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したくなかった初体験です。

山賊が現れたって聞いて、村は大騒ぎだった。

村の自警団が防衛と迎撃に出るようで、エアリィさんもそっちへ向かった。

僕はと言うと、村人の避難誘導と教会の警戒に当たっていた。

いやいや、怖くて戦場なんか行けないって。

足腰の弱いお婆さんを背負って教会へ運んだり、鳴子を設置したり。

僕に出来る精一杯の事をやる。

本当にいざとなったら……魔法で、山賊をやっつける。

出来れば戦いたくもないし、その辺の事は考えたくもない。

シーナとミナは教会の中に避難させて、村のみんなと待機させてる。

今は村の東側から山賊が攻めて来ているみたいだけど、こういうパターンの戦いだと北の森を抜けてくるはみ出し者が1人くらいいるんだよなぁ。



――って、落ち着け僕。思考が分裂し始めてるじゃないか。



色んな事を思い浮かべては考える前に別の事を思い浮かべて気を逸らす、僕特有のパニックだ。

普段ならいいけど、今はそれが命に関わってくる。

だから僕は深呼吸をして無理矢理にでも落ち着く事にした。

新鮮な空気が肺を満たして、少し頭が冷える。



――よしっ、ちょっと落ち着いた。



妙な緊張で強張っていた右手の握り拳をほどく。

大丈夫、いざとなったらファイアーで脅かしてやればいいんだ。

流石に持っている武器が手元だけ残して燃え尽きたらびっくりするだろうし。

それに上手く撃退出来たら、ミナがキスしてくれたりして……?

でへへ、と妄想に頬を緩ませる。

おっといけないいけない、ちゃんと警戒しないと。

敵なんか来る訳無いって決めつけてる歩哨は間違い無くスナイポされてお陀仏だし。

でもエアリィさんは大丈夫かなぁ?

心配はいらないよ、って僕に微笑みながら弓と矢束を背負って家の外へ。

その姿が格好良くてちょっと憧れた。

凛々しいエアリィさんもいいなぁ。

僕がまだ避難してない村人を探しに出た所で、村の入り口で弓を使える数人と合流して引き連れて森の中へ向かうエアリィさんを見掛けた。

なるほど、森の中から弓を射掛ければ、すぐには見付からないだろう。

自警団の人達は鉄板をくっつけまくった、ガチムチアーマーみたいな鎧を着て行った。

あれならレイピアでも使われない限り致命傷は負わないだろう。

まぁ山賊がレイピアなんて持ってないよなぁ。手斧を振り回してそうなイメージがある。



――っと、また思考が走ってるよ。落ち着けって僕。



妙な高揚と緊張が混ざって、自分じゃどうしようも無いくらい浮き足立ってる。

やっぱり僕ってチキンだなぁ……って、ちょっと自嘲してみる。

シーナや、ミナだって取り乱さずに他の人達を気に掛けていたっていうのに、僕は見えない何か相手に独り相撲状態だ。

そんな落ち着かない時間が、5分、10分と過ぎた頃。



『カランカラン!』



一瞬息が、心臓が止まる。

来た。

鳴子が響いたのは教会の裏手に広がる、ちょっとした藪の中。

震える足を叱咤して教会の裏庭へ急ぐ。

教会をぐるっと囲む2mくらいの塀を、勢いを付けてよじ登る。



『ヒュン!』

「うわぁっ!?」



目の前を何かが通り過ぎる。それに驚いてバランスを崩し、地面にべちゃっと落ちた。

この地面に這いつくばる感じ、久し振りだなぁ。

っと、ふざけてる場合じゃない。

一歩間違ってたら死んでたね、アレ。

立ち上がって前を見ると、筋肉ムキムキでスキンヘッドで煤けたタンクトップとズボン姿の男性が1人。



「うわ、テンプレ通りの山賊だ」

「あぁん!?」

「柄も悪いなぁ、って山賊だから当たり前か」



ある種の感動を覚える。

山賊は右手に切れ味の悪そうな大きい手斧を提げて、僕を見てニヤニヤ笑い出した。



「辺境の村に貴族の坊ちゃんとはツイてるぜ。たんまり金が手に入りそうだ」



え、貴族?どこにそんな人が?

キョロキョロと辺りを見渡すけど、そんな人は見当たらない。

あぁ、貴族って僕の事か。やっぱりこの服一般的な服装じゃないんだよ、きっと。

ちょっと天然だった僕の行動を、山賊は素敵に勘違いしていた。



「残念だったなぁ、お前の味方は誰もいないぜ?逃げ道も無いようだしなぁ」



下卑た笑い方をする山賊。

あれが俗に言う悪い笑みかぁ、僕には真似出来そうにないなぁ。

ともあれ、油断している今がチャンスだ。

1回だけなら奇襲も出来るし、上手くいけば退かせる事も可能だ。



――よし、落ち着け僕。絶対に成功させるぞ。



出来るだけ体を動かさないように意識しながら、少しずつ指先に感覚を集中させる。

さっきの練習の時よりも、強い熱と鼓動を感じる。

狙いは右手に持つ手斧。

しっかりと見据えて言葉を放つ。



「ファイアー!」



僕の掛け声と同時、山賊の右手に火柱が上がる。

でもそれは一瞬で掻き消える。

僕のように注視してなければ視界に赤いフラッシュが焚かれただけにしか見えないだろう。

そこから、更に動きが生まれる。

手首から先を失った腕が跳ね上がる。それまで支えていた重さが手首毎無くなった反動だ。



「うおぁっ!?な、なんだこりゃあ!?」



跳ね上がった自分の腕の動きに、次いで自分の手首から先が消失している事に顔を驚愕で歪める山賊。

間髪入れず、僕は声を張り上げた。



「今のは脅しだ!大人しくしないと、次は命を失うぞ!」



声が震えなかった自分を褒めてやりたい。

だって、あんな、手首から先が無くなるとか思って無かったし!

やだよぉ、グロいよぉ、威力高過ぎだってば。

断面は炭化したのか真っ黒だし。

出血は無いみたいだから、遠目から見たら特撮の特殊メイクに……ごめんなさい、無理です。見えません。

胃から上がってくる酸っぱい液に辟易しながら、僕は山賊を睨み付けた。

勿論視線は山賊の眉間に集中させる。じゃないと吐きそう。

対する山賊はまだ何が起きたのか理解出来ていないみたいで、目を白黒させている。

けど、僕がファイアーの魔導書を構えているのを見て、何が起きたのか悟ったようだ。

忌々しげに僕を睨み返す山賊。



「てめぇ、舐めた真似してくれるじゃねぇか!」

「っ、動くなって!」



わざと魔導書を前に突き出すように見せる。けど山賊はそんなのお構いなしに、僕へ突っ込んできた。



「うわぁっ!?」

「このガキ、ちょこまかと!」

「ちょ、ま、危ないって!」



僕の首くらいある太い腕を振り回す山賊。

それを不格好だけど何とか避けていく。

冗談じゃない、あんなの当たったら肋骨折れるって!

山賊は怒り狂って僕を殴り殺そうと腕を振り上げる。

顔や脇腹を拳が掠める度、新たな恐怖が湧き上がってくる。

初めの内はまだ機敏に反応出来たけど、怖くて体が言う事を聞かなくなってきた。

ぎりぎりの所で避け続けるけど、遂に壁際へ追い詰められた。



「手間掛けさせやがって。悪あがきもここまでだ!」


ヤバい、逃げたくても膝に力が入らない。

恐怖と疲労で地面に張り付いた両足が、がくがく震えだした。

いきなり濃厚に薫りだした死の臭いに僕の思考は恐怖一色に染まる。

左腕を振り上げる山賊。

眼前に迫り来るそれを、僕は混乱と恐怖に塗れた眼で見ていた。



『――ヒュン』



突然生まれた音と共に、山賊の左腕が左に逸れる。

僕の顔を掠めて背後の壁に当たった衝撃が背中を伝う。多分塀にはヒビが入ったんじゃないだろうか。

目に飛び込んできたのは山賊の肘に刺さった一本の矢。

さっきの音は矢の風切り音だったみたい。

不意に山賊の体が揺れて、そのままぐらっと地面に倒れ込んだ。

その側頭にもう一本矢が刺さっていた。



「大丈夫か、ユーリ君っ!?」



聞こえた声に、僕はやっと状況を理解した。

右へ振り向くと弓を持ったまま駆け寄るエアリィさんの姿が。

あぁ、エアリィさんが女神様に見える。



「怪我は無いかい?向こうは片付いたから様子を見に来たんだが、間に合って良かったよ」



ぺたぺたと僕の体を触って怪我が無いか確認する。

傷を負ってないのが解りほっとした笑みを浮かべるエアリィさんを見て、僕の緊張の糸が切れた。

思わず両手を広げてエアリィさんに抱き付いた。



「エアリィさぁ~ん!」

「な、わ、ユーリ君っ!?」

「怖かったよぉ~。殺されるかと思ったぁ」

「だ、大丈夫、ユーリ君をイジメる奴は私が成敗したから!だから、その、ユーリ君っ、落ち着いてくれ」

「大丈夫?怖いのいない?」

「あ、あぁ、大丈夫だよ」

「えへへぇ、エアリィさん強くて優しいから好き~」

「うなっ!?ちょ、待ってくれ、ユーリ君っ!?」

「むぎゅぅ~」

「――――――――っ!?」





……はい、落ち着きました。

さっきの僕は黒歴史なので忘れて下さい。忘れろ、忘れるんだぁ!

……まぁアレだよ、恐怖の反動でちょっぴり幼児退行しただけさ。

今じゃすっかり落ち着いて普段通りの僕に戻ったさ!

って言いたいけど、僕は今エアリィさんに背負われてる。

情けない事に腰が抜けて立てないんだ。

色々恥ずかしい所も見せちゃったし、エアリィさん呆れてなかったらいいなぁ。



「ユーリ君、もっとしっかり掴まってくれ。落ちてしまうよ?」

「あぁすいません。重くないですか?」

「軽過ぎるくらいだよ。まるで女の子みたいだ」



女の子みたい、かぁ。

ちょっぴりショックを受けつつ、僕は前に回した手をエアリィさんに巻き付けるように動かしてしがみついた。



「きゃん!」



かわいらしい悲鳴と左手の掌に広がる柔らかく幸せな感触。

擬音で表すなら、もにゅっ、と言った感じ。

ちょうど掌にぴったりフィットする大きさで、沈み込んだ指を優しく包む弾力性。



――これはまさしく、おっぱい!



って、幸せに浸ってる場合じゃない。

ただでさえ格好悪い所を見せてるのに、この上エロ魔神だなんて思われたらエアリィさんに嫌われちゃうよ!

慌てて手を退けようとするより一瞬速く衝撃が左手首を襲った。



『バリン!』



突然の衝撃に僕もエアリィさんも驚いて後ろに倒れ込む。

あ、エアリィさんの髪からいい香り。

思わずまったり仕掛けた僕の目に映ったのは、左手首の時計に突き刺さった鉄の矢。

液晶が割れ中部まで食い込んでいるけど、底部の板に遮られて僕の手首には傷一つ付いて無かった。

慌てて矢の飛んできた方を見ると、森の中で大柄な男が僕に弓を構えているのが見えた。

恐らく山賊の一味だろう。

僕達が無傷なのを見て次の矢をつがえ始めた。



――今の矢、エアリィさんを狙ってた?



結果的に僕の時計に命中したとは言え、それはイレギュラー。

最初に狙ってたのはその奥、エアリィさんの心臓付近だ。



――アイツは、エアリィさんを殺そうとした?



僕の冷静な部分が早く逃げろ、って叫んでる。

エアリィさんを担いで物陰に走れと悲鳴を上げる。

でも、アイツが何をしようとしたのかを理解した時、僕はぶち切れた。



――許さない。



上体を起こしてアイツを睨み付けた。

頭から熱が全身に回って、燃えているような感覚が広がる。

アイツから僕を庇おうと動くエアリィさんを優しく抱き締めてその動きを封じる。

今なら全身に流れる魔力を感じられる。

アイツがつがえた矢が空を疾りながら僕の頭部へ向かう。



「ユーリ君っ!」



叫ぶように僕の名前を呼ぶエアリィさん。

鏃が僕の額数cmまで迫って、そのまま消失した。

なんの事は無い、鏃から順に熱で蒸発させてやっただけだ。

周囲に汗ばむ程の熱が広がり、一瞬で収束する。

僕の胸の辺りから見上げるエアリィさんは、今目の前で起きた事が理解出来ないのかポカンとした顔をしていた。

そっと抱き寄せ、長い耳に口を寄せて囁く。



「大丈夫、エアリィさんには傷一つ付けさせないから」



視線を外しアイツを睨み付ける。

今の芸当を見て分が悪いと悟ったのか、こちらを警戒しながら撤退を始めようとしていた。

逃げられるとでも思ってる?

エアリィさんを傷付けようとした報いは受けて貰わないとね。

出来る限り苦しんで死ぬような魔法がいいなぁ。

暗い思考を巡らせていると、一つの魔法が脳裏に浮かぶ。

ある程度離れて大丈夫だと思ったのか、アイツは背を向けて駆け出す。

その背中へ落とすように、僕は呪詛を呟いた。



「ノスフェラート」



言い終えると同時、アイツの周囲に紫色の暗い炎が浮かび上がる。

人の頭程の大きさを持つ炎は五肢に喰らい付くようにアイツへ殺到した。

叫ぶ間も与えられないまま、暗い炎が全身を喰い尽くす。

吸血鬼の名を冠するこの魔法は、死を与えながら『死』という安息を許さない。

永遠に近い時を掛けて少しずつ魂を喰らい、耐え難い苦痛を最期の時まで与え続ける。

しかも、喰われた魂は転生の輪廻には戻れず永久に失われるんだ。

不意に、腕の中で震える動きが生まれる。

視線を下げると、僕の腕に抱かれたままのエアリィさんと目が合った。

見上げる瞳にはありありと恐怖の色が浮かんでいる。



――怖がらせちゃったかな?



出来るだけ優しく声を掛ける。



「エアリィさん、怪我は無いかな?」

「ぁ、あぁ、大丈夫だよ。ユーリ君こそ平気かい?」

「うん、僕は大丈夫。……良かった、エアリィさんが無事で」



ほっとした途端、強烈な眠気が襲ってきた。

そのまま後ろにパタッと倒れ込む。

少し赤みが差してきた青い空が広がっていた。

瞼を閉じる直前に浮かぶのはエアリィさんの事。



――情けない所もえっちな所も、怖い所も見せちゃったなぁ。それでもし嫌われちゃっても、エアリィさんが無事だったから……いっか。

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