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初めて、恋をしました。

ギルドでの付呪についての話し合いを終えて、僕とミナは宿屋へ帰ってきた。

色々とハートブレイクしてた情けない僕の代わりに、ミナがその辺の話を詰めてくれた。

僕の能力を見極める為に5つ程ライブ――正確には自動回復を付呪した指輪を作り、それの引き取りとこれからの仕事の手付け金として、金貨3枚を収入として得た。

庶民の1日の食費が銅貨15~20枚だから……と、取り敢えずいっぱい食べられる額だ。

それと、あの後から部屋に帰るまで、ずっとミナに手を握ってもらっていたのは内緒だ。

さっきまでの幼児退行してた僕は黒歴史行きです。

っていうか幼児退行多いな!

でもまぁ、ミナに撫でてもらえるならたまには幼児退行もいいかもしれない。

ティス姉は気を使ってくれたのか、飲食街へと消えて行った。

去り際に「たらふく食うぞ~」って言ってたけど……気を使ってくれたんだよね?

自信無くなってきた。

そして今、僕には新たな問題が。

問題っていうか、自分でもよく解らないんだけど。



――ミナの顔が見れないっ。



部屋に戻って一休みしたら、何故かミナを正面から見れなくなってた。

なんだかよく解らないけど、ミナと目が合うと息が苦しくなったり胸が苦しくなったりする。

呼び掛けようとしても、



「み、ミナ……?」

「なぁに、ユーリ?」

「あ、えっと……なんでもない」



胸が詰まって何も言えなくなる。

なんでだろ?

ミナの指輪に付呪した効果が僕にまで影響してるのかな?

理由は解らないけど、このままじゃまともに会話も出来ない。

どうしたもんかなって考えてたら、ミナの方から声を掛けてくれた。



「ねぇユーリ、お腹空かない?」

「う、うん、そうだね。どっ、どこか食べに行こうかっ」



ミナの声を聴くだけで心がふわふわ飛んでいきそうになる。

普段ならすらすら言える言葉もつっかえつっかえになって、最後の方は声が裏返ってた。

困惑する僕にミナが抱き付いてきた。

左腕を組まれ、くりくりっとした愛らしい目が僕を見上げる。



「じゃあ行こ、デートデート♪」



デート。

さっきは普通に口に出来た言葉が、やけに特別なものに感じる。

ほっぺ所か耳まで熱くなって、僕は壊れた人形みたいに首をかくかくと振る事しか出来なかった。

ミナに腕を引かれ、部屋を出て飲食街へ向かう通りへ。

なんなんだ、このワクワク感は。

組んだ腕に伝わる温もりに3割、指を絡めるように繋いだ柔らかな手の感触に5割、立ち上る甘い香りに1割の意識を持ってかれる。



「おいし~ね、これ♪」

「え、あ、うん」



知らない間に屋台で買い物していたみたいで、僕の手には鶏肉とレタスらしき野菜を挟んだパンのような料理が握られていた。

かぶりつくと、白いピリ辛のソースが溢れ出す。

でも味は全然解らなかった。

もぐもぐと妖しく動くミナの唇は美味しいのかもしれない。

そんな事を考えてたら、ミナが僕に顔を寄せてきた。

長い睫毛も、澄んだ瞳も、美術品みたいにすごく綺麗だ。

ぺろり。

唇の端に、湿ったものが触れる。



「にへへ、おいし♪」



いたずらっ子みたいに笑うミナ。

何をされたのか理解した途端、急激に顔の温度が上がっていくのが解った。



――いっ、今、僕の唇に、ぺ、ぺろって!?



あぅあぅと口をぱくぱくさせる僕の手を握って、ミナは歩き出した。

慌てて横を歩きながら、味の解らないパンを口に押し込む。

ふらふらと幾つかの露天を冷やかして、僕とミナはアクセサリーショップに入った。

なんでも首都にある本店から年に4回程、こうして近隣の街に出張露天商を構えるらしい。

天幕式の店内は意外と広くて、品揃えも豊富だ。

ミナはキラキラした目で、猫の置物や食器を見つめる。



「わぁ~、かわいいねこれ」

「そ、そうだね」



正直見てなかった。

猫グッズにはしゃぐミナしか、僕の目に入らなかったからだ。

ぐるっと店内を見て回って、そろそろ出ようかなって思った時に、それに出会った。

棚の端に置かれた小さな髪飾り。

かわいらしい花びらの部分に濃緑の宝石が飾られてあって、不思議と目が離せなくなった。

そんな僕の元に店員さんがやってくる。



「お気に召しました?」

「ええ、ミナに似合いそうだなって」

「元の花と宝石にはそれぞれ特別な意味が込められているので、贈り物として買われるお客様もいらっしゃいます」

「特別な意味?」

「ええ、花言葉と宝石言葉とでも申しましょうか。それぞれ『純愛』と『献身』で、併せれば『私の気持ちを貴方に捧げる』と言った意味になります」



私の気持ちを貴方に捧げる……な、なんだか恥ずかしいな。

ミナにこれを贈ったら変な意味に取られないだろうか。

そんな葛藤を感じ取ったのか、店員さんは薄く笑って言った。



「日常の感謝として贈っても大丈夫ですよ。花言葉や宝石言葉は数多くありますし、普段から気にしている方は少ないですから」

「そ、そうですよね。……じゃ、じゃあコレを下さい」

「お買い上げありがとうございます」



銀貨20枚を払って懐にしまう。

あ、でもコレいつ渡そう。

また1つ悩みが増えた瞬間だった。





その後もミナと2人で北の広場にある噴水で遊んだり、中央広場の教会を見学したり、色々と歩き回った。

笑ったり驚いたり、素敵な表情を見せてくれるミナ。

僕はチラチラとミナを見て、ミナが「なぁに?」ってこっちを見たら慌てて視線を逸らして、しばらくしたらまたチラチラとミナを見ていた。

変に思われてなければいいなぁ、って思ったけど、そんな僕を見てミナはクスクス笑っていた。



――あぁ、やっぱりミナはかわいいなぁ。



日も傾いてきたから今日は散策終了。

宿屋に戻ってソファーで寛いでいると、隣に座るミナが突然僕のほっぺをつつき始めた。

むにむにむに。

やわっこい人差し指の感触にドキドキしながら、目だけミナに向ける。



「じーっ」



なにやらすごい見られてた。

照れくさくなって目を逸らしたら、回り込んで僕の目を見つめる。

さっと目を逸らす。

とてとて回り込むミナ。

目を逸らす。

とてとて。

さっ。

とてとて。

ささっ。

がしっ。

捕まりました。



――な、なんだろう、怒らせるような事しちゃったかな?



恐る恐るミナの目を覗き込む。

そこには怒りの色は無く、ただ嬉しそうに僕を映す瞳があった。

綺麗な瞳に心を奪われて固まる僕。

さっきまで街の賑わいや鳥のさえずりが聞こえていたのに、今は痛いくらいに何も聞こえない。

時間が僕を置き去りにしたんじゃないかって思うくらい、僕の世界は止まってしまった。



『――ッ』



音がした。

本当に小さな、音。



『――ドッ』



知っている。

この音を、僕は知っている。

心臓の音だ。



『ッ、ドッ、ドッ』



胸元で、掌で、足先で、腰元で、耳の裏で、喉の奥で、或いは――全身で。

僕の世界で1つだけ動きを止めずに、その存在を主張している。



『ドクッ、ドクッ、ドクッ』



音色は、まるで僕を急かすように。

うるさいくらいに鳴り響く鼓動が僕の体を支配していた。



『ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!』



目の前の女の子が、愛しい。

それしか考えられなかった僕は、そっと頬に添えられた手を外して立ち上がった。



「かっ、顔洗ってくるっ!」



そのまま一目散に部屋を飛び出した。

背後からはミナの「もうっ」って呆れを含んだ、どこか嬉しそうな声が聞こえてくる。

帳簿を付けていた女将さんを呼び止め、冷水を張った桶を用意してもらった。

宿屋の裏にあるこじんまりとした庭で頭から冷水を被る。

何度か冷水に頭を浴びせて、ようやく僕の思考も落ち着きを取り戻した。

まだ頬や耳は熱いけど、自分の気持ちに向き合うだけの余裕は生まれたみたい。



――僕は、僕は。



「僕は……ミナに恋をしたんだ」



言葉にすると、スッと今までの感情を受け入れられた。

あのドキドキもふわふわも、全部ミナが好きだから。

顔を真っ直ぐ見られなかったのも、咲き誇る笑顔にずっと見惚れていたのも、触れ合った手を離したくないって思ったのも、全部。



「……よしっ」



懐にしまった髪飾りを撫でる。

まだドキドキは残ってるけど、このドキドキも全部ミナにぶつけてやるんだ!

結果なんて、今はどうでもいい。

僕がミナを好きだって気持ちを、全部伝えたい。

宿屋に戻ると、びしょ濡れの僕を見て女将さんはニヤッと口の端を吊り上げた。

女将さんは何も言わずに、背中をバシッと叩いた。

お礼を言って階段を駆け上がる。

ほんのちょっとの距離なのに、ミナの待つ部屋がすごく遠くに感じる。

廊下を駆け抜け、勢いよく扉を開け放った。



「ユーリ、わ、どうしたの!?」



びしょ濡れの僕に目を丸くする。

タオルを取りに洗面所へ向かおうとするのを制して、僕はお姫様に片膝を着く。

僕の行動に混乱するミナに、僕は自分の気持ちをぶつけた。



「ミナ、僕の話を聞いて欲しい」

「な、何、ユーリ?」

「僕は……僕は、ミナが好きだ!」



突然の告白に再度目を丸くするミナ。

構わず、僕は言葉を続けた。



「今日、やっと解ったんだ。どこへ行っても、何をしてても、僕はずっとミナを追っていた。ミナの笑顔が見る為ならなんだってする、ミナが喜んでくれるならどんな事でもしてあげたい。もし僕がお爺さんになっても、ミナが隣で笑っていてくれれば、後は何もいらない。僕はミナの事が好きだ、大好きだ!ミナ、僕と――僕と結婚を前提に付き合って下さい!」



懐から取り出した髪飾りを、ミナへ差し出した。

言い切るのと同時に頭を下げたから、ミナの表情は解らない。

1分か2分か、30分か10秒か。

時間の感覚が無くなっている僕は、永遠に近い時間が過ぎ去ったように思えた。



――もしかしたら、ミナは髪飾りを受け取ってくれないかもしれない。



そんな暗い、泣き叫びたくなるような不安が胸を横切ろうとした瞬間、僕の手は温かいものに包まれた。

見なくても解る、優しい小さな手。

弾かれたように顔を上げると、満面の笑みを浮かべたミナが、そこに立っていた。

頬には一筋の光が伝っている。

髪飾りを受け取ったミナは、そのまま僕に抱き付いて言った。



「ユーリのバカ、バカバカばぁか」

「ゴメン」

「そこで謝るユーリはもっとおバカ。私は逢った時から、ユーリの事を好きって解ってたのに」

「ゴメン」

「ゆるしてあげないもん、ユーリと結婚して、たくさん子供産んで、ユーリがおじいちゃんになって死ぬ時までゆるしてあげないもん」

「うん」

「でもユーリが死んだら悲しいから、やっぱりゆるしてあげない」

「じゃあ、生まれ変わったらまた、ミナに逢いに行くよ」

「逢いに来るだけ?」

「まさか。もう一度言うんだ、僕と結婚して下さいって」

「ユーリを待ってたら、私おばあちゃんかもしれないよ?」

「構わないよ。ミナがおばあちゃんだったら最期の時まで側にいて看送ってあげる。その後、生まれ変わったミナを探し出して、大きくなるまで待って、もう一度告白する」

「なら、ゆるしてあげる」



少し体を離して、目を閉じて僕を見上げるミナ。

その柔らかな唇に、僕の唇を重ねた。



今日僕に、優しくてかわいくて小さな――世界一のお嫁さんが出来た。





夢見心地だった僕達を現実に引き戻したのは、背後で起きたドタバタという何かが倒れる音。

びっくりして振り返ると、数人の若い女性や女の子がひしめき合って床に倒れていた。

一番下で潰れていたのはなんと宿屋の娘さん。

なんでもびしょ濡れになった僕を見掛けて女将さんに訳を聴いたら居ても立ってもいられず、仕事を放り出して覗き見していたらしい。

それを見た他の宿泊客や従業員が集まっていつの間にか出歯亀タワーが。

廊下には更に多くの人が困ったように笑いながら立っていた。

……どうやら僕の一世一代の告白は宿屋中に響き渡っていたっぽい。

恥ずかしくて固まっていると、娘さんの頭に女将さんがげんこつを振り下ろした。

うわ、ごいんって音したよ!?女将さんは僕達に頭を下げると、謝罪も込みで僕とミナの結婚祝いを一足先にやろう、と提案してくれた。

その日の夕食はすごく豪華で賑やかなものになった。

こうして、僕の仕事初日は笑顔と祝福に包まれながら過ぎて行きましたとさ。


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