第22話
「殿下、あなたに言わなければならないことがあります」
「ああ、聞こう」
ベアトリスはヴィンセントの瞳を見つめた。
さっきとの笑みとは一転し、真剣な表情でその黒い瞳を見つめている。
ヴィンセントも表情を引き締め、ベアトリスの次の言葉を待った。
(怖い。でも、言わないとこの人と一緒にいる資格がない)
自分がどうしてここにいるのか。
そこから伝えなければ、話はできない。でも、それを伝えたら、受け入れてもらえるのか。
それが怖い。
愛していると言ってくれたけれど、それも伝えたこと次第で撤回されないか。
それでもと、ベアトリスは口を開いた。
「私は、あなたを殺すために嫁がされました」
「ああ、知っている」
「……………………知って、いる?」
サラッと返され、ベアトリスは目を丸くした。
きょとんと開いた可愛らしい瞳に、ヴィンセントは抑えきれな笑みをこぼした。
「元々、そうだろうと思っていた。ホスティス国は完全にソーシアス国を舐め切っているからな。着の身着のままのあなたを我が国によこした時点で、属国のままでおとなしくしてはいないだろうと」
「…そうなんですね」
確かにその通りだ。
嫁入り道具も持たせず、汚い小娘をそのまま王女として寄越すなど、正気を疑われても仕方がない。
そう思うと、最初の時点で疑われていたというのは納得できた。
「あとは、あなたの口から聞いた」
「私……が、言った?」
そんなはずはない…そう言おうとして、彼に毒薬を呑ませようとした夢を見たことを思いだした。
(まさか、あれは夢じゃなかった?)
まさかの事態に、ベアトリスの顔色が青ざめていく。
「ああ、覚えていないようだが、あなたが寝込んだとき、私に寝ぼけて毒薬を呑ませようとした。あの赤いネックレスに入っているところも、全部見せてくれたぞ」
「えっ」
寝込んだのは1か月近く前のことだ。
ヴィンセントはそれだけの期間、ベアトリスが自分を殺そうとしているのを知りながら、距離を詰めてきたということになる。
それを知りながらベアトリスと過ごす時間を増やし、あげく一緒に寝台に寝に来るようになった彼のことが理解できない。
「あのとき、私は悲しかった」
「えっ?」
「あなたが、こんな小さな体で私を殺すという大役を担いながら、その一方でこの国のために尽くす姿が、私にはとても悲しかったのだ。そして同時に、あなたにこんな過酷な運命を科した、ホスティス国への怒りが湧いた。その時、私は誓ったのだ。あなたを守り、愛し、幸せにすると」
ヴィンセントの瞳が、まっすぐにベアトリスへと注がれる。
瞳の奥には輝きが見え、そこに噓偽りを思わせる澱みは一切ない。
彼が心の底からそう言っていると、ベアトリスは感じた。
(なんて、素敵な方)
ヴィンセントを一言で言い表すなら、それに尽きる。
自分を殺そうとした相手を愛するだなんて、並の人間にできることじゃない。まして、夢うつつではあったけれど、本当に殺そうと行動にすら出ている。
その懐の広さは王族として、そして彼がいずれ国王になるときに存分に発揮されることになるだろう。
それに自分も受け入れてもらえることが、ベアトリスには心が震えるほどに嬉しい。
「私は、ホスティス国を潰すつもりでいる」
「えっ、それは…」
突然のヴィンセントの宣言に、ベアトリスは動揺した。
しかし、まだ続きがあるというように、そっとベアトリスの唇に指を添えた。
「あなたは知っているか?どうしてホスティス国が困窮しているのかを」
「……知りません」
ヴィンセントに問われ、ベアトリスは首を横に振った。
言われてみればその通りだ。何の理由もなく困窮するわけがない。
その理由を解決できれば、困窮している現状もなんとかなる。
豊かにしようという気持ちばかりが先走り、その点について全く考えてこなかった。
(私は、愚かだ)
しかし、そんなベアトリスの気持ちを汲んだように、ヴィンセントは続ける。
「知らない自分を責めなくていい。あなたは外の世界を知らされていなかったのだし、あなたはあなたなりに一生懸命やっている。それを責めるなど、誰が許そうと私が許さない」
「はい」
なんて力強い言葉をくれるんだろう。
こんな人が、自分を愛しているなどと言ってくれたことが、未だに信じられない。
「ホスティス国の困窮している原因は、王族とそれに類する高位貴族による重い税、そして魔法使いの特権意識が原因だ。民は重い税に苦しみ、その上魔法使いが自身の能力を過剰に高く見積もり、魔法が必要とされる仕事に異常に高い報酬を定めている」
「そんな……」
「残念だが現実だ。私が千里眼でホスティス国内部を見て回ったのと、極秘に調査させた結果からも出ている。ホスティス国を潰すといったのは、そのような民を苦しめるものたちを排除し、国として新たに立て直すということだ」
「そうなのですね。許せません」
それを聞いて、父王への怒りが湧いてくる。
もし、ヴィンセントを殺すことができたとしても、その状態ではホスティス国はソーシアス国から奪ってもその豊かさは一部の者にしか行きわたらなかっただろう。そんなのは、ベアトリスが望んだことではない。
そんなことをしなくて済んだという安堵と、王族でありながら民のために動かないものたちへの怒り。
ヴィンセントの目に、初めて怒りをあらわにしたベアトリスの表情が映った。
「だが、問題はそいつらを排除すれば済む話ではない。ホスティス国は大きい。我が国と比べてそん色がないほどにな。そんな国の上層部を排除し、国家として運営し続けていくのは現実的ではない。それが問題だ」
「確かにその通りですね」
ホスティス国とソーシアス国は、この2国だけで大陸の面積の半分を占めるほどに大きな国家だ。いくらソーシアス国といえど、同じ規模の国を同時に運営するのは負担が大きすぎる。
「ホスティス国を属国としたのも、それが理由だ。はっきり言って、ソーシアス国にはホスティス国を国の一部にすることのメリットが少ない。吸収するよりも、属国として放置したほうが面倒が少ない。それが仇となったわけだが…」
「それは…すみません」
結果、属国という扱いで納得せず、ベアトリスを送り込んで色々やらかそうといたのだ。それにベアトリスは申し訳なさを感じる。
「あなたが謝ることではない。それに、おかげであなたがこうして来てくれたのだ。この面倒ごとも、あなたと出会えた幸運に比べれば、摂るに足らない些事だ。むしろ感謝すらしよう。尤もそれは、相手を地面にへばりつかせた上でだが」
「はい、それでいいと思います」
王族でありながら、民を虐げるという下劣極まりない行いをしたものにベアトリスは容赦しない。
ヴィンセントとしては少々過激なことを言ってしまったかと思ったが、ベアトリスがノリノリだったため、苦笑した。
「まず目下、ホスティス国の運営を任せるに足る人物の選定だ。さすがに国を1個預けられるだけの人物だからな、なかなか見つからないが…」
ヴィンセントはため息をついた。
そんな人物、早々見つかるものではない。
だが、ベアトリスにはそれに思い当たる人物が1人だけいた。
「殿下、一人候補がいます」
「何?誰だ」
「ディオン様。父王の弟です」




