第33話
「ところで王子殿下、王子妃殿下。実はお二人にだけお話したいことがございます。この後お時間を頂戴してよろしいでしょうか?」
「わざわざ改まってか?」
「はい」
「…分かった。ベアトリスも、よいか?」
「わかりました」
「では後ほど、使いの者を寄越します」
そう言ってフォルティス公爵は礼をして去っていった。
一体何の話だろうかと、ベアトリスはヴィンセントと顔を見合わせた。
その後、少ししてから予定どおり侍従が訪れ、二人を案内していく。
会場を離れ、休憩室としてあてがわれている一室に通されると、そこには既にフォルティス公爵が待っていた。
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
公爵は立ち上がり、ベアトリスとヴィンセントにソファーに座るよう促す。
二人が座ると、公爵は一つ咳ばらいをして、本題に入った。
「お話というのはほかでもない、ベアトリス王子妃殿下についてなのです」
「私?」
自分についてと言われ、ベアトリスの瞳に困惑の色が映る。
少しだけ警戒感を強めたヴィンセントが、話の先を促した。
「…続けろ」
「はっ。ベアトリス王子妃殿下は、ヴィンセント王子殿下に勝るとも劣らない魔法使いだとお聞きしました。それは間違いございませんか?」
「いいや、それは間違いだ」
「えっ?」
公爵の確認を、ヴィンセントは即座に否定した。
「ベアトリスの魔法使いの才は、私など足元にも及ばない。比較されては、私の方が恥ずかしいほどにだ」
「…なるほど。確かに、伝承の通りのようですな」
「……伝承?」
公爵の言葉にベアトリスは疑問を覚えた。
それではまるで、自分のような存在が、昔にもいたような言いぐさだ。
「どういうことだ、公爵」
「殿下は、我が家が古くから存在する魔法使いの一族であることはご存じですね?」
「ああ。国内で最も古く、最も魔法使いとしての才に秀でた一族。その地下には一族が研鑽してきた魔法使いとしての技術の粋が集められているとか」
「はっはっは。それほど大げさなものではありませぬ。せいぜい、耄碌して衰えた祖先の覚書のような古書が溢れているだけの部屋ですよ」
公爵は笑っているが、それはとんでもないものではないだろうか。
(きっとそこには、私なんかが考えもしないような魔法があるんでしょうね)
知ればすぐに使えるようになるベアトリスには、その空間はきっと宝の山に映るだろう。
興味がそそられるけど、話の本筋ではないようなので、黙っておくことにした。後でヴィンセントに許可をもらって、見に行けないかということだけ頭の隅に残しておく。
「それでですな、その古書の中に、興味深い存在が記されておりました。それが、金色に輝く『神の瞳』を持った、数百年に一人生まれる神の遣いと呼ばれる存在です」
「えっ」
まさか本当に昔にも自分のような存在がいたということに、ベアトリスは驚きを隠せない。
しかも、神の瞳とか神の遣いとか、仰々しい呼び名までついている。
「金の瞳を持つ者は、無限の魔力と溢れる魔法の才にあふれていたそうです。…失礼ですが、王子妃殿下はこれまで魔力切れになったことは?」
「ないわ」
「…やっぱり無いのか」
公爵の質問に、ベアトリスはそう言えばそんなことになったことが無いなと他人事のように思った。
それを聞いたヴィンセントが落ち込んでいるので、とりあえず慰めておく。
「…だが、ベアトリスはこの国に来るまでろくに魔法を使えなかった。それは説明がつくのか?」
ヴィンセントの疑問はベアトリスにとっても同じだ。
ホスティス国にいたときは、最低レベルの魔法しか使えなかったのだ。それがどうしてなのか、それは知りたい。
「それも古書に記されておりましたが、無限の魔力があっても身体が未熟だと存分に振るえないようです。神の遣いとしてその才が開花するのは、10歳ぐらいからと書いてありましたな」
「10歳…」
ろくな食べ物ももらえず、かなり成長が遅れたベアトリス。
だから魔力そのものはあっても、使うことができなかった。
それが、ソーシアス国に来て十分な食べ物を貰えたことで体が成長し、魔法も使えるようになったということらしい。
(そういうことだったのね、納得だわ)
自分のことの理解ができ、ベアトリスはほっと一安心した。
しかし、そこまで説明したことで、フォルティス公爵の目つきは鋭くなった。
「神の遣いは無限の魔力を持ち、その存在一つで国家を滅ぼすこともできます。…王子妃殿下は、その力を、どのように使いますか?」
国の筆頭公爵家であり、その当主であるフォルティス公爵に懸念はもっともなことだ。
自分の目の前に、文字通り国を亡ぼす力を持った存在がいる。それは脅威であり、怯えないわけがないだろう。同時にこれ以上ない頼もしくもある。
ベアトリスは、公爵の真偽を問う強いまなざしに、一切臆することなく答える。
「民のために」
わずかなブレも無くそう答えた彼女に、ヴィンセントは誇らしい気持ちになった。
自分が何者であるか分かっても、彼女は変わらない。
その金の瞳は、ただ魔力による輝きだけではない。彼女自身の強い意志をも秘めた輝きを持っているのだ。そこにヴィンセントは魅せられた。
(私は、そんなあなたを守るためにここにいると言っても過言ではないな)
ベアトリスが太陽なら、ヴィンセントは己を月と考えた。
皆を照らし、救うのがベアトリスの役目ならば、自分はその太陽を休ませるための夜の使者となる。
いくら無限の魔力があろうと、ベアトリスは魔法の使いすぎで倒れた。
彼女は決して無敵ではなく、それどころかとても危うい。
彼女を守り、支えていくことこそが自分の役目だと、改めてヴィンセントは誓った。
「…聞くまでもありませんでしたな。既に妃殿下は、民のために尽くされておられる。無意味な問いを投げかけたことを、お許しください」
「ええ、許すわ」
ベアトリスの決まりきったかのような許しに、公爵は自分の無駄な行為に笑った。
「王子妃殿下、王子殿下。フォルティス公爵家は、今後も王家に仕え、その忠誠を誓います。すべては民の安寧のために」
「ああ、そうだな。頼むぞ」
「よろしく」
公爵の改めた誓いに、ヴィンセントとベアトリスは鷹揚に頷いた。




