えの般若心経を唱える。

と、ミナがくいっと体を伸ばして僕の唇を奪う。

一瞬で思考が止まった僕に、とろけるような笑みを見せるミナ。



「……にへへ、ユーリ大好き♪」



がらがらがら。どんがらがっしゃーん。ばりばりばり。きゅーん。

そんな音を立てて僕の平常心は脆くも崩れ去った。

いやね、この素敵な天使を相手に平常心を保つだなんて土台無理な話なんですよ!

思わずむぎゅーっと抱き締めようとした所で、部屋の扉が開く。



「ユーリさん、あなたにお客様……」

「……あ」



一気に部屋の温度が氷点下まで下がった気がした。





○がつ×にち、はれ。

きょうは、おそとがはれてるのに、かみなりがおちました。

……ゴメンナサイ、取り乱しました。

いやぁ、流石にシーナも我慢の限界だったみたいで遂に雷が迸ったね。

いつものように――これがいつもと表現されるのも問題な気がするけど――床に正座してシーナのお説教を受ける。

今回はミナとエアリィさんも正座だ。

シーナの後ろで所在無さげに頬をポリポリ掻いている男の人も、余りの剣幕に口を挟めない様子。



「聞いているんですか、ユーリさんっ」

「は、はいぃっ!」

「あ、あの、シーナ君?」

「なんですかエアリィさん。お説教はまだ終わってませんよ」

「あぅっ、い、いや、その」

「言いたい事があるならハッキリ言う!」

「は、はいっ!後ろの方が困ってますっ!」

「へっ?」



シーナの三白眼に気圧されながらも、背後を指差すエアリィさん。

うん、怯えた子猫みたいで保護欲をそそるけど、人を指差すのは失礼になるから止めようね。

慌てて振り返るシーナから見えないように頭を撫でてあげると、エアリィさんはくすぐったそうに目を細めた。



「ええっと、宜しいでしょうか?」

「あぁっ、申し訳ありません!すっかりお待たせしてしまって」

「いえいえ、とんでもない。……それでは、貴方がユーリ殿でしょうか?」



人懐っこそうな笑みを浮かべる男の人。

紫紺の髪の毛に眼鏡、細面で柔和な顔に全身から滲み出る苦労性のオーラ。

あ、なんかこの人と友達になれそう。

灰色のローブを着てるし、学者か魔術師かもしれない。背格好は僕よりちょっと高め。……ちょっとだからね!



「はい、僕がユーリです。あなたは?」

「申し遅れました。私は魔術師ギルドの者でナカシュといいます。どうぞ宜しく」



そう言って腰を折るナカシュさん。

僕も慌てて頭を下げようとしたらナカシュさんに制される。



「そのままで構いませんよ。……今動いたら悶えますよ、きっと」



右を見ればお説教が終わったと喜んで立ち上がろうとしたミナが、顔を苦悶に歪めて倒れていた。

あぁ、その表情もかわいいなぁ。

なんかゾクゾクきそう……じゃない、アブナイ性癖に開花しそうだった。

ずっと正座してたから足の感覚無いなぁ。

これで立ち上がったら間違い無く倒れて頭ぶつけるね。

目に涙を溜めてうるうると僕を見上げるミナ。

あぁっ、ゴメンよミナ。僕にはどうする事も出来ないんだ。いや、よからぬ意味でならどうか出来るけど。そんな目で見上げたら襲っちゃうよ?……だから息子よ、お前の出番はまだ先だ。収まっていなさい。ハウス!ゴーホーム!




「どうも、お見苦しい所をお見せしました」

「いえいえ、こんなに素敵な方々に囲まれて羨ましい。……大変でしょう?頑張って下さい」



最後の方は僕にだけ聞こえる音量で喋るナカシュさん。

良い人だ。気遣いが心に沁みるなぁ。

来客用の部屋に移ってまったりとお茶をすすりながらのお話。

教会が広いから部屋は有り余ってるんだ。

シーナとミナとエアリィさんは黙って僕とナカシュさんの会話に耳を傾けている。

ミナとエアリィさんの頭に真新しいたんこぶがあるのが痛々しい。

げんこつ1発でお説教は無しにしてもらえたみたいだけど、エアリィさんまでげんこつ落とされるとは思ってなかったよ。

朝早くにミナが焼いてくれたクッキーをかじりながら、ナカシュさんに尋ねた。



「本題に入る前に幾つか質問したいんですけど、いいですか?」

「ええ、勿論。ただその前に1つお願いしたい事が」

「なんですか?」



ナカシュさんは頭をポリポリ掻きながら苦笑いを浮かべて言った。



「お恥ずかしながら、余り敬語には慣れていませんので良ければお互い気楽に喋りませんか?」



――よっぽど頭の中が平和な人か、それとも凄腕の諜報員じゃなきゃ、こんなまったりした空気は出せないよなぁ。



僕としては平和な人って考えて起きたいけど、初対面でこれだけ空気を緩ませるっていうのも不思議な事なんだよ?

横目で伺ってみるとエアリィさんだけがその事に気付いた様子で僕を見ていた。

まぁエアリィさんがいれば大丈夫かな。



「うん、了解。ナカシュって呼べばいい?」

「あぁ、それで構わないよ」

「じゃあ早速だけど、ナカシュ」



僕の言葉に身構えて背筋を伸ばすナカシュ。

……聞いたら多分、一気に脱力するだろうなぁ。

僕の考えが伝わったのか、3人共ちょっぴり口の端がニヤニヤしてる。



「魔術師ギルドって何?」

「……は?」



その反応がツボに入ったのか、シーナは顔を背けて口元を手で隠しぷるぷる震えている。エアリィさんは頑張ってお茶を口に運ぶけどカップがカタカタ震えている。ミナに至っては普通に座ってるように見せてテーブルの下に左手を伸ばして僕の膝をバシバシ叩いてる。

いやまぁ、僕に取っては当然の疑問なんだけど、みんなにしてみたらギャグにしか思えないんだろうなぁ。

そう言えばシーナはギルドについては説明してくれなかったなぁ。

まぁシーナも関わる機会がほとんど無いみたいだし。

気を取り直したナカシュが説明してくれたのはこんな感じ。



魔術師ギルドは、この大陸だけじゃなく他の大陸にもあるかなり大きなギルド。

細かい所は各大陸で違うけど、魔術を悪用させないよう魔術師をまとめて、みんなで便利な魔術や人の役に立つ魔術を研究しましょう、ってギルドらしい。

有事の際、魔術師ギルド所属の魔術師は市民の救出や怪我の治療、瓦礫の撤去作業なんかをするけど戦争に参加したりはしない。

ギルド所属の魔術師には毎月の手当てと国営の宿泊施設やギルド直営の魔導書店なんかで多少割引してもらえる。

と、そこまで聞いてちょっとした疑問が湧いてきた。



「ナカシュ、魔法と魔術と魔導って何が違うの?」

「あぁ、簡単な事さ。魔術は魔力を使って火を出したり水を出したりする事、魔法はその水を出す時に用いる理――つまり方法、魔導は魔力をどう扱えば魔術を行使出来るかの指針。それを理解してきっちり分けて話すのはギルドの老人達しか居ないけれど」

「じゃあ魔法使いや魔術師や魔導師も別物?」

「その通り、魔術師は行使出来る魔術の種類が豊富な人、魔導師は扱える魔力が普通よりも多い人、魔法使いはちょっとした魔術が使える人だね。基本的には魔法使いが成長して魔術師か魔導師になるって思ってくれればいいよ」



なるへそ、雑多な呼び方じゃなくちゃんと分類されてたんだ。

さて、諸処の疑問が解決された所で、いよいよ本題に入るとしようか。



「ねぇ、ナカシュ。僕を尋ねてきたって事だけどさ」

「あぁ、その事なんだけどね、実は」

「なんで僕がこの村に居るって知ってたの?」



話を進めようとするナカシュを遮って、僕は言葉を続けた。

そう、一番気になってたのはそこなんだ。

僕がこの世界に来てからまだ一週間も経ってない。

なのにナカシュは僕の存在を知っていた。聞けばナカシュは首都『リレジー』から来たって言うし。

リレジーからここタマタ村までは早馬で1日、普通の馬車でも3日掛かる。

考えられるのは僕の事を村長さんが「こんな人を保護しましたよ~」って届け出たのを、どんな人か確認しに来たって所だろう。

でもそれなら王国の衛兵や警備隊の人が来るハズだし、わざわざ魔術師ギルドから人を寄越す理由が解らない。

僕の視線を受け止めて、ナカシュは事も無げに話し始めた。



「こちらの村長から報告を受けてね。怪我をした旅人を1人保護した、と。別にそれだけなら警備隊の人達に任せておくんだけど、上司の気紛れで派遣されてね」

「気紛れ?」

「村長の報告書を読み上げた新入りが、突然現れただなんて転移でもしてきたんスかねぇ、なんて言うもんだから上司が興奮しちゃって。事実関係を確かめて事の次第に因ってはギルドに勧誘、いや拉致してきなさい!と言い出してね。それで私が派遣されて来たんだよ」



うわぁ、また滅茶苦茶な。

上司の言う事も滅茶苦茶だけど、それに従ってここまで来たナカシュも色んな意味でひどい。

あぁ、だから苦労性なオーラが出てたのか。

しかしこれは参ったなぁ、と僕は頭を抱えたくなる。

確かに突然現れたのは事実だけど、聞く限り転移魔法はかなりの難易度らしい。もしかしたら伝説級の魔法かもしれない。

そんな中「実は転移しちゃって」なんて言おうもんなら、間違い無くその上司のオモチャにされる。

気は進まないけど、僕は嘘を吐く事にした。



「まぁ、ある意味転移はしたみたいなんだけどね」



僕の言葉に顔色を変えるエアリィさん。

大丈夫、と1つ頷いて言葉を続ける。



「元々僕は拾われっ子でさ、爺ちゃん――僕を育ててくれた人が魔術の研究しててね。多分術の失敗で転移というか、吹き飛ばされたんだと思うよ」

「術の失敗で、という事はかなり大掛かりな術を?」

「らしいよ?」

「随分と曖昧に喋るね」

「僕は魔術について余り知らないし、もっぱら爺ちゃんの身の回りの世話をしてたからね。得意なんだよ?鳥を焼いたり野菜を炒めたり」



得意と言いつつ敢えて料理が上手そうに思えない言い方をする。

事実そこまで料理する訳じゃないし。

けど、こういうちょっとした搦め手が後々効いてくるんだ。



「ならどの辺りに住んでいたとか、どうやって戻るのかとか、何か当ては有るのかい?」

「全く。住んでいたのは暗い森の中だったし、爺ちゃんに聞いた事も無かったなぁ。おかげで帰り方も解らない状況だよ」

「余程君のお爺さんは変わった方のようだね。だけど失敗の結果とはいえ1人でそれだけの術を作ろうと言うんだから、実力も折り紙付きなんだろう。どうだい、魔術師ギルドの方で君のお爺さんを探してみようか?君さえ良ければ魔術師ギルドで君を保護してもいい。その方が早く戻れるかもしれないよ?」



きたか、と身構える。

僕の話を全部信じた訳じゃないだろうけど、仮にそんな人がいるなら是非とも接触しておきたいハズ。

それに僕の身柄を魔術師ギルドに置いておけば、将来僕を迎えに来る時に会える。

僕には魔術師ギルドからの保護という形で給金や情報提供が入るから、今考えられるデメリットは皆無に等しい。

さぁ、どうやって切り抜けるか。

このやり取りにちょっとワクワクしながら、僕は口を開いた。



「探してもらえるならありがたいけど、魔術師ギルドはなんか怖そうだね」

「おや、なんでそう思うんだい?」

「だって人間を1人拉致してこい、だなんて普通に言えちゃうような人が上司なんでしょ?そんな人身売買みたいな事を平然と言えちゃうなんて、やだよ」



軽く身震いしてみせると、ナカシュはしまった、って顔を歪めた。

上司も冗談で言ったと説明しても不安と不信が残りそうな反応を見せる僕に、なんて言えばいいのか解らないようだ。



――僕、ひょっとして役者になれるかも?



妹に付き合ってよくごっこ遊びをした経験がこんな所で役に立つなんて。

妹よ、お兄ちゃん俳優デビューしちゃうかもしれない。

あ、妹の事思い出したらちょっぴり涙が滲んできた。

いけないいけない、心を強く持たないと。

ただナカシュは僕の涙を勘違いしたのか、慌てて取り繕い始めた。



「あぁ、無理にとは言わないよ。魔術師ギルドには変人が多いから、私の方から余りユーリには近付かないよう言い含めておくから」



そう言ってチラリと左右を伺う。

何を……あぁ、なるほど。

テーブルの左では僕の涙を見たエアリィさんが刺すような視線を向けて、僕の右ではミナがほっぺを膨らませて睨んでいる。

ミナかわいいなぁ、そのほっぺにキスしちゃうぞ?

邪念を振り払いつつ、僕は次の一手を指す。



「最初に目が覚めたのがここだし、余り場所を移さない方がいい気がするんだ。ほら、山で遭難した時とかも無理に歩き回らないでその場にいた方が早く発見されるって聞くし」

「それはそうかも知れないけど」

「それにさ」



なおも食い下がるナカシュに奥の手を使う。

といってもやる事はそんなに無いけど。

ミナの体をひょいと持ち上げ、僕の膝の上に座らせる。

勿論後ろからむぎゅ~のおまけ付きだ。

ミナはちょっと驚いたみたいだけど、僕の意図を読み取って甘えてくる。



「好きな子の側にいたいなぁ、って思うのはいけない事かな?」



その言葉にぽかんとするナカシュ。

毒気を抜かれたのか力無い笑みを浮かべて頭を振った。



「……解った、一応こちらでもそのお爺さんの事は調べてみるけど、必要以上に干渉はしないよ。上司には上手く私から伝えておくよ」

「ありがとう、ナカシュ」

「気にしないでいいよ、慣れてるから」



そう言ってナカシュは席を立った。

玄関まで見送りに行って、トボトボ歩くその背中を見ていると何故か悪い事をしたような気持ちになる。



――多分、上司の人に振り回されてるんだろうなぁ。



話を聞く限りやんちゃな幼なじみタイプだよね、上司の人って。

ツインテールで縦ロールなんだろうか。

居間に戻ってソファーに腰掛けて脱力する。

ふひー、と大きく息を吐いたら一気に全身がだるくなった。

やっぱり慣れない虚勢は張るもんじゃないね。

来客用の部屋の後片付けを終えたミナがとことこやってきて、だらしなく体を投げ出している僕の上にぽむっと乗っかる。

紫銀の柔らかな髪を優しく撫でると、甘えるように抱き付いてきた。



「さっきはゴメンね、ダシに使っちゃって」

「ううん、私の体も心もユーリのものだから、好きに使っていいんだよ?」



お待ちなさいお嬢さん、その台詞は非常に危険です。

そんな幸せそうにとろけた顔をしちゃいけません!僕の理性が壊れちゃうでしょ!

と、頭に2つの柔らかい感触が。

上から肩に手を回され抱き締められる。



「ユーリ君、私の事も忘れないでくれよ?私だって君になら全て奪われても構わないんだから」

「む~、エアリィさんはユーリをゆうわくしちゃダメ!」

「おやおやミナ君、独り占めはずるいよ?」

「エアリィさんは私より大人なんだからガマンだよ」

「ならガマンした分ミナ君が寝てから、私はユーリ君と大人な時間を過ごそうかな?」



なにやらバトルが始まったけど、2人にはケンカして欲しくないなぁ。

しかも原因が僕って……いやぁ、異世界トリップして良かった。

しみじみ思いつつ、僕は体を起こしてミナを左手で抱き寄せ「わぁっ」エアリィさんの右手を掴みぐるっと回すようにして「うなっ」腰元の辺りに座らせる。

驚いた声を上げる2人の頭を撫でながら、ゆっくり諭すように言った。



「2人ともケンカしちゃやだよ?一緒に仲良く笑ってるのが一番いいし、2人が仲良くしてるのを見てると、僕も嬉しいからね」

「にへへ、はぁ~い」

「ユーリ君にはかなわないな……ふふっ」



うんうん、お兄さん聞き分けのいい子は大好きですよ。

え?解決方法がヘタレ?

ハハッ、何を今更。

本当は自分の気持ちを整理して、本気で2人の気持ちに向き合わないといけない事くらい、解ってるつもり。

だけど僕にはそんな度胸も甲斐性も無いし、なにより、



――愛しいって気持ちは解るけど、好きってどんな気持ちなのかな……。



恥ずかしながら齢15にして、まだ初恋の1つも経験してない。

正直2人が僕に向けてくれる好意も、イマイチ実感が湧かないっていうか、なんだろう。自分でもよく解んないや。

えっちな気分になる事はよくあるけど、それで突っ走って傷付けちゃうのは絶対に嫌だし。

……冷静に観察したら僕って本当にヘタレでチキンだなぁ。

おっと、また思考が沈みがちになってたよ。

ちょっと下がった気分をごまかすように2人の頭を撫でる。



「ユーリさん」



びくぅっ!と僕の体が跳ねた。

ギギギと錆び付いたロボットみたいな動きで振り返ると、そこには聖母のような微笑みを浮かべたシーナが。

あぁっ、微笑みは素敵なのに、おでこに血管浮き出てるよ!バッテンが、バッテンが浮き出てる!



「そういえばまだユーリさんはお説教の途中でしたね。……ミナ、エアリィさん、ちょっとユーリさんを借りていきます。文句は無いですよね?」



夜叉のような凍える声に顔を青くしてブンブン首を振る2人。

僕は首根っこを掴まれて、廊下を引きずられて行く。

勿論BGMはドナドナだ。



「あ、あの、シーナさん?」

「ふふふ、なんですかユーリさん?階段を上りますから、喋ると舌噛みますよ」

「ちょ、それは死んじゃう、死んじゃうよ!?だ、誰か、ヘルプミーーー!」



やたら広い教会の中に僕の悲鳴だけが虚しく響いた。

後で村の子達に聞いたら、この時の叫び声は教会の七不思議に数えられていて、言う事を聞かない子は連れて行かれちゃうって母親に言われたらしい。

以来、子供達は母親の言う事をよく聞くようになったとか。

めでたくないけど、めでたしめでたし。

チャンチャン。……いや、本当に怖かったです。


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