第28話
それから準備は進み、ディオンもヴィンセントも、互いの準備が整ったことを確認した。
ディオンは王城内の味方をさらに増やし、最終的には魔法を使えず、そのせいで虐げられている者たちの9割を掌握したようだ。
これにはソーシアス国側の協力はもちろん、ディオンの魔法を使えない者たちの地位も能力で平等に評価するという施策への期待も含まれている。
ヴィンセントも、王城を素早く掌握し、その後の動きを迅速に進めるための準備を整えていた。
具体的には王族を廃したのちに、高位貴族を排除するための監査官などの配置。それに対する抵抗勢力への軍備配置。
一応、それにはベアトリスに掌握させたホスティス国側の魔法師団を使うつもりだが、念のためというところだ。
そして、いつ仕掛けるかも決まった。
ディオンの話では、2週間後に王城で夜会が開催されるらしい。そこにヴィンセントとベアトリスが出席し、そこでホスティス国を落とす算段だ。
夜会が開催される7日前に、血判状を燃やして破棄する。
7日は軍がソーシアス国との国境までたどり着く時間だ。
それをホスティス国国王がヴィンセントの暗殺成功とベアトリスの死亡を認識するだろう。そして魔法師団が王都からいなくなり、戦争の勝利を確信した国王以下有象無象どもが夜会で浮かれているのを強襲するのだ。
その作戦に合意したディオンは、自身の兄について呆れるような笑みを浮かべていた。
「兄上は驕りが強いですから。ヴィンセント王子殿下さえいなければ戦争に勝つと確信するはずです。そこを突けば、こちらの勝ちは確実です」
それに合わせ、ベアトリスはヴィンセントから一つの魔法を教わっていた。
初めて二人が対面したとき、ベアトリスの魔法をヴィンセントが無効化したあれだ。
「原理は簡単だ。相手が放つ魔法と同量の魔力をぶつけて相殺する。ただ、相手の魔法の魔力量をわざわざ見極めてやらないと失敗するから、繊細な魔力操作を要求されるわりに、リターンは少ない」
「できることのメリットはありますか?」
「そうだな…まずこれをすれば、それだけで相手の戦意を削ぐことができる。自信満々に放った魔法を無効化させられることほど、屈辱的なことは無い。それに、実力差を示すことにもなる。無駄な殺生を避けたい場合には有効だ」
「そうですね」
ベアトリスのときもそうだった。いくら弱い魔法だったとはいえ、目の前で無効化されたときは唖然としたものだ。
それが自分の魔法使いとしての力量に自信があるものなら、なおさらその衝撃は大きいだろう。
(魔法で、人は殺したくない)
それがベアトリスの願望にあった。
いや、魔法が人を殺す道具であってほしくないというのが、彼女の真の望みと言える。
魔法は人を救い、助けるためのものだ。
決して、人殺しの道具に、まして戦争の手段になんてしてほしくない。
現状、抑止力としての面があることはベアトリスも否定できないが、出来る限りその力は使ってほしくなかった。
そのためには、魔法無効化はベアトリスにとって避けられないものだ。
「指南、お願いします」
「わかった、始めよう」
****
「ふふふ…やっと仕留めたようだな」
ホスティス国国王は、目の前にある灰となった血判状を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
血判状が灰になったということは、契約違反がなされたということ。つまり、ベアトリスが死んだということだ。
妾の娘であり、王族の証である紫の瞳を受け継がなかった不要の娘だったが、殺さずに生かしておいて正解だった。あんなのでも王族の一人なのだから、捨て駒にするにはちょうどいい。
「至急、軍を編成し、出征しろ。今度こそソーシアス国を落としてこい」
「はっ!」
将軍に指示し、すぐさま戦争への出陣が決定した。
国王はずっとこの時を待っていた。あの忌々しいヴィンセントが死ぬ瞬間を。あの若造が、単身で王城に急襲を仕掛けるような愚かしい真似さえしなければ、戦争はホスティス国が勝っていたのに。
側近の一人が、ヴィンセントの死を確かめてからでも遅くないと進言したが、聞き捨てた。今更そんなことを待つほど、国王は辛抱強くなかったのだ。
ホスティス国は実りが少ない土地だった。
王族とは優雅な暮らしをして当然だというのに、それを支える民たちが不甲斐なく、ろくに税さえ払えない。
(魔法の力もない愚か者どもには反吐が出るわ)
だから、わざわざ豊かなソーシアス国から奪うしかないのだ。当然、奪った物は全て王族と、それを支える貴族たちにのみ分け与えられる。
愚かな民に与えるものは麦一粒とて無い。
(待っていろ。あの国の全てを奪いつくし、我が富としてくれる)
国王は、血判状の灰を窓から投げ捨てながら、野心に満ちた瞳で灰が風に流されていくのを見届けた。
しかしそこに、「戦争となるのですから、近く開催される夜会は中止にすべきでは?」という情けない提案をしてきた侍従がいたので、怒鳴りつける。
「馬鹿者が!これは我が国の戦勝を祝福する大事な夜会となるのだ。そんなこともわからんとは、もう貴様はいらん!ここから出ていけ!」
事実上の首宣言に、侍従は青ざめ、必死で許しを乞うた。だが国王は聞く耳を持たず、その侍従は衛兵によって連れ出された。
(これだから魔法を使えぬ者どもは役に立たん。あの妾の娘も碌な魔法が使えなかった。死ぬことくらいしか役に立たんクズだったな)
顔はおろか、名前すら思い出せなくなっていた娘の存在など、国王はすぐに忘れた。それよりも、戦争に勝利し、ソーシアス国から巻き上げた富でどんな豪勢なパーティーを開こうか、そのことだけを考えた。
それから7日後。
ホスティス国の王城では、稀に見る豪華な夜会が開催された。近年は税がなかなか集まらないため、その豪華さは遠慮気味だったが、ソーシアス国から物資を巻き上げられるからと、国王の命で城にある物資をほぼ使い切るほどの勢いで用意された。
大量の豪華な料理に、酒が振る舞われ、集まった貴族たちは戦勝の前祝とばかりにその夜会を楽しんでいた。
その様子を、国王は壇上から優雅な笑みで見下ろしている。
(ふふふ、これこそが我が城にふさわしい光景よ。ソーシアス国を落とせば、毎晩でもこのような宴を開ける。楽しみだな)
勝利を確信し、最高級のワインを呷る。
芳醇な香りが鼻を抜け、複雑な味わいが舌に絡む。勝利の美酒はなんと心地よいものか。
そう浸る国王だったが、耳に騒ぎのようなものが届く。
「なんだ、騒々しい」
騒ぎの方へと目を向けると、会場の入り口付近にいる侍従どもが何やら慌てふためいている。
この祝うべき会場であのような醜態を見せるような愚か者は、この王城にふさわしくないな。クビにしてやろうと考えていた国王の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
(ま、まさか…ありえん!あの、黒い髪に黒い瞳の男は……そんな馬鹿な!?)
侍従が平伏し、扉から現れたのは、死んだと思ったはずのヴィンセントであった。




