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彼から借りた二度目の人生を、僕はどうして生きようか  作者: ゆず


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第1話 外套の男


割れるような頭痛とともに、無理やり身体を起こすと目の前に仕立ての良い上質な外套を着た、ひどく色気のある男が俺を見下ろしていた。


深く刻まれた目元の皺。綺麗に整えられた髭。


中世の貴族か、あるいは映画の登場人物がそのまま抜け出してきたかのような、不思議な現実感のなさを放つ男だった。


男は俺が盛大に顔をしかめて頭を押さえるのを見て、ふっと低く笑った。


「――おいおい、随分と景気のいい起き方じゃないか、お前さん」


低く、耳に心地よく響く声だった。


「……誰だ、あんた。ここは、どこだ?」


辛うじて声を絞り出す。


周囲を見渡すが、壁も床もない。ただ、果てのない乳白色の空間が広がっているだけだった。


直前の記憶が、濁流のように脳裏を駆け巡る。激しい衝突音、自分の身体が宙に浮く感覚、そして、すべてが暗転したあの瞬間。


「俺は、死んだのか……?」


「察しが良くて助かるよ。その通り、お前さんは死んだ。……で、ここはさしずめ、世界の循環の『踊り場』といったところかね。ま、俺にも詳しいシステムは分からんがな」


男はそう言うと、外套のポケットから見たこともない意匠の施されたケースを取り出し、細長い紙巻きを取り出した。指先で小さな火花を散らして火をつけ、紫煙を燻らせる。


「吸うかい?」


「……いらない。あんたは、何なんだ。神様か何かってやつか?」


「まさか」


男は可笑しそうに肩を揺らした。


「俺もお前さんと同じ、ただの死人さ。別の世界でそれなりに泥をすすって、それなりにのし上がって、ついさっき寿命を迎えたばかりの、ただの男だ。お前さんのいた世界で言うなら、そうだな……『異世界人』ってやつになるのかね」


男の背後、はるか遠くに見えるのは、巨大な光の渦だ。そこからは、抗えない自然の法則のような、圧倒的な因果の流れを感じる。神の意思ではなく、ただの「現象」としてそこに渦巻いている。


「あそこの渦が、次の人生への案内板らしい。どうやら俺には、次の席が用意されているようでね」


男は煙草をくわえたまま、光の渦を顎で指した。


「じゃあ、さっさと行けばいいだろ。なんでここにいる」


「嫌だからさ」


男はあっけらかんと言い放った。


「俺の前の人生は、我ながら完璧だった。やりたいことはやり尽くしたし、守りたいものは守り抜いた。酸いも甘いも全部噛み分けて、最高の満足の中で目を閉じたんだ。これ以上、別の人生なんて蛇足だろ? お腹いっぱいの後に、もう一杯おかわりを差し出されている気分さ。贅沢な悩みだがね」


満足、した人生。


その言葉が、俺の胸の奥をキリキリと締め付ける。


俺の人生は、何だった。


やりたいことから逃げ続け、他人の目を気にし、中途端な後悔だけを積み重ねて、あんな不格好な事故で終わった。


消滅への恐怖と、あまりにも不完全燃焼な我が身への嫌悪感が、ドロドロとした塊になって喉元までせり上がってくる。俺は膝を突き、ただ床のない地面を睨みつけることしかできなかった。


そんな俺の様子を、男は煙草を挟んだ指を止め、じっと見つめていた。


その切れ長の瞳は、俺を憐れむでもなく、見下すでもなく、ただ面白そうに観察している。


「……なぁ、お前さん」


男は短くなった煙草を足元に落とし、靴の先で揉み消した。


「その顔、随分と自分の人生に未練があるようだな」


「未練っていうか……後悔だ。このまま消えるなんて、惨めすぎる」


「なるほど、後悔ねぇ」


男はふっと口元を歪め、光の渦を背に一歩、俺に近づいた。


「だったらさ、俺の代わりに、その二度目の人生ってやつを背負ってみるかい?」


「……え?」


「捨てちまうくらいなら、誰かに有効活用してもらった方が、世界のシステム的にも万々歳だろ。お前さんにとっても、このまま惨めに消えるよりはマシなはずだ。……どうかい、俺の『転生』を代行してくれないか?」


男の提案は、あまりにも唐突で、ひどく魅力的だった。


「……いいのか? そんな簡単に」


「構わんさ。ただし、お前さんが行くのは俺のいた世界だが、勇者としての使命も、世界を救う義務もない。ただの『普通の人間』としてのスタートだ。どう生きるかは、全部お前さんが自分で選ぶことになる」


「普通の、人間……」


世界を救うなんて大層なことはできない。でも、一人の人間としてなら。


俺はゆっくりと立ち上がり、男の目を真っ直ぐに見据えた。


「……やるよ。今度こそ、最後に満足できる生き方を探してやる」


俺の答えを聞くと、男は満足そうに目を細め、光の渦の前から一歩下がって道を譲った。


「決まりだ。じゃあ、行ってきな、お前さん」


俺は頷き、光の渦へと歩き出す。身体が光に溶けていく中、背後から男の低い声が追ってきた。


「気が向いたら、たまに様子を聞かせにきてくれよ。お前さんがどんな人生を選ぶのか、純粋に興味があるんでね。……ま、俺の退屈しのぎに付き合ってくれさ」


それが、俺たちの契約の始まりだった。


彼から借りた二度目の人生を、僕はどうして生きようか。


眩い光に包まれながら、俺の意識は新しい世界へと沈んでいった。

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