ナギさんとギルドのお仕事、後編。
「ナギさん、亜人ギルドのマスターってどんな人なんですか?」
階段を上りながら、僕は腕を抱き締めているナギさんを見上げた。
やっぱり亜人と言うからにはハーピーだったり銀狼だったり吸血鬼だったりするのかな?
強面のおじさんよりは美人のお姉さんだといいなぁ。
ナギさんはいつもの温かい微笑みに、ちょっとだけ困ったような雰囲気を添えて答えた。
「そうねぇ……良い子なんだけど、ちょっぴり怠け者かしらぁ。やれば出来る子なのに、いつも怠そうにしててやる気が無いのが玉に瑕な女の子よぉ」
「わ、ナギさんにしては珍しく酷評ですね。普段なら良い所を強調してるのに」
「昔の教え子なのよぉ。小さい頃から面倒を見てたから、そういう所で気を使わなくてもいいって気持ちの現れかしらねぇ」
クク、と喉を鳴らして笑うナギさん。
手の焼ける妹みたいな感覚なのかな?
美由里はいつも良い子で我が儘もかわいらしいものばかりだったから、僕には手の焼ける妹ってのがイマイチ想像出来ないけどね。
今じゃ美由里に面倒見てもらってるしなぁ……主に勉強の面で。
テストで正解したら頭なでなでのご褒美は破壊力が尋常じゃない。
あのご褒美を地球で始めてたら、僕ひょっとして天才になってたんじゃないだろうか。
そんな風に妄想を膨らませていたら、いつの間にかギルドマスターの執務室に着いていた。
亜人の人は体が大きい人も多いからか、他のギルドより通路や扉か大きい。
僕自身が小さくなった錯覚に陥る。
コンコン、とノックしたら「んぁ~……入って~」と、なんともやる気の抜けた声が響いた。
かわいくて構ってあげたくなるような声。
聴いてる僕もちょっとだらけて、のんびりまったりぐだぐだしたくなる。
そんな声にナギさんと苦笑しながら、僕は扉を開けた。
豪華ながら落ち着いた雰囲気の部屋は、案外綺麗に整頓されていた。
――あ、ナギさんが整頓したんだな。
棚に並ぶ本を見て、僕は苦笑を濃くした。
ナギさんは本を整頓する時、右から小さい数字の巻を並べる癖がある。
更に右から左に本の高さが低くなるように並べる癖もある。
2つの癖が見事に現れた本棚は、ナギさんが整理してくれました!とハッキリ物語っていた。
そして執務机の奥、資料棚の横にあるソファーの陰から、灰色の髪の毛と赤い花の髪飾りが揺れている。
「ふわぁ~ぁ……いらっしゃい、まぁてきとーに座っ……て……」
ソファーから起き上がったのは全身が緑色の美少女だった。
髪飾りと同じ赤い花びらで、控え目な胸と股間を申し訳程度に覆っていた。
膝から下は植物の蔦が絡まったような形になっていて、お尻の辺りから前に向けて囲むように花と茎と蔦が生えていた。
――アルラウネさんだ!
植物の魔物で、のんびり屋やおっとりした人が多い、非常に温厚な種族。
日向ぼっこが趣味の僕が、何となく親近感を覚えていたのがアルラウネさんだ。
成体になっても人間でいう14歳くらいまでしか外見は成長しないらしく、いつまでも若々しくいられる為他種族の女性からは羨望の眼差しを送られている。
そんなアルラウネさんはやる気無さそうに立ち上がって僕を見るなり、ぴしぃっ、と固まってしまった。
――え、僕何か変な事したかな?
慌てておかしな所が無いか確認する。
うん、大丈夫。
ちゃんと社会の窓も閉まってる。
一安心して改めてアルラウネさんを見る。
眠たげな細い目と長い睫毛が印象的で、瞳の色は宝石のように綺麗な真紅だ。
首付近まで伸びた髪の毛もふわふわにウェーブしていて、とてもかわいらしい。
控え目な胸はマシュマロみたいに柔らかそうで、乳首の周りを最小限花びらで隠しているだけだから思わず息子が反応しそうになる。
意識を逸らそうと視線を下げれば、きゅっとくびれた細いウエストと小さなおへそが目に映る。
更にその下には、女の子の部分だけを最低限隠した花びらがある。
何だろう、丸見えよりもずっとえっちだ。
いやらしい視線を向けていたのがバレる前に、なんとか視線を上に戻す。
アルラウネさんはまだ固まったままで、その緑色のぷにぷにほっぺを少し赤く染めていた。
ようやく意識を取り戻したみたいで、見惚れるくらい優雅にお辞儀をしてくれた。
「――い、いらっしゃいませ、わ、わ、わたしは亜人ギルドのマスターで、えっと、あの、ひっ、ヒナと言いますっ!」
でも喋るとカミカミだった。
アンバランスさがとってもかわいい。
「初めまして、ユーリです。よろしくお願いします」
「は、はひっ、よろしくお願いしますっ」
握手しようと手を伸ばそうとしたら、むきゅっと抱き締められた。
花の甘い匂いが心地良い。
いや、じゃなくて。
「あの、ヒナさん?なんで僕は抱き締められているんですか?」
「へぅっ!?あ、あのっ、これは、あ、アルラウネ族の親愛の行動ですっ、あ、あくっ、握手とかと一緒ですっ!」
「あ、そうなんですか。じゃあ僕もむきゅっと」
「~~~~っ!?」
背中に手を回して抱き付く。
ふにふにと柔らかい体を傷付けないようにそっと優しく。
ずっと触っていたくなるくらい、ヒナさんの肌は触り心地がすごく良い。
それに花からすごく良い匂いがぷんぷんしてて、ずっと嗅いでいたくなる。
体が熱を帯びていくのを感じて、僕は体を離そうとする。
むきゅっ。
ヒナさんが抱き付いたまま離してくれなかった。
「あ、あの、ヒナさん?」
「も、もうちょっと、もうちょっとだけでいいのでっ」
実は僕って抱き心地良いのかな?
まぁヒナさんみたいな美少女に抱き付かれて嬉しくない訳がない。
もう一度むきゅっと抱き返すと、ぷうんと甘い匂いが強くなった気がした。
とん、と僕の右肩に顎を乗せるヒナさん。
もしかして甘えん坊さん?
しばらくお互いにむきゅっと抱き合って、まったりとした時間を過ごす。
癒されるなぁ。
「……はっ、あ、えっと、も、もう大丈夫ですっ、ありがとうでした!」
ぱっと離れてお辞儀をするヒナさん。
温もりが無くなってちょっとしょんぼり。
そんな僕達を見て、ナギさんは笑いを堪え肩を揺らしていた。
「あ、あとっ、さん付けじゃなくても大丈夫ですっ」
「じゃあ……ヒナちゃん?」
「はぅ!」
恥ずかしいのか身を捩って、いやんいやんとほっぺに手を当てる。
「ヒナちゃん」
「はぅ!」
「ヒ~ナちゃんっ」
「はぅっ!」
「ヒ~ナ~ちゃ~ん」
「はぅぅっ!」
ぴくんぴくんと体をくねらせる。
昔雑貨屋で見掛けたフラワーロックを思い出した。
ヒナちゃんかわいいなぁ。
流石に耐え切れなかったのか、ナギさんが声を上げて笑い始めた。
「くふっ、くく……ヒナちゃんったらすっかり女の子ね?私生まれて始めて愉快って感情が解ったわぁ……ぷっ、ぷくくっ」
「な、なによぅ?わたしは最初から女の子よっ」
「くくっ、くぁ、あはははははっ!」
「ナギ姉ぇ大爆笑!?」
普段の落ち着いた雰囲気をぶち壊して、心の底から笑い声を上げるナギさん。
それを目を丸くして眺めるヒナちゃん。
「ヒナちゃん」
「は、はぃっ、な、なんですか!?」
「僕達も砕けた喋り方にしようよ。何て言うか、ナギさんに普通に喋ってるヒナちゃんがかわいくて、僕ともそんな風に話して欲しいなぁ、って」
「う、うぇぇぇっ!?」
余程びっくりしたのか、あんまり女の子らしくない声を上げるヒナちゃん。
そんな所もかわいく見える。
ヒナちゃんはもじもじと指先をつんつん突き合わせながら俯き、目だけ僕に向けて消え入りそうな声で言った。
「あの……ゆ、ユーリ、くん……」
「うん、なに?ヒナちゃん」
「あ、あぅぁ~……」
真っ赤になって下を向いてしまった。
恥ずかしがり屋さんだね。
その反応を見て、更に笑いを強くするナギさん。
多分、普段のヒナちゃんとは全然違う対応なんだろう。
男の人と話すのは苦手なのかも?
「あはっ、あはははっ、はぁっ、あはは、げほっげほっ」
ナギさんが笑い過ぎて咽せた。
ここまでコミカルなナギさんを見るのは初めてだ。
とんとん、と優しく背中を叩いてあげたら少し落ち着いたみたい。
「――はぁっ、はぁ……ぷっ、くく、ありがとうお兄さん。ちょっと落ち着い……ぷくくっ」
まだダメだった。
ナギさん戦線離脱。
仕方がないから、僕だけで話を進める事にしよう。
ヒナちゃんに向き直って、僕は口を開く。
「それで僕が来た理由なんだけど、僕は単にナギさんに連れてこられただけだから詳細を知らないんだよね。ヒナちゃんはナギさんから話聞いてる?」
「う、うん、い、一応、聞いてるよっ」
「あ、そうなんだ。教えてもらっていいかな?」
「あ、と、取り敢えず座って、お茶も淹れるからっ」
ふらふらと空を歩くような足取りで奥の流し台に向かうヒナちゃん。
僕はお言葉に甘えて来客用のソファーに座った。
わ、ふかふかだぁ。
ちなみにナギさんは放置ついでに受付まで戻ってもらった。
どうすれば治るか解らないし、上手く抑える自信も無いからね。
ちょっとして、ヒナちゃんは紅茶とパンケーキみたいなお菓子を持ってきてくれた。
「おぉ、美味しそう」
「わ、わたしが、つ、作ってみたの、良かったら、食べてっ」
「それじゃあ、いただきます」
パンケーキを1つ摘んで口に入れる。
ベリー系の酸味がさっぱりしてて、紅茶の仄かな甘みとマッチして美味しい。
と、ヒナちゃんは小皿を差し出してきた。
小皿の上には黄金色のとろとろした液体が乗っている。
蜂蜜かな?
「こ、これも一緒に試してみてっ」
「うん、解ったよ」
パンケーキの端に蜜を付けて食べる。
今度は濃厚な蜜の甘みと香りが口の中いっぱいに広がり、微かに感じられる生地の酸味が絶妙のハーモニーを奏でる。
紅茶を口に含むと、茶葉の渋みが甘さをすっきり洗い流してくれて、後味がとっても爽やかだ。
「とっても美味しいよ、ヒナちゃん」
「ほ、ほ、本当っ!?」
「ホントホント、この蜜すごく甘くて美味しいね」
「……えへ、良かったぁ……」
嬉しそうにほっぺに手を当てて喜ぶヒナちゃん。
愛くるしい笑顔を見てると、僕まで幸せな気分になってくる。
「あ、それで僕が来た理由なんだけど」
「ふわっ、あ、えっと、か、顔見せに来たんだってっ」
「そっか、じゃあ特に用事は無かったのかな?まぁヒナちゃんに会えたから来て良かったけどね」
「うぁ、あぁぁ……」
顔を真っ赤にするヒナちゃん。
なんだか僕まで照れくさくなって、ごまかすようにパンケーキを食べる。
勿論、蜜をたっぷり付けて。
癖になる味だなぁ。
でもこの蜜って何の蜜だろ?
気になった僕はヒナちゃんに聞いてみた。
「ヒナちゃん、この蜜って何の蜜なの?」
「うぁ、あ、え、えぇぇっ!?あの、その、えっと……ぅ、うぁぁ……」
何故か真っ赤になって固まってしまった。
ヒナちゃんの花から取れた蜜だったり……いや、それは無いか。
きっとヒナちゃんが育ててる珍しい花の蜜だね。
「この蜜ってどこで売ってるの?」
「そ、それ、じ、じかっ、自家製なのっ、だから、う、売ってなくてっ」
「そうなんだ。気に入っちゃったから欲しいなぁって思ったんだけど、こんな美味しい蜜を作れるなんてヒナちゃんすごいね」
「あぅ、そ、そのっ、た、食べたくなったら、また来て良いよっ!わ、わたしユーリくんが来てくれると、嬉しいし楽しいから!……ぁ、ぁぅ」
勢い良く言って、最後は恥ずかしくなったのか口をあぅあぅさせる。
かわいいなぁ、1日丸々抱き締めてはむはむしたくなる。
ヒナちゃんから許可をもらったし、暇な時は遊びに来ようかな?
「じゃあまた今度遊びに来るね」
「う、うん、待ってるね、ずっとずっと、待ってるね」
「あ、でも突然来たら邪魔かな?お仕事とかも有るだろうし」
「だっ、大丈夫だからっ、仕事なんてユーリくん来る前に全部終わらせちゃうからっ!」
「あはは、無理しちゃダメだよ?」
頭を撫でてあげると、はぅはぅと恥ずかしそうに俯く。
それでもちょっぴり僕の方に頭を出すのが、とてもかわいくて微笑ましい。
――なんだ、全然違うじゃないか。
ナギさんが言ってたみたいに、やる気の無いぐーたらな女の子じゃない。
一生懸命で元気で頑張り屋で気立てが良くて、ちょっと恥ずかしがり屋な女の子。
もう1人妹が増えたような感覚に、僕は知らない内に微笑んでいた。
その後もパンケーキをお互いに食べさせ合ったりたわいない話に花を咲かせたり、初々しいカップルみたいな時間を過ごした。
気付けばだいぶ時間が経ってたみたい。
この後魔術師ギルドも回らなきゃいけないから、そろそろお暇しないとね。
「すっかり長居しちゃったね」
「う、ううん、ユーリくんなら何時間でも大丈夫だよっ。と、泊まっても大丈夫っ」
「あはは、ありがとうヒナちゃん。それじゃあ僕は帰るね」
「ま、また来てね、待ってるからっ」
「うん、またヒナちゃんに会いに来るよ」
立ち上がり執務室を後にする。
またね、と手を振ったらヒナちゃんは両手をぶんぶん振り返してくれた。
両手ぶんぶんがあんなに似合う女の子は見た事無いや。
ヒナちゃんに癒やされた僕は上機嫌で階段を下る。
受付の女の子と歓談していたナギさんは僕に気付くと微笑み、何かを感じたのか驚いたように口に手を当てた。
「あらあら、お兄さんすごいわねぇ」
「え、僕何か変ですか?」
慌てて体におかしな所が無いか確認する。
うん、大丈夫。
社会の窓も閉まってる。
……ん?
さっきも確認したような気がする。
「ヒナちゃんったら奥手に見えて、随分と積極的なのねぇ。お兄さん、体からすごい匂いしてるわよぉ?」
「へっ?ぼっ、僕臭いですかっ!?」
「すごいわよぉ、甘い花の香りがぷんぷんしてて、頭がクラクラしそう」
「花の香りって……もしかしてヒナちゃんの蜜の匂い?あちゃあ、知らない間に服に付いてたのかなぁ」
僕の言葉で、ギルド全体がぴしりと時間を止めた。
この場にいる全員の視線が僕を捉え、思わず数歩後退る。
ナギさんはそんな僕の腕を掴んで入り口へとダッシュした。
「後で聞くけど今は逃げるわよお兄さん」
「へ、な、え?」
訳も解らず連れ出された僕の背後から、怒号とも悲鳴とも取れぬ叫び声が爆発していた。
あれ、また僕変なフラグ立てた?
「……という訳で、僕は何も知りませんでした」
近所の公園で一休みしながら、僕は先程の事について根掘り葉掘り聞かれていた。
ナギさんが語ったのはなかなかに衝撃的な内容だった。
アルラウネ族の蜜とは発情した時に分泌される、その……えっちなジュースの事だったんだ。
それを異性に飲ませるって事は「私を抱いてもいいよ」って事らしい。
つ、つまりヒナちゃんは僕に対してそんな気持ちを持ってくれてたって訳で。
途端に頬が熱くなる。
体に染み付いたヒナちゃんの花の匂いが鼻をくすぐる。
最初ナギさんは蜜とは違う、この花の匂いの事を言っていた。
アルラウネ族の花の匂いは、相手と触れ合えば触れ合った分強くなるらしい。
抱き締め合っていた時はまだナギさんも部屋にいたし、そこまで匂いは強く無かったみたい。
でもあの後頭を撫でたり手を握ったり、色々スキンシップをしていた。
だから僕の体に濃厚な匂いが付いちゃったらしい。
それを勘違いしてヒナちゃんの蜜なんて言ったもんだからさぁ大変。
ヒナちゃんはかわいいし一生懸命だから、人気も高かったに違いない。
そんなみんなのアイドルの蜜を飲んだ、なんて言ったらそりゃ騒動というか暴動になるよね。
ちょっと反省。
そういえば最初に抱き付かれたのも挨拶じゃなくて、ヒナちゃんが持て余した恋心を爆発させた結果の行動らしい。
……でへへ、ちょっと照れちゃうな。
「もう、お兄さんったら。今日の主役は私なのに、色んな女の子にデレデレしたゃうんだからぁ」
「えっと……ゴメンなさい」
「許してあげないっ♪」
「そ、そんなぁ」
楽しそうに意地悪な笑みを浮かべて、僕のおでこにデコピンをするナギさん。
ぺちぃっ、と音がする。
手加減してくれたのか痛くない。
「でもお兄さん魅力的だから、色んな女の子がお兄さんの事好きになっても仕方無いのかしらねぇ」
「ナギさんも魅力的ですよ?」
「ありがとう、でも今のお兄さんが言っても余り説得力無いわよぉ?」
「そうでした」
がっくり、と肩を落とす。
そうそう、魔術師ギルドはもう行ってきたんだけど担当の人が出張中みたいだったから、取り敢えずリレジーに引っ越したよってナカシュに伝えてもらうように受付の女の子にお願いしておいた。
一応これで今日やる事は終了。
……いや、1個残ってた。
ナギさんにもアクセサリーをプレゼントするのが、僕の目的だった。
「それじゃあ帰りましょうか」
「ナギさん、1カ所付き合ってもらってもいいですか?」
「あら、どこへ行くのぉ?」
「ナイショです」
「あらあら、不思議ねぇ♪」
ナギさんはクク、と喉を鳴らして腕を絡めてきた。
同時に僕の胸に左手の人差し指を当て、何やら方陣を描く。
キィン、と何かが割れるような音がして僕の周りの空気が澄んだものに変わった。
「何をしたんですか?」
「ちょっとした匂い消しよ、私とのデートなのに他の女の子の匂いなんてさせちゃイヤぁ♪」
口に人差し指を当て、童女のようにかわいらしく微笑むナギさん。
その仕草にドキドキしながら、僕はいつもの道へ歩き出した。
目指すはお馴染みのショップ。
少し歩くと見慣れた看板が目に入る。
カランカラン、とベルを鳴らして僕達は店内へ入った。
毎日来店する僕に普段通りの営業スマイルを浮かべる店員さん。
僕に疑問は無いんだろうか。
取り敢えずナギさんと別れていつものように店内を見て回ると、ブレスレットの棚で足が止まった。
豪華な装飾の施された煌びやかな装具の中に、控え目ながら気品を漂わせた翡翠の腕輪。
雪と月と花の彫刻が施され、月の部分に見事な宝石が埋め込まれていた。
透き通るような水色の宝石が、まるでナギさんの心みたいに思えた。
「花言葉は『慈愛』、宝石言葉は『信頼』です。この腕輪を贈るならば『貴女の愛情に応えてみせる』となります。自分より大きな存在である異性に贈る品としては、最高の物かと」
「これを下さい」
「お買い上げ、ありがとうございます」
いつものように銀貨20枚を支払う。
っていうか、何で僕が買う物は銀貨20枚なんだろう?
謎だ。
宝石の原石コーナーを眺めていたナギさんを呼び戻し、ゆっくり家路を辿る。
途中商店街に寄り今晩の食材を買い込む。
毎日の買い出しはナギさんがやっていたみたいで、あちこちの店から声を掛けられていた。
その度にナギさんが僕を「好い人」と言うもんだから、店主さんにからかわれて困った。
まぁ、野菜とか魚とかいっぱいおまけしてもらったからいいかな?
ずっしりと重い買い物袋を提げて、少しふらふらしながら歩いていく。
「あらあら、お兄さん大丈夫?」
「男の子ですし、これくらいは、っとと」
「やん、お兄さん男前♪」
ナギさんに褒められてちょっぴり元気が出て来た。
あれ、もしかして調教されてる?
「いつもこんなに重いのを持って帰ってるんですか?」
「今日は多過ぎよぉ、おじさん達いっぱいおまけしてくれるんだもの。いつもはこれの半分をみんなで運んでるわぁ」
「今度から買い物の時は言って下さいね、荷物持ちなら喜んでやりますから」
「ありがとう、お兄さん。そんな優しい所も好きよぉ?」
「んぐっ、げほっげほっ」
不意打ちに咽せる。
勢い良く気管に唾が流れ込んでいった。
ナギさんには適わないなぁ。
改めて心の中で白旗を上げて、仲良く家の門を潜った。
いつもよりちょっと豪華な夕飯を終えて、ナギさんの自室へ。
今日は余りナギさんとイチャイチャ出来なかったから、お詫びの意味も込めて僕から出向いた。
白いレースのナイトウェアに着替えていたナギさんは突然の襲撃に驚いた後、ちょっぴり頬を赤く染めた。
寝間着姿は恥ずかしいらしい。
初々しい反応を見せるナギさんの前に跪いて、僕は腕輪を差し出した。
――これは何度やっても慣れないなぁ。
心臓がドキドキと煩いくらいに音を立てて全身に血液を送る。
耳まで真っ赤にした僕は、ちょっと上擦った声で告白を始めた。
「ナギさん、僕はダメな男です。優しさに甘えて省みる事もせず、他の女の子に目が行っちゃう馬鹿な男です。自分が嫌われるかもしれないのに、僕を助ける為に辛い役目を引き受けてくれたナギさんに、何の恩返しも出来ていません。でも、僕はナギさんの側にいたい。ナギさんの側にいると安心出来て、気取らない素直な自分でいられるんです。自分勝手で我が儘でヘタレな僕ですけど、こんな僕でも……ナギさんの事を好きになってもいいですか?」
答える声は無い。
代わりに、思いっ切り抱き締められた。
胸に顔が沈み込んで息が苦しい。
思わずナギさんの背中を叩いてギブアップを知らせる。
「な、ナギさん、くるし」
「まだダメよぉ、もっと苦しめてあげる。私ね、とっても執念深いの。蛇も裸足で逃げ出すくらい、執念深いのよぉ。だからお兄さん――ううん、ゆーくんの事を絶対離さないわぁ」
今までで一番の笑顔を浮かべて、僕を抱き締めるナギさん。
ゆーくん、って……な、なんだろう。
とっても恥ずかしい。
っていうか、ナギさんこんなに情熱的だったのかっ。
柔らかい胸をくいくい、と押し付けて誘惑してくる。
「ゆーくんがどんなにダメな大人になっても、私はずっと面倒見てあげるわぁ。ゆーくんが他の女の子とイチャイチャしてても我慢する、でも絶対に私の事を忘れないでね?忘れたら……」
すっ、と目を細めるナギさん。
その目は獲物を追い詰めた蛇の――いや、獲物をどう食べるか舌なめずりする邪竜の目をしていた。
「――二度と私から離れられないくらい、魂を犯してあげる♪」
あれ、ひょっとして僕バッドエンド?
という訳で初めての前後編、如何だったでしょうか。
どんどん新キャラ出て来ますね。
出産ラッシュです。
そして主人公であるユーリがどんどんダメ人間になっていきますね。
どうしてこうなった。
更に最後にはナギさんが若干ヤンデレっぽい何かになってますね。
どうしてこうなった。
ともあれ、ご感想やご指摘、その他何でもいいので何か有りましたらご一報下さい。
小躍りしながら反応しますので。