第30話
会場の入り口から入ってきたのは、ディオンと彼に付き従う騎士たちだった。
ディオンは盛装し、王族として相応しい恰好をしている。
ヴィンセントは厳しい目つきをへたりこんだホスティス国王へと向けた。
「ホスティス国王よ。貴様は血判状が破棄されたと知るや否や、わがソーシアス国に再び軍を向けた。その愚かさは天にも届き、もはや慈悲を与えるに値しない。自国の民を気遣うことすらせず、我が国の民を傷つけようとしたその蛮行は死にも値しよう。そこでソーシアス国は、ホスティス国の現国王を排斥し、このディオン・ホスティスを次の王として任命し、それを支える」
「仰せのままに、ヴィンセント王子殿下」
ディオンがヴィンセントに跪き、ホスティス国王として拝命された。
だが、それに当然怒り狂った現ホスティス国王が待ったをかける。
「ふ、ふざけるな!国王は私だ!そこの出来損ないの弟が王になるなど、私が認めん!」
「兄上に認めていただかなくて結構です。私はヴィンセント王子殿下、ひいてはソーシアス国王陛下に任命されたのですから」
「なんという痴れ者!この王族の恥さらしめが!」
わめき散らす国王だが、それにヴィンセントもディオンも動じない。
ベアトリスはそんな父王の姿を、哀れな者を見るような目で見ていた。
(可哀そうな人。これ以上、何を言ってもどうにもならないというのに)
魔法師団の精鋭は、ベアトリスの魔法無効化により、ただの人となっている。彼らはディオンの率いる騎士たちに連行されていった。
この場にいる貴族たちも、ヴィンセントやディオン、そしてベアトリスの存在に怯え、会場から逃げ出すこともできずに、怯えながらその場にいるだけ。
もはや国王を守る者は無く、王妃や王子・王女たちもこの状況についていけず、震えたり気絶しかけていた。
誰も守ろうとしない裸の王。
誰かを守ろうとしないみじめな王。
それが、ベアトリスが最後に目にした父王の姿だった。
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その後、ディオンによって王城内は一掃された。
まずディオンとベアトリス以外の王族は全て、公開処刑された。
国内中が困窮し、民の活力が失われた現状を活性化するために負のエネルギーは欠かせない。
元凶として王都にさらされた国王一族を前に、民たちはこれまで溜め込んだ恨みつらみをぶつけた。
石を投げ、罵声を浴びせ、中には火のついた松明を投げつける者までいた。
そして王族の処刑により、民たちは「これから国が生まれ変わるんだ!」という気持ちと共に、活力を取り戻しているという。
これに対しベアトリスは淡々と、
「王族であれば、その死もまた、民のために必要なことですから」
と語ったという。
その徹底した王族意識に、さしものヴィンセントも顔を引きつらせていた。
また、法を改め、過度な重税を課す貴族に対する厳罰化を実施。
それまで重税を課していても、法改正により重税を改め減税を行った者には遡及しなかったが、改めなかった貴族には厳しい罰が課された。
魔法師団については、ソーシアス国との国境付近にまで進軍していたが、ベアトリスが魔法師団団長を相手に力の差を見せつけた。
特権意識を持ちながら、実力主義でもある魔法師団はベアトリスを前に大人しく屈し、特権をはく奪された。
具体的な特権内容は、魔法師団への要請に対する過度な報酬であったが、それを要請の内容に応じた適切なものに変更。ベアトリスは臨時でホスティス国の魔法師団名誉団長となり、その活動に目を光らせるようになる。
ただ、魔法師団は大人しく従っているため、そう遠くないうちに名誉団長は解任されるだろうとヴィンセントは考えている。
これからはディオンにより、ホスティス国は良い方向へ向かっていくだろう。
ホスティス国の難題を解決し、ひと段落付いたベアトリスは、王子宮で採寸されていた。
「これは何?」
表情はいつもの無表情なのに、その声色には明らかに困惑した様子がうかがえる。
王子宮にいきなり数人の針子が突撃し、あっという間にベアトリスを剥いて、全身の採寸を始めたのだ。
助けを求めるようなベアトリスの視線に、メリッサは平然と返した。
「ベアトリス様のウェディングドレスのための採寸でございます」
「聞いてない」
「決定事項でございます」
「聞いてないことの答えになってないわ」
「ヴィンセント王子殿下が、そろそろ結婚式を挙げようとおっしゃられましたから」
「…………」
(王族の結婚式は、民にとって重要なことなのはわかるけど…)
王族の結婚は国の繁栄と継続を象徴する最も重要なことだ。
とくにヴィンセントは将来王位を継ぐ立場でもあるため、結婚が待たれている。
ホスティス国との問題が片付きつつある今、改めて国内のための施策として結婚は重要である。
それをベアトリスも分かっているが、その薄い感情の中に困惑が見えている。
(本当に、私でいいのかしら?)
ヴィンセントのことをよく知らず、ただ殺す相手であると思っていたときは、嫁ぐことに何の不安も無かった。
ただ王族として義務を果たすのみ。
しかし、ヴィンセントから愛を囁かれ、自身もまたヴィンセントへの愛を自覚した今となっては、逆にそこにためらいが生まれていた。
―――王女のベアトリスではなく、ベアトリス自身が求められている。
それがベアトリスにとって嬉しくもなり、ためらいを生む原因となっている。
処刑された王の一族の一人であり、妾の王女。魔法の力しかなく、人として何の面白みも無い。幼いころの栄養不足の影響で、15歳なのにいまだに背格好は2~3歳下に見られる。
そんな自分が、ヴィンセントの妻で本当に良いのか。
その不安がぬぐえないまま、結婚式への準備は着々と進んでいった。
ヴィンセントは王子としての政務と、ホスティス国のディオンとのやりとりで多忙を極めているが、それでも朝食の席をベアトリスと一緒にすることを忘れない。
かならずそこでベアトリスの体調をチェックし、問題ないことを確認してから王子宮から出掛けていく。
「ベアトリス、行ってくる」
「いってらっしゃいませ、殿下」
ベアトリスが見送ると、ヴィンセントは本当にうれしそうな顔をしながら扉をくぐっていく。
そこに自分が愛されている実感と、こんな自分でいいのかという答えが出せずに不安がない交ぜのままだ。
そんな中、ある就寝前。
ソファーに並んで座り、穏やかなひと時をヴィンセントと共に過ごしていると、彼から結婚式の前に、お披露目会をするという話が出てきた。
「あなたはこの国に来てから半年以上経つが、まだ一度も貴族たちにお披露目をしていないからな。結婚式の前に、一度やっておけと国王陛下から言われた」
「そうなのですね」
お披露目と聞いて軽く心臓が嫌な音を立てる。
もし、彼らの目に自分がヴィンセントの妻としてふさわしくないと見られたら?
そんな不安がベアトリスに押し寄せる。
顔は無表情のままなベアトリスの小さな不安をヴィンセントは感じ取り、そっとベアトリスをたくましい両腕で抱き寄せた。
「大丈夫だ。他の誰が何と言おうと、私の妻にはあなた以外いない。自信をもって、その姿を皆に見せてくれ」
「はい……」
ヴィンセントにそう言われ、不安は少し拭えたが完全には消えない。
(殿下の治世を盤石にするなら、皆に認められる王妃でなければならない。殿下のためにも、私はどうしたら…)
何も思いつかないまま、日にちだけはあっという間に過ぎていく。
相変わらず正体を隠しながら各地に転移し、様々な困りごとの解決をしてきたが、不安は心の片隅にシミのように残ったまま。
そんな中、ベアトリスは千里眼で小さな町を眺めていたとき、そこに人だかりができていたことに気付いた。
(何かしら。喧嘩じゃないわよね?)
空へと飛ばしていた千里眼を寄せていく。
そこは教会であり、入り口から一組の男女が沢山の人に囲まれながら出てくるのが見えた。
男性は白いタキシードを身に着け、女性は白くまばゆいウェディングドレスを着ている。
その光景に、ついベアトリスはその場へ転移してしまった。
「おめでとー!」
「お幸せになー!」
転移した直後、祝福を贈る人々の声が耳に届く。
その場にいる人たちはみな結婚した夫婦に夢中で、いきなり現れたベアトリスには誰も気づいていない。
他人の結婚式というものを見たことが無いベアトリスは、祝福され、嬉しそうな男女を羨ましそうな表情で見ていた。
(すごい、嬉しそう……)
周りはもちろん、祝福される二人の顔も、まばゆいばかりに幸せを物語っている。
それを見て、ベアトリスは自分にももうじき訪れるであろう結婚式に、あんなに幸せそうな表情ができるのか、不安になってきた。
二人が幸せだから、周りも幸せそう。
じゃあ、あそこにいる花嫁が、喜びもうれしさも感じさせない、無表情のままだったら?
(きっと、不安になるわ)
ベアトリスは自然と自分の顔に触れた。
表情というものをどこかに落してきたように、何も感情を見せない顔。
稀に動くことはあっても、あんな他人に喜びを伝えるほどの変化はない。
(私は、どうしたらいいの?)
幸せを体現したかのような空間に、ベアトリスはいたたまれない気持ちになり、転移でその場を逃げ出した。




