第31話
ついにお披露目会の開催当日となった。
夜会を兼ねたそれのため、ベアトリスは朝から侍女たちに徹底的に磨かれた。
美しいプラチナブロンドの髪は特に磨かれ、宝石のごとき輝きを見せている。
そして用意されたドレスは、ヴィンセントの瞳の色と同じ、黒いドレスだ。しかし、最高級の絹を用いて作られたそれは、光の中で漆黒のきらめきを見せつける。さらに小さな真珠を各所にあしらい、その見た目はまるで夜空に輝く小さな星々のよう。
そこにプラチナブロンドは後頭部だけ編み上げ、もみあげは前に流す髪型に。すると、ドレスに掛かる白銀の髪が天の川を思わせる。
まさにヴィンセントの黒とベアトリスの銀が織りなす、夜の輝きだ。
「終わりましたよ、ベアトリス王子妃殿下」
改心の出来に喜ぶメリッサにそう言われ、鏡の中の自分を見たベアトリスは、無表情に見える中でわずかに目を見開いた。
「…ありがとう、みんな」
最初の出た言葉がそれだった。
お披露目のため、ベアトリスをどこに出しても恥ずかしくないようにと奮闘した結晶が、今のベアトリスだ。
その姿は、ベアトリス自身も素敵だと思える。
今の自分であれば、ヴィンセントの隣に立っても決して彼の評判を下げるようなことにはならない。
そこまでしてくれた侍女たちへの感謝の気持ちが、最初に口から漏れ出てしまった。
「もったいなお言葉でございます」
ベアトリスの感謝に、侍女一同は揃って頭を下げた。
彼女らはベアトリスがこの国に来てから、どれだけ尽くしてくれたかを知っている。彼女らもまた、今日のお披露目でベアトリスが皆に認められることを心から望んでいるのだ。
支度を終えたことを侍女の一人がヴィンセントに報告に行った。
すぐにヴィンセントが現れる。
「……ベアトリス、今日の君は、一段と美しいな」
「…ありがとうございます」
飾り気のないまっすぐな誉め言葉に、さすがのベアトリスの頬にも朱が走る。
ヴィンセントは金の刺繍が施された真っ黒な軍服に、多くの勲章を左胸から下げている。髪は後ろになでつけ、細い眉と鋭い瞳がはっきりと自己主張し、冷たさと力強さを感じさせた。
胸には金細工のネックレスが揺れており、右手の薬指には金の指輪がはめられている。
どちらもベアトリスの瞳の色であり、黒い軍服によく映えていた。
「殿下も素敵です」
ベアトリスもまた、そんなヴィンセントの姿を素直に賞賛した。
それを聞いたヴィンセントが両手を広げ一歩踏み出した。
が、寸前でとどまり、力なく腕を下ろす。
「…すまない。嬉しさと愛しさのあまり、抱き着きそうになった」
まるで大好きなおもちゃを取り上げられた子犬のようにシュンとした様子に、ベアトリスはゆるく笑みを浮かべた。
(もっと、喜んだほうがいいのかしら)
つい先日の結婚した夫婦が思い出される。
あんな満面の笑みを、自分が浮かべられるだろうか。今のように、わずかに口角を上げた笑みしかできない自分がもどかしい。
それでも、ヴィンセントはしっかりとベアトリスの表情の変化を見逃さない。
彼女が笑ったことを、彼はしっかりと受け止めていた。
「ふふっ、君に笑ってもらえるなら本望だ」
ヴィンセントにエスコートされ、王子宮を出て会場へと向かう。
力強い細工が施された、ベアトリスの身長の倍の高さもありそうな扉の前に立つ。
「さぁ、行こう」
「はい」
扉が開かれ、高らかに二人の名が呼ばれる。
「ヴィンセント王子殿下、ベアトリス王子妃殿下、ご入場!」
扉の先には豪華絢爛な空間が広がっていた。
シャンデリアがいくつも天井から吊るされ、光が降り注いでいる。シェフが腕に寄りを掛けて作った豪勢な料理の数々が白いテーブルクロスの上に並ぶ様は、それすらも会場を彩る芸術品だ。
会場には大勢の貴族がおり、艶やかで色とりどりの色彩のドレスでもって会場の華やかさをさらに上げている。
その視線が一斉にヴィンセントとベアトリスに注がれた。
ベアトリスは大勢を前にしても臆することは無い。正面を向き、しっかりとヴィンセントの腕に自分の手を掛け、彼に合わせて進んでいく。
見た目にはまだ少女と言って差し支えないベアトリスの堂々とした振る舞いに、貴族たちからは感嘆の声が聞こえる。
しかし、一方でやはりその見た目と、ホスティス国の元王女という立場から好意的ではない視線もある。
「大丈夫か?」
気づかわし気にヴィンセントに訊ねてくる。
それにベアトリスは無言でうなずいた。
(わかっていたこと。それが、王族というものだから)
今も心には不安が渦巻いている。
でも、今この場で、彼の隣にいるのにそれを出すわけにはいかない。
ヴィンセントのエスコートに従い、壇上に用意された席に着く。
中央は国王陛下でその隣に王妃、反対側にヴィンセントが座り、その隣がベアトリスだ。
ソーシアス国王夫妻には、ヴィンセント一人しか実子がいない。
血筋で王位継承権を持つものはいるが、直系にヴィンセントしかいない状況なのは、国の安定を欠く状態だ。
それだけに、ヴィンセントの婚姻、ひいてはその世継ぎに対する期待は高い。
二人が席に着いたのを見て、国王が立ち上がった。
「皆の者、よく集まってくれた。今宵は我が息子ヴィンセントの妻となった女性、ベアトリス・ソーシアスのお披露目である。彼女は我が国に侵略を企てたホスティス国の王女ではあるが、我が国に嫁いで以来、孤児院の慈善事業に従事し、二度目となるホスティス国の侵略を防ぐことに大いに尽力してくれた。今後も、この国で大いに活躍してくれるだろう。皆の歓迎を期待する」
そうしてお披露目が始まった。
今夜の主役であるベアトリスの元には、大勢の貴族が挨拶に訪れた。会場に来るまで様子見だった貴族も、ベアトリスが国王の覚えがめでたい存在であると分かり、足を運んでいる。
貴族たちの挨拶が終わり、ファーストダンスのときが訪れた。
ヴィンセントは立ち上がり、ベアトリスに向かって手を差し出した。
「私と、踊っていただけますか?」
少しおどけたような彼の物言いに、ベアトリスはそっと頷く。
「喜んで」
彼の手に自分の手を乗せ、ベアトリスも立ち上がる。
会場の中心へと進み、音楽に合わせてステップを刻む。
ベアトリスは体を動かすことが得意ではない。孤児院の子どもたちの体力には、いまだもってついていけてない。
ダンスも得意とは言えず、今日になるまでヴィンセントと練習を重ねてきたが、どこかおぼつかないままだ。
一方ヴィンセントはダンスが得意で、動きの切れもいい。リードも見事で、ベアトリスの動きを見事にカバーしていた。
まるでダンスが上手くなったかのような錯覚を覚え、それがつい嬉しくなってしまう。
「楽しいか?」
「はい」
「そうか、よかった」
ダンスのさなか、二人だけの短いやりとり。
それがなんとも心地よく、ベアトリスの口元に小さく笑みが浮かぶ。
二人のファーストダンスが終わると、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
一旦休憩しようと中央から外れた二人の前に、ある貴族夫妻が出てきた。
「話しかける無礼をお許し下さい、ヴィンセント殿下」
「よい、名乗れ」
「はっ。私はサルブス伯爵家が当主、デイモンと申します。こちらは妻のステラです」
ステラと紹介された女性が頭を下げる。
(何かしら)
ヴィンセントの仕事の話か。
そう思ったベアトリスは、一歩後ろに下がった。
「それで、何用か」
「この度は、是非王子妃殿下に確認させていただきたいことがございまして…」
「えっ」
いきなり自分のことが出てきて、ベアトリスは驚いた。
同時に、改めて二人を見ていると、どこかで見たような気がして首をかしげる。
(どこだったかしら……そう遠くないどこかで見た気がするわ)
「ベアトリス、いいか?」
「はい、大丈夫です」
ヴィンセントに確認され、ベアトリスはうなずいた。
「よいぞ」
「ありがとうございます。王子妃殿下、この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」
「それでその、少し前置きが長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「では…」
デイモンは滔々と語りだした。
数か月前、王都に所有する屋敷で火災に遭ったこと。
その時、自分たちは逃げ出せたが、生まれたばかりの子どもを屋敷に置き去りにしてしまったこと。
助けに行けば自分たちが焼け死ぬと、必死で妻を止めていた自分たちの前に、紺のローブを羽織った何者かが現れたこと。
その何者かは来た時と同様に消えてしまったが、しばらくして屋敷の反対側から、子どもを抱えた男たちが現れたこと。
男たちは、火の海と化した屋敷の3階から、少女が子どもがいるから助けてほしいと叫んだこと。
男たちは近くの大判の布を使って子どもを受け止めたこと。
少女は子どもが無事であることを見届けると、忽然と消えたこと。
その少女も紺のローブを纏っていたことから、あの時消えた人物と同一人物であろうということ。
その話を聞き、ベアトリスは目の前の夫妻が火災の時の夫妻であることを思いだしていた。
(そうだ、あのときの二人だわ。でも、どうして私に?)
ベアトリスは一言も名乗っていない。フード付きの紺のローブを羽織れば、中の人が何者なのかは全然見えず、誰だかは分からないはずだ。
ベアトリスはデイモンの動向に注視していたが、隣に立つヴィンセントが口元を隠し、こっそり震えていることに気付いていない。
「そこで私たちは、あのとき助けてくれた紺のローブの少女を探し出し、ぜひともお礼をしたいと思っておりました。…教えてください、あのローブの少女は、王子妃殿下ではありませんか?」
「違います」
ベアトリスは間髪入れず即答した。
そのあまりの早さに、サルブス夫妻は目を丸くした。
(王族が民を、貴族も救うのは当然のこと。お礼を言われることではないわ)
感謝を求めるようでは、王族として失格である。
そうベアトリスは考えている。
まして、その時はベアトリスがヴィンセントを殺して死ぬつもりであったことから、自分に助けられたという汚名を擦り付けてはならないというのもあった。
今はそうではないが、それでも礼を受け取る資格は無いと、ベアトリスは考えている。
「ほ、本当に王子妃殿下ではない…と?」
「ええ。私ではないわ」
その瞬間、ヴィンセントがはじけたように笑いだした。




