13話 石鹸の香り
必殺技の威嚇法は成功したみたいだけど、効きすぎて固まっている。
「おい! 早くいえ!」
「あ、ああ、えっと……今回の魔獣はほ、ほら、ビッグアントだから、頭を切り落とすか潰すのが一番いい方法かと……」
「ビッグアント? アントって、あの蟻か?」
「そ、そうだよ。体は硬く、素早しっこいから、動きを止めるのが攻略法だ」
蟻かあ、蟻ねえ、蟻ってさ、めっちゃ硬いよね。踏んでも潰れないし、おまけに噛むんだよ。それを乗り物にするとか、馬鹿でしょ。
でもちょっと待ってよ、いちおう魔獣で素早しっこいとなると、どうやって乗ることができたんだろう。
「なあ、アントに乗るなんてことできんのか?」
「ああ、それはアントの卵を抱えて誘導したって話だ。アントは物に執着する魔獣だ、それが卵となれば尚更さ」
随分と姑息な手を使う冒険者もいたものだ。その場しのぎとはいえ、外へ出せばどうなるかわかりそうなもんだけど……とにかく攻略法はわかった、後は戦法だな。
そこへ、一番始めに犠牲になるであろうアルがやってきた。
「おいクレナイ、お前は先頭へ行け」
やっと冒険者の攻略に成功したのに、アルは私を先頭へ行けと指示を出す。意味不明……。
そんなこんなで近距離遠征は動き出した――
ペーパー冒険者を先頭に置く卑劣な行為に耐えながらも、兵士達と寄り添いお喋りに花が咲く。
モブ子だった私が脇役に昇格かと浮かれていると、馬に跨るライが私を担ぎ後ろに乗せた。
「もしもーし、どうして私は馬に乗っている?」
「自分の胸に聞け!」
胸かあ、チキンハートは鼓動に全力投球ですが。
「団長ー、具体的にどうぞ」
すると、ボソボソと小声で何か呟く。聞こえないのでライに顔を少し近づけ小声で聞き返す――
『何だって?』
『あ、あれだ……』
『あれって?』
『……その、石鹸の香りだよ』
『石鹸?』
何かと思えば、石鹸という言葉が返ってきた。石鹸の香りがどうしたというのだろう。
もし、ライが私を馬に乗せたのが兵士から遠ざけるためだとしたら、この香りが原因で兵士達は私に寄り添っていると、たぶんライは言いたいのだろう。
それって、私に自惚れるなと忠告している?
それとも、兵士と馴れ合うなと言っている?
どうしよう、なんか腹立ってきた。
例えそれが私の思い違いだとしても、吐き出された言葉は記憶に残ってしまうものなんだ。
ライは秘密を共有する仲間だと思っていたのに、いや、それこそ私の思い違いなのかも……。
そこへ、ビッグアントの群れが遠くから迫って来るのが見えた。
怒りは我を忘れるっていうけど、恐怖心も無くなって丁度いい。ここはもう、ネガティブ思考からシビアモードへスイッチの切り替えだ。
私はライの号令を待たずに、馬から飛び降り全速で走り出した。
全ステータスがマックスの私は馬より速いのである、ウソだけど。でも普通の人間よりは遥かに速いのは確かだ。
さあ、魔獣駆除といきましょうか。
ペーパー冒険者は慌てず騒がずが基本。確か、ビッグアントの攻略法は動きを止めることだったか。
なるほど、大型バイクとほぼ同じ大きさだ。ウジャウジャと気色悪いが、ゴキブリよりはまだマシ。
アックスを革袋から2本取り出し両手に構える。
走りながらビッグアントの前脚の第2関節を狙い、アックスを横から振り切る。クリーンヒット。
脚を切断されたビックアントの頭が地に着く、尽かさず首の付け根にアックスを振り下ろす。体液と共にビッグアントの頭は胴体から離れ、絶命した。
同じ要領で、次から次へと迫るビッグアントを倒した。そこへラスボス登場。
羽根のある女王蟻と思しきビッグアントが私の前に立ち塞がる。羽根があるぶん飛ばれたら厄介だ。どうやって倒すか……。
そこへ木の上から雄叫びと共に、何やら黒い物体が降ってきた。
「――ヒャッホー!!」
――あ、人間。
「少し観させてもらったぜ。お前、強えな。だがこのクイーンアントは俺の獲物だ、後は俺に任せろ」
「えっ? ああ、はい……?」
突然の乱入者に、私は呆気にとられ立ち尽くす。
背の高いスマートな体付きに、黒く長い髪を靡かせて豪快に立ち向かってゆく。
あのフェンシングの様な細長い剣は何と言うのだろう。まるで空を疾るように、ラスボスのクイーンアントの羽根を粉々に切り裂いた。
最後はスッと一筋の線が引かれたかと思うと、首は胴体から滑るように落ちた。
おお、素晴らしい!
ボスを倒し終えると、男は私のもとへとやってきて訊ねる。
「お前、冒険者か? Sランク級の手練れと見た」
「いえ、魔獣駆除は今日が初めてで……はい」
さすがにFランクとは恥ずかしくて言えない。
「マジかよ! こりゃ驚きだ……王都にこんな奴がいたとはなぁ。俺はレオだ」
「あ、私はクレナイと言います」
「クレナイ? 変わった名だな。にしても、早くその体液を洗わねえと落ちないぞ。さっさと帰んな」
「ギェ! ああもう、これしか無いのに……」
「何だ、シャツねえのか? そういやさっき色々と持ってきたんだった。ちょっと待てよ」
レオは大きな袋から無造作に衣服を取り出し、私に差し出した。これは!
「おお! シャツだ! 偶然か、奇跡か、神の思召しか! あれ、2枚も? えっ、いいんですか?!」
Fランク冒険者はシャツを手に入れた!
「ああ、構わねえよ。お前、面白いな、ククッ!」
……お前もな。
「あ、ヤバい!」
砂煙りが迫って来るのが目に入った。おそらくライ達だろう、見つかったら絶対怒られるに決まってる。ここは逃げるが勝ちだ。
「ええっと、先を急ぎますので私はこれで。本当にありがとうございました!」
「訳ありみてえだが、まあいい。ああ、じゃあな」
ちょっとイカした謎の男レオと別れ、私は脱兎の如く小屋へと戻った。
アックスを小屋の中へ置き、いつものように五右衛門風呂に水を溜め、薪に火を起こし、血の付いたシャツを洗い、風呂が沸くまでもらったシャツをしげしげと眺める。
まだ新しいシャツの匂いを嗅ぐと、嗅ぎ慣れた匂いに眉を顰める。
これは、ダグの店にお試しで置いてあった石鹸の香りに良く似ている。
レオもダグの店を利用しているのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら、風呂も沸いたようなので、長風呂を決め込む。
風呂から上がり、珈琲を淹れていると、ドアを叩く音がした。いそいそとドアを開けると、鬼の形相でライが立っていた。しまった、油断したあ……。
「ええっと、い、いらっしゃいませ……ハハ」
「この馬鹿者が!」
そう怒鳴ったあと、ライがいきなり私の腕を強く掴んで大きく溜め息を吐く。驚いた私は硬直する。
「ちょ、ちょっと……ライ?」
「まったく、どんなに心配したか、怪我はない?」
ライの手が少し震えている。何がそんなに心配なのか、私が強いのはわかっているのに。
討伐を頼んだ手前からか、それとも私が女性だからなのか、でも、ライの手は大きくて暖かい。
「う、うん、大丈夫。ごめんなさい……」
「なぜ急に飛び出して行ったんだ、従えとは言わない、ただ一言あってもいいだろ、それとも何か理由でもあったのか?」
あるかと聞かれたら無いわけないじゃん、と答えるだろう。誰かさんの一言でチキンハートは傷つきましたと、付け加えたいくらいだ。
でも、何が本当で何が間違っているのかは正直わからない。やはり確かめた方がいいのだろうか……。
「とにかく、中へどうぞ」
「あ、ああ、お邪魔します……」
気まずい空気の中、珈琲の良い香りだけが漂う——




