第2話
(あの物々しさは、戦争へいく準備だったのね)
ホスティス国は戦争に敗れた。
その報が王城を駆け巡り、大混乱だ。
ただベアトリスからすると、いつ、何のために始まったのかすら分からないまま、敗北という形で終結したのだ。
混乱も何もない。ただ、脳裏に敗北した後の王族の末路がよみがえる。
(もうすぐ、処刑かしら)
前世の自分が、そうして死んだように。
戦争に負けた以上、その国の王族が生きていてはこの先の統治に邪魔になる可能性が高い。
だから、自分もそうなるのだろうと、ベアトリスは井戸から汲んだ水を飲みながら、いつ刑の執行の知らせが来るのかを待っていた。
ふと、あの漆黒の男性を思い出す。
(きっと彼が、戦争を終わらせたのね)
転移魔法でベアトリスの前に現れた男性。
何をしたのかは分からないけれど、それだけは確信を持って言えた。
それを成すだけの何かが、彼からは感じられたから。
戦争の早期終結は、民をいたずらに傷つけずに済むし、疲弊もさせない。
それはベアトリスにとっても願ったり叶ったりだ。
彼は王族に危害を加えないという誓いを立ててくれた。
しかし、戦後においてはそうもいかないだろう。
彼がどんな立場なのかを知らないし、彼の一存で敵国の王族を生かしておけるはずがない。
だが、早期終結の代償として王族が、我が身が犠牲になるのであれば、なんら異論はない。
しかし、2日、3日と経っても音沙汰一つなく、食事も届かない。
かろうじて、秋の間に採った果物を干したもので飢えをしのいだが、そろそろ限界だ。
(頼みにいきましょう)
そう思い、離宮の外へ出たところ、遠くから足音が聞こえてきた。
その足音は着実に離宮へと近づいてくる。
しかも一つではなく複数だ。
(また、王妃様?一緒に王子もいるのかしら)
また蹴られるのか、叩かれるのか。
身構えていると、現れたのはなんと国王だった。
豊かな口ひげに、王冠。そして豪奢な赤いマントを羽織った姿は、まさに王そのものだ。
その背後に、お付きと思われる従者たちがいる。
ベアトリスは王を見たことが無い。
ベアトリスは王宮の中に入れてもらえたことが一度もないし、国王が離宮を訪れたことも無い。しかし、雰囲気で目の前の存在が王であり、自分の父であろうことは分かった。
まさかの父の登場に、ベアトリスは目を見張る。
「……ふん、本当に生きていたとはな。だが、生かしておいた価値があったというものだ」
顔をしかめながらそう言われ、ベアトリスは内心憤慨した。
(生かしておいた…ね。ろくに食事ももらえてないのに、あれでそう言うなんて、どんな神経しているのかしら)
はっきり言って、ベアトリスは父王に良い感情は持ち合わせていない。
その感情をとどめたのは、前世の王妃としての教育のたまものだ。
感情を表に出してもろくなことにはならないし、相手のペースに乗るだけ。
落ち着き、淡々と。
そうすれば、王妃も王子たちもつまらないと早々に帰るのだ。
だが、国王は王妃たちと違う用なのだろう。
それに、そもそもこの国は負けたはずだ。
それなのに、目の前の王は未だに頭上に王冠を携えている。
一体どういうことなのだろうと、ベアトリスは王の次の言葉を待った。
「ベアトリス…だったか。貴様に命ずる。ソーシアス国のヴィンセント王子に嫁げ」
「えっ?」
突然の命令に、ベアトリスは思わず声を上げた。
それに父王は片眉を上げるが、気にせずさらに続ける。
「そして、ヴィンセント王子を寝台で殺せ。殺すための毒薬は、このネックレスに入っている」
淡々と父王が告げる内容を、ベアトリスは消化しきれずにいた。
侍従が差し出した箱には、大粒の宝石が付いたネックレスが入っている。
「この宝石部分は開くようになっておりまして、ここに毒薬が入っております」
侍従が宝石部分に触れると、なんと開いた。
その中には、黒くて小さい玉が2粒入っていた。
宝石部分を閉じ、そのままベアトリスの手に持たされる。
「よいな、ヴィンセント王子を殺してくるのだ」
「はい」
ベアトリスは必死になって頭を回転させる。
どうしてこのタイミングで自分に婚姻の知らせが来て、しかも夫になるヴィンセント王子とやらを殺せと言われるのか。
そして考え付いた結論は一つ。
(…つまり、ホスティス国はソーシアス国に負けた。そして、私は敗戦国の姫として人質に出された。その私に、ヴィンセント王子を殺してこいというのね)
呆れた考えだと、ベアトリスは思う。
かつての自分は敗戦国の王妃として処刑されたのに、今彼らは生きている。
それがどれだけ寛大な処置かも知らず、恥知らずにもやり返そうというのだ。
漏れ出そうなため息を、なんとかこらえる。
「我が国には、ソーシアス国の豊かな大地が必要だ。王族として生まれたのなら、その責務を果たしてこい」
「はい」
王族として。
そう言われた以上、ベアトリスには断るという選択はない。それが、自分の死を招くとしても。
断ったところで変わらないが、それでもベアトリスはこの国のためにと強い決意を誓った。
けれど…と思う。
王族としての責務でまた死ぬ自分の運命に、ベアトリスはその金の瞳に何の光も宿さず、独り言ちる。
「…『また』、王族として殺されるのね」
****
それから数日後。
ベアトリスは離宮で顔を洗っていたところを、無理やり侍女に連れ出された。
そのまま王宮の廊下を渡り、門まで連れていかれる。
初めて歩いた王宮の廊下は、ゴミ一つないほど丁寧に磨き上げられ、とても敗戦国の様相とは思えない。
だが、そこかしこで誰かの怒声が響いている状況にベアトリスは顔をしかめる。
(なんだか、見せかけの権威と無能な主を象徴しているようだわ)
見かけだけは立派だが、その裏側は実に薄っぺらい。
そんなことを思いながら連れていかれた門には、みすぼらしい馬車が1台と、馬に乗った兵が2人。
ベアトリスとして初めて見る外に少し感動していると、侍女はそこで頭も下げず、むしろ見下すようにベアトリスに言い放った。
「では王女殿下、ソーシアス国への輿入れ、おめでとうございます。いってらっしゃいませ」
「……え?」
意味が分からなかった。
ベアトリスは何も準備をしていない。
本来王族の輿入れといえば、もっと大規模なもののはずだ。
それは、前世が王妃であるベアトリスは良く知っている。
(おかしいわよ。私、何も……こんな状態で輿入れだなんて、一体どれだけ相手を侮辱するのか、わかってるのかしら)
ベアトリスは身支度一つしていない。
薄汚れ、擦り切れたドレスはみすぼらしいの一言だし、髪も肌も荒れ放題。
無理やり連れ出されたせいで、手荷物一つ無いのだ。
あるのは念のためと持ち歩いていたあの毒薬入りのネックレスだけ。
しかし、本当にベアトリスには何も持たせないらしく、侍女はさっさとどこかに行ってしまった。
残されたベアトリスは、今度は馬車に無理やり乗せられ、外から鍵を掛けられた。
逃げられないようにということだろう。
逃げる気など無いのに、そんな扱いをされることに腹が立つ。
(…狂ってるわ、この国)
そう素直に思った。
自国に嫁ぎに来た王女が、こんなみすぼらしい娘だと知れば、一体どれほど相手の誇りを傷つけることになるのか。
けれど、敗戦国の分際で、戦勝国の王子を殺してこいという国王がいる国だ。
まともであるはずがない。
(ああ、そういうこと。これは、宣戦布告なのね)
ベアトリスという存在が、宣戦布告なのだ。
属国になったが、従う気など無いという挑発。
動き出した馬車の中で、ベアトリスは一度目をつむった。
これから先、自分がどうなるか分からない。
自分を見て、侮辱だとソーシアス国に一刀のもとに切り伏せられるかもしれない。
その死を盾に、ホスティス国はまたソーシアス国に攻め入るかもしれない。
それでも、ベアトリスは逃げない。
王族として、民のために。
それが自分がこの場にいる価値だと信じて。




