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火急の知らせ?火球の知らせ?

胃が痛い。

今の僕の心境を端的に表すなら、その一言に尽きる。

ヒナちゃんに誘われてホイホイ付いて行った先は、いつもの亜人ギルドじゃなく街の中央に有る協議会講堂、通称皇集の塔。

この街が出来る切欠にもなった旧時代の戦争終結の約定が、この塔で結ばれたとか何とか。

あらゆる種族の皇がここで平和の為に尽力して戦争を終わらせたみたいだけど、詳しい話はすっかり頭から抜け落ちている。



――帰ったらミナにもう一度教えて貰おうかな。



無事に帰れたら、だけど。

キリキリと痛む胃に脂汗を浮かべていると、円卓の下の右手がキュッと握られた。

会議中の為正面に向けたままのお澄まし顔だけど、握った手からヒナちゃんの優しさが伝わってくる。



――うん、ちょっと元気になったかも。



すべすべの手を握り返すと、手首に巻かれた蔦のリングに小さな花が咲いた。

花の匂いはプレゼントしたペンダントが抑えてくれているから、周りには解らないと思う。

少し冷静さを取り戻した僕は、改めて室内を見渡す。

煌びやかながらも上品な装飾が壁を彩り、小学校の体育館くらいは有りそうな広い部屋の中央、これまた広い円卓に腰を下ろしているのは街の各代表。

亜人ギルドからヒナちゃん、冒険者ギルドからテュルエさん、魔術ギルドからはナカシュが出席しているから気は楽だけど、問題は他の人達。



――ウワァ、アノカオコワイ。



思わず片言になってしまうくらいの威圧感を放っているのが、衛士長のおじさん。

厳つく角張った輪郭、針鼠の様に逆立つ青い髪の毛、猛禽類の如き鋭い目に、極めつけは左頬を走り抜ける十字傷。

どう見ても堅気には見えない雰囲気を身に纏わせ、静かにこちらを――正確には僕を眺めている。

ヒナちゃんが言うには真面目な良いおじさんらしいけど、今の所おじさんに友好的な気配は全く無い。

その隣に座るのは小さな眼鏡を掛けたお爺さん。

一見穏和そうな感じに微笑んでいるけど、その奥に潜む威圧感が半端じゃない。

笑顔の底に腹黒さを隠し持つ狸みたいな人だ。

多分、刻まれた皺の分だけ修羅場を潜り抜けて来たんだろう。

……そんなお爺さんが教会からの代表という所に、世知辛さというか世の中の真実が透けて見えてくる。

世の中慈善だけじゃ回らないんだねぇ……いや、解ってはいたけどさ。



「ふむ……皆揃った様ね。ではこれより私の名の下に、会議の開始を宣言しましょう」



少し枯れた声でそう宣言したのは女性だった。

赤紫の長髪に細長い両耳、芸術品の様に整った顔立ちが彼女をエルフだと知らしめている。

細く切れ長の瞳は女性らしい艶を湛えてはいるけど、何故か衛士長のおじさんよりも威圧感を放っている。

何よりも目を引くのは、顔の左半分を覆う様に走る火傷の痕。

首元まで流れるそれが彼女の美貌を一層引き立て、触れ得ぬ美術品みたいな雰囲気を醸し出していた。

細められた目が僕へちらと向けられる。

それだけで僕の背中には冷たい汗が流れ落ちた。



「それじゃヒナ、まずは隣に座ってる可愛い男の子を紹介してちょうだい」



彼女の言葉に皆の視線が集まる。

ナカシュとテュルエさんも場の雰囲気に合わせてこちらに視線を向けてくるけど、流石に探ってくる様な好奇は無い。

てか可愛い男の子って。

……いやいや、東洋人は童顔が多いから幼く見られるって聞いた事も有るし、あの人から見たら僕なんてまだまだひよっこみたいなものなんだろう。

それっぽい理由を見付けて一人納得した僕は軽く頭を下げ、自己紹介を始める。



「初めまして、僕の名前はユーリと言います。偏屈な老魔術師の下で学問を修めていたので、何かお手伝い出来る事は無いかと今回無理を言ってこの場に連れて来て頂きました。僕の身元については魔術ギルド、冒険者ギルド、亜人ギルドの長がそれぞれ保証してくれています」



一度言葉を区切る。

唐突な説明を受けてナカシュは少し目を見開いたみたいだけど、テュルエさんやヒナちゃんと同じ様に他の人達へ頷いてくれた。

それを見届けて、僕は言葉を続ける。



「発言を許されるまでは口を噤んでいますから、どうぞ気にせず進めて下さい」

「彼はこの大陸の生まれでは無いの。だから私達には無い知識を持っているかもしれない。そこで私達の会議を聞いて貰い、何か改善点や気になった事が有れば報告して貰おうって事で同席させたの」

「だが異国の者を易々とこの様な場に連れて来られては」

「議員の半数以上の賛成が有れば有識者を呼び意見を求める事が出来る。魔術ギルドは彼の参加を認めていますよ。無論、亜人ギルドと冒険者ギルドも」

「む……」



僕の言葉を継いだヒナちゃんが経過を報告、それに反応したおじさんをナカシュが抑える。

教会のお爺さんは底の見えない笑みを浮かべたまま、エルフのお姉さんは何を考えているのか解らないけど愉しげに口の端を歪めている。余り長い事お邪魔したくはない雰囲気だ。

衛士長のおじさんは値踏みする様に僕へチラリと目を向けて、つまらなそうに鼻をフンと鳴らした。

まぁ、幾ら何でも見た目が只の子供だからね。

訝しむのも当たり前かな。



「名乗られたのなら、私達も礼を返さなくてはいけないわね。私は商人ギルドの代表兼各ギルドを取り纏める首相の一人、イリス・ピアナよ。宜しくね、坊や」



妖しく微笑むお姉さん。

思わずドキッとしちゃったのは不可抗力だよね、だからヒナちゃん、つっ、爪と指の間に棘刺しちゃアッー!?

声にも表情にも出さずに悶絶しているとナカシュとイリスさんが笑っているのが見えた。

くそぅ、ナカシュは後で文句言ってやる。

存外ヤキモチ焼きなヒナちゃんをどう宥めようか思考を飛ばしていると、衛士長のおじさんが咳払いをして注目を集めた。



「俺はギルドの代表では無い。が、この首都を守る衛士を取り纏める衛士長として、この会議に参加している。言わば監視役だ。妙な真似や首都に仇為す事は考えない方が身の為だな」

「ルグロ、そんな風に威圧するものでは無いわ。坊やが怯えちゃうじゃない」

「ふん、お前とて情報は掴んでいるのだろう。こいつが首都に着いて早々問題を起こした件、知らぬ訳ではあるまい」

「くふふ、そんなに目くじら立てなくても良いじゃない。坊やには耐え難い屈辱だったのかも知れないわ。ルグロも女装してみたら解るんじゃない?」

「ふん……戯れ言だな」

「あら、案外似合うかも知れないわよ?」



衛士長のおじさん――ルグロさんをからかって遊ぶイリスさんの言葉を聴いて、額に嫌な汗が滲んできた。

いやまぁ、何の事後工作もしてなかったから話は広まって当たり前だと思ってたけど、まさかアレが僕の女装だとまでバレてるとは予想してなかった。

と、僕の動揺を感じ取ったらしいヒナちゃんが話を進めてくれた。



「一先ず報告を済ませて置きたいのだけれど」

「あら、ごめんなさい。じゃあ亜人ギルドから報告を聞きましょうか」



すんなり乗ってくれたイリスさんだけど、細められた目は僕をロックオンしたままだった。

後で弄られそうな気がする。



「亜人ギルドが把握した今期の増加人口は二十四人。内訳が入植者十九人、出産が四人、特殊な生誕が一人」



特殊な生誕、って所で一瞬僕をちらっと見る。

多分、ニアの事だよね。

ヒナちゃんにも話は通してあるから住民登録は問題無し。

登録自体は種族毎で細かく分かれてるんだけど、この場では人数だけ報告すれば良いみたい。



「雇用に関しては西地区の一部の店舗で私怨に因る就労拒否が有る以外は特に問題無し。それと九尾族の動向は以前と変化無し、シズナに接触する人も……例外一人を除き無し」

「例外、か。果たして彼を例外として良いものかねぇ?」



それまで沈黙を保っていたお爺さんがふと声を上げた。

相変わらず口元は笑みを湛えているけど、細められた目の底にはありありと疑念の色が見える。



「ご不満ですか?」

「そうだねぇ。教会として、と言うよりは儂個人としてだがねぇ」

「御大は心配性なのよね。まぁ、彼女の扱いに困っているのは事実なのだけど」

「それが儂という人間さねぇ。それで、彼を例外として扱うに足る理由……聞かせて貰えるかねぇ」



促された僕は一瞬ヒナちゃんへ視線をずらす。

この会議が始まる前、シズナとの関係を聞かれる事になるとヒナちゃんが教えてくれたので一応対策っぽい回答を用意しておく事が出来た。

多分この回答で満足……するかは解らないけど、取り敢えず度肝は抜ける筈だ。



「例外として扱うに足る理由かは解りませんが、僕はシズナに名前を預けています」



部屋から一切の音が消えた。

テュルエさんは呆けた様に口を開けナカシュは微笑みを浮かべたままピシリと固まり、ルグロさんは眉をひそめて僕を睨み付けイリスさんは手を口元に当てあらあらと驚いている。

一番大きな反応を示したのはお爺さんで、目を剥いて噛み付く様な勢いで身を乗り出していた。

最初にヒナちゃんに教えた時も、ヒナちゃん凄い驚いてたからなぁ。

大丈夫?と心配しながら身体をぺたぺた触ってくる姿が可愛くて思わず抱き締めちゃったけど。

あわあわしてるヒナちゃんも可愛かったなぁと思い返したのと同時、繋いだ手の周りに小さな花がポンと咲いた。

どうやらヒナちゃんも思い返したらしい。

若干耳の辺りが赤く色付いてる。

照れてるヒナちゃんも可愛いなぁ。



「九尾族に、なっ、名前を預けたぁ!?」

「え、ええ。僕からシズナに教えましたけど、特に何も変わり有りませんよ。えっと、名憑きでしたっけ?それもされてませんし」

「みっ、自ら九尾族に名前を名乗ったと言うのか!?その上名憑きもされず未だ懇意に有ると……うぐ、ぐぅぅ!」

「うわ、大丈夫ですかノビス司教!?」



突然泡を噴いて倒れたお爺さんを、ナカシュが慌てて抱き起こす。

或る程度は予想してたけどまさか泡噴いて倒れるとは思わなかった。

その後救護隊の方々がお爺さんを担架に乗せて行った。

パッと見た感じ単なる高血圧だろうって事らしいから、ちょっと安心。

お爺さんを搬出する際、救護隊のネコミミがぷりちーな獣人のお姉さんと目が合って微笑み掛けられた。

にへらぁ、って笑ってたら繋いだ左手がめりめり鈍い痛みを発し始める。



「……ユーリくん?」



ぼそっと呟かれた言葉が想像を超えて冷たいです。

もしかしたらヒナちゃんは九尾族の娘並みに嫉妬心と独占欲が強いのかもしれない。

締め付けられて若干紫色になりつつある左手の指を見てそんな感想を抱いた。



「ヒナちゃ、ゆ、指っ、んなぁーーっ!?」

「くふふ、嫉妬するのは構わないけど坊やを余り苛めちゃ可哀想よ?」

「……むー」



ヒナちゃんは不機嫌そうな顔をしつつも、握る強さを少し弱めてくれた。

危うく指の関節が増えちゃう所だったよ。



「それにしても本当に規格外よねぇ。付呪といい交友関係といい、随分と面白そうな検体だと思わない?」

「ですよねぇ、家の人が聞いたら大喜びで研究を始めそうです」

「フン、小僧を危険視する理由が増えただけに過ぎん」



色々と普通じゃない僕へ三者三様の反応を示す。

というかナカシュは敵なのか味方なのかハッキリしてほしい。

何だかんだでモルモットにする気満々じゃないか。

そんな風に恨めしい視線をナカシュに向けてみるけど本人はどこ吹く風、至って涼しげな顔をしている。

存外図太いのか、それとも僕の眼力が弱々しいのか。

後者だったらやだなぁ。



「まぁ彼とシズナとのお付き合いは一先ず置いときましょう。次の報告は冒険者ギルド、お願いするわ」

「では私から報告を。今期の冒険者ギルド登録者数変動は軽微なもので、引退に因るものが……」



テュルエさんの報告を右から左へ聞き流しつつ、それっぽく考えている様な顔をしてみる。

いやね、冒険者ギルドの報告を聞く限り僕の出番は無い訳ですよ。

まぁ聞かれない限り黙っているって言っちゃったから仕方無いんだけどね。

もっとこう、現代人の僕だから気付く目から鱗的な発想を生かせる様な案件が有ると良いなぁ……いや、僕に思い浮かぶ程度ならとっくに誰かが思い付いてるだろうしそもそも部外者の僕にそんな情報をちらつかせる必要も無いか。

あれ、それじゃ僕ここに居る理由無い?

まさかの存在意義消失に若干テンションを下げていると、不意に外が騒がしくなる。

風に乗った喧騒は次第にその音量を増し、数十秒後には部屋の前へ辿り着いた。

バタンと荒々しく開かれる扉にルグロさんは眉間の皺を一本増やす。

入って来たのは息も絶え絶えな様子の若い兵士さん。



「え、え、衛士長殿っ!衛士長殿は居られますかっ!?」

「何事だ、騒々しい」



慌てふためく兵士さんの様子はどう見ても普通じゃない。

何か大事が起きたのかと皆が視線を向け、次の言葉を待つ。

兵士さんはルグロさんを見付けると、少し上擦った声を叩き付ける様に放った。



「そ、空が、空から星が!」

「落ち着け!空と星がどうした!」

「空を、空を見て下さい!燃えた星が堕ちて来ているんです!」



言い終わるが早いか、部屋の中を強い光が埋め尽くした。

一瞬で視界は元に戻るけど、続いて風を裂く音が鼓膜を揺さぶる。

その音に導かれる様に、僕はふらふらと窓へ歩き出す。

空を見上げた僕の視界の向こうに、赤く染まった軌跡が映り込んだ。



「何なんだ、アレは」

「巨大な火球……いえ、魔術的なものでは無さそうね」

「ですがアレだけ巨大な火球を作り出せる程の生物は……噴火に因る火山弾でも無さそうですが」

「ゆ、ユーリくん、大丈夫?」



過ぎ去って行った炎の塊が何なのかを議論し出すイリスさん達。

そのまま議論に意識を傾けつつ有った僕をヒナちゃんが引き戻してくれた。

途端、脳裏に冷たいものが走る。



「っ、拙い!ヒナちゃん、伏せて!」

「え、あ、きゃっ!?」



倒れ込む様にしてヒナちゃんを組み敷き、部屋に耐衝撃の防護結界を何層にも重ねて張る。

かなりギリギリだったけど、奇跡的に間に合ったらしい。

物凄い勢いで吹き飛ばされて来た空気の層がそのまま凶器となって迫り来る。



「うわっ、ぐっ!」

「ぬぅぅぅっ!?」

「きゃぁぁぁぁっ!」



気休め程度には役立って崩壊した結界の音に混じって皆の悲鳴が聞こえた。

が、確認する余裕は無い。

背中を剥ぐ様に流れる風圧からヒナちゃんを守るので精一杯だ。

ぎり、と食い縛った歯が鳴る。

時間にすればほんの数秒の事だったけど、数時間にも感じられるくらい長かった。

不意に、背中から圧が消えた。

暫くは誰も動かず何も言葉を発しなかったけど、壁に掛かっていた額縁が落ちた音でどうにか意識を取り戻せたみたいだ。



「……なん、なんだ、今のは」

「いたた……衝撃波でしょうかね?」

「くそっ……おい、生きてるか若造」

「は、はい。……どこへ落ちたんでしょうか」



皆は一先ず無事らしい。

ヒナちゃんも目を白黒させていたけど、特に怪我も無いみたいで一安心。

顔を上げてみると部屋の中は酷い事になっていた。

高そうな調度品の類は全て割れ、荘厳な景色を描いた絵は額縁諸共ぐちゃぐちゃに、優美な燭台は壁の塗料と化している。

それでもだいぶ風圧を軽減出来ていたらしく、壁や床に目立った損傷は無い。



「っと、いきなり押し倒しちゃってごめんね。怪我してない?」

「あ、う、うん……大丈夫みたい」

「そっか、良かった」



安心したら一気に眠気が襲ってきた。

一瞬で防護結界を幾つも重ねて張り巡らせるとか無茶苦茶な魔力の使い方したから、その反動も有るのかな?

あ、ダメだ、本格的に力が抜けていく。

まだ困惑から抜け切って無いヒナちゃんには悪いけど、ちょっとの間抱き枕になって貰おうっと。



「きゃっ、ゆ、ユーリくん?」



むぎゅっと抱き締めたらヒナちゃんが可愛らしい悲鳴を上げた。

微かに強くなった花の香りに満足しつつ、僕は意識を手放す。

何だか良い夢が見られそうな、そんな予感がした。


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