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葬想――初めての恋と、永遠の別れ。

あたしが最初に抱いた印象は、女の子みたいな男の子。

この国では珍しい漆黒の短い髪と、あたしより少し低い身長。

ちょっと中性的な顔立ちは、美男子とまではいかないけれど間違いなく整っている部類に入る。

声も声変わりしたにしては随分と高めで、声色を変えれば女の子と間違われるんじゃないかな。

ローブを纏ってるから身体の線は見えないけど、肩幅や手の大きさを見る限りは華奢のように思える。

何より変わってると思うのは、彼が纏ってる空気。

普通あの年頃の男の子といえば、やんちゃ盛りで落ち着きが無いってのが相場と決まっている。

なのに彼は年相応の快活さはあるけど、どこか母性……いや父性を感じさせる落ち着きを持っていた。

思えば、この時からあたしは彼に惹かれていたのかもしれない。

ただ接触する事は出来なかった。

一応あたしは商隊の護衛として来ていたから、客人の彼とのんびりしている暇は無かったんだ。

それに彼は、同じく客人として乗っていた幼女と四六時中イチャイチャしていたし。

流石のあたしも、あの桃色空間には入り込めなかったよ。



翌朝、私は商隊を取り囲む殺気に気付いた。

恐らく吼狼の群れだ。

群れの長が指示を出し獲物を狡猾に追い詰める狼で、退治するには長を殺すのが効果的だ。

如何に狼と言えど、頭を失えば烏合の衆同然。

警戒しながら長を探すあたしの目に飛び込んできたのは、森の一角を冷めた瞳で眺める彼の横顔。

太陽のような笑顔を振り撒いていた彼が侮蔑的な表情を浮かべていた事に衝撃を受けた。

一体どうしたのかと問い掛けようと思った時、風に乗って彼の呟きが届いた。

うっとおしい、と。

苛立ちを秘めたその言葉に、あたしは震え上がった。

何故、何が?

形さえ整わない疑問が溢れる内に彼は馬車の中に引っ込んでしまった。

様子を見ようと一歩踏み出したあたしの耳に、再度彼の呟きが届く。



「チェイサー」



放たれた言葉は聞き覚えの無いもの。

一拍遅れて馬車から何かが飛び出す。



――髪の毛?



漆黒を纏った彼の髪の毛は導かれるように風に乗って、潜んでいたもの達に突き刺さる。

潜んでいたものは吼狼だった。

吼狼に突き刺さった髪の毛は瞬時に獄炎を巻き上げ、一瞬でその肉体を燃やし尽くした。

突然の襲撃と長を失った事で、残った吼狼は我先にと背を向けて逃げ出した。

彼はその結果に満足したようで、起きた幼女と戯れ始めていた。

あたしは護衛としての仕事を取られた事に怒りを覚えるでもなく、しばし瞼に焼き付いた彼の横顔に魅了されていた。



彼との再会はすぐだった。

というより、あたしが待ち構えていたんだけどね。

こっそり話を盗み聞きしたら、彼は冒険者ギルドで仕事を探してるみたいだったから、護衛を終えたらすぐさまギルドで待ち伏せしてたって訳。

彼もあたしの事を覚えてくれてたのには、ちょっぴり胸が高鳴った。

彼の登録とちょっとした自己紹介を終えて依頼掲示板へ向かう。

どれを受けるのか気になって彼を見ていたら、ミナちゃんが差し出した依頼に決めたようだ。

討伐系かと思いきや、2人が選んだのは雑務系の依頼。

後で受けようかと思っていた依頼を掲示板に戻して、あたしは2人のついて行く事にした。

この時は興味だけで動いてたつもりだったけど、今思えば多少ミナちゃんに嫉妬していたのかもしれない。

彼の寵愛を一心に受けるミナちゃんに。

だからあたしはちょっとだけわがままを言った。

敬語の禁止。

呼び方もティス姉って愛称に変えてもらった。本当はティスカって呼び捨てにされたいんだけど、それはもうちょっと仲良くなってからだと思う。

何より、彼に呼び捨てにされるのを想像しただけで恥ずかしくなってきちゃうし。



依頼はすんなり終わった。

男の子らしく工作は好きなのか、すぐに弟子入り出来そうなくらい鮮やかに屋根を修理した姿には、ちょっぴりキュンてきた。

ただギルドに帰って、少し面倒な事に。

彼が付呪の仕事は無いかと遠回しに尋ねたのが原因。

流石に驚いたけど、更に驚いたのはミナちゃんの対応。

今はギルドマスターに収まってるけど冒険者時代は『般若の化身』なんて呼ばれてたトレスキン相手に一歩も退かず、彼の潔白を証明してみせた。

ミナちゃんの彼を想う気持ちが力となって溢れ出ているみたいだった。

それを見たあたしの胸に去来したのは、諦念か尊敬か、はたまた恋慕か。



――恐らく、全部。



ミナちゃんを見つめる彼の瞳に浮かぶ感情に、彼の事をこんなにも想う事が出来るミナちゃんの姿に、ミナちゃんの心をここまで魅了し心酔させてしまう彼という存在に。

あたしは彼の一番になる事を諦め、あたしは行動を起こせるミナちゃんを慕い、あたしは彼の見せる深い愛情に惚れた。



この日は彼を追い回す事を諦め、ミナちゃんに任せる事にした。

彼も自分の気持ちに気付いたんだろう、ミナちゃんを熱っぽい瞳で見つめていた。

あたしのような砂漠の民と呼ばれる種族は生涯にたった1人だけを愛し、尽くす。

但し相手に愛する人がいたなら、諦めて別の人を探すという変則的な一夫一妻を強いる掟が存在する。

普通なら掟に従い、彼の事を諦めるのが通例であり、当然の事。

でも、あたしが彼を諦めるには少し遅過ぎた。



――彼の一番じゃなくてもいい、掟に逆らってでも、彼の側にいたい。



そう心に決めた瞬間、ギルド職員があたしを呼び止めた。

思えばこの時、あたしの命運は定まったんだと思う。









翌朝、あたしは昨日退いた事を軽く後悔していた。

目の前には今まで以上にイチャイチャする彼とミナちゃんの姿。

2人に何があったのかが解り、ちょっと頬が熱くなった。

彼の瞳はミナちゃんしか映っていないし、ミナちゃんは彼の事しか見えていない。

何より、ミナちゃんの未成熟な肢体から立ち上る濃厚な雌の匂いが、その隙間から香る彼の雄の匂いが、それを証明していた。

その匂いに当てられ、お腹の奥が甘くキュゥって痺れる。

叶う事ならあたしも彼の雌にして欲しい、この子宮の渇きを彼で潤して欲しい。

彼が2階に消えるまで、あたしは熱に浮かされたように淫らな妄想に囚われていた。

雄の匂いが薄れ、はっと現実に引き戻される。

切ない。

彼が欲しい。

彼に求めて欲しい。

思考さえ奪われたあたしは、少し積極的になる事にした。

戻ってきた彼に背後から抱き付いて頭に胸を乗せる。

たまに彼があたしの胸やお尻を見てたのには気付いてたから、これなら誘惑出来るかも。

よ、喜んでくれるかな?

上から軽く押したり前に回した手で押さえつけてみたり。

と、ミナちゃんが彼のおでこを少しむくれた顔でつついた。

喜んでくれてたみたい。

でもその後の2人の喧嘩……遊び?には色んな意味で驚いた。



「うわぁ……ユーリ君誑しで鬼畜だぁ」

「失敬な!?」



怒られた。

後でミナちゃんにも聴いてみたら、あれは彼に乗って合わせた冗談みたいなものらしい。

ちょっと安心。

騒ぎが一段落した所で、彼にお願いを申し出る。

内容は、昨日あたしにギルドが持ってきた幽霊騒動の原因究明及び解決。

実は、あたしは幽霊や骸骨といった不死者が大の苦手。

なんていうか、無理、生理的に無理。

話を聴くのも怖いし戦うなんて以ての外。

だから彼に是非とも手伝って欲しい、と伝えると彼は快諾してくれた。

安堵で、私は胸を撫で下ろす。

嬉しさの余り彼の手を勢いに任せて握った後に、手汗をかいてないか心配になった。



「怯えるティス姉もかわいいなぁ」

「んぇ?」



突然のセリフに変な声が出た。

かわいい?あたしが?

彼にかわいいと言われたら、嬉しくて胸が高鳴るけど恥ずかしくて照れくさい。

だからそっぽを向いて怒ったフリをした。



「毎回思うけど、ユーリ君って恥ずかしいセリフ堂々と言うよね」

「だってティス姉本当にかわいいから」

「だ、だからそういうの禁止ぃ!」



逆効果だったみたいで、彼は眩しい笑顔をあたしに向けてきた。

顔が一気に熱くなり耳まで真っ赤になる。

なんとなく悔しくなって、彼にでこぴんしてやった。



相談の結果、ミナちゃんは宿屋に残る事になった。

理由は途中で彼が話した、今回の幽霊騒動の真相らしき予想。

確証がある訳じゃないって彼は言ってるけど、あたしにはそれが真相としか思えなかった。

物的証拠は無いけど、状況証拠は彼の話を裏付けるものしかない。

そんな危険な場所にミナちゃんを連れては行けないって事で宿屋まで送り届ける。

その途中で彼はミナちゃんの指輪に付呪をしたんだけど……その量も質も、この世界の法則を根源から覆しそうなものばかりだった。

ギルドで話したのはライブだけって事だったけど、彼は明らかに大陸一、いや世界一の術師に間違いなかった。

送り届けた後で気付いた彼はあたしに内緒にしておいて欲しいと頼んだ。



「ティス姉、さっきの付呪についてはみんなに黙っててくれる?」

「……1つ約束してくれたらいいよ」

「僕に出来る範囲の事で、合法的なやつなら何でもいいよ」



む、失礼な。

あたしは何も荒稼ぎしようとか考えてないのに。

ちょっとむくれたあたしは、悪戯心とほんのちょっとの勇気を振り絞って、言葉を紡いだ。



「じゃ、じゃあ、この依頼が終わったらさ」

「うん?」

「あたしと……ううん、あたしをユーリ君の愛人にして」

「へ?あ、愛人っ!?」

「うん、ホントはお嫁さんがいいんだけど……ミナちゃんがいるから我慢する。だから、代わりに愛人。あたしもユーリ君の事気に入っちゃったしね」



照れが入って最後の方は冗談めかして喋ってしまった。

彼は少し頬を赤くして、考えておくよ、とだけ言った。

照れてる彼もかわいかった。





目的の邸宅に近付くに連れ、口数も減ってくる。

周囲には微かに霧が降り、あたし達の視界を妨げ始めていた。

恐怖のせいか全身が重く感じる。

その感覚で恐怖が増大し、更に足の進みが鈍くなっていった。



「ゆ、ユーリ君、やっぱり帰らない?」

「帰りたいけど、どうやら帰してはくれないみたいだよ」

「え、な、嘘っ!?」



彼が背後を示す。

振り返った先、今し方歩いてきたハズの道は濃霧に包まれ数歩先すら見通せなくなっていた。

彼が言うには、これは結界の一種で例え真っ直ぐ後ろに進んでもあの邸宅の前に出るように細工されているって事らしい。

閉じ込められた。

その事実が、更にあたしの恐怖を煽る。

いつの間にか、あたしは彼の服の裾を握り締めていた。

この手を離したら、二度と彼に逢えない気がした。

慎重に一歩一歩進んで行くと、目的の邸宅が姿を現した。

不思議な事に周囲に纏わり付いてきていた霧が、邸宅の敷地内には一切掛かっていなかった。

錆び付いた門は開かれたままで、不気味さをより一層強めている。

更に一歩踏み出した時、視界の端で何かが光った。



「待って、ユーリ君。門の前に糸が張ってある、罠だよ」



細い弦が門の下に張られていた。

あれに足が引っ掛かったら罠が作動する。

あたしは彼の服を掴んだまま、器用に片手で収納袋を開き小さなナイフを取り出した。

腰溜めで投擲し、弦を断ち切る。



『ザンッ!』



大きな音を立てて、竹のような外観の仕掛け罠が門の先で交差する。

まるで巨大なトラバサミだ。

この罠も、幾人かの血を吸ったのだろう。

所々に赤黒い染みが付着していた。



「ありがとう、ティス姉」

「ううん、罠なら任せて。その代わりしっかり守ってね、騎士様」

「はは、頑張るよ」



軽い冗談で無理矢理緊張をほぐす。

門を潜り数歩進むと突然彼が振り返り、あたしを抱きかかえて前方に飛んだ。

何を、と思ったあたしが目にしたのはメイスを振り下ろしたスケルトン。



「ひぃっ!?」



思わず悲鳴が漏れる。

恐怖に戦くあたしとは対照的に、彼は落ち着いた様子で魔法を放った。

彼の炎がスケルトンを包み、一瞬で灰すら遺さず燃やし尽くした。

凛々しい横顔に、胸が高鳴る。

助ける為とはいえ、あたしは今彼に抱きかかえられていると意識しただけで頬が熱くなる。



「ユーリ君……」

「あ、ゴメン。とっさに抱きかかえちゃったけど、痛くなかった?」

「う、うん、大丈夫。ありがとね」



自分でも信じられないくらい甘い声が出ていた。

彼はあたしをあやすように微笑み、そっと立たせた。

少し惜しく感じる。

とはいえ、ここからは心を引き締めないといけない。

蝶番を軋ませて玄関の扉が開く。

薄暗い室内には冷たい空気が流れ、生者の存在を否定するような気配を滲ませている。

中へ足を踏み入れた途端、背後の扉が勢い良く音を立てて閉まる。

飛び上がりそうになるのを意思力で捻じ伏せ、同時に彼を掴み床へ倒れ込むようにして屈む。



『ダダダダッ!』



幾重にも連なる刺突音が響き、一瞬の静寂が戻る。

頭上に突き刺さったのは鉄の矢。

恐らく床に圧力板が張られていて、侵入者が上に乗ると同時に扉が閉まり仕掛け弓から矢が発射される仕組みになっていたんだろう。

暗さに目が慣れると広間の全体が見えてきた。

左右に2階へ続く階段があり、正面左奥の扉は多分食卓、正面右奥の下り階段は地下貯蔵庫へ続いているのだろう。

不意に視界が明るくなった。

同時に左右から骨の軋む音が聞こえ、カランと長剣だった鉄の欠片が床に転がる。



「罠といいスケルトンの配置といい……首謀者はかなりの悪趣味だね」



彼が呆れを滲ませて微笑む。

一息吐いて立ち上がり、周囲を見渡す。

どうやらこの区画の安全は確保出来たようだ。

彼と話し合った結果、先に2階から調べていく事にした。

階段を上り扉を開けた瞬間、扉の向こうに立っていたスケルトンと顔を合わせた。



「ひぅぅっ!?」

「ファイヤー!」



一瞬で燃え尽きるスケルトン。

恐怖の余り彼に抱き付いちゃったけれど、彼はあたしの頭を優しく撫でてくれた。

ちょっと落ち着いた。

心の中で彼の存在がどんどん大きくなっていくのが解る。

その後も順調に罠やスケルトンを撃退し、2階も残す所後1部屋となった。

罠が無いのを確認して扉を開けると、その部屋は他のものと少し気色が違った。

質素な部屋の中には机が置いてあり、その上には1冊の本が鎮座していた。

罠が無い事を再度確認し、周囲の警戒を彼に任せて本を読み始めた。

この本は先代当主の息子が遺した日記のようだ。

日記には以下のような事が書かれていた。



『王年期334年5月7日――父は最近地下に籠もりがちだ。巷では父が怪しげな魔術に傾倒していると云った噂まで出始めている。このままでは我が家の名に傷が付くかも知れない。父はもう57だ、そろそろ隠居を薦めてみようと思う。



王年期334年5月8日――何だって言うんだ!父にそれとなく家督を自分に継がせるよう進言したら、お前のような奴に私の栄光を渡すものか、と言ってきた。代々受け継がれている先祖の威光に甘えているだけの父に、一体どれ程の栄光や成功が有るものか!気は進まないが、父にはやや強引な方法で交渉のテーブルに着いてもらおう。



王年期334年5月13日――遂に父を説得する事が出来た。此方の誠意を持った対応が功を奏したようで、父は自分の意志で家督を継がせる旨を認めた誓約書にサインをした。去り際に忌々しげに私を睨み付けていたが、あんな痩せ細った体の老人に一体何が出来ようか。この家は今日から無能な父ではなく、この私がより良く導いていくのだ。



日付は無い――ちくしょう!あの老いぼれはとんでもない事を計画していやがった!闇魔法の中でも禁呪指定されていた黒魔術に手を出していたなんて、誰が気付くものか。奴は私達家族や隣人であるアノシュ家の人間を糧に不老不死を手に入れようと画策している。だが奴の思い通りに等させるものか、地下の部屋から抜け出す際にある仕掛けを施しておいた。奴が何体生贄を集めようと、徒労に終わるだろう。ああ、目が霞んできやがった。部屋の外で奴の手先と成り果てた弟だった骸が扉を壊そうとしている。最期に奴の怒り狂う姿を嘲ってやる事が出来ないのが心残りだな』



彼の予想が正しかった事に驚きつつ、日記の内容を伝える。

苦い顔をしていた彼だったが、仕掛けの下りで強い興味を示した。

多分、その仕掛けの謎が解ければ先代を葬り去る手助けになるハズだ。

あたし達は来た道を戻り、地下を目指す事にした。

やはりと言うべきか、地下に向かうに従ってスケルトンの数は増えていく。

貯蔵庫を抜け更に奥へ進むと、壁一面に謎の術式紋様が描かれた一室に辿り着いた。

恐らく、この先が先代の眠る墓所だろう。



「何だろうこの紋様。ユーリ君、解る?」

「ちょっと待ってね。解析の魔法は……サーチでいいか」



呟いて壁面を眺めていた彼の視線が、ある箇所で止まった。

その箇所に手を触れ煉瓦を押す。

低い稼働音が響き、壁が左右に割れた。

広い通路の奥には玉座が控え、錫杖と冠を被った1体のスケルトンが足を組んで座っていた。

多分あれが先代だろう。



『よくここまで辿り着いたものだな、矮小な者共よ』

「っ!?」



低く嗄れた声が耳を通さず直接脳内に響き渡る。

先代であるスケルトンはゆっくりと立ち上がり、錫杖の先を向けて仰々しく構えた。



『もうじき儂の術式は完成する。お前達は最後の生贄となるのだ』

「ふざけた事を、お前の勝手で何人の人が犠牲になったと思ってるんだ!不老不死なんてくだらないものの為に!」

『ほぅ、活きが良いのぅ。お前の血肉は素材としても申し分無さそうじゃ』



彼は怒気を露わにして先代に喰って掛かるが、先代は余裕を崩さない。

圧倒的優位にあると思っているのか、その構えにはどこか弛緩が感じられた。

怯えるあたしに、彼は耳打ちする。



「ティス姉、一瞬でいいから奴の注意を引けないかな?」

「……うん、やってみる」



子細は問わずとも、彼が何かに気付いたのが雰囲気で伝わる。

多分日記に書かれていた仕掛けについて発見したんだろう。

なら、あたしのする事は1つ。

恐怖で震える足を叱咤して、収納袋からナイフを抜き出し先代へ数本投げつけた。

真っ直ぐ四肢へ向かうナイフは、直前で見えない何かに当たり弾かれた。



『何をするかと思えば、随分と短絡的な行動をするものだ。その程度で儂がくたばるとでも』

「ディヴァイン!」



先代の言葉を遮り彼が吼える。

その言葉が周囲に吸い込まれるのと同時、先代を取り囲むように4本の光の柱が出現した。

その中央に、一際太い光の柱が上から振り下ろされる。



『無駄だ!この体に幾ら魔法を放ったとしても』

「いや、狙いは……その錫杖の術式だ!」

『何っ!?』



彼の言葉通り、光は錫杖へ向かって収束を始めていた。

膨大な光の圧力に耐えきれず、錫杖の表面に幾つものヒビが走る。

硝子が割れるような音が響き、錫杖は先代と共に砕け散った。

光は役目を終え消え去り、静寂が戻ってきた。



「……か、勝ったの?」

「多分ね。先代を繋ぎ留めていた術式は無力化したよ」



思わずぺたんと床に座り込む。

張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れたのが解る。

見上げれば、彼が頭を撫でてくれた。



「そうだ、討伐の証拠になりそうな物が無いか探してくるね」



なんとなく照れくさくなって、立ち上がり部屋の中へ足を踏み入れた。

ずっと握っていた彼の裾を離した途端、右手が寂しく感じる。

振り返って彼に抱き付いてみようかな?

そんな事を考えたあたしの右手が、弦に触れた。

天井に仕掛けられていた鎌が空を切り裂きながら、あたしの心臓目掛けて半弧を描き、



『ザンッ!』



あたしの生が、終わった。

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