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ヒナちゃんのお願い。

今日ものんびり日向ぼっこ。

暦の上では秋真っ盛りな時期だけど、何故か今日も太陽さんが頑張っていた。

じりじりと照り付ける日差しに汗を流しつつ、冷えたスイカに手を伸ばす。

しゃくっ、と小気味良い音が鳴り、続いて冷たさと程良い甘さが口一杯に広がる。



「今日も暑いねぇ」

「なかなか日本じゃ味わえない感覚だね、お兄ちゃん」

「お天道様、残業代出てるのかな?」

「多分サービス残業じゃない?黒点も有る事だし」

「妹よ、誰が上手い事言えと」



上手いかなぁ?と首を傾げる美由里の横でミナとニアがスイカの種を飛ばして遊んでいる。

僕も小さい頃やったなぁ。

遠くに飛ばそうと思って息を吸ったら、勢い余って種を飲み込んだ事も有る。

スイカの種を飲み込んだらおへそからスイカが生えてくる、なんて良く母さんに脅かされたもんだ。

お兄ちゃんが植物人間になっちゃう!と美由里が心配するもんだから慌ててたな母さん。

純粋さは時に凶器だと知った。



「ん~、上手く飛ばない~」

「……ぶぃ」



口を尖らせてぷぷぷぷ、と連射するミナを尻目に、ニアは僕に右手でVサインを出してきた。

いつもの無表情だけど、なんとなく嬉しそうだ。

というかミナの飛ばし方が某スーパードラゴンのでっていう(仮称)に似てる。

美由里も同じ様に思ったのか、スイカを置くと手を前に出して何やら構えを取る。



「ここでYボタン」

「ぷぷぷぷ」



美由里のジェスチャーに合わせてミナの口からスイカの種が射出される。

あんまりなその光景に、思わず咽せた。



「ぐぶっ、んぐっ、ぐふっ」

「あはは、お兄ちゃんにクリティカル」

「こら美由里、笑わせるんじゃない。鼻の奥に種が入っちゃったじゃないか」

「にやにや」



右の小鼻を抑えてふんっ、と息を強く吐くと種がえらい勢いで飛んで行った。

余りの飛距離にミナとニアも目を見開き僕を見ている。

2人は顔を合わせて何か頷き合い、スイカの種を手に、



「って2人共、真似するんじゃありませんっ!」

「え~、だってすごい飛んでたよ?」

「……ゆーり、まけない」

「ニア、妙な対抗意識燃やさないでよ!?てかミナは解ってて言ってるでしょ!?」



ニヨニヨと意地悪な笑いを零すミナに軽くチョップして、ティッシュでニアの口元を拭いてあげる。

小さい口の周りはスイカの汁でべたべただった。

仕上げに濡れたお絞りで優しく拭う。

うん、キレイになった。

この暑さですっかり温くなったお絞りをお盆に戻し、湯呑みに手を伸ばす。



「ありゃ、空か」

「はい、お代わりをどうぞご主人様」

「ありがと、シーナ」



すかさずお茶のお代わりを淹れてくれるシーナにお礼を言う。

甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれる姿は奴隷というよりメイドに近い。

まぁ本人が奴隷のつもりらしいから何でもいいか。

それにしても暑い。

多分沖縄辺りに行ったらこんな暑さかもしれない。

道産子の僕には少々辛い日差しだ。

垂れてくる汗を袖で拭いつつ団扇をぱたぱた扇いでいると、右側から声が飛んだ。



「はっはっは、だらしないなぁユーリ君は。これくらいの日差しならまだまだ温いくらいだよ?へばっていないでミナ君やニア君の様に元気良く遊び回ったらどうだい」

「エアリィさん、説得力無いです」



ジト目を返すと口笛を吹きながら足をぱたぱたさせた。

大人でも楽しめるサイズのビニールプールの中で、オレンジ色のパレオに身を包んでプカプカ浮いているエアリィさん。

健康的な肢体が日差しを反射して眩しいです色んな意味で。

その横でビキニタイプの水着を纏って沈んでいるのはナギさん。

自分で体温を調節する能力が低い竜族のナギさんと美由里は、外気の変動にそこまで強くない。

僕が渡した指輪にした付呪も身体に悪影響を及ぼすものを遮断するだけで、夏の暑さや冬の寒さを防ぐ訳じゃない。

熱中症や凍傷は防ぐけど、単に暑くてだるいとか寒くて動きたくないとか、そういう意識的なものには無反応だ。

まぁ、季節感の対価って事で。

そして美由里以上に暑さにやられたナギさんは水に潜って体を冷やしている最中って訳。

潜水というか息止めが得意らしく、2時間くらいなら無呼吸で潜っていられるみたいだ。

今も目が合うと、軽く手を振ってくれる。

最年長ワナギューテ2番札、今日も元気。



「わぷっ!?」



失礼な事を考えたのがバレたのか、ナギさんに水を引っ掛けられた。

あ、でもこの水ってナギさんとエアリィさんが触れてた水……ハッ!?

いけないいけない、危うく紳士な思考に至る所だったよ。

そんな風に遊んでいると、ぴんぽーんとドアチャイムが鳴り響いた。

すぐ向かおうとするシーナを手で制して、どっこいしょと腰を上げる。



「お兄ちゃん、N○Kだったら地デジ化してないって追い払って来て」

「異世界でその発想を持てる美由里が羨ましいよ」



ぱたぱたと廊下を行き玄関の扉を開ける。

溶ける様な暑い日差しと熱せられた風が体を撫で行き、同時に甘い花の香りが嗅覚を刺激する。

あれ、この匂いって?

幾度と無く嗅いだ事の有る匂いが誘うように、逆光でシルエットしか見えなかった来訪者の全容が浮かび上がった。



「あれ、ヒナちゃん?」

「こっ、こんにちは、ユーリくんっ」



かみかみアルラウネことヒナちゃんが立っていた。







「ささ、お茶をどうぞ」

「おおっ、おかまいなくっ」



緊張した様子でソファーに腰掛けるヒナちゃんに緑茶と栗饅頭を出す。

恐る恐る緑茶を口にして数度喉をこくこく動かすと、ほにゃぁ、って柔らかい笑みを浮かべた。

良かった、気に入ってくれたみたい。

頭の花も七分咲きって所かな。

良い感じに咲き誇ってるヒナちゃんの花だけど、先日みたいにキツい程の香りは発していない。

さっき僕がヒナちゃんに掛けてあげたペンダント、アレに花の匂いを抑える魔法を付呪して置いたんだ。

これで美由里にファブられなくて済む。



「それでヒナちゃん、今日はどうしたの?何か約束有ったっけ」

「あ、あのね、今日はユーリくんに、おねっ、お願いが有って来たのっ」



そう言ってヒナちゃんが持っていた鞄から取り出したのは一枚の紙。

クエストの依頼書だった。

文字は読めないけど、独特のデザインで並ぶ文明が冒険者ギルドに有ったやつと殆ど一緒だ。



「ごめん、僕この言語まだ勉強中で……うん、ハッキリ言おう。ヒナちゃん僕文字読めないんだ」



代わりに読んでくだちゃい、と多少おどけて頭を下げたらヒナちゃんはわたわたしながら謝ってきた。



「ご、ごめんなさいユーリくんっ。わ、わたしっ、そ、そんなつもりじゃ」

「あ、ヒナちゃんが悪いんじゃ無いよ。それで内容を教えてくれるかな?」



僕に恥を掻かせてしまったと思ったのか萎縮するヒナちゃんを抑えて先を促す。

うん、からかってゴメンナサイでした。

でもそんな心優しいヒナちゃんって素敵。

とまぁ、ふざけるのはこの辺にして僕はヒナちゃんの説明に耳を傾けた。

今回ヒナちゃんが僕にお願いしたのは、ちょっと特殊な依頼。

今度開かれる有識者の集まりで、僕にヒナちゃんのアドバイザー的な事をして欲しいってのが依頼内容。

金貨20枚と亜人ギルドの食堂で使える食事券10枚が今回の報酬。

報酬に関しては本来ギルド内での地位や特権なんかを付与するらしいけど、冒険者ギルドでの肩書きも有る事から余計な軋轢を生まない様に食事券にして貰った。

権力とかに関わるとどんなに翻意が無いって言ってもいちゃもん付けて来る人って居るんだよねぇ。

だからちょっとした予防策みたいなものだ。



「でもその会議で僕は何をしたら良いの?腹芸には向いてないよ?」



なにせミナの後ろでぷるぷる震えていた前科が有るし。

あの時のミナ格好良かったなぁ。

後でちゅうしよう。



「あのね、ゆ、ユーリくんには、新しい考えを、出して欲しいの」

「新しい考え?」

「う、うんっ、あ、あのねっ、ユーリくんは、別の世界から来たって聞いたから、だから、わ、わたし達の知らない事や、思い付かない事を知ってると、おも、思うの」

「そうね~、ゆーくんとっても物知りさんだからぁ」



急に背後から届く間延びした声。

振り返るとナギさんが涼しげなワンピース姿で立っていた。

お茶のお代わりを手に僕の横へ腰を下ろす。



「ナギさん、どういう事ですか?」

「例えば、堆肥の概念ねぇ。ミューリちゃんから聞いてるから私は知ってたけれど、この世界の人はまだ家畜や人のそれが畑の肥やしになるなんて思いもしなかったわぁ。後は街の衛生面の改善とかかしら?細菌やヴァイラスってものが存在するってこの世界の人は知らないから、病気に対して祈りで治すとか意味の解らない方法を取るのよねぇ。下水整備したりうがい手洗いを徹底した方が赤痢や感染症を効果的に防げるのに」



ナギさんの言うそれとは……まぁ、所謂うんちやおしっこだ。

というか何でウイルスの発音があんなに格好良く聞こえるんだろうか。

しかしナギさんの説明は目から鱗だった。

小学校で習う事がこの世界では最先端の概念や技術に成り得るものだって、今更ながらに気付く。

何せ5桁の計算出来ればエリート、掛け算割り算は賢者の定理なんて呼ばれている様な文明レベルだ。

数学や化学は魔法に分類されるかもしれない。

商人用にそろばんを開発したら大ヒットしたりして。



「あ、でもそれならナギさんが付いて行った方が心強いんじゃ」



そう言った途端ヒナちゃんは凄くしょんぼりした顔を、ナギさんは呆れた様に僕を見つめた。

え、え、僕何かした?



「ゆーくん、その鈍さは罪よぉ?ヒナちゃんはゆーくんに側に居て欲しくてお願いしてるんだからぁ」

「へっ?」

「もうっ、ゆーくん」



呆けていたらナギさんにチョップされた。

ぺしっ、と鳴ったおでこが若干の痛みを訴えてくる。



「好きな人が側に居たら、女の子は頑張れるものなのよぉ」



その言葉にやっと合点がいった。

ヒナちゃんは僕からちょっぴり勇気を分けて欲しかったみたい。

あの時も、僕はミナに勇気を分けてあげられたのかな?

ともあれそういう事なら断る理由は無い。

ヒナちゃんに向き直って今日一番の笑顔を浮かべる。



「ヒナちゃん、この依頼受けるよ。頼りないかもしれないけど、一緒に頑張ろう!」

「あ……ゆ、ユーリくんっ、ありがとう!」



感極まったヒナちゃんが身を乗り出してきた。

湯呑みに身体がぶつかりそうだったから、咄嗟に手を伸ばして湯呑みをずらす。

結果、湯呑みは無事だったんだけど、



「ふぁっ、ゆ、ユーリ、くん……」



湯呑みをどけた手は何故か、身を乗り出したヒナちゃんのおっぱいに。

勢い余って前のめりになった所為か、指先が沈む程深くホールドしていた。

ふにふにと柔らかい幸せな感触が掌いっぱいに伝わってくる。



「あら、ゆーくんったらお盛ん♪」

「ちっ、違っ、ごめんヒナちゃんっ!」



慌てて手を引っ込め様とするけど、ヒナちゃんは僕の手をきゅっと掴んで目を閉じた。

横から悪戯っ子みたいに笑うナギさんの視線が痛い。



「ヒ、ヒナちゃん?」

「ほ、報酬、わ、わたしの体で払っても、だ、大丈夫だからっ」

「ヒナちゃんっ!?」



アルラウネさんは恋に仕事に一直線。

それは勘違いと思い込みの激しさがもたらす一面に過ぎないと身に染みて解った。

取り敢えずどうやってヒナちゃんを落ち着けようか。



「ご主人様、どうかし……」



騒ぎを聞き付けたのかシーナが客間のドアを開けて、そのまま固まった。

その後ろにはジト目で僕を見るミナと顔を赤くしてキャーキャー言ってる美由里の姿が。



――うん、これ詰んだ。



言い訳する前に、僕は小さなお嫁さん達に土下座をする事を決めたのだった。


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