第19話
それからベアトリスの生活は変わった。
魔法を使っていいのは1日ごと。
合間に魔法を使わない日を設け、休息に充てること。
さらにその休息の日にはティータイムが設けられるようになり、しかもヴィンセントと共にするという。
がらりと変わった生活スタイルに、ベアトリスの首はこれ以上折れそうにないほどひねられている。
(休息はともかくとして、どうしてティータイム?)
理由を尋ねても、ヴィンセントは「ベアトリスの休息のため」としか言わない。抗議しても、どこ吹く風だ。
「十分休めてます」
「いや、紅茶とお菓子によるリラックス効果はとても高い。あなたのように上級魔法を使うのであれば、必要な措置だ」
「必要無いです」
「メリッサ、準備しておくように」
「かしこまりました」
この主従、全然話を聞いてくれない。
結局、休息日は魔法が使えず、孤児院に行くしかなくなった。
来る頻度が増えたことで孤児たちは喜んでくれたが、既にベアトリスの代わりに読み書きを教えてくれる人がいるため、ベアトリスのやっていることはもっぱら遊び相手だ。
(そういえば、こんな風に遊んだこともなかったわね)
遊び方は子どもたちが教えてくれる。
体格的にベアトリスは大きくないため、孤児たちに囲まれても『ちょっと大きいお姉さん』程度にしか見えない。
しかも体力もあまりないので、鬼ごっこなどの遊びに混ざると、ベアトリスのほうが先にばててしまう。
結局、休息日のはずなのにティータイムに戻るころには疲労困憊という、よくわからない事態に陥っている。
そうなると、体は動いた分のエネルギーを補給しようとして、食べ物がおいしい。
要らないはずだったティータイムが、だんだんと待ち遠しくなっていたことに気付いたのは2週間ほど経ってからだ。
「美味しいか?」
「はい」
今日のお菓子はたっぷりの生クリームが乗ったケーキだ。
なめらかで口の中でとろける甘い生クリームに、ふわふわのスポンジの組み合わせについフォークが止まらない。
半分ほど食べたところで、生クリームのようなとろけるような笑みを浮かべたヴィンセントがベアトリスの方を見ていることに気付いた。
(殿下は食べないのかしら?)
ヴィンセントの分は切り分けられた形そのままだ。
一切手を付けておらず、ベアトリスの方を向いたまま。
ベアトリスの視線に気づいたヴィンセントは、フォークでケーキを掬う。
やっと自分の分を食べる気になったと思ったベアトリスの前に、そのフォークが差し出される。
「どうぞ」
「いえ、要らないです」
どうぞ、ではない。
まるでこれでは、自分がねだったようではないかとベアトリスは困惑する。
「一つでは物足りないだろう?今日も子どもたちと一緒に遊んだのなら、疲れているはずだ。疲れには甘い物が効く」
「それなら殿下も食べるべきです」
ベアトリスと違い、ヴィンセントはしっかり政務に励んでおり、疲れているはずだ。
なら、ベアトリスよりもヴィンセントのほうがしっかり食べるべき。
そう思って返したのに、ヴィンセントは何か合点がいったようで頷いた。
「なるほど、つまりあなたが私に食べさせてくれるわけか」
「違います」
何を言っているのだろうか。
ちゃんと自分の前にある分を食べればそれでいいのに、わざわざ複雑にしようとする彼の意図がさっぱり分からない。
「残念だ」
そう言って、彼はベアトリスに差し出したままだったフォークをようやく自分の口に運んだ。
どこが残念なのか、ベアトリスには理解不能である。
(最近の殿下は、以前にもましてわからないわ)
ヴィンセントの行動に一貫性が感じられず、ベアトリスは困惑しっぱなしだ。
それだけではない。
彼はことあるごとにベアトリスに近寄るので、そのたびになんだか鼓動が落ち着かなくなる。
それがベアトリスは気になっていた。
今も、ヴィンセントとベアトリスは並んで座っており、ちょっと身じろぎしただけで触れそうな距離だ。
そんなに近くに座ることに何の意味も無いはずなのに、彼は当然のようにそこに座る。
一度、先に彼が座っていたときはその対面に座ったら、わざわざ立ち上がってベアトリスの隣に詰めて座ってきたのだ。
(一体何の考えがあって、そうしているのかしら?)
一旦彼のことを考え始めてしまうと、ベアトリスの意識はそっちに向いてしまい、せっかくの美味しいケーキもなんだかよく分からないものになってしまう。
淡々とケーキを口に運ぶだけになり、気付いたら皿の上は空だ。
流し込むように紅茶を飲むと、まだ食べている途中のヴィンセントが、再びケーキを乗せたフォークを差し出してくる。
「足りないだろう?ほら」
「…いりません」
このやりとりも、もう何度繰り返しているか分からない。
どうしてか彼はベアトリスに食べさせようとしてくるし、諦めない。
そして何より問題なのは、そんな彼の行動に載せられそうになる自分がいることだ。
(今、口を開きかけたわ。危ない)
食べさせてもらうなど、幼児か病人がされることだ。
ベアトリスがそんなことをしてもらう謂れは無く、望んだことも無い。
それなのに、まれに彼の差し出すそれに口を開きかける自分がいる。
そんな自分がいることに驚き、くすぐったいような感覚に襲われた。
「では、私は政務に戻ろう。ベアトリス、またあとで」
「いってらっしゃいませ」
見送ると、彼は嬉しそうな顔をベアトリスに向け、そのまま部屋を出ていった。
「ふぅ」
ベアトリスは我知らず息を吐いた。
ヴィンセントがいなくなったことで、高鳴る鼓動はようやく落ち着き始める。
(私、どうしてしまったのかしら)
魔法の使いすぎで倒れて以来、自分が何か変わってしまったような気がしてならない。
ヴィンセントについてもそう感じるしで、ベアトリスはなんだか落ち着かない毎日を過ごすようになってしまった。




