第27話
ホスティス国はソーシアス国の属国である。
その自治権はホスティス国に置かれており、滅多なことではソーシアス国は干渉しない。そう取り決めがなされている。
そのため、ヴィンセントらがしようとしている、現国王とそれに連なる王族を排除し、ディオンを新たな王として擁立するのは、容認されるものではない。
もちろん、現国王が過度な税率で民を虐げている行為は、宗主国であるソーシアスとしては看過できない問題だ。
だが、それだけで現国王を退位させ、ディオン以外の王族を全て排除するには理由として弱い。
大義名分がないとも言える。
そこでヴィンセントは、ホスティス国王が未だにソーシアス国侵略を諦めていない点を利用することにした。
例え民に慕われる王であろうとも、二度も戦争を仕掛け、二度とも破れればその信用は地に落ちる。それは民のみならず、貴族たちにとっても同様だ。
ホスティス国王は、信用するに値しない。
そう思わせるために、ホスティス国をわざと進撃させる。
ソーシアス国はこれを迎撃し、現国王は約束を破ったとして退位させる。
それがヴィンセントらの描いたシナリオだ。
そこで問題なのが、どうやって進撃させるか。
ホスティス国はベアトリスにヴィンセントを暗殺させ、それによってベアトリスをソーシアス国側に殺させる。そして血判状を無力化し、兵を進撃させる狙いだ。
つまり、ヴィンセントの死と、血判状の無力化がホスティス国進撃の要因となる。
ヴィンセントの執務室で、ヴィンセント、ベアトリスがソファーに向かい合わせに座り、ティルソンが壁際に立ちながら案を絞り出していた。
「私の死はいくらでも偽装できる。問題は血判状だ。これがある限り、ホスティス国は我が国を攻められない。これを無力化するには、血判状が役目を果たすか、その契約に違反する行為を行うか、そのどちらかになる」
「その違反行為とは?」
ベアトリスがそれを尋ねると、ヴィンセントは苦虫を噛んだかのような顔に変わる
「…ホスティス国の王族が死んだ場合、だ。最初は君の身を守るためだと思っていたが、逆だった。君が殺されることを織り込み済みで、このような文言を盛り込んできたのだ。本当に、いっぱい食わされたよ」
「そうなのですね」
ベアトリスは驚かない。父王が自分が殺されてでもヴィンセントを殺してこいと言ったのだ。そのベアトリスの死すら利用としたとしても、不思議ではないから。
それに怒りも何も無いが、血判状の厄介さだけが気がかりだった。
「私が死ねば、その血判状は無効になるんですね」
「……その通りだが、間違っても二度とそのようなことは言わないように」
「はい」
ヴィンセントがベアトリスに顔面で圧を掛けてきたので、素直に頷いた。
(殿下は、こういう発言をするとなんだか過剰に反応する気がするわ)
ベアトリスにはホスティス国の魔法師団を屈服させる役目がある。
死ぬ気は毛頭ないけれど、言うだけでもヴィンセントにはダメなようだ。
「ベアトリスの発言はさておき、血判状を無力化させるにはホスティス国の王族を死が条件です。いっそ、ホスティス国にいる国王以外の王族を殺しても無力化できますが…」
「それではこちらの大義名分が薄れる」
「ですよね…」
ティルソンの提示した案では、誰がその王族を殺したかで必ずもめるだろう。
禍根が残る案は使いたくない。
可能な限り、ディオンが治める国は健全な形で回復してもらいたいのが、ヴィンセントの望む形だった。
(本当に面倒なのね。いっそのこと、破り捨てられないかしら)
侵攻させないために取り交わしたものが、今更こうも足を引っ張るものになるとは、誰も思わなかっただろう。
ベアトリスは見たことが無いが、おそらくはただの紙切れであろうとそれが、なんとも邪魔くさい。
「血判状なんて、燃やしてしまえばいいのに」
そうぽつりとベアトリスが呟くと、それを聞いたヴィンセントとティルソンがぐるりとベアトリスの方を向いた。
そして、二人はすぐに顔を突き合わせた。
「…ティルソン、血判状を燃やすとどうなる?」
「契約が無効化されます」
「その場合、もう片方はどうなった?」
「…確か、契約の不履行として、燃えて消えるはずです」
「それは、契約違反したときと、同じ現象だよな?」
「そのはずです。確認はしますが」
「……よし!」
何がよしなのだろうか。
ヴィンセントが勢いよく立ち上がったのを、ベアトリスは目を丸くして見上げた。
彼は笑みを浮かべて、ベアトリスを見下ろしている。
「ありがとう、ベアトリス。おかげで、次の一手が打てそうだ」
「はぁ」
よくわからないけれど、感謝されたので頷いておいた。
(一体、殿下は何をするつもりなのかしら?)
「私はこれから陛下と話し、今後のことを議会で詰める。忙しくなるぞ」
「分かってますよ」
男二人が何か分かった風に頷き合ってる。それがベアトリスにはちょっと気に入らない。なんだか仲間外れのようで。
「あの、殿下。私は……」
「ああ、ベアトリスにはとても大事なことを頼みたい」
「それは何ですか?」
大事なこと。
それにベアトリスの胸が高鳴る。
心して待っていると、ヴィンセントは真剣な表情で言い放った。
「王子宮で待ち、帰ってきた私におかえりのキスをすることだ」
「それが大事なことですか?」
「ああ、とても大事なことだ」
「何の意味があるんです?」
「私の疲労が回復する」
「それが民にとってどんな影響がありますか?」
「私が笑顔でいれば、民も元気になれる」
「なるほど、分かりました」
至極真面目な顔でただの惚気のやりとりに、ティルソンは呆れたようだ。
「何をやってるんだろう、この二人……」




