第25話
「……ここが、この領地で一番広い場所です」
「ありがとうございます」
説得は無理だと悟ったのか、ヴィンセントはディオンに一番広い空き地を求めた。
それにディオンは冷汗を流しながら、「本当に戦うのか?」と疑心暗鬼ながらもその場所に案内してくれた。
そこにヴィンセントとベアトリスが向かい合わせに、およそ50mほどの距離を空けて立った。
勝負のルールは2つ。
相手を殺さないこと。
相手に「まいった」と言わせたら勝ち。
ヴィンセントの内心は複雑だ。
ベアトリスに魔法を向けたくないという思いと、彼はまだベアトリスの魔法をほとんど直に見ていない。その実力を、自らの目で見てみたいという好奇心。
(ベアトリスの才は確かにすごい。だが、彼女は戦場に出たことも、ろくな指導を受けたこともない戦いの素人だ。おそらく力押しの魔法で来るだろう)
力押しで言えば、ヴィンセントにも矜持がある。ソーシアス国最強の魔法使いは伊達ではない。
だが、それはベアトリスに通用するかはなんとも言えない。
それを楽しみにも感じている。
傷つけたくないと震える一方、自分よりも格上からもしれないベアトリス相手に、ヴィンセントの身体は武者震いを起こしていた。
一方、ヴィンセントを見据えるベアトリスには、なんらいつもとの違いは見られない。
無表情に、じっとまっすぐに視線を向けたままだ。
そこに戦いへの畏怖は感じられない。
「それでは…はじめ!」
ディオンの合図により、戦いは始まった。
ヴィンセントはまず様子見とばかりに、観察を始めた。
だが、その一瞬をすぐさま後悔する。
「いきます」
「なっ!?」
次の瞬間、ベアトリスの頭上に巨大な火球が出現した。その大きさたるや、城塞都市を一撃で壊滅に追い込みかねないほどだ。
火球の熱が、じりじりとヴィンセントを焼き始める。相当の距離があるのに、その余波でこれだ。
「殿下」
「なんだ?」
「これ、受けられますか?」
「無理だ、死ぬ」
かわせば何とかなるだろう。だが、全魔力をもってして水魔法で迎撃しても、ヴィンセントの魔力が先に尽きる。しかも、これほど巨大な火球を生み出しながら、ベアトリスの表情には変化一つない。つまり、まだまだ魔力に余裕があるということだ。
(連日千里眼と転移を使っていたときもあったから、相当の魔力だと思っていたが、まさかこれほどとは…!)
熱による汗とは違う汗をかき始めたヴィンセントに対し、ベアトリスは余裕綽々といった感じだ。
ヴィンセントが受けられないと聞き、彼女はすぐに戦略を変えた。
「分かりました」
次の瞬間、火球は跡形もなく消え去った。
周囲を焼き尽くそうかという熱波が消え、ディオンは額の汗をぬぐった。
だが、ベアトリスはまだ終わっていない。
「それでは」
今度は手を横に伸ばす。
一瞬で、周囲にけたたましい轟音が響きだした。ベアトリスの腕に、巨大な雷が帯電し始めたのだ。
「いきます」
「っ!!」
それはヴィンセントの勘といってもいい。轟雷による轟音は、ベアトリスの言葉をヴィンセントの耳には届くのを邪魔する。戦場で培った勘は、ベアトリスが攻撃するタイミングを知らせてくれた。咄嗟に前方に展開した土魔法による土壁が、ヴィンセントの前を守る。
ほぼ同時に、とてつもない衝撃と爆音が周囲を支配する。分厚く展開したはずの土壁が、雷という絶対優位性を持つはずの存在に、その威力だけでねじ伏せられようとしていた。
「チッ!!」
壁がもたないことを悟ったヴィンセントは、転移を駆使し、ベアトリスの背後に回った。
圧倒的攻撃速度を持つ雷の魔法に、走って逃げるなど愚策だ。まして、ベアトリスの扱う轟雷の巨大さの前では。
ベアトリスの背後を取ったヴィンセント。
自らの轟雷が音を邪魔し、ヴィンセントが背後に飛んだことにまだ気づいていない。
土壁は、ベアトリスの先で粉々に砕け散った。
(あんなの喰らったら、死ぬだろう!?)
自分なら防げるであろう信頼か、それとも単に加減ができなかっただけか。
それにヴィンセントは冷や汗をかきながら、次の手を打つ。
ヴィンセントはベアトリスに負けを認めさせるため、そしてできるだけ傷つけないよう弱い雷魔法を手に展開する。
だが、ここでまたしてもヴィンセントは驚愕することになる。
「なっ!?」
突然ベアトリスが消えたのだ。
転移したと気付いたヴィンセントはすぐさま周囲を見渡す。だが、背中を少し押される感触に、すべてを悟った。
「もう逃がしません」
耳が痛いほどの轟雷が、ヴィンセントのすぐ後ろから発せられている。そこにベアトリスがおり、その手をヴィンセントの背に添えている。特大の轟雷を、その腕に纏わせながら。
「…まいった」
轟雷でその声は聞こえない。けれど、口の動きで、なんとなくベアトリスはそれを理解し、魔法を解いた。
「どうして、私が背後に回ったと気付いた?」
「千里眼で、上から見てました」
「……はっ?」
「千里眼で、上から見てました」
繰り返されるベアトリスの答えに、ヴィンセントはその優れた容姿を台無しにしかねない間の抜けた表情へと変わった。
それはありえないことだからだ。魔法の同時発動は、書物にしか残されていない伝説上の技でしかないから。
千里眼と転移も一見同時発動に思えるが、実際には転移は知っている場所なら飛べるので、一度でも千里眼で転移先を見ることができれば同時に使う必要はない。ヴィンセントも、普段は千里眼で転移場所を確認した後、千里眼を止めた後で転移している。
上級魔法を使えるヴィンセントですらできない、超上級テクニックなのが同時発動だ。
それをベアトリスはたやすくやってのけた。
それを否定する材料はヴィンセントには無い。
ヴィンセントは確実にベアトリスの死角に飛んだのだ。気付けるわけがない。
まして、ヴィンセントが飛んだ後に、ヴィンセントのすぐそばに転移するのは見ていなければ出来るわけがない。だが、ベアトリスは転移した後のヴィンセントを一瞥もしていない。
見ていないのに見ていた。それが答えだ。
ベアトリスの圧倒的な勝利を見届けたディオンは、姪の恐ろしい才能とその力に、恐怖と憧憬を抱いた。
ディオンも王族ということもあり、多少は魔法を使える。
王族でなければ魔法師団の部隊長くらいにはなれただろう。
その彼の目からしても、二人の一瞬の戦いは、異次元でしかない。
上級魔法と、それに匹敵する魔法を駆使した達人同士の、まさに刹那の決着。
(兄上……あなたは本当に愚かだ。孵らぬ金の卵から目覚めたのは、まさしく神に等しい存在だったのだから)
同時に、こんな恐ろしいほどの才能を持ったベアトリスが、自らに味方してくれる幸運にも感謝した。
(魔法師団のトップに勝つ?とんでもない、大陸中の魔法使いを集めても独り勝ちしそうだ)




