少女は舞うように
正直サボってました。
学校のテストやらレポートやらでほぼ放置状態。
一応、『世界で一つのアレが飛ぶ』は変なペースで載せることができていました。というか、そっちに力を入れすぎていた結果がこれだよ!!
待っていてくれた方。楽しみにしていてくれた方。本当に申し訳ございませんでした。
〜北側〜
「な………なんなんだよあれは………!?」
北側に降り立った竜をできる限り足止めせんと精鋭を引き連れてきた隊長とその部下たち。
出撃間際には遺言を書く者、城に避難してきた家族に会いに行く者、最後のひと時をそれぞれいろいろな思いで過ごし、出立してきた。
竜と戦ったこともなければ、それ相応の訓練も受けていない。目の前で仲間が死に、怒りを覚えた者、恐怖を植え付けられた者、見たこともあれば、見たことのない者もいる。
だから皆、いざとなったら死ぬ覚悟すら既にできていた。
だが―――、
到着して真っ先に視界に入ってきたものは、
竜の周りを戯れるように舞う少女と、
その少女を全力を持って潰さんと攻撃を繰り返す竜。
竜が炎を吐けば少女は軽々とかわし、竜が尻尾を振り回せば、少女はそれを受け流し、竜が爪を振り下ろせば少女はそれを切り払い、竜が翼で突風を巻き起こせば少女は気流を読み、何事もないように接近する。
時折、竜が咆哮するが、少女は全く怯むことなく攻撃を続ける。
驚くことにその少女は明らかに奇行竜討伐隊の人間ではないこともわかる。
普通、絹で出来たようなローブみたいなもので火を吐く竜と戦うわけなどないのだ。
竜の返り血で真っ赤に染まり、火炎でところどころ焼けたそのローブを動くたびに翻し、まるで真紅のドレスで踊っているのような気すら思わせる。
その姿に兵士は全員見とれた。
美しく、軽やかで、幻想的な舞と、脆く、繊細で、華奢な体がより一層、その情景をを盛り立てた。
「…割としぶといのねあなた。そして強い。たった『一人』で乗り込んできた理由がわかる気がするわ」
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「ふぅん…。やっぱり私、あなたを殺すことにするね」
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「”ふざけるな!”か…。私のお兄ちゃんを殺す方が私からしたらよっぽどふざけてるから。勿論、そんなことはさせないし、させる訳もない。だって………、お兄ちゃんは…私だけのお兄ちゃんなんだから…」
そう言って少女は再び華麗に舞い踊る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それはまるで地獄だった………。
たかが一匹の巨大な黒い竜に村を焼かれ、何の太刀打ちも出来ずに大人や子供が炎に焼かれ、踏み潰され、切り裂かれ、そして食われた。
その時の光景が今でも鮮明に思い出せてしまう。
その時感じた感情は、竜への恐怖?村を壊された怒り?生への諦念?
どれも合っていて同時に間違っている。
絶望―――
それが10歳の時のユークリッド・リーアが鮮烈に体験した過去であり、身をもって知った初めての感情だった。
だからこそもう二度とあんな思いをしないためにも自分はアルバン城に新設された『奇行竜討伐対』に志願したのだ。
なのに………………。そのはずなのに………………。もう絶望することが嫌だから心身共に鍛えたはずなのに………………………………。
「………っあ…」
「…リーア!?気が付いたのね!?はぁ………。良かったぁ…」
目を動かして声の主を捉える。声の主は自分を見つめるように椅子に座っていた。
「………………エリー??」
「そうよ!…はぁ…ほんと、良かったぁ…。もう目を覚まさないのかと心配で心配で…」
…どうやら自分は気絶していたようだ…。今、自分がベッドに横たわっていることにも気づいた。
何も考えずにエリーを見続けてようやく思考が動き出す。
「………ここは?」
「ちょっとした民家。リーアが倒れたところから大体300歩ぐらい離れた場所よ」
「どうやってここに…?」
「ケンがサラとリーアを担いで走ったの。私はそのあとを追っただけ。で、適当なところで目に止まった家に転がり込んだの」
事実、ディノが一人で駆け出してしまった後、ケンは過呼吸になりかけているサラを背負い、エリーに「この場を離れよう!二人を安全な場所まで運ぶ!」と言ってからリーアまで担ぎ、走り出したのだ。だが、その場から離れる事しか考えていなかったケンは数歩走ってからエリーに向かって「で、どうすりゃいいんだ!?」と聞いていたなんてことは勿論知らない。
「…そう………………………っ!!」
急にリーアが飛び起きる。
「サラは!?ケンは!?ディノは!?」
「わわっ!?おっ、落ち着いて!」
リーアの勢いに気圧されてエリーは慌てふためく。
「サラは隣で寝てるし、ケンはお城の方に増援を頼みに行ったよ」
目線でサラを確認し、再び問う。
「ディノは!?」
「………………………わからない…。奇行竜に向かっていったのまではわかるけど、それ以上は…」
「なら、今すぐ…」
ドクンッ!
「っ!!」
再び襲ってくるあの時の症状。
「あっ…」
人が飛んできて、近くに落ち、その瞳が
こちらを睨みつける!!!
悪寒が体中を駆け巡り、頭痛が思考を停止させ、心が引き裂かれるような感覚が甦る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
がたがたがたがたがたがたがた
震えが止まらない。頭が痛い。心が痛い。痛い痛い痛い痛いっ!
「リーア!?落ち着いて!リーア!リーアッ!!」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
既に声は言葉を成しておらず、肺に残っている酸素を使ってただ叫び続けていた。
その時。
ぱぁん!
突然リーアの頬に鋭い痛みが走る。
「…えっ?」
いきなり起こったことに固まるリーア。そのせいなのか、先ほどまでの感情がみんなまとめて吹っ飛んだ。
隣でエリーが驚いて腰を抜かしているのが見えた。
つまり殴ったのはエリーではない。
だとすると、この場にいてなぐれるのは―――、
「はぁ…、はぁ…、はぁ…」
気絶していたはずのブリュラルク・サラだけだった。
「クソッ!正直、腸が煮えくり返る思いだっ!私はこんなところで寝ている暇はないのにっ!」
いつの間にかベッドから起き上がっており、その表情は怒りで爆発しそうな勢いだった。
「エリーッ!私の武器はどこだッ!」
「あ…、あそこ…」
言われるがままに、壁に立てかけてある支給された剣を指さす。
「すまない。恩に着る。…ケンは?」
「お城に増援を呼びに…」
「そうか…。分かった。…ありがとうな。ここまで運んでくれて」
そう言って、剣を手に取り家の外につながる戸に手をかける。
「待って!まだ寝ていなきゃ…」
「大丈夫。十分眠れた。…それとリーア。殴ってすまない。あれくらいしか落ち着かせる方法が思いつかなかった。後で何かお詫びの品でも送らせてもらう」
「え、ええ…」
「…さて、己が過去は己で吹っ切らなければいかんよなぁ…。エリー。リーアを頼む」
そう言ってサラは飛び出して行った。
それが自ら作ってしまった傷跡を更に深く抉ることになるとしても彼女は止まらないだろう。
結果としてそれが良かったのか、悪かったのか。その答えは彼女自身が決めることなる。
だが、一つだけ確実に言えることは、
彼女は王の娘としての自覚があることだ。