お茶会にお呼ばれします。
昼ご飯を食べて、ちょっとした雑用をこなして。
そんなこんなで時刻は午後2時。
何で正確な時間が解るかと言うと、袋から腕時計が出て来たから。
耐水耐圧耐衝撃が売りのゴツイやつだ。
取り敢えずアレは『四次元麻袋』ってあだ名を付けよう。
話を戻して、今僕は部屋の中にいる。
これまた四次元麻袋から出て来た、多分この世界風の衣服を着込んでいるからだ。
黒を基調として、肩から袖口まで蔦柄の刺繍が施されたシャツと、同じく黒の下地と側面に金の蔦柄が走るズボン。更にはこの編み上げ靴まで黒だ。刺繍はないけど、代わりに靴紐が金色。
――いやいや、派手っていうか趣味悪くない?
コスプレとかなら格好いい服装かも解らないけど、一市民が着る服装としてはかなり異彩を放ってる。
確かに、僕が最初に着てた学生服は背中がバックリ裂けてるし、亡くなった神父さんの服を借りっぱなしって訳にもいかない。
でも、だからってコレが代案ってのはどうだろう。
そんな事を考えてると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「ユーリさん、準備出来ましたか?」
「一応出来たけど……笑わないでね」
僕の声に、頭に?を浮かべながらシーナがドアを開けた。
シーナは僕の姿を見て、部屋の入り口で息を呑み固まってしまった。
――そりゃそうだよなぁ。幾らファンタジーな世界でもコレは無いよなぁ。
気恥ずかしさで頬に血が集まるのを自覚しながら、どうしたもんかと頬をぽりぽりと掻く。
と、固まっていたシーナがぽつりと呟く。
「……素敵です……」
「へっ?」
「あ、いえっ!何でもないですっ」
何だろう?つい「キモッ」とか「ダサッ」とか口に出ちゃったのかな。
……考えてると悲しくなるから止めよう、うん。
それにシーナは良い子だからそんな事言わないもんね!
や、まだ年聞いてないけど多分僕とそう変わらないと思う。
同世代の娘さん捕まえて良い子も無いか。
取り敢えず現実逃避を止めて真実へ一歩踏み出してみる。
「えっと……ど、どうかな?」
意を決して聞いてみる。
願わくばポジティブに受け取れる罵倒でありますように!
「服の落ち着いた気品がユーリさんの魅力を引き立てていてすごく格好いいですよ。おとぎ話に出て来る勇者様みたいです」
――ィィィイヤッホォォォォイ!
まさかの全肯定きたぁぁぁ!
お世辞でも何でもいい、罵倒じゃなかったから何でもいい!
嬉しさの余りシーナの手を握りぶんぶん振りたくる。
「ありがとうシーナ!」
「きゃ!?えっと、あの……どういたしまして?」
シーナは戸惑ってるみたいだけど、今は僕の感謝を受け取って欲しい。
小さい頃から妹の着せ替え人形役をやっていた成果がここで出たのかな。
妹よ、天国から見てるかい?お兄ちゃんは妹のおかげで格好良くなれたよ。
あ、いけない。妹の事思い出したら涙がちょちょきれそうだ。
今度は突然しんみりしだした僕に、シーナは更に戸惑いを深くした。
「あ、あの、ユーリさん?」
「ん、あぁ、大丈夫。ちょっと色々思い出しちゃっただけだから」
「そう、ですか?」
握ったままだったシーナの手を離す。
細くて白くて小さな手。
細工品のような、って言葉はシーナの為にあるんだなぁ。
そんな風に思いながら、僕はシーナに思い付いた事を言う。
「先にミナと外で待っててもらえる?」
「どうかしたんですか?」
「せっかくだから、お土産持って行こうと思って。勿論2人の分もあるよ」
「私達にはそんな気を使って頂かなくても……」
「いいからいいから。じゃ、ちょっと行ってくるね」
何か言いたげなシーナを残して、僕は倉庫へ向かう。
ふっふっふ、3人共喜んでくれるかな?
ニヤニヤしながら階段を駆け下り、教会の玄関を抜ける。
朝より数段傾いた太陽に出迎えられ、一瞬だけ目が眩んだ。
すぐに目は慣れ、倉庫の古びた扉を開けて、階段を上へ。
とんとんとん、とリズムを刻みながら2階に到着。
あったあった、みかんに桃……ついでにパインもあった方がいいかな?
僕は倉庫の隅に置いておいた麻袋に手を突っ込み、無造作に中の物を掴み取る。
うん、あったあった。
目的の物を腕に抱えて、僕のニヤニヤは更に濃くなった。
3人の――特にエアリィさんのびっくりする顔を早く見てみたいなぁ!
「3人共、いらっしゃい。今か今かと待ちわびたよ」
「エアリィさん、今日はお茶会に呼んで頂きありがとうございます」
「はっはっは、相変わらずだなシーナ君は。もっと気さくに話してくれても構わないよ?」
「エアリィさん、こんにちは!」
「こんにちは、ミナ君。今日も元気いっぱいだね」
「さっき振りです。あ、これお土産です。みんなで食べましょう」
「あぁ、わざわざ済まないね。ありがたく頂くとしよう。……それはそうとユーリ君、すごい格好だね。王国の舞踏会にでも出るのかい?」
「うぐっ。に、似合ってませんか、やっぱり」
「いやいや、余りに素敵なのでね。貴族様よりも格好いいよ」
そんな会話を交わしながらエアリィさんの家にお邪魔する。
出迎えてくれたエアリィさんは朝の時とは違って、薄い水色のワンピースを着てた。
清楚な雰囲気と柔らかい微笑みが合わさって、どこかのお姫様みたいだ。
家も4LDKくらいありそうなログハウスで、小綺麗な内装が落ち着いた雰囲気を醸し出してる。
もうお茶の用意はしてあったようで、いい匂いが漂ってくる。
「まぁ、掛けて待っていてくれ。すぐにお茶を持ってくる」
「あ、僕もお手伝いしますよ。お土産も広げようと思いますし」
「そうかい?じゃあミナ君とシーナ君はそのまま座っていてくれ」
足取りも軽やかなエアリィさんに続いて台所へ。
お茶会が余程楽しみだったのかひどくご機嫌な様子。長い耳もピクピク動いてるし。
触りたいなぁ。ハムハムしたいなぁ。
と、僕の邪な視線に気付いたのかエアリィさんが振り返る。
どうしたんだい?と微笑みを浮かべて僕を見る姿が、もうたまらんですたい。
「ちょっと大きめの器を3つと、フォークを人数分お願いします」
「あぁ、解った」
僕はみかんの缶詰めを手に取ると、缶切り片手に開け始めた。
きこきこきこ、と軽快なリズムに乗せて鼻歌なんかも歌っちゃってみたり。
「集え~、銀河の守護神~♪砕け~悪の野望を~♪」
「なかなか勇ましい歌だね、ユーリ君。何を謳い上げた曲なんだい?」
「全てを手に入れるんだ~……♪あ、これですか?この曲は昔妹が僕のテーマソングとして作ってくれたんですよ」
「そうだったのかい?いやはや、才能に溢れた妹君だね」
ちょっと自慢げになる。
妹はかわいくて賢くて優しくて、まるで天使みたいな子だった。
絵も上手だし声も綺麗だし作詞作曲も出来て運動も得意。
その上僕を「おにいちゃん」って慕ってくれたし。
え、シスコン?ハハハ、何をおっしゃる。
っと、もう一周してたみたいで缶の蓋が上がっていた。
手を切らないように注意しつつ、蓋を開けて木のボウルに中身を移す。
うん、まずみかんは出来上がり。
エアリィさんを見ると、目をキラキラさせてみかんを見ていた。
「ゆ、ユーリ君っ。この美味しそうなのは一体何だいっ?」
テンションが振り切っているのか、少し語尾に力が入ってる。
なんて言うか、初めて見るご馳走を前にした子供みたいですごくかわいい。
「これはみかんっていう、僕の国で一般的に食べられていた果物をシロップ漬けにしたものですよ。他にも桃とパインって果物も持ってきました」
「なるほど、これは、その、うぅむ。いや、はっきり言おう、早く食べたい!」
言いながらも目はみかんに釘付けなエアリィさん。
実はちょっぴり食いしん坊さんなのかな?
なんて事を考えながら、僕は桃の缶詰めに手を伸ばした。
開けて中身を移す度に、エアリィさんは黄色い悲鳴というか、感嘆の声を上げる。
どの世界の女の子も、果物には弱いんだなぁ。
予想以上にかわいい反応を見せるエアリィさんを微笑ましく思いながら、僕は缶詰めの空を片付け始めた。
「ずいぶんと盛り上がっていたみたいですね……え、何ですかこれ?」
「ん、なんだか甘い匂い……ほわぁっ、ナニコレ!?」
器を持ってリビングに戻ると、2人共目を丸くしてた。
やっぱりこの世界の食べ物と地球の食べ物は少し違うみたいだ。
シーナはフォークで桃をつんつんして、ミナはパインに鼻を近付けて匂いを嗅いでる。
エアリィさんは待ちきれない様子で視線をみかんに向けながら、香草茶――多分ハーブティー的なものを注いでいる。
やばい、みんなかわいすぎて鼻血出そうだ。
取り敢えずみんなにお茶が行き渡ったのを確認して、フォークを握らせる。
「今日集まってくれた皆に精霊の祝福があらん事を……。待ちきれん、突撃だ!」
「おー!」
ファンタジー特有の、食べる前に捧げるお祈りが見れるかと思ったらそんな事はなかった。
勇ましくフォークを握り締めるエアリィさんと、腕を振り上げてノリノリなミナ。
シーナなら修道女だし真面目にお祈りしてるハズっ、と目を向けたら既にお祈りを終えて臨戦態勢だった。
いやいや、何倍速でお祈り終わらせたのん?
女の子パワーに圧倒されて若干言葉が怪しくなる僕。
シーナは桃を小さく切り分け、とても上品に食べている。
うん、お嬢様っぽくてかわいい。
ミナは口いっぱいにパインを頬張ってる。
なんだかリスみたいでかわいい。
エアリィさんは、みかんをいっぺんに5個くらいフォークに刺して口に放り込んで、幸せいっぱいな顔でもぐもぐしてた。
やだ、なにこのかわいいイキモノ。
今日はエアリィさんの破壊力が半端じゃないなぁ、とみんなを見てヘラヘラ笑いながら、僕は温くなった香草茶をすすった。
「で、取り敢えず今日はみんなに僕の事を知ってもらおうかと思うんだ」
果物との死闘も終わってまったりとした空気が流れ始めた頃、僕はそう切り出した。
その言葉にエアリィさんとシーナは姿勢を正すけど、ミナはへにゃっと首を傾げる。
「ユーリの事?」
「そうそう、僕の事。例えば……ミナは僕が、別の国から来たって言ったら信じる?」
「うん、ユーリの事ならなんでも信じるよ!」
いや、嬉しいけどね、そうじゃないんだよ。
聞き方を間違えたかなぁ、と頬をぽりぽり掻いているとシーナが助け船を出してくれた。
「確かに、この国に住む方なら知っている事を、ユーリさんはご存知無かったですからね。異国の方と考えるのが自然ですね」
「ありがとうシーナ、まぁ、言いたいのはそういう事。で、こんな事言ったら冗談だと思われるかもしれないんだけどさ」
僕はみんなの顔を見渡して、爆弾を投下してみた。
「もし、僕が『別の世界』から来たって言ったら、信じる?」
うわ、みんなぽかーんってしてる!
そりゃそうだよなぁ、いきなり異世界人です、なんて言われてもなぁ。
何言ってんだコイツ的な視線を向けられて、最悪脳に蛆が湧いたって思われるのがオチ……いやいや、みんなを信じるんだ。
果物であんな幸せそうに笑う女の子達ならそんな酷い事は言わないハズ!
戦々恐々としながらみんなの様子を窺ってみる。
ミナは、僕が何を言っているのか解っていないみたい。
そもそも別の世界って何?って顔をしてる。
シーナは軽くパニックになってるみたい。
うん、その気持ちはよく解るよ。最初僕もパニクったからね。
エアリィさんはというと、何やら考え込むように僕をじっと見てた。
あ、その目で僕を見ちゃダメ、なんかゾクゾクきちゃう。
「そう言ったって事は、ユーリ君自身そう思える理由を見つけたのかい?」
おぉっ、エアリィさんひょっとして信じてくれた!?
ちょっと感激しながら、僕は口を開いた。
「僕の世界と違う所を見つけて、そう考えたんです」
「違う所、とはなかなか抽象的だね。例えば何が違ったのかな?」
「そうですね、一番の違いは……この世界に魔法がある事、ですかね」
僕の言葉に耳をピク、と動かす。
反応が解りやすくていいな。
「僕のいた世界では魔法は空想の産物でしかありませんでした」
「それは大きな違いだね。少なくとも、私からしてみれば魔法が存在しないなんて信じられないよ。空気と同じ、在って当たり前のものだからね」
「それから、エアリィさんみたいなエルフもいません。会話が出来る程の知性を持った生物は人間しかいません」
「それは……絶滅した、という訳ではなく?」
「ええ、最初から人間しか種族として存在していません」
うぅむ、と考え込むエアリィさん。
別の大陸にもエルフや獣人なんかが大勢いるって話だし、全体から見ると少数民族な人間しか存在しない世界ってものが想像付かないんだろう。
「ただ、幾ら僕が自分の世界と違う所を並べても、僕が異世界人だと証明するのは難しいですけど」
「え、何でですか?」
それまで聞き役に徹していたシーナから疑問の声が上がる。
答えようとした僕より早く、エアリィさんが綺麗な声を響かせた。
「簡単な事だよ、シーナ君。彼は自分の世界と私達の世界、両方を知っているから2つの世界が違うものだと判断出来る。しかし私達は彼の世界を知らないから、私達の世界を基準にする事でしか思考出来ない。つまり、彼がどんなに説明しても、私達からしてみれば証拠の無い作り話にしか聞こえない、という事だよ」
僕が言いたかった事を完璧に全部言われちゃった。
流石エアリィさん、知的な所も素敵です。
ただ、ミナが睨むような視線を向けているのが心苦しい。
最初から僕を全肯定してくれるミナにしてみたら、今のエアリィさんの話は僕の言葉を信用してないって取れるからなぁ。
……いや、僕もエアリィさんがどう思ってるのか解らないからドキドキだけどね。
「エアリィさんの言う通り、僕が異世界人だって証拠が無いんだ。異世界が在るって証明する方法も解らないし」
「おや、証拠ならここに在る……在ったじゃないか」
「へ?」
微妙に言い直して、エアリィさんは空になったボウルを指差す。
そこに在ったもの……みかん?
「私の知る限り、どの大陸にもこんなに美味しい果物は無いよ。それにこれが入っていたあの缶。あれを作る技術も、この世界には無いものだ」
あぁっ、言われてみれば!
さっきまで散々その事でニヤニヤしてたのに、すっかり忘れてた。
みんなの笑顔がかわいかったせいにしておこう。
ん?という事は……、
僕の視線をいたずらっ子のような笑みで受け止めるエアリィさん。
「ふふ、意地悪な言い方をしてすまなかったね。いやなに、存外君が困ってる姿がかわいかったのでね」
「あぁっ、エアリィさん僕をからかってたんですね!?」
「ははは、許してくれないか。ただ、私は最初から君の言う事を信じていたよ?」
そう言って手を合わせ上目遣いに僕を見るエアリィさん。
そんな事で騙されな……騙されました。
だって反則級にかわいいんだもん!あぁ、こうやって男は女の子に騙されていくんだなぁ。
そんな事を考えていると、ミナが僕の膝に座り抱き付いてきた。
そのまま首だけエアリィさんに向けて、威嚇するように睨んでいる。
「ユーリをいじめたらダメなの!」
ミナの健気な言葉に僕のハートは撃ち抜かれた。
もう、ズギューンって。
頭を優しく撫でると、くすぐったそうにすり寄ってくる。
慌てたのはエアリィさんだ。
「い、いや、いじめた訳ではないよ?」
「でもユーリを困らせて笑ってたもん!」
「そ、それはなんと言うか、ミナ君もかわいいと思わなかったかい?」
「それとこれは別なのー!」
あ、ミナも思ったんだ。
言っとくけど、男にかわいいは褒め言葉じゃないんだからね?
やいのやいのと賑やかになる2人とは対照的に、シーナは黙ったままだ。
どうしたんだろ?と首を向けてみると、丁度顔を上げたシーナと目が合った。
「なるほど……ユーリさんは異世界人だったんですね」
「え、いまさら!?」
マイペースさんめ。
意外とシーナって天然さん?
普段しっかりしてるから、こういうシーナはなんか新鮮な気がする。
取り敢えず収集が付かなくなったから、僕は香草茶をすすってまったり流れに身を任せる事にした。
投げっぱなし?勿論。
ハハハ、流されるのは得意なんですよ。
場所を移して教会の裏庭。
あの後僕に魔法が使えるのか気になって、エアリィさんに教えてもらう事になった。
すぐに仲直りしたみたいで、ミナはエアリィさんと一緒に的を準備してる。
仲睦まじい2人を見てると和み度数が半端じゃない。
シーナはと言うと、万が一の時の為にライブの杖と傷薬、それに包帯なんかも用意しておくって教会の中へ引っ込んでいった。
大げさに思えるけど、失敗したらそれだけ危険って事だよね。
よしっと気合いを入れて、僕は気持ちを新たにした。
丁度準備も終わったみたいでやり遂げた感を滲ませながらミナが駆け寄ってくる。
そのままぽふって抱き付かれ、ミナは褒めて褒めて、としっぽを振る子犬みたいにじゃれついてきた。
頭をくしくし撫でると気持ち良さそうに目を細める。
「はぁ……癒されるわぁ」
「にへへ、ユーリの手やさしいから好き♪」
ミナを撫でているとエアリィさんも僕の元へやってきた。
ほぼ無意識に手が伸びて、
「うなっ!?」
気付くと僕の右手はエアリィさんの頭に。
ナデナデナデナデ。
さらさらの髪の毛は手触りが良くて、いつまでも触っていたくなる。
っていうか「うなっ」って。
エアリィさん猫みたいな声上げたね。かわいいからいいけど。
――って、僕は何をやってるんだ!?
つい勢いのままぬエアリィさんの頭撫でてたけど、ひょっとして怒ってるかな?
うわぁ、エアリィさん俯いて肩ぷるぷるさせてるし。
ていうか、大人の女性を子供扱いしちゃ怒るよね、普通。
あ、でも撫でてると気持ち良いや。
なでなでなでなで。
勿論左手でミナを撫でるのも忘れない。
おぉう、両手が幸せいっぱいだ。
「――何してるんですか、ユーリさん」
突然背後から聞こえてきた声にびくぅっとする。
振り向いたら半目で僕を見るシーナの姿が。
「いや、えっと、なんていうか」
からからから。
いい感じに僕の頭は空回りを披露した。
別にやましい事をしてた訳じゃないから慌てなくてもいいけど、小心者でチキンな僕はこういう時に思いっ切り慌てる。
シーナは溜め息を吐いて、腰に手を当てるとお説教を始めた。
「いいですかユーリさん、年上の方を子供扱いしてはいけません。ミナのように小さい子ならまだしも、エアリィさんのように大人の方の頭を撫でるなんて失礼ですよ。まだエアリィさんだったから良かったですけど、貴族様相手にやってしまったら不敬罪で投獄される事もあるんですから。だいたいユーリさんは礼儀を知らなすぎます。異世界人だからといって、全てが許される訳ではありませんからね。丁度いい機会です、この際礼儀作法をみっちりと教えてあげます」
うわぁ、シーナのマシンガンお説教タイム始まったよ。
スイッチ入ると途端に喋り出すんだよねぇ。
「い、いや、シーナ君。せっかくだけど、今は魔法の練習だから、その話は夕食後にでもじっくりやってくれないか?」
「む、そうでしたね。仕方がありません、お説教はまた後でやりましょう」
ナイス、エアリィさん!
お礼に後でみかんの缶詰めと缶切りをあげちゃう。
ミナは僕の陰に隠れて様子を窺ってた。シーナのげんこつ痛そうだったもんね。
取り敢えずシーナも引き下がったくれたし、心置きなく魔法の練習が出来る。
ミナも僕から離れて、後ろの長椅子に座って足をぶらぶらさせてる。
「それじゃあ、やり方を教えるよ。まずは体を楽にしてみてくれ」
言われた通り全身から無駄な力を抜く。魔法の練習、って聞いて思わず体が緊張してたみたい。
「次に意識を体の内側に向けるんだ。目を閉じると集中しやすいかもしれないな。全身の血流を感じるように、指先、腕、足先、太腿、背中、首、心臓なんかを意識してみるといい」
目を閉じて意識を巡らせてみる。
血流を感じる、ってどんな感覚なのかな?
運動した後に耳の血管がドクンドクン煩く鳴るような感覚かな。
あれだったらイメージしやすいんだけど。
まぁ、試しにやってみよう。合ってたらエアリィさんがなんか言ってくれるハズだし。
最初は心臓から。首、左腕、両足、右腕って順番に意識を広げていく。
「すごいな、ユーリ君は。もうコツを掴んだようだね、今度はその感覚を指先に集めるように意識してごらん」
やっぱりあの感覚で合ってたみたいだ。
今度はそれを指先に集める……何かイメージが有った方がやりやすいよね。
なんかそれっぽいイメージ……あ、魔○光殺砲でいいか。
指先に意識を集めて、と。
なんだか指先が熱を持ってきた気がする。
「充分出来たと思ったら、指先を対象――あの的に向けて、使いたい魔法を唱えるんだ。ファイアーの魔導書があるから、これを使ってみると」
「ファイアー!」
あ、なんか先走って呪文唱えちゃった。
さっきミナとエアリィさんが木の枝を組み合わせて作った人形の的の足元から、高さ2mくらいの火柱が上がる。
でもすぐに炎は消えちゃって、失敗したかな?って思ったんだけど、よく見たら的が燃え尽きてて灰一つ残って無かった。
――うわぁ……ファイアーって名前でしょぼいの想像してたけど、威力凄まじいなぁ。丸く地面禿げてるし。
なんとも言えない表情でエアリィさんを見ると、真っ青な顔をしていた。
え、もしかしてなんかマズかった?
「……ユーリ君、正直に答えてくれ。今、君は、何をした?」
「え、えっと、言われた通り的を狙って呪文唱えただけなんですが」
「質問を変えよう。君は今、魔導書を持っていたりしないかい?」
「持って無いです……っていうか、魔導書無いまま魔法使えちゃいました」
「……そう、か。いやはや、つくづく君は私を驚かせてくれるね」
感心半分呆れ半分、といった感じでエアリィさんは苦笑を浮かべた。
僕も自分にちょっと呆れてるけどさ。
この世界の理を無視して、理魔法を放つってのもどうなんだろう。
理魔法といえば、この世界の魔法ってファイ○ーエ○ブレムっぽいよね。
でもエルフや獣人もいるし、まるっきり同じじゃないよねぇ。
その内マムクートとか出るのかな?
竜族の女の子とかかわいいんだろうなぁ。
しかも合法ロリかぁ……ごくっ。
「……いや、信じらんない気持ちは解るがそろそろ帰ってきたまえユーリ君」
おっと、現実逃避してたらエアリィさんに怒られちゃった。
失敗失敗。
「取り敢えず、この魔導書を渡しておくよ。誰かに見られてもこれで言い訳出来るだろうからね」
「ありがとうございます。まぁ、極力誤魔化すか使わない方がいいですよね」
「加えて異世界人だというのも黙っていた方がいいだろうね。心無い人が聞けば研究の為に飼い殺しにされるか、危険だと思われて命を狙われるか」
「うへぇ……おっかないですね」
一気に話が血腥くなってきた。
ゲームなら幾らでも返り討ちにしてきたけど、現実として降りかかると考えたくも無い話題だよね。
それにしても、つくづくテンプレだなぁ。
異世界に飛んだらチート級の魔法が使えるとか、周りは美少女ばっかりだとか。
まぁ、今日の所は平和に終わりそうだし、特に心配は無いかな。
「山賊だ!山賊が出たぞぉ!」
あぁ、もう!
どこまでテンプレな展開が続くんだよぉ!