ナギさんとギルドのお仕事、前編。
色々復活、色々補給。
朝ご飯もしっかり食べてテンションもかなり上がった僕は、ナギさんと首都のギルドを回る事に。
商人ギルドは回ったから、今日行くのは冒険者ギルドと魔術師ギルド、それから亜人ギルド。
聞き慣れない亜人ギルドは、ナギさんみたいな竜族や獣人族の人達に専用の仕事を斡旋するギルドだ。
人間ではなかなか行けない崖の上にある花を採取したり、湖の底に沈む鉱石を拾ってきたりと、案外需要は有る。
聴いた話だとウサミミやネコミミ、キツネミミの女の子もいるみたい。
今からわくわくだよね。
「お兄さん、着いたわよぉ?」
「んぇっ?」
おっと、ぼんやりしてたら冒険者ギルドを通り過ぎる所だったよ。
意識を現実に戻した僕はそこに建つ建物に再び意識を手放しそうになった。
デカい、とってもデカい。
クワンカの冒険者ギルドの数倍は広いんじゃないかって思う。
左右に塔も建ってるし。
奥には鍛錬場もあるんだろう、剣戟と掛け声が響いてくる。
「えいっ♪」
「うわぷっ!?」
ぼーっとしてたらナギさんに抱き締められた。
あ、いい匂い。
顔を挟み込む左右のおっぱいの感触が幸せ過ぎる。
思わずにへらぁ、ってしてたら人差し指でおでこをつんつんされた。
「お兄さんすっかりふにゃふにゃねぇ。……やっぱり喰い込んでる部分諸共引き剥がしたのが不味かったのかしら?」
「ナギさん暖かいなぁ」
「このお兄さんも可愛くて素敵だけどぉ、ミューリちゃんに怒られちゃいそう」
「くんかくんか」
「あんっ、そんな事しちゃダメよぉ♪」
暖かいしいい匂いだし、ナギさん最高。
というか、今日の僕は色々とダメだ。
精神年齢がミナより低い。
多分ナギさんが危惧してる通り、朝の禊ぎが深く関係してると思う。
汚染された魂を修復する為に魂の一部を削り取ったみたいだけど、その削り取った部分に僕の理性やら品性やらを司る所が含まれていたっぽい。
つまり今の僕はブレーキの壊れたダンプカー並みに暴走してる。
朝食の時もみんなに抱き付いちゃったし。
まぁ大体の所はナギさんが説明してくれたから特に混乱も無かったけど。
「ほらぁ、行くわよ?後でいっぱい触っていいから♪」
「はぁい」
ナギさんに連れられ冒険者ギルドへ。
扉を潜ると、中はホテルのロビーみたいになってた。
向かって左に受付カウンター、正面左奥に依頼掲示板、右手には大食堂、その隣には道具屋。
2階右側にはパーティー専用依頼掲示板、左側にはクラン用受付カウンターと他のクラン情報掲示板、2階正面には買取カウンター。
そして3階は大型モンスターの討伐等で使われる会議室とギルドマスターの執務室がある。
え、何で知ってるかって?
入り口に見取り図が置いてあったよ。
まずは受付カウンターでギルドマスターとの面会を申し込む。
僕が『第二位』って解って受付の若い女の子驚いてたなぁ。
すぐに面会許可が下り、3階へ向かう。
勿論ナギさんの手を握ったままだ。
手、あったかいなぁ。
「本当に今日は甘えん坊さんねぇ」
「だってナギさんかわいいし綺麗だし美人だし優しいし」
「やぁん、照れちゃうわよぉ♪」
イチャイチャしながら階段を登り、廊下を渡って執務室へ。
部屋の中では眼鏡を掛けた背の高いお姉さんが書類の山と格闘してた。
お姉さんは僕に気付くと、くいっと眼鏡を押し上げる。
「貴方が面会希望者?」
女性にしては低めの凛々しい声。
茶色のポニーテールと合わさってカッコイイ大人の女性、って感じだ。
すっ、と一歩前に出たナギさんがお辞儀をするのを見て、僕も慌てて頭を下げた。
「こんにちは、テュルエちゃん。遊びに来ちゃったぁ」
「へっ?」
「お兄さん、こちらテュルエちゃん。私のお友達なのよぉ」
「知り合いだったんですか」
そう言って頬に手を当て柔らかな笑みを浮かべるナギさん。
対するテュルエさんは目を細めてナギさんをしばらく見つめ、急に弾かれた様に立ち上がった。
「ワ、ワナギューテ2番札!?」
「あんっ、そんな他人行儀な呼び方はダメよぉ。めっ♪」
直立不動の姿勢を取るテュルエさん。
え、どういう事?
その時視界の端で、事務机の脇から蓬色の尻尾が見えた。
もしかしてテュルエさんも竜族?
「いっ、いえっ、2番札ともあろうお方をその様に呼びつける訳には!」
「相変わらず融通が利かないわねぇ、そんなんじゃモテないわよぉ?」
「わ、私は仕事で精一杯ですのでっ!」
すちゃっと敬礼を決めるテュルエさん。
実はナギさんって相当偉いのかな?
僕の考えを感じ取ったナギさんが頬に手を当てて微笑む。
「みんなは普通に話し掛けてくれるんだけどぉ、テュルエちゃんは昔からこうなのよねぇ。せっかくの幼馴染みなんだからもっと仲良くしたいのに」
「なるほど」
その後ナギさんは時折テュルエさんをからかいながら、今後僕がギルドで行う付呪の仕事について詳細を詰めていく。
どうやら付呪が使える人間はリレジーでも珍しいらしく、いっぱい稼げそうだ。
……って事はあんまり働かなくても暮らせる上に毎日ミナ達とえっちし放題?
「お兄さん、よだれ出てるわよぉ?」
「はっ」
ナギさんの声で我に返る。
危ない危ない、また本能が暴走する所だったよ。
テュルエさんの困ったような視線が痛い。
普段の僕は紳士ですよ?
気付けば大体話は纏まったみたい。
テュルエさんに幾つかの諸注意を受けて冒険者ギルドへの顔見せは終了する。
「じゃあ仕事をしたい時はここに来ればいいんですね?」
「はい、受付の者には話を通して置きますのでそのまま入らして下さっても大丈夫です」
ビシッと僕にも直立不動の姿勢を取るテュルエさん。
ナギさんが「私のお婿さんになる人なのよぉ♪」なんて僕を紹介するから、テュルエさんもすっかり畏まってしまった。
どうやらテュルエさんの中では、ナギさんの夫イコール竜族の次期長老、となっているらしく僕に対しても敬意を払って然るべしとなったみたい。
最初の凛とした仕事の出来る女性、って雰囲気も好きだったんだけどなぁ。
今度お願いしてみよう。
ハイヒールで踏んで下さいっ。
あ、違うか。
「それじゃあテュルエちゃん、またね」
「お邪魔しました」
「はいっ、お気を付けて」
遂に敬礼までし出したテュルエさんに外まで見送られて、冒険者ギルドを後にした。
途中何事かと冒険者の人達が目を丸くしてたけど、放って置いていいのかな?
ともあれ、冒険者ギルドは終了。
次は亜人ギルドだ。
またナギさんの手を繋いで歩き出す。
ナギさんの手はすべすべで温かくて柔らかくて、思わず頬擦りしたくなる。
それを伝えたら、美由里も同じ事を言ってたって言われた。
やっぱり兄妹だなぁ、と妙な所で感心。
亜人ギルドはすぐ近くに有った。
大通りを挟んで斜向かい、一見すると市民会館みたいな雰囲気が漂っている。
入り口の側にはキツネミミの幼女が長椅子に腰掛け日向ぼっこしていた。
かわいいなぁ、見てて癒される。
後ろ髪を引かれつつナギさんの後に続き、ギルドの中へ足を踏み入れる。
「おぉー……!」
思わず僕は感嘆の声を上げていた。
腰に履いたズボンにブロードソードを提げた狼さんや、忍者みたいな服の胸元からリングメイルが覗いててセクシーなネコミミっ娘が、僕の目の前にいる。
初めて獣人族を見た僕のテンションは一気に最高潮に達した。
目を輝かせる僕の隣でナギさんは受付のタヌキミミ女の子となにやら思案顔。
「またなの?もう、しょうがないわねぇ。お兄さん、ちょっとギルドマスターとお話してくるから待ってて貰えるかしら?」
「あ、はい、いいですよ」
「じゃあちょっと行ってくるわねぇ」
ナギさんにしては珍しく呆れたような笑みを浮かべて階段を上がっていく。
そして残された僕。
どうしようかなと考え始めた時、ふとさっきのキツネミミ幼女が気になった。
――ちょっと話し掛けてみよっと。
受付のタヌキミミの女の子にナギさんが来たら外にいるって伝えてもらうよう頼んで、再びギルドの外へ。
同じ場所に、幼女はいた。
近付くと気配がしたのか、顔を上げて僕を見た。
――わぁ。
これはヤバい、さっきチラッと見ただけでは解らなかったけど、滅茶苦茶かわいい。
ちょっと釣り目な蒼い瞳、筋の通った鼻、ぷにっとした桜色の唇、さらさらと風に揺れるセミロングの金髪、その上にちょこんと飛び出したふかふかな耳。
どこを取っても一級品、まごう事無き美幼女だった。
着ているのは巫女服の上衣「千早」に似た白の服と、赤い袴のような下衣。
その胸元は大きく開いていて、合間から覗く小さな鎖骨が妖しげで艶めかしい色香を放っていた。
更にお尻の所からはふさふさもふもふですごく綺麗な尻尾が9本生えている。
余りのかわいさ美しさに言葉を失っていると、幼女が舌っ足らずな、それでいて玉を弾いたような澄んだ綺麗な声で話し掛けてきた。
「お主、妾に何か用でもあるのかぇ?」
僕は返事をするでもなく、その声に聴き惚れていた。
心にキュンキュンくる声。
目隠ししていても声だけで好きになってしまうような、そんな素敵な声だった。
いや、もう僕はこの幼女が好きになっていた。
黙っている僕に不審そうな目を向けて、袖口から取り出した扇子で僕のおでこをピシャリと叩く。
「こりゃっ、妾が聞いておるのだから返事くらいせんか!」
「……あ、あぁ、ゴメン。君の顔を見て、君の声を聴いたら頭がぼーっとしちゃって」
「は、何じゃそれは。口説いておるのか」
「そうかもしれない。僕、君が好きになっちゃったみたいだ」
熱に浮かされたように答える僕に、幼女は一瞬動きを止める。
が、すぐに幼女は扇子をしまって長椅子に座り直した。
「全く、おかしな奴じゃな」
「隣、座ってもいい?」
「別に構わん、妾の所有物では無いしの」
了解をもらって隣に腰を降ろすと、幼女から花の匂いがした。
ヤバい、メロメロになりそうだ。
右肩上がりの好感度に僅かばかりの恐怖を感じつつ、僕は幼女に話し掛けた。
「僕は片桐悠里、ユーリって呼んで。君の名前を教えてもらっても良いかな?」
「……シズナじゃ、見ての通り九尾族じゃよ」
「へぇ、シズナちゃんか。かわいくて綺麗な名前だね」
僕の言葉に呆けたような顔をするシズナちゃん。
あれ、変な事言ったかな?
いきなりちゃん付けは拙かったかな?
「お主、九尾族を知らぬのか?」
「うん、獣人族の人を見たのも今日が初めてだよ」
「それでか。だがお主「ユーリ」……ユーリよ、妾にちゃん付けは止さぬか。この形でもお主「ユーリ」ええぃ、解ったから口を挟むで無い!妾が言う『お主』は『君』や『お前』と同義じゃ!」
扇子でおでこをぺしぺし叩かれる。
あ、なんか癖になりそう。
にへら、って笑う僕に毒気を抜かれたのかシズナちゃんは溜め息を吐く。
ダメだよ、溜め息吐いたら幸せが逃げちゃうんだよ?
「改めて言うがちゃん付けは止せ、妾はこう見えて1000歳を越えておるのじゃぞ?」
「九尾族は長命なんだね」
「お主……いや、もうどうでも良くなってきた」
「じゃあ呼び方はシズナで良い?」
「それで良い。……おかしな奴じゃな、ユーリは」
疲れたように息を吐くシズナ。
その横顔もかわいい。
思わず手が伸びてほっぺをつつく。
「うみゅっ」
わ、ふにふにだ。
ほっぺ柔らかいしすべすべで気持ち良い。
「にゃにをすりゅ!」
扇子を取り出しおでこをぺしぺし。
僕はほっぺをむにむに。
ぺしぺし。
むにむに。
ぺしぺし。
むにむに。
「止めんかぁ!」
シズナが怒った。
眉を釣り上げた表情も綺麗でかわいい。
さっきよりちょっとだけ強く、おでこをぺしぺし叩かれる。
「お主は何を考えておるのだ!九尾族と聴いても怖がらん、許可も無く妾の身体に触れる、挙げ句の果てには妾を好きだと言う!」
「本当にシズナの事好きになっちゃったんだけどなぁ。えっと……一目惚れで一聴惚れで一触惚れ?」
「馬鹿かお主は、否、馬鹿じゃお主は!」
言い直された。
そんなに変かなぁ?
ってかシズナがかわいすぎるからいけないんだ、僕は何も悪くない。
花に誘われる蝶に罪が無いように、シズナに惚れた僕にも罪は無いハズ。
と見事な自己弁護を果たした僕は、シズナが言ったフレーズに違和感を覚えた。
――九尾族と聴いても怖がらん?
普通の人は九尾族に何か特別な意味を感じているのかな?
見た目はこんなにかわいい幼女なのに。
浮気がバレた夫じゃない限り、シズナを怖いって感じる事は無いんじゃないかな。
気になった僕はシズナに尋ねる事にした。
「九尾族だと怖がらないといけないの?」
「普通は恐れ、忌み、遠ざけるものじゃ。お主は余程の変人という事じゃな」
「こんなにかわいいのに」
「――っ、やかましい!そんなに気になるのならお主の連れの竜の娘にでも聞けば良かろう!」
そう吐き捨て僕の背後を指差すシズナ。
振り返ればちょうどナギさんがギルドから出て来る所。
視線を戻すと、シズナはもういなかった。
「あれ、シズナ?」
辺りを見回してもあの綺麗な金髪は見当たらなかった。
訝しむ僕の元へナギさんが歩み寄る。
「どうかしたの、お兄さん?」
「今シズナっていう女の子と話してたんですけど、急にいなくなっちゃって」
「あらあら、お兄さんったら手が早いのねぇ♪」
「あ、あはは……否定出来ないかも」
「どんな娘だったのぉ?」
「金髪でちっちゃくて、九尾族って言ってました」
その言葉を口にした途端、周囲の空気が一気に冷えた。
ナギさんは微笑みを浮かべながら――しかし一切笑っていない瞳を僕に向けた。
気圧され、思わず後退る。
いつものように明るい声でナギさんは問い掛けた。
「お兄さん、名前を聞かれなかった?」
「僕の方から先に名乗ってシズナの名前を教えてもらいましたけど……拙かったで、っ!?」
突然ものすごい力で両肩に手を掛けられ、息を飲んでしまう。
微笑みを消した無表情なナギさんが、真っ直ぐに僕の瞳を見据える。
「あ、あの、ナギさん?」
「お兄さん、身体のどこかが痛んだり熱を持ったりはしてない?」
「だ、大丈夫です」
「本当に大丈夫?気持ち悪かったりもしない?」
「は、はい。ナギさんに掴まれた肩に爪が刺さって痛い以外は大丈夫です」
僕の言葉に慌てて手を離すナギさん。
かなり痛かった。
痣になってないかな?
ナギさんは指先に光を宿して僕の肩に当て治療してくれた。
「ごめんなさいお兄さん、ちょっと取り乱しちゃって」
「いえ、多分僕を心配してくれたんですよね?心配掛けてゴメンなさい、それとありがとうございます」
「もうっ、お兄さんったら。……本当にごめんなさいね?」
「大丈夫ですよ。それより今の反応について色々聴きたいんですけど」
「長い話になるから、ギルドを回った後でもいいかしら?」
「えぇ、いいですよ」
何か思い詰めたような表情のナギさん。
かなり気になるけれど後で話してくれるみたいだし、今は一先ず置いておこう。
「それはそうと、何か用が有ったんじゃないんですか?」
受付の女の子に伝言を頼んで置いたから、ナギさんが来たって事は何か用事が有ったか終わったかしたハズ。
ナギさんは先程の雰囲気を壊し、いつものぽんやりほわほわな空気を作り出した。
「そうそう、お兄さんに会って欲しい人がいるのよぉ。亜人ギルドのマスターなんだけどぉ、会って貰えるかしら?」
「いいですよ、行きましょうか」
歩き出そうとしたらナギさんが僕の手を取って、指を絡めてきた。
俗に言う、恋人繋ぎ。
そのまま僕の腕を抱き寄せ胸に当てる。
「さっきのお詫びに、ね♪」
いや、もう天国です。
ほっぺが熱くなるのを自覚しながら、僕は再び亜人ギルドへ入っていった。