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[連載版]祖国に「死んでこい」と言われた王女ですが今日も敵国で元気です  作者: 蒼黒せい


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第16話

「っ!」


 王子宮の私室に転移したベアトリスは、その瞬間崩れ落ちた。

 収まらない頭痛に、もはや立っていることさえままならない。


「っ……く……はっ……」


 床を這うように進みながら、なんとかベッドに横になろうと進む。

 そこに、ちょうどメリッサが入ってきた。


「っ!?ベアトリス様、どうなさいました!?」


 メリッサは床を這いつくばるベアトリスに気付き、すぐに手を伸ばした。

 抱きかかえると、ベアトリスはその小さく可愛らしい顔を苦悶の表情に染め、大粒の汗をかいていた。

 彼女の纏うコートからは焦げ臭いにおいがするしで、メリッサは目の前の事態に混乱しつつも、すぐさま行動に移った。


「大至急主治医を呼んで!あと王子殿下にも連絡を!」


 メリッサは軽いベアトリスを抱えあげながら、他の侍女に指示を出した。

 コートを脱がせ、ベッドに寝かせる。

 荒い息を吐き、白い肌を紅潮させたベアトリスの様子に、メリッサは何が起きたのかと困惑するしかなかった。


(ベアトリス様に、一体何が起きたの?)


 同時刻。

 執務室で政務を執り行っていたヴィンセントは、鳴り響く鐘の音に、片眉を上げた。


「火事だと?」

「はい。貴族街の屋敷から火が出たようです。ただ火の手が早く、かなり大きな火が上がっているようで、魔法師団も2部隊派遣されています」

「そうか。犠牲者が出なければいいが…」


 火事が起きると、魔法師団も出動する。水魔法による消火のためだ。

 通常は1部隊だが、火事の規模から倍の部隊が要請された。

 それで問題無いだろう…そう思ったヴィンセントの脳裏に、ふと金の瞳を持った少女の顔が思い浮かび、小さく笑った。


(彼女が知れば、転移で駆け付けたかもしれないな)


 メリッサの報告では、ベアトリスはいつも日の沈む直前に帰ってくるという。

 ぎりぎりまで慈善活動に従事しているようだ。

 今はまだ日の入りの少し前。

 ベアトリスが戻ってくるという時間帯の少し前だ。


 連日どこかに出掛け、何をしているのかは分からない。

 ただ、その衣服を洗うメリッサは、毎日違う汚れを付けてくるベアトリスに怒りと不安と心配という複雑な感情を抱いているようだ。

 侍女としてだけでなく、監視役も務めるメリッサは、今ではすっかりベアトリスを心配するお姉さんのようなポジションになってしまっている。


 ヴィンセントも心配ではないわけではないが、ベアトリスの才は自分には計れず、それを止める判断材料が無かった。

 ただ、今朝は少しだけ、いつも白い肌の彼女が、ほんの少しだけ青白かったような気がしたのが気がかりだ。だが、本人はいつも通りにしており、あえて訊ねなかった。

 メリッサからはいつも通り転移でどこかに行ったという。上級魔法はその使用に高い集中力を要する。ヴィンセントも、万全の体調でなければ使うことはできず、使えたということは問題無いはずだ。


(本当に大丈夫か、帰ってきたら確認したほうがいいかもな)


 だが、どうにも気がかりだ。

 もうすぐベアトリスとの夕食の時間になる。そこで確認しようと思った時、執務室のドアがけたたましくノックされた。


「何事です?」


 応対に出たティルソンの声が険しい。

 仮にも王子の執務室だ。そのような乱暴なノックは許されない。

 だが、入ってきた侍女の言葉に、ティルソンはもちろん、ヴィンセントも目を剥いた。


「ほ、報告します!ベアトリス様が倒れました!」




「…どういうことだ?」


 ヴィンセントがベアトリスの私室へ駆けつけたとき、そこにはベッドに横になり、大粒の汗をかきながら苦悶の表情で荒く息を吐くベアトリスの姿があった。

 いつも無表情で淡々としており、それでいて王族としての気高さを失わなかった彼女が、今はとても弱弱しく見える。

 その姿に、ヴィンセントは信じられないとばかりに呟いた。


「申し訳ございません。私が部屋に戻ったときには、ベアトリス様は床に倒れ込んでおりまして、原因は分かりません」


 そう言って頭を下げたメリッサだが、ヴィンセントはそれを気にする余裕も無かった。

 そっとベッドの脇に膝をつき、ベアトリスの頬に触れる。

 一度も触れたことのない彼女の肌は、最初に見た時と打って変わって瑞々しくなり、柔らかくも張りのある状態になっている。普段は真っ白なのに、それが今では真っ赤になり、その見た目通り熱い。

 ベアトリスは触れられていることにも気付かず、荒い呼吸を繰り返している。


 その様子に、今朝の違和感を無視した自分の愚かさに腹が立ってきた。


(私は馬鹿だ!あの時、既に異常が見えたというのにそれを無視して…一体、彼女の何を見ていたというのだ)


 ヴィンセントが己を責めていると、主治医が来てすぐさまベアトリスの診断を始めた。


 ヴィンセントたち男性陣は追い出され、ヤキモキしながら診断結果を待つ。

 しばらしくて診断が終わり、主治医は『魔法の使いすぎによる脳酷使』と診断した。

 これは魔法使いにのみ起きる固有の症状で、魔法を使うために脳を酷使しすぎると、重い頭痛が起き、身体の疲労が高まる。それを、身体が発熱して強制的に休ませるというものだ。

 ただこれはめったに起きるものではなく、大抵の魔法使いは脳酷使する前に魔力が尽きる。連日魔法を使い続けられるほどの膨大な魔力を持つ魔法使いのみが陥る症状だ。


 ヴィンセントも、脳酷使を起こしたことがあった。

 まだ魔法を習いたてのころ、何度も魔法の反復練習を繰り返したところ、頭痛に襲われ、何日も寝込んだのだ。最近は魔法を使うことよりも、政務にかかることの方が増えたたため、すっかりそのことを忘れてしまっていた。


「しばらく魔法を使わせず、静養させてください。症状が治まったあとでも、使いすぎは抑えるように」


 主治医はそう言って、王子宮を後にした。

 重大な病気ではないと分かって安心した半面、それを失念していたことをヴィンセントは責めた。


(そうだ、いくら魔法の才があろうと、彼女はまだ15歳の少女。それを、己の才で計れないからなどと言い訳をして……最低だな、私は)


 メリッサがベアトリスの額に載せた濡れタオルを入れ替える。

 今度はベアトリスの肌に浮いた汗を拭こうとタオルを手に取ったところで、ヴィンセントがそれを奪い取った。


「私がやる」


 それにメリッサは驚いたがすぐにうなずき、一歩下がった。


「はぁ……はぁ………」


 ベアトリスの荒い呼吸は今も収まらない。

 主治医の診断では、今夜いっぱいこの状況だという。

 乾いたタオルでベアトリスの汗を拭き取っていく。いつも真っすぐに向けてくれる金の瞳は、瞼の影に隠れて見ることができない。

 それが、ヴィンセントにはどうしようもないほどに辛かった。


 一旦食事を済ませたヴィンセントは、再びベアトリスの私室に戻ってきていた。

 その間、看病をしていたメリッサを下げさせ、今晩の看病は自分が行うと譲らない。


「いや、明日の政務はどうするんですか?」

「お前たちでなんとかしろ。仮眠を終え次第、復帰する」

「…分かりましたよ」


 ティルソンの当然の指摘に、ヴィンセントは無情にもなんとかしろと押し付けた。

 ベッドに入ってから2時間経っても荒い呼吸を繰り返すベアトリスを前に、それ以上のやりとりは控えようと、ティルソンは不承不承頷いた。


 どうしても、この役を今晩だけは譲りたくなかった。それがヴィンセントの本心だ。


(紺のローブを纏った正体不明の正義の味方…か)


 タオルを濡らす桶に氷を魔法で生み出し、氷水でタオルを濡らし直してまたベアトリスの額に載せる。

 そうしながら、最近王城に上がる情報を思いだしていた。

 それは、紺のローブを纏った謎の人物が、唐突に現れては問題を解決しては去っていく、というものだ。


 ある時は盗賊を退治し、あるときは土砂崩れを撤去し、ある時は大岩で倒壊した家の大岩を取り除いて山から木材を持ってきたり。

 一切名乗らず、言葉も交わさず、ただ去るその姿は各地で見られ、その噂は徐々にソーシアス国内で広まりつつある。

 中には神の使いだと神聖視するものまでいるという。


 その真実を知るヴィンセントからすれば、その噂がなんとも誇らしく、それでいてもどかしい。

 どうしてベアトリスが、自分の正体を明かすことを頑なに拒み、こっそりと人助けに邁進するのかが分からない。

 彼女はいつの間にか現れ、いつの間にか消えているのだ。それに、感謝の言葉も言えなかったと悔やむ声は多い。

 報酬はおろか、賞賛の声も、感謝の声も聴くことすらしない。そんなベアトリスの徹底ぶりが、ヴィンセントにはまぶしい。


(私なら、そんなことができるか?自分のしたことに、一切感謝も賞賛も求めない。恩を着せるわけでもなく、ただ無私となって人に尽くす。そのような、聖人とも言えるような振る舞いが。……私には、無理だな)


 誰かに話すことすらしない。恵まれた魔法の才を、余すところなく民のために使う。それによって、自身を酷使し、こんな辛い目に遭っている。

 だが、それを他人にぶつけるベアトリスの姿が、ヴィンセントにはイメージできない。


(きっと、復帰すれば彼女はまた人助けのために、人々の下へ向かうだろう。自分が倒れたことも忘れて。それでいいのか?私は)


 浮き出た汗をぬぐう。

 それでいいと、もう思えなかった。

 こんなにも苦しむ彼女の姿を、見ていたくないと叫ぶ自分がいる。


(もう……私は、彼女を離したくない)


 ベアトリスがどんな考えを持っていようと、例え今なお自分を殺そうと考えていたとしても、ヴィンセントは彼女を自分の元から手放そうとは思わなかった。

 自分の心が、こんなにも小さくて弱弱しい体なのに、まっすぐに人々を想い、自分を顧みずに尽くすその気高き精神に囚われていることを、ヴィンセントは今更ながらに思い知る。


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