第26話
ベアトリスの強さを確認したうえで、ある程度今後の見通しを決めた3人は、その後解散となった。
ホスティス国の上層部排除と、それに合わせたディオンの台頭。
それをいつ、どのような形で起こすかを話し合った。
さらに、今後のために、ディオンの元へ物資を輸送することも決まった。運ぶのはベアトリスだ。
それにディオンは恐縮していたが、彼には今後今よりもキツイ仕事が待っている。それを、みるからに痩せ切った体でこなそうというのは、誰が見ても無理なのは明らかだ。
今後のホスティス国のためにも、もうちょっと食べてほしい。それをベアトリスが押し切り、ディオンは涙をにじませながら頷いた。
王子宮へと戻った二人は、ベアトリスはそのまま慈善事業として転移した。
たった今それなりの距離を転移し、ヴィンセントとの戦いでも極大と言える規模の魔法を平然と行使したのに、それでもまだ魔法を使い続けられるベアトリスに、ヴィンセントからは乾いた笑いしか出てこない。
ヴィンセントは残している政務のために執務室へと向かった。
「ふぅ……」
執務室に着いたヴィンセントは、席に座るなり息を吐いた。
「お疲れ。どうだった、ディオン公爵は?」
ティルソンはねぎらいの言葉とともに進捗確認も忘れない。入れたばかりの紅茶を机に置く。
「問題ない。ホスティス国を託すに十分な人物といえよう。少々まっすぐすぎるきらいがあるが、これからのホスティス国には必要な人材だ」
「そりゃあ良かった。それにしてはずいぶんと疲れてるようだけど?」
ともに育った幼馴染は、さりげないことにも気付く。それを見抜かれたヴィンセントは、さきほどの決闘を思い出し、苦笑した。
「いや……守るなどと抜かしながら、完敗した己の弱さに呆れただけだ」
「……何の話?」
「ベアトリスと戦った」
「はぁ……はぁ!?」
まさかのヴィンセントの発言に、ティルソンの言葉が裏返った。
「そして負けた」
「まっ、負けたぁ!?えっ、なに、惚れた弱みで動かなかったの?」
「いいや、本気で負けた。加減した攻撃にしようとしたのは確かだが……たとえ本気で殺すつもりだったとしても、それなら私が瞬殺されただろう」
「…お~い、魔法師団団長?その座、下りる?」
ティルソンはヴィンセントの顔の前で手を振り、正気かと疑っている。
ヴィンセントは大まじめに、「それもありだな」と答えた。
「彼女の才を見れば、誰も疑いようもなく認めるだろう。間違いなくベアトリスはこの国最強…いや、下手をすればこの大陸最強だ」
「へぇ~…例えば、この城を彼女ならどれくらいで落とせる?」
「一発だ」
「………参考までに、ヴィンセントなら?」
「倒壊させるだけなら5発。瓦礫にするならついでに10発か。魔力切れになる。そもそも彼女とは、出力に違いがありすぎる」
ベアトリスが生み出した巨大な火球。あれを放てば王城など一気に燃え尽き、瓦礫と化すだろう。
それを聞き、ティルソンの顔が引きつってる。
「…うん、まぁ…ベアトリス王子妃殿下が敵でなくてよかったよ」
「そうだな」
(しかし、彼女は一体どこであんな戦闘を学んだ?メリッサか?いや、そんな報告は受けていない。戦闘経験に欠けていると断じたが、どう見てもあれは戦い慣れている者の動きだった。…聞いてみるか)
ベアトリスの不可解な戦闘技能に、ヴィンセントは彼女が帰ってきたら聞くことを決心した。
その夜、夕食時にヴィンセントはそれについて聞いてみた。
「盗賊を退治してたら身につきました」
「……なるほど」
ヴィンセントの下には、身元不明の正義の紺のコートの人物の報告が来ている。その中には確かに盗賊退治も含まれていた。
だが、今更ながらに、盗賊を退治するというか、接敵することは危険な行為だ。いくらベアトリスの使う魔法が規格外だとしても。
「いや、ダメだ。そんな危険なことはするべきではない」
やめさせようとしたヴィンセントだが、それにベアトリスは無表情のままこてんと首を傾げた。
「民が危険にさらされているんだから、やるんです」
「それは分かるが、そういうのは衛兵に任せてだな…」
「のんきにしてたら逃げられます。逃げれば彼らはさらに罪を重ね、捕まえたときには罰が重くなります。早く捕えないといけないんです」
「………」
ヴィンセントは唖然とした。
ベアトリスは、ただ民を守るためだけに盗賊を捕らえているのではない。盗賊もまた、彼女にとっては民の一人であり、罪を重ね続けてほしくないと思っているのだ。
そのためなら、己の身の危険など些細な問題なのだろう。それがヴィンセントにはまぶしくもあり、悲しくもある。
(やはり、彼女は私が守らなければならない)
確かにベアトリスは強い。だが、あまりに自分自身について無頓着だ。
彼女は知らず知らずのうちに、自らを傷つけている。
彼女から彼女を守るために、自分はいる。ヴィンセントはそう思うことにした。
「分かった、止めはしない。だが、朝のチェックは欠かさないからな。それで私がダメだと判断したときは、従ってくれ」
「分かりました」
ベアトリスが外で慈善活動を行う際、毎朝ヴィンセントによるベアトリスの顔色チェックが行われている。それでヴィンセントが違和感を持ったら、その日の活動は休止させるというものだ。
ベアトリスは転移を使うため、一度飛ばれるとどこにいったか分からない。転移した先で不調に陥った場合、帰ってこれなくなる可能性があるのだ。その点はヴィンセントも気を付けていることだが、ベアトリスはなまじ魔力があるため、その辺も無頓着だ。
なので、ヴィンセントが彼女の健康チェッカー的な役割を果たしていた。
「千里眼と他の魔法の同時発動はどこで習った?」
「盗賊は林の中にいることが多いので、上から見下ろすようにしないと背後を取られるリスクがあります。やってみたらできました」
ヴィンセントの手からフォークが落ちた。
(やってみたらできたで済んだら、誰も苦労してないぞぉ!!)
どれだけ世の魔法使いが上級魔法、ひいては同時発動に命を燃やして鍛錬を続けているのか。
ベアトリスの言葉を聞かせたら、彼らはきっと憤死してしまうだろう。
…ヴィンセントも、言葉だけ聞いていたらその一人になっていたに違いない。
侍従から新しいフォークを届けられ、ヴィンセントは気を取り直すように水を飲んだ。




