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後悔と懺悔、それから感謝。



「え……?」



目の前の光景が信じられなくて、僕の思考は停止した。

ティス姉の背中から鈍く光る刃先が覗き、一拍遅れて凶器が空気に溶けて消える。

青い炎がティス姉を包み、その体を消し去っていく。

骨の一片さえ遺さずに、世界からティス姉が消えた。



――なんで、どうして、何が、誰が、どうやって、何故。



言葉にならない感情が渦巻き意識を奪っていく。

自失した僕の脳に、嗄れた声が響いた。



『ふはははっ、流石に驚いたが儂はあの程度では死なんぞ?不老不死の秘術は儂の魂に刻み込んであるからのぅ。何、心配せずともお前もすぐにその女の元へ送ってやろう』



その言葉を理解した途端、僕は脳が焼き切れるくらいの怒りを覚えた。

お前が。

お前如きが。



「ティス姉を殺したのか……!」

『あんな小娘でも少しは他人の役に立つようじゃな、お陰で儂の目指す不老不死に大きく近付いたわ』



玉座の裏から醜悪な生物が姿を見せた。

醜く変形した顔、苔のように薄汚れた緑の肌、痩せ細り腰の曲がった体。

ネザー・リッチと呼ばれる不浄の不死者がそこにはいた。



「うあぁぁぁぁっ!」



弾かれるように体を前に倒し、左足で床板を踏み抜き右足を前に投げ出す。

突然の行動に多少驚いた様子で先代は皺でヒビ割れた右腕を僕に突き出した。



『愚か者め、雷に吹き飛ばされるがいい!サンダー!』



指先から閃光が迸り荒れ狂う電撃が僕に向かって走り出した。

迫り来る雷を避けるでもなく、僕は両目に魔力を込めて雷を睨み付けた。

耳障りな破裂音を響かせて雷が霧散する。



『な、馬鹿なっ!?』



醜悪な顔を歪め驚愕に目を見開く先代。

両足へ更に加速を乗せて先代の前に辿り着き、咄嗟に防御姿勢を取る両腕諸共振り抜いた右足の踵で穿った。

ミシリと骨が軋む音が聞こえ、続けてぼきりと骨が折れる感触が足裏に伝わる。

貧相な体で勢いを殺せるハズも無く、先代は無様に部屋の壁際まで転がり頭蓋を壁に叩き付けられる事になった。



『ぐっ、馬鹿なっ、何故魔法が効かぬ!?』



完全に折れた両腕は肘の先にもう1つ赤黒く腫れ上がった関節を増やしている。

回る視界を抑え付け忌々しげに僕を睨み付ける先代。

その濁った目に先程の余裕は欠片も無い。

虚を突かれて魔法を放たれても面倒だ。

そう思った僕は四肢を粉砕する事にした。



『グァァァアアァァッ!』



まず右足。

膝の上に足を構え皿ごと踏み抜いた。

肉や骨が潰れてひしゃげ、びくんびくんと跳ねるように足先が暴れ回る。

次は左足だ。



『ガァァァァッ!』

「煩いな」



酷く耳障りな悲鳴を上げながら両太腿を痙攣させる先代。

その喧しい口を黙らせようと、僕は体を捻り後ろ回し蹴りを首目掛けて放った。

かひゅ、と空気が漏れて先代の首がだらりと力無く垂れ下がる。

勢いで崩れ落ちた上半身に狙いを定めて両肩を踏み抜いた。

ごきり、ごきり。

小気味良い音が鳴り、完全に外れた両腕を放り出したまま息も絶え絶えに言葉を漏らした。



『ガハッ、き、貴様……!』

「まだ喋れるんだ。不老不死も存外便利なんだね」

『許さん、その肉を切り裂い、て、内臓を喰らってやる』

「煩いよ」



胸を踏み抜く。

肋骨が折れ内臓に突き刺さったのか、先代がごふっと血を吐いた。

汚いなぁ、危うく服に汚い血が付いちゃう所だったじゃないか。

僕は先代を見下ろし、右手を翳した。

呟いた言葉はこの世界に存在しない言霊。

身構える先代は自分に掛けられた魔法がなんなのか解っていない。

だから僕は精一杯残虐に微笑んでみせた。



「今お前に掛けたのは魂の修復と精神の維持。これで心は壊れずに魂も消えなくなった」

『な、なんだと?』

「永遠に苦しみ続けろ、外道。……ノスフェラート」



浮かび上がる紫色の炎が先代の顔を照らし出す。

その顔は恐怖に染まっていた。





外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

ギルドへの帰り道、僕はティス姉の事ばかり考えていた。

もし、ティス姉に防護付呪した装具を渡していたら。もし、あの時周囲を警戒して罠を発見していれば。もし、ティス姉を離さず抱き留めていれば。

後悔は尽きない。

あの笑顔を二度と見れない、その事実が僕の胸を締め付けていた。

左手に握り締めた4本のナイフが、とても重く感じる。

この何の変哲も無いナイフだけが、僕に唯一遺されたティス姉の遺品だ。

ナイフを回収した後、僕は邸宅全体を浄化の炎で包み込んだ。

願わくば、犠牲になった人達が安らかに眠れるように。

周囲を覆っていた霧も晴れ、辺りは平和な住宅街の姿を取り戻した。

もう二度と惨劇は起こらないだろう。

沈んだ顔のままギルドの扉を潜ると、受付のお姉さんは一瞬眉をひそめた。

僕の手に握られたナイフを見たからだ。



「夜遅くまでお疲れ様です、ユーリさん。……その、ティスカさんは」

「亡くなりました。これがティス姉の……彼女の、遺品です」



カウンターにナイフを乗せる。

続けてポーチからあの日記を取り出した。

お姉さんは中身を確認して、軽く息を吐いた。



「……確認致しました。更新の為にギルドカードの提示をお願いします」



お姉さんにギルドカードを手渡すと、カードの表面が銀色に光った。

そのまま光は定着して、カードの色が今までの白から銀へと変わった。



「更新致しました。これ以降ユーリさんは冒険者ギルドに於いて『第二位』の権限を持ちます。説明は致しますか?」

「お願いします」

「第二位とは冒険者ギルド内でギルドマスター、ギルドマスター補佐に次ぐ発言力を持ちます。各国家間で有効な身元の保証、国家からの承認を得た正式な討伐隊内での一定の権限、独自の判断で行えるギルドを通さぬ脅威への対処の許可、他ギルドが管理運営する施設の使用料の一部免除、結成したクランに所属する全員への不干渉と庇護が適用されます。代わりに国家を脅かすものへの対処、及び国家間戦争への非介入が責務として課せられます」



早い話が有事の際に戦力として数える代わりにそれなりの待遇をしますよ、って事だ。

まぁ、それくらいならいいかな。



「クランって何でしたっけ?」

「はい、クランは一定の権限を持つギルド員の方が結成する事の出来る小型の組織で、一般的には気の知れた仲間や志を共にする方々で構成されています。該当するギルド員ともう1人の計2人から結成が可能です」



なるほど、ネトゲのクランやチームと同じようなもんか。

ミナとクラン立ち上げようかな?

お姉さんは数枚の書類を取り出しながら、僕にその中の一枚を差し出した。



「これは?」

「幽霊騒動の依頼書とそれの報酬について纏めたものです。残念ながら……請負人不在、という事になりますので報酬はユーリさんに受け取って頂く形になります」

「報酬、ですか」



胸が痛む。

お金や名声なんかより、ティス姉の笑顔が何よりの報酬に違いない。

その時僕は、カウンターに置かれたままのナイフに目が止まった。



「お姉さん、この遺品のナイフはどうなるんですか?」

「本来なら遺族の方にお渡ししますが、ティスカさんはご家族がいらっしゃらないようですのでギルドが共同墓地の方に埋葬致します」

「報酬でナイフを1本買い取る事は可能ですか?」

「それは……」

「彼女を忘れない為に、手元に置いておきたいんです」

「……それは出来ません、規則ですので」

「そうですか……無理を言ってすみませんでした」

「いえいえ、ではこの遺品のナイフ『3本』は確かにギルドで埋葬致します」



そう言ってお姉さんはナイフを3本だけ取って遺品箱へしまった。

カウンターの上には1本だけナイフが残されている。



――え、これって?



どういう事、と視線を上げたらお姉さんが口に人差し指を当てて微笑んでいた。

薄く紅の塗られた唇が小さく動く。



『ナイショですよ?』



お姉さんの気遣いで胸がいっぱいになりつつ、僕はナイフをポーチにしまった。

報酬については半分だけ受け取り、もう半分はティス姉のお墓の費用に充ててもらった。

半分の報酬白金貨2枚をしまって、すっかり暗くなった街の中を歩いていく。

ミナも待ちくたびれてるだろうなぁ。

宿屋に到着すると女将さんの娘さんが出迎えてくれた。

暇を見つけてはミナの話し相手になってくれていたらしい。

お礼を言って階段を上る。

扉を開けると、ミナが笑顔で待っていた。



「おかえり、ユーリ」

「ただいま、ミナ」



たった一言。

その短い言葉を交わしただけで、全身から余計な力が抜けていくのが解った。

装備を外してベッドに倒れ込むと、今日の出来事は全部夢だったんじゃないかって気がしてくる。



「ユーリ」



名前を呼ばれて起き上がろうとしたら、頭をぐいっと引き寄せられた。

ミナに頭を抱きかかえられ、そっと髪を梳かれる。



「つらかったね、悲しかったね」

「ミナ?」

「全部、伝わってたよ。ユーリの悲しみも怒りも、全部」



伝わってた?

悲しみも怒りも、全部?

何故って疑問が湧いた瞬間、視界の端でミナの指輪が輝いたような気がした。

あの指輪が僕とミナの心を繋いだのかな?



「私はユーリのお嫁さんだよね?」

「うん」

「だったら、私に悲しみも怒りも全部ぶつけていいんだよ。旦那様を支えるのはお嫁さんの仕事だから、ユーリの気持ちを全部受け止めてあげる」



優しく心を癒やしてくれる声が、僕の鼓膜を揺らしていく。

髪を梳く小さな手のひらから、抱き留める柔らかな胸から、ミナの優しさが伝わってくる。

ダメだ、ミナの前では強い僕でいるって決めてたのに。

不安になると思って弱い所を見せないようにしていたのに。

そんなに優しくされたら、泣いちゃうじゃないか。



「だから、泣いてもいいんだよ。私の前では、無理して強がらなくてもだいじょぶだから」

「……っぁ」



一滴、目から涙が溢れた。

次から次へと、堰を切ったように涙が流れ出て行く。



「うあっ、あぁぁぁっ、ああぁぁぁっ!」

「よしよし、どうしたの?」

「僕はっ、僕は守れなかった!守れたハズなのに、僕は守れたのに!」

「ユーリは悪くないよ、ユーリは悪くないから」

「でもっ、それでもっ!僕がしっかりしてれば、僕がちゃんとティス姉を見ていればっ!」

「ユーリは何も悪くないよ。……ただ、神さまがちょっと残酷だっただけ」

「僕は、僕は……っ!」

「今はいっぱい泣いていいよ。落ち着くまで、抱き締めていてあげるから」

「うぅっ、あっ、うあぁぁぁぁっ!」





思いっきり泣いたせいか、少し心が軽くなった気がする。

ミナはずっと、頭を撫で続けてくれた。



「……不安なんだ、今度はミナまで失ってしまったらって、そう考えたら」

「私はきっとだいじょぶだよ」

「でも!……それでも僕は」

「ユーリ」



撫でる手を止めて、僕の目を覗き込む。

聖母みたいに、慈愛に満ち溢れたその顔を見た途端、もやもやしていた気持ちがすっと晴れていった。



「ユーリが望む限り、私は側にいるから。約束したでしょ、旦那様?」

「あ……うん」

「ふふ、忘れっぽいんだから。めっ」



つん、と僕のおでこを人差し指でつつく。



「さ、顔洗ってきなよ。ユーリの目、うさぎさんみたいに真っ赤だよ?」

「うん……ミナ」



ベッドを降りて僕の脱ぎ散らかした装備を片付けるミナに、心からの感謝を込めて。



「ありがとう」

「どういたしまして♪」



笑顔で応えるお嫁さんを、一生守っていこうと改めて誓った。





それから2日経ち、あっと言う間にタマタ村へ戻る日になった。

ティス姉の事を引きずらないように、精力的に仕事をこなしていった。

気付けば稼いだお金は白金貨78枚、金貨27枚。

大家族でも一生働かずに暮らせる額だ。

余りに稼ぐもんだからギルドの金庫が6つ程空になっちゃって、最後はトレスキンさんにギルドを潰す気かって呆れられた。

ティス姉の葬儀は恙無く終わった。

参列者は意外と多く、みんなティス姉にお世話になった人達ばかりだった。

1人1人に頭を下げて回ったらトレスキンさんに怒られた。

みんなの前に連れ出されて「見てみろ、誰がお前を恨んでる?あいつの最期を見届けて、仇まで取ってくれたお前に感謝してるんだよ馬鹿野郎」って説教された。

昔の口調が出たみたいだったけど、いきなり乱暴な言葉使いになったからすごくびっくりしちゃったよ。

みんなにありがとう、って言われてちょっぴり泣きそうになったのはナイショだ。

そして今、準備を終えて商隊の馬車に相乗りさせてもらっている。

来た時とは別の商隊で、元々村の住人だった人が立ち上げた商隊だった。

商人さんも久々の故郷が楽しみで今からワクワクしてるみたい。

ミナを見て大きくなったってびっくりしてたけど、ミナが僕のお嫁さんになったって話したら顎が外れそうになってた。

それを見て2人で笑ってたら商人さんも釣られて笑い出した。

そんな和やかな雰囲気で馬車は進む。

そしてタマタ村に到着した僕達は、そこに広がる光景に目が点になったんだ。



「なんじゃこりゃあぁぁぁ!?」



つづく?

今回でハードなお話はひとまず終了です。

時話からはまたゆるふわロリえろあんあんイチャイチャな話に戻ると思います。

ハード系シナリオは書き慣れないせいか細部の作り込みが甘いです。

もっと精進します。


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