第14話
それからもベアトリスは、朝から転移でどこかに出掛けては、夕方ごろに戻ってくるという生活を続けた。
孤児院のほうは大分落ち着き、掃除は孤児たちで行うようになり、ベアトリスがするのは文字の読み書きくらい。それも、孤児院の評判が良くなったことで貴族女性の参加するようになり、ベアトリスの出番は減った。それに院長は申し訳なさそうにしていたけども、いずれいなくなる身だ。
(代わりがいるのなら、それにこしたことはないもの)
そうすると、次はとばかりにベアトリスは王都の外で、民のための慈善活動に務めた。
ある時は土砂崩れで埋まった畑を掘り起こすため、土魔法で土を撤去したり。
落石で家が倒壊した民のため、落石をどこかに飛ばした後、家を建てるための木材を山から切り出して届けたり。
喧嘩を見かければ双方の頭に水をぶっかけて頭を冷やし、怒りの矛先をベアトリスに向ければ風魔法で空に飛ばして恐怖体験をさせ、また風魔法で地面に下ろす。そうすれば大男でも恐怖で喧嘩を取りやめた。
正体がばれないよう、いつもフード付きの紺のコートを纏った。
ベアトリスは現地の民とはほとんど言葉を交わさない。周囲を見て、今必要な行為を勝手に想像し、実行する。
事が終われば、すぐにその場を離れた。
感謝の言葉も報酬も求めない。王族とはそうあるべきだというのが、ベアトリスの認識だ。
メリッサはヴィンセントとの晩餐以降、転移でどこかに行くことに何も言わなくなった。
ただ、
「ご無事でお戻りください」
とだけ言われる。しかも、わざわざ手を握ってくるのだ。
そのときの切なそうな表情が、ベアトリスの心に響く。
(どうして、あなたはそんな表情をしているの?)
ベアトリスにはそれが分からない。けれど、そんな表情をしてほしくないという気持ちだけは湧いてくる。
最初はなにも返さず、そのまま転移していたのに、いつしか返すようになっていた。
「ええ、戻ってくる」
それだけで、メリッサは破願した。
「いってらっしゃいませ」
「行ってくる」
そのよくわからないやり取りに、ベアトリスの胸は温かくなった。
今日は山の中に転移した。目的は盗賊のアジトだ。
千里眼は鷹の目のごとし俯瞰的に見ることができるので、怪しい人の動きはすぐに見つけられる。今日の盗賊は、山肌にできた洞窟にアジトを構えていた。
さっそく、千里眼でその中を確認する。
しかし、その中に驚くべき惨状を見つけた。
(女性が……これは、誘拐?)
洞窟の中には、山賊と思しき男たちが10人強。その一番奥に木製の牢屋が作られ、その中に粗末な恰好をさせられた年若い少女たちが5人いた。
少女たちはその状況に怯え、泣きはらしている。泣き始めた少女もいたが、牢屋に何かがぶつかり、それにショックを受けて泣くのを止めた。
盗賊を捕らえ、少女たちを助ける。
それが今日のベアトリスのすべきことだ。
決まったとばかりにベアトリスは動き出した。
ベアトリスはゆっくりと、洞窟の中へと進んでいく。紺のコートを纏い、フードを被れば一見誰かは分からない。
フードを被った怪しい人物の登場に、盗賊たちは殺気立つ。
「なんだぁ、てめぇギャア!」
ベアトリスに気付いた盗賊を、雷魔法で速攻気絶させる。
ベアトリスにとって、魔法で人を傷つけるのは好きではない。だが、犯罪者である盗賊に使うことにはためらいが無かった。
(これ以上、彼らに罪を重ねさせるわけにはいかない)
なまじ情けをかけ、取り逃がせば、彼らはさらに悪事を重ねるだろう。
そうなれば、死をもって償うしかなくなる。そうなる前に捕らえ、罪を重ねさせないのも為政者の務めだ。
ベアトリスにとって、盗賊であっても民は民。
罪を重ねたとはいえ、彼らを魔法で攻撃することは、気持ちがいいものではなかった。
手際よく盗賊全員を眠らせたあと、ベアトリスは奥にある牢屋に近づいた。
怪しいフードを被った正体不明の人物が、瞬く間に盗賊を雷魔法で気絶させた。そんな状況に、少女たちの怯えは消えない。
「出なさい」
そう言って、ベアトリスは木製の檻を一部だけ焼き切ることで人が通れるだけの隙間を作った。
少女たちが顔を見合わせ、本当に出て大丈夫なのかと疑心暗鬼に陥る中、ベアトリスは気絶させた盗賊たちを縛りあげ始めた。
さすが、誘拐してきただけあって、捕まえるための縄は豊富だ。それが自分たちを縛るためのものになるとは、盗賊たちも思わなかっただろう。
一人一人縛り上げていくと、その様子に出ても大丈夫と判断したのだろう、おずおずと少女たちが檻から出てくる。
「全員縛り上げたら、近くの村に行くわ」
そう言って、ベアトリスは盗賊を縛り上げていく。それをしばし少女たちは眺めていたが、一人が縄をもって盗賊を縛り始めた。
待っているよりも、自分も一緒に盗賊を縛れば、早く帰れることに気付いたのだろう。他の少女たちも続き、あっという間に盗賊たちは全員身動きできなくなった。
「行くわよ」
そう言ってベアトリスは洞窟の外に出た。それに少女たちが続く。
ベアトリスは千里眼で近くの町を見つけ、そこに向かってもくもくと歩き進めていく。
少女たちは、得体のしれないベアトリスに話しかけることも無く、怯えながらも無言のままついてきた。
歩くこと1時間ほどして、一行は町へとたどり着いた。
そこにいた門番は、フードを被った怪しいベアトリスに、薄汚れた格好の少女5人を見て何事かと駆け寄ってきた。
何事かと問う門番に、ベアトリスは淡々と答える。
「盗賊を捕らえた。そこで誘拐された少女たちを連れてきた」
「えっ、ほ、本当なのか?」
門番の視線が後ろの少女たちへと向く。
その中の一人が、しっかりとうなずいた。
「は、はい、そうです。私たち、盗賊に誘拐されて…そうしたら、この方が盗賊を倒して、私たちを助けてくださったんです」
「そうか、分かった。ひとまず中に入ってくれ」
そう言う門番に、少女たちはついていく。しかし、ベアトリスは踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あなたにも聞きたいことがあるんだ!」
「私の用は済んだ。聞きたいことは、そこの子たちに聞いて」
転移魔法で転移しようとした瞬間、ベアトリスの耳に少女たちの感謝の声が届いた。
「本当に、ありがとうございます!」
「この御恩は忘れません!」
「あの、お名前は…!」
名乗るつもりは無いベアトリスは、自然と片手を振った。
そして、彼らの目の前から消えた。
次にベアトリスが転移したのは、獣の被害に悩まされている農村だ。
困っている民は多い。そこに、ベアトリスの休む暇も、後始末に掛ける時間もない。
そして、獣を討伐しようと森に一歩踏み込んだ瞬間、ベアトリスの耳にさっきの少女たちの感謝の声がこだました。
「ふふっ」
それに、ベアトリスの口角が緩む。
だが、すぐに気を引き締めた。人助けに喜ぶなんて、王族にあるまじき醜態だ。
王が人を助けるなんて当然のことなのだから。
(…村を襲う獣の棲み処は、この先ね)
頭を切り替え、森の中へと突き進む。
そこにはいつもの無表情のベアトリスがいた。




