ギルドで一悶着ありました。
クワンカの街は5つの区画に分かれている。
南側に宿屋や交易店、ギルドなんかがある旅店地区。
閑静な住宅街と憩いの広場がある北の居住地区。
衛兵詰め所や図書館、歴史的建造物でもある英雄の銅像が立つ東の公社地区。
西には活気溢れる飲食店や酒場、本屋に装具屋、鍛冶屋を有する商人地区。
そして教会と大きな広場がある中央地区だ。
今僕は北にある居住地区の一軒のお宅にお邪魔してる。
善は急げという事で早速ギルドの依頼をこなしに来たのだ!
とちょっとテンション上げてお送りしているのには訳がある。
屋根の修理という事は屋根に登る必要がある訳で。
――こわっ、この中途半端な高さこわっ!
特別高所恐怖症って訳じゃないけど、この5m付近の高さって一番怖い。
多分高度5000mとかなら平気だけど、これくらいの高さだと自分が落ちたらどうなるかを鮮明に想像出来るから怖いんだと思うけど。
ちなみに屋根の修理っていっても専門的な事はやらずに、上から木の板を張り付けて雨漏りしないようにするだけ。
元々大工さんに修理を頼んであって、大工さんが来る日までの間の臨時依頼だったみたい。
やる意味無い所か最悪屋根の状態が酷くなるんじゃないかな~って思うけど、そこも含めて初心者向けの依頼って事らしい。
本当に善意で依頼出してくれてるんだなぁっていうのが解る。
取り敢えず傷んでる所を外して新しい木の板をはめる。
釘を使わなくていいように、パズルの積み木みたいな形に切り出した板を上からはめ込むように当てて、木槌を無理な力を込めずに振り下ろす。
こんこんこん、と小さく何度も振り下ろすのがコツだ。
こうして上手い事はまったら周りに溶かした蝋を流して完了。
冷えた蝋が隙間を埋めて水漏れを防いでくれる。
それに大工さんが修理する時も外しやすくて対処に困らないハズだ。
ま、応急処置としては上出来かな?
梯子をおっかなびっくり降りると、お姉さんが出迎えてくれた。
「お疲れ様。はい、ユーリ君もお茶をどうぞ」
「ありがとう、お姉さん」
「ん~、ユーリ君はあたしの事名前で呼んでくれないねぇ。お姉さん寂しいっ」
「いやいや、まだ名前聴かせてもらってないですから」
「ありゃ、そうだっけ?」
お茶をすすりながら首を傾げるお姉さんを見る。
お姉さんオトボケキャラだなぁ。
まぁ、そんな所もかわいいんだけどね。
「あたしはティスカ・ウァー・ロ。本命はティス姉、対抗でティスちん、大穴はてぃてぃお姉ちゃんでどう?」
「どう?と言われましても」
「やん、ユーリ君敬語禁止っ」
「えっと……これでいい?ティスカさん」
「そんな他人行儀じゃなく、もっと愛情と情欲を込めてお姉ちゃんって呼んで」
「情欲って……じゃ、じゃあ、ティス姉」
「はぅん、もっと呼んで!」
くねくねと体を悩ましげによじって悶えるティス姉。
なんだろう、色んな意味で危険な人だ。
テンション高いなぁ。
ちょっぴり引いてたらミナが様子を見に出て来た。
ミナには僕の作業中に依頼人のお婆さんの話し相手になってもらっていたんだ。
「ユーリ、もう出来たの?」
「うん、あれでしばらくは大丈夫だと思うよ」
「さすがユーリ、えらいえらい♪」
ミナの小さな手で頭をくしゃくしゃ撫でられる。
いっつも撫でる側だからかすごく新鮮だ。
なんだか癖になりそう。
「おやおや、もう終わったのかい。ご苦労様」
「あ、お婆さん。応急処置って事だったので周りの板はそのままにしてありますから、大工さんの仕事に影響は出ないと思いますよ」
「若いのにしっかりしてるねぇ。ほれ、ギルドカードを出しなさい」
ギルドカードを差し出すと、お婆さんの手が白く光り出した。
すぐに光は収まり、ギルドカードを受け取ると情報が頭の中に浮かび上がる。
『依頼内容、屋根の修理。進行状況、完遂』
これを受付に持って行ったら晴れて依頼完了って訳だ。
つまり初仕事は無事成功。
達成感でいっぱいになった僕は足取りも軽やかに冒険者ギルドへと戻った。
「はい、依頼完了を確認しました。お疲れ様でした、こちらが報酬の銅貨3枚です」
受付のお姉さんから銅貨を受け取ると、感動が胸に込み上げてきた。
初報酬を手に入れた!
頭の中でファンファーレが鳴り響く。
後ろでミナとティス姉が拍手してくれた。
あ、そうだ。ついでに魔法付呪って仕事になるか聴いてみよっと。
「あの、お姉さん。ちょっと聴きたいんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「魔法付呪って仕事になりますか?」
それまでザワザワと賑わっていたギルド内が一瞬で静まり返る。
え、僕今ザ・ワールド使った?
受付のお姉さんは「少々お待ち下さい」って言って、固まった笑みを浮かべたまま2階へとダッシュして行った。
もしやと思うけど僕盛大にフラグ立てた?
なんか小さな声で「あんな子供がか?」とか「今の内に連れ出す?」とか不穏な相談をしているのが聞こえる。
そんな空気を感じ取ってか、ミナが少し怯えるように抱き付いてきた。
目を合わせて、心配無いよって微笑む。
――これはまずったかなぁ。なんかハイエナの群れに投げ込まれた羊の気分。
聴き方が明らかに付呪出来る人の聴き方だったしなぁ。
来る途中でさり気なくティス姉に付呪の価値や常識を聞き出せば良かった。
と、2階から受付のお姉さんが急ぎ足で降りてきた。
「お待たせしました、こちらについて来て下さい」
言葉少な目に先導するお姉さんの後ろを慌てて追いかける。
ミナは僕の手をぎゅって握って離さないしティス姉はなにやら思案顔。
案内された部屋にはソファーと執務机が置いてあって、難しい顔をした恰幅の良い男の人が待っていた。
多分、この人が責任者かな?
「どうぞ、掛けて下さい」
「あ、はい、失礼します」
促されてソファーに腰を下ろす。
僕の左にミナが抱き付くように座り、右側にティス姉が足を組んで座る。
「まずは自己紹介させてもらいましょう、私はこの街の冒険者ギルドの責任者、トレスキンと申します」
「僕はユーリと言います。こっちはミナ、僕の……まぁ、婚約者だと思って下さい」
「あたしはただの付き添いだから気にしないでいーよ」
「相変わらずだな、ティスカ」
色々説明が面倒だしミナを僕の婚約者という事にした。
それでいいかな?って目を向けると、ミナは僕に任せてくれるみたいで小さく頷いてくれた。
ティス姉はどうやらトレスキンさんと知り合いみたいだね。
こほん、と咳をしてトレスキンさんが僕に向き直る。
「それではユーリさん、聞いた話では貴方が魔法付呪が仕事になるか、と尋ねたそうですが?」
「はい、尋ねました」
「それは何故ですか?」
「何故、とはどういう意味でしょう?」
「魔法付呪が出来る人は何もせずとも、その特異性故に大金を手にする事が出来る。何故なら魔法付呪された装具は非常に貴重な物だからです。故に魔法付呪された装具を求める者は多い。1つの装具の為に争いが起こる程です。それをわざわざギルド内で不特定多数の者に聞かせた、その真意を問いたい」
わーぉ、実はトレスキンさんプチ切れしてない!?
プレッシャーが半端ない。
僕の予想以上に魔法付呪はレアスキルだったみたいだ。
ともあれ、誤解を招いたようだし素直に謝っておこう。
「申し訳ありません、魔法付呪にそれ程の価値があったとは夢にも思わなかったのです」
「ほほう、あの言葉が何を意味するのか知らなかったと?」
あるぇー、逆効果!?
てかトレスキンさん僕の事全く信用してないし!
緊張と圧力で焦っていると、突然ミナが立ち上がってトレスキンさんを正面から見据えた。
「その事については私が説明します」
「君がかね?」
「はい、私の知るすべてをお話します」
何を、と思ったら、ミナは僕に振り向いて微笑んでみせた。
小さく口が動く。
『だいじょぶ』
やっと僕はミナが何をするつもりなのか理解した。
ミナは、僕の代わりに矢面に立ってトレスキンさんから僕を守るつもりなんだ。
情けない。
自分自身の情けなさに反吐が出そうだ。
こんなにちっちゃい体で、僕を一生懸命守ろうとするミナに対して申し訳無さや恥ずかしさが込み上げてくる。
握られた右手は、微かに震えている。
僕はミナに、ありがとうって伝えたくて、左手できゅっと握り締めた。
「ユーリは一週間前にこの国に来ました。前はユーリを拾って育ててくれた人と、たった2人で暮らしていたそうです。だからユーリはこの国の常識や魔法や生活のちしきがありません。さっき受付でお姉さんに言った事も、本当に知らなかったから出た言葉です。ユーリは人をだましたり傷付けたりしない人です!」
「それはそれは。俄かにはとても信じられない話だがね」
「首都にある魔術師ギルドに、ナカシュという人がいます。その人に確認して下さい。ユーリのすじょうを知っている1人です」
ナカシュの名前が出た途端、トレスキンさんの眉間にシワが寄った。
確認の為にお姉さんを向かわせようとしたのをミナが呼び止める。
「ユーリの事をたずねる時に、魔法付呪の事は言わないで下さい。ユーリを利用しようとする人がいるかもしれません」
その言葉で、ナカシュの上司の人を思い出した。
確かに僕が魔法付呪出来ると知ったら嬉々として乗り込んで来そうだ。
でも僕は、そんな事は気にする事さえ出来なかった。
凛とした態度で僕を弁護してくれたミナに、心底見惚れていたんだ。
真剣な横顔に、僕の為に言葉を紡ぐ姿に、冷静で回転の早い頭脳に、震えながらも退かない強い意志を感じさせる瞳に。
5分か10分か、それとも一瞬にも満たない時間か。
ミナに見惚れていた僕は、お姉さんが部屋に戻ってきた音で意識を取り戻した。
「確認しました。確かに、ミナさんの言う通りユーリさんは特殊な事情をお持ちのようです」
「そうか。……ミナさん、ユーリさん」
その声にびくっと震える僕達に、トレスキンさんは頭を下げた。
「疑ってしまい申し訳ありませんでした。確認の取れた今、正式に謝罪させて頂きたい」
「あ、頭を上げて下さい。僕もちょっと不注意でしたし」
「トレスキンさん、それならお願いがあります」
僕の言葉を遮って、ミナが口を開いた。
「これから起こる、他の人達がユーリにする行動への対策を一緒に考えてもらえますか?」
「それでしたら、是非お手伝いさせて頂きたいと思います」
振り返ったミナは僕の唇に指を当てる。
任せて、って目が語ってた。
その仕草に不思議と胸が高鳴る。
「ではユーリさん、貴方が付呪出来るのはどのような魔法ですか?」
「はっ、はいぃ!?あ、僕が知っている魔法はファイヤーとライブだけです」
思わず声が裏返っちゃった。
その反応にミナがクスクスと笑いを零す。
「知っている、というのは?」
「そのままの意味で……僕が聞いた事のある魔法はその2つだけなんです」
「ねぇ、ユーリ君。今朝使ってたのは魔法じゃないの?」
突然、それまで黙っていたティス姉が口を開いた。
今朝使ってたって……あ、もしかして狼相手に実験してたの見られてた?
「あれは、なんて言うか……僕が勝手に創作したやつだから」
「は、創作!?」
「ユーリ、朝何かやってたの?」
「う、うん、昨日狼が出るかもって聞いたから実験をしてたんだ。髪の毛長くなってきてたから、ちょっと前髪切ったやつにファイヤーと創作の追尾魔法を付呪して、狼を驚かせようとしたんだ」
「あ、それで前髪短くなってたんだ」
「い、いやいやっ!?2つも付呪とか普通じゃないから!?」
ものすごいティス姉が驚いている。
なんだろう、またフラグ立てた気がする。
せっかくだし、僕はここで付呪について整理してもらった。
基本的に付呪が出来る人は珍しく、ほとんどが王宮で働いている。
その理由は付呪したマジックアイテムを悪用されない為だったり、ライブの杖みたいな有用な品を安定して供給する為だったり、付呪出来る人を保護する為だったり。
付呪には専用の道具が必要で、魔力をかなり消耗するから付呪出来るのは1日に1個が限度だったりする。
更に付呪は1つの装具に1つの魔法しか組み込めない。
一番安価な発光の付呪でも、装具に付呪するだけで銀貨10枚、付呪された装具の相場は銀貨12枚だそう。
ライブの杖なんかは治療が目的だから銀貨2枚くらいで国が販売してるらしい。
こんな所かな?
魔法の創作うんぬんに関しては……発想と想像力を元にやったら偶然出来たって事にして誤魔化しておいた。
口の堅いギルドの人とはいえ、まだそこまで信用出来てないからね。
取り敢えず僕の付呪に関しては、ライブだけ付呪出来るって事にして広める事で決まった。
下手に隠すよりは大っぴらにそこまですごくないって言った方が追求されないらしい。
それに攻撃系の付呪じゃなく治癒系の付呪なら、よからぬ人達に目を付けられにくいだろうって思惑もあるみたいだ。
ついでに僕の付呪行為に関してはギルド預かりにした。
僕への依頼はギルドを通して行う事で、余計なリスクを減らす為だ。
そこまで話して、僕はやっと自分やミナがどれほどの危険に晒されているか気付いた。
一時話し合いを中断して、部屋を借りて誰も部屋に近付けないようにしてもらい、ミナを守る為の付呪を組み込む事にした。
「ミナ、何に付呪しようか?」
「ユーリがくれた、この指輪はどう?」
「うん、いいよ。ちょっと借りるね」
ミナから指輪を受け取り、思い付く限りの加護を与えていく。
耐熱、耐寒、耐衝撃、耐電、耐風、耐震、耐刃、耐弾、耐爆、耐毒、耐煙、耐圧、耐水、耐音、耐霊、耐光、耐魔法、耐武器、耐臭……そろそろ耐がゲシュタルト崩壊してきた。
他にもミナに対して悪意のあるもの、敵意のあるもの、害意のあるもの、健康を害するもの、怪我を負わせるもの、不快にさせるものなんかを弾くようにする。
真空、深海、高熱、低温等の人体に悪影響を及ぼす環境に対してもブロックするように調整。
効果範囲はミナの両手を広げたくらい。
言うなれば無敵バリヤーだ。
やり過ぎ?ミナの為なら何だってするさ!
完成した指輪をミナに返す。
「これで大丈夫だよ」
「ありがと、ユーリ」
「お風呂の時も外さなくていいように改良したんだ。試しに消えろって念じてごらん」
「んっ……お~、消えたよユーリ!」
「出す時は出ろって念じれば出るよ」
「お~、便利だぁ」
左手をにぎにぎして指輪を出したり消したりするミナ。
ようやく一安心して肺の空気を吐き出す。
これで誰もミナに手出しは出来ない。
誰にもミナを傷付けさせるもんか。
不意に頭を抱きかかえられた。
顔を上げると、困ったような寂しいような、そんな笑みを浮かべたミナと目が合った。
「ユーリ、もうだいじょぶだよ。こわくない、こわくない♪いいこいいこ♪」
「ミナ……?」
「だいじょぶだよ。私はどこにも行かない、ずっとユーリの側にいるから。ユーリが私を守ってくれるみたいに、私もユーリを守るから。だから、怖がらなくてもいいんだよ」
その言葉で、張り詰めていた糸が切れたような、そんな気持ちがした。
ゆっくり、僕が抱え込んでたもやもやが溶けていく。
――そっか、僕は怖がってたのか。
家族を失って、異世界に放り出されて。
ミナやシーナ、エアリィさんに出会って。
また人の優しさに触れて、離したくないって思って。
自分の不注意でミナを危険に晒して、ミナを失うかもしれないって気付いて。
体から力がすとんと抜ける。
「よしよし、いいこいいこ。落ち着くまで、こうしてるから」
小さな手が僕の頭を撫でる。
不思議と安らぎをくれる手に甘えて、しばらく僕はミナに抱き締めてもらった。
色々と難産でした。
最後の方は文体が混乱してます。
今回は後で黒歴史認定なお話になりそうです。