第24話
「…そうですか、そのようなことがあったのですね」
屋敷の応接間へと入っていった3人は、そこでヴィンセントからディオンへ、これまでの経緯についての説明をしていた。
ホスティス国がソーシアス国に戦争を仕掛け、それをヴィンセントが王城を急襲したことで早期終結に持ち込んだこと。
人質として、ろくに着飾ることもされないベアトリスが嫁がされたこと。
彼女が、ヴィンセントの暗殺と、暗殺したことの罪を背負って殺されることが決められていたこと。
ベアトリスがソーシアス国内で慈善活動に務めていること。
上級魔法を使えるほどの魔法の才に目覚め、その力を遺憾なく発揮していること。
ベアトリスはホスティス国の民も助けたいと思っているが、そのためには腐敗の原因である王族と高位貴族が邪魔であるということを説明した。
「そうだ。そして、それらを排除した後、国を立て直す役目を、そなたに託したい。ベアトリスからも、其方なら信を託すに値する人物だと聞いている。それは今日、私が其方を直接見て、その通りだと実感した。どうだ?」
ヴィンセントの問いに、ディオンは迷う素振りすら見せずに頷いた。
「ぜひとも、引き受けましょう。このままではホスティス国の民の苦しみは続き、彼らから生きる喜びが失われてしまう。まして、そのためにソーシアス国の民を犠牲にするなど、もってのほかです。わが身を惜しまず、尽くしましょう」
「っ……」
ソーシアス国の民を犠牲にする。
その言葉にベアトリスはグッと胸が詰まるような思いになる。ディオンはそんなことをひとかけらも考えていないというのに、ホスティス国の民だけを救うことを考え、そのための犠牲をソーシアス国に押し付けようとしていたベアトリスには、胸が痛い。
そんなベアトリスの様子に、隣に座るヴィンセントはすぐさま気付いた。
「ベアトリス、あなたが気に病む必要はない。あの時のあなたには、それしか手段が無かった。それは仕方のないことだ。だが今は違うだろう?」
「…はい」
「ならばいい。あなたは、己を省みることができる。それだけで十分だ」
「ありがとうございます」
ディオンは、そんな二人のやりとりを、温かなまなざしで見ていた。
「ベアトリス…いえ、ベアトリス王子妃殿下。とてもよいお顔をされるようになりましたな」
「そうでしょうか?」
「ええ。あなたがソーシアス国に嫁がされたと聞いた時は、我が身を賭してでも救わねばと思い立ち、領民たちから止められましたが……彼らが正しかったと、今は思います」
「大丈夫だ。あなたの兄上も、正しいことをしてくれたぞ?おかげで私の手元には、唯一無二の宝とも言える存在がいる。彼の土下座する姿を前に、私は彼に感謝の意を述べたいくらいだ」
そう言うヴィンセントの顔は、とても楽しそうに歪んでいた。
「それはそれは…兄上も泣いて喜ぶでしょう。黄金の卵を孵す前に余所に渡した己の過ちに、きっと滂沱の涙が止まらないはずです」
ディオンの顔も、大層悪そうに笑っている。
(良かった。二人とも、話が合うようで)
二人が顔を合わせるまで大丈夫だろうかと心配し、それで付いてきたベアトリスだが、思った以上に馬が合うような二人にほっと一安心した。
その後、ディオンからも現在のホスティス国についての説明を受けた。
名ばかりの公爵であるディオンは情報収集力に乏しい。
それでも集めている情報では、徐々に民の困窮具合は増しており、餓死者も出始めているという。
それでも連日王城や高位貴族の屋敷ではパーティーが開かれ、そこには特権階級を振り飾す魔法使いもおり、徐々に民たちの怒りは膨れ上がっているようだ。
それにより、魔法の力をもたないものたちをディオンを中心に、クーデターを起こす準備を整えているという。それは徐々に広がり、王城の中にもディオンに協力してくれる人は増えているとか。
特に、魔法の力がないために兵や騎士となっている者たちからの支持は高い。
王城に襲撃を掛けたとしても、彼らが協力できるようにしようと、ディオンは言った。
「つまり、民の方は頭がすげ変わることに反発は無いと見ていいな?」
「次がまた同じ王族の私であることに多少の反発はあるかと思います。その際には、ヴィンセント王子殿下の口添えが頂ければ」
「わかった、そうしよう。あとは腐った頭どもの排除だな。逃がすとろくなことにならんから、できるだけ一網打尽にしたいところだが…」
「それだけではありませんからな。厄介なのは…」
「魔法師団、だな」
ホスティス国の魔法師団の総軍事力は、ソーシアス国すら上回る。
ソーシアス国はヴィンセントが突出しており、それゆえに奇襲で勝つしかなかった。仮に上層部を排除しても、魔法師団が健在で、その特権階級を崩すと今度は魔法師団によるクーデターのリスクがある。
「ホスティス国の魔法師団に、上級魔法を使える者はいるか?」
「私の方で把握している限りはいません。殿下も、それが分かっているから急襲したのでは?」
「いや、正直イチかバチかの賭けだった。まともにぶつかれば敗戦濃厚だったからな。軍が王都を離れた瞬間に仕掛けるしかないと思ったんだ」
(そうだったんだ。決して、あっさり決まった決着ではないのね)
二人の会話を聞きながら、ベアトリスは2国の力関係を想像していた。
そして、それを聞くだけでも上級魔法を使える魔法使いの存在が、どれだけ戦局に影響を及ぼすかも。
「逆に、ソーシアス国には上級魔法を使える者はどれくらいいるのですか?あ、答えられない場合はもちろん結構です」
「…使える者としては、私とベアトリスは確定だ。それ以外は黙秘とさせてもらおう」
「ありがとうございます。しかし、二人では魔法師団を抑えられるか…」
「難しいな」
男二人が顔を突き合わせ、魔法師団の処遇に悩んでいる。
そこに、ベアトリスはふと思いついたことを聞いてみた。
「叔父様。ホスティス国の魔法師団は、権威に逆らいますか?」
「? そうですね…逆らう、でしょう。彼らを従わせるとすれば、完璧に力の差を見せつけるか。彼らは実力主義でもあるため、自分より強いものには逆らいません。それゆえ、自分よりも弱い者には支配的であり、その統率力はかなり高いです。彼らは今でこそ王族には従いますが、それは王族も高い魔力を持ち、相応の実力があるからです。もっとも、ろくに戦闘経験はありませんから、実戦となっても戦えるかは不明ですけど」
なるほど、と思う。
それを聞き、ベアトリスには一つの案が浮かんだ。
「殿下」
「どうしたベアトリス?」
「魔法師団は私が抑えます」
「…何を言っている?あなた一人で、魔法師団全軍と戦うつもりか?」
「いいえ。魔法師団のトップと戦います。その人物に勝てば、魔法師団の誰よりも強いという証明になるのでしょう?」
「…確かにその通りだ。だが、それだけで完全にやつらが大人しくなるかは…」
「殿下」
「わから…どうした?」
「私と戦ってください。私の実力を、殿下が見極めてください」
ベアトリスの申し出に、ヴィンセントは頭を抱えた。




