熱烈あぷろーち。
遅くなりました。
しかも短いです。
ふんふん、と鼻歌混じりに道を行く。
今日は水曜日。
ドイツの道端でテントを張ったり、ユーコン川をカヌーで下ったりする水曜日だ。
まぁそんなイベント目白押しな水曜日である今日、僕はご機嫌に亜人ギルドへと向かっていた。
みんなで決めた当番制のアレはニアの加入によって僅か一週間で破綻、今の所は特に問題も無く人肌が恋しくなったら布団に潜り込むという事で落ち着いた。
え、誰が誰の布団に潜り込むかって?
それはまぁ、色々と。
僕がミナの所へ甘えに行ったり、エアリィさんが枕片手に訪ねて来たり。
偶に僕が居ない所にシーナとナギさんがやってきて、仕方無く2人で仲良く寝てたりもする。
まぁ、それはさて置き。
「喜んでくれるかなぁ?」
ついつい顔がにやける。
独り言と共に視線を向けた先、右手には弁当箱がある。
中身は稲荷寿司だ。
最近は毎週水曜日に早起きして稲荷寿司を作るのが定例となっている。
ちょっと不格好だけどシーナやエアリィさん、ナギさんにアドバイスを貰いながら頑張って作った。
味は美由里に合格を貰ったから大丈夫。
喜んでくれるといいなぁ、と1人でニヤニヤしながら目的の場所へ。
亜人ギルドの前、ベンチの上で日向ぼっこをする金色の尻尾が目に映った。
近付くと眠たげな瞳を僕に向ける。
「シズナ、おはよう」
「また来たのか、飽きもせずにようやる」
「ダメだよシズナ、挨拶されたらちゃんと挨拶しないと」
「む、仕方無いのぅ……おはよう」
「うん、おはよう」
ちょっとむくれて不承不承といった様子で挨拶を返してくれるシズナ。
毎週水曜日にここのベンチで日向ぼっこをしているのを突き止めた僕は、それから毎週シズナの元へ通い続けている。
最初は煙たがられていたけど、最近はちょっぴり仲良くなれた気がする。
通い妻ならぬ通い夫……や、まだシズナにプロポーズしてないけどね。
「隣、お邪魔するよ」
「構わん」
「じゃあ失礼してっと。はいシズナ、今日の朝ご飯」
包みを解くと稲荷寿司の良い匂いが辺りに漂い始め、それに合わせてシズナの小鼻もひくひくと動く。
でも恥ずかしいのか、ふんっと興味無さげにそっぽを向く。
それでも、ふさふさの耳はピクピクしてるし尻尾はぶんぶん振れてるから、あんまりカモフラージュ出来てないけど。
「また稲荷寿司かぇ、お主は『れぱぁとりぃ』とやらが少ないのぅ」
「あはは、余り料理は得意じゃないからねぇ。でもシズナに喜んで貰いたくて一生懸命作ったんだよ」
「ふんっ、物好きじゃなお主は。こんな老いぼれ狐に構うなんぞ」
「シズナは老いぼれなんかじゃないよ、すっごくかわいくて魅力的な女の子だよ」
「口説くなと言っておろうに!」
「シズナがかわいすぎるから、自然と口から出ちゃうんだよ」
袖から取り出した扇子で僕のおでこをぺしぺしと叩く。
ズルいなぁ、シズナは。
僕はシズナの事を考えるだけでドキドキしてるのに。
澄まし顔のシズナとは対照的に、僕はシズナに会えた事でテンションがヒャッハー状態だ。
今なら攻撃が超一撃になる。
おしぼりを渡すと、シズナは手を拭くのもおざなりに稲荷寿司へ手を伸ばした。
口で言う事と体の動きが噛み合って無い所が、またかわいい。
けど、僕は心を鬼にしてぷにぷにほっぺを指でつついた。
「んみゅっ」
「こら、ちゃんといただきますしないとダメだよ?」
「良いではにゃいか、それくりゃい。妾は誰かさんにょ所為でハラペコなにょじゃ。後ほっぺをつつくでにゃい」
「ダメ、いただきますしない人にはほっぺむにむにの刑」
「そりぇお主がやりたいだけじゃにょうに……解った解った、言えば良いにょだろう!いただきます!ほりゃ、放さんか」
「どうぞ、召し上がれ」
不機嫌そうにほっぺをぷくっと膨らませるシズナに微笑みが零れる。
細い指が稲荷寿司を掴み、ひょいっと口の中へ運ぶ。
むぐむぐ、ごっくんと小動物のように稲荷寿司を食べる姿がなんとも微笑ましい。
「うむ、まあまあじゃな。これなら及第点をやれるのぉ」
「ありがたき幸せに存じます、なんちゃって」
少し辛口な評価だけど、上下に揺れる耳とさっきより激しく振れる尻尾、何より満面の笑みを浮かべて言ってる時点で高評価なのが丸分かりだ。
稲荷寿司の油で桜色の唇がぬらぬらと妖しく光って、ちょっぴりえっちな事を想像しそうになる。
邪な妄想を始める僕を余所に、シズナはご満悦な様子で次々に稲荷寿司を平らげていく。
あっという間に稲荷寿司が無くなり、満腹になったのかお腹をぽんぽんと叩く。
水筒に入れてきた温かい玄米茶を差し出すと、白い喉をこくこく鳴らして一気に飲み干す。
「ごちそうさま。まあまあじゃった、次はもっと美味い稲荷寿司が食べたいのぅ」
「あはは、お粗末様でした」
「ん、何を笑っておるのじゃ」
「全部食べてくれたし、次に期待してくれてる事が嬉しくて」
「仮にも他人が妾の為に作ったものを残したり等せんわ。全く、お主は妾を何だと思っておるのじゃ」
「ん~、かわいくて綺麗で優しい女の子」
「そのような軽口を叩く奴は嫌いじゃ」
「僕はシズナの事好きだけどなぁ」
「っ、だから口説くでないと言うに!」
扇子でおでこをぺしぺしされた。
にべもなくあしらわれるけど、好きって言った瞬間耳がぴくってしてた。
ひょっとして脈ありかも?
でへへ、とだらしない笑みを浮かべたらシズナは毒気を抜かれたように溜息を吐き出した。
ダメだよ、溜息吐いたら幸せが逃げて行っちゃうよ?
「ほんにお主は……呆れて物も言えん」
「お茶のお代わり要る?」
「うむ……この茶は美味いな、今度からはこれを持って来るのじゃぞ」
「ははぁ、お姫様の仰せのままに」
冗談を交えつつ、玄米茶を水筒のカップに注いだ。
シズナは玄米茶がお気に入り、と心のメモ帳にしっかり書き記しておく。
「どれ、朝餉も食うたし日向ぼっこの続きでもするかの。ほれ、さっさと横にならんか。……言っておくが妙な気は起こすでないぞ」
「シズナが僕の事を好きって言うまで、変な事はしないってば」
「頬に触れたり急に抱き付いて来たりしておろうが」
「あれは愛情表現だよ。僕はシズナが好きで好きで堪らない、ってね」
「ええぃ、口の減らぬ。いいからさっさと横になれ!」
「はいはい、でもなんだかんだでシズナ、僕に抱っこされながら日向ぼっこするの好きだよね」
「お主は体温が高いから日向ぼっこに丁度良いのじゃ。勘違いするでないぞ、別にお主に対して如何とか思ってはおらんのだからな!」
「ツンデレ……や、まだデレが来てないからツンだけだなぁ」
「何をぶつぶつ言っておる、早よう支度をせぬか」
シズナに急かされ、ベンチに寝転がる。
仰向けになった僕のお腹の上に、シズナがくてっと乗っかってきた。
心地良い重みに手を回して、落ちないようにしっかり抱き締める。
「ふむ、相変わらず寝心地だけは褒めてやってもいいのぅ」
「それじゃ、まったりしよっか」
目を閉じれば、お日様の暖かさが体の芯にじんわり伝わってくる。
お腹には温かい重み、鼻には心を躍らせる花の香り。
――後はシズナがデレてくれれば最高なんだけどなぁ。
柔らかい小さな体をむきゅっと抱き締めながら、取り留めの無い事を考える。
今日は、ちょっと幸せな、そんな1日。