第13話
それから2日後。
執務室で政務に取り掛かっていたヴィンセントの下へ、メリッサが飛び込んできた。
珍しく慌てた…というよりは怒り心頭な彼女の様子に、ヴィンセントは不思議に思いながら声を掛ける。
「どうした?」
「殿下、ベアトリス様に転移魔法の使用を禁止してください」
「……どういうことだ?」
メリッサの言うところは以下のようだ。
転移魔法を習った翌日。つまりは昨日だが、ベアトリスはメリッサに少しの路銀を用意してもらうと、それを握り締めてどこかに転移したようだ。
メリッサはそれを追うことができず、少し待てば戻ってくると思った。
しかし夕方になるまで帰ってこず、やっと帰ってきたと思ったら泥だらけ。
どこに行ったのかと問い質しても、「王都の外」としか言わない。
勝手に行かないでくださいと言ったら、今朝は「王都の外に行ってくる」と一方的に言い放って消えたのがさっきだという。
それを聞いたヴィンセントはふむ…と顎に手を当て、考える。
(早速動いたか…。ベアトリスのことだ、変なことはしていないだろうが、何をしているか把握できないのは問題だな)
民のため。
上級魔法を使いたい目的をそう語った彼女のことだ。孤児院で寄付金を出すだけでなく、直接その世話までしたのだから、きっと自らの手で民のためになにかしに行ったのだろうと、ヴィンセントは考える。
それを、メリッサが言うように止めたいとは思わない。とはいえ、心配しないわけでもない。
上級魔法を使えるほどだ。彼女の戦闘能力はかなり高いし、何かあっても転移魔法で帰ってこれるが、一方でどこか危うい感じもあるベアトリスだ。
一人で何をしているのか、心配である。
何かよからぬことをしているのでは…という考えは一切ヴィンセントには無かった。
「分かった、今晩にでも話そう。ついでに晩餐も今日から共にする。私と彼女の分を用意しておいてくれ」
「えっ、はっ、かしこまりました」
メリッサが執務室を出ていく。
扉が閉まると、ティルソンがくっくっと笑い出した。
「まさか、早速転移魔法で好き放題し始めるとはね。心配かい?」
「…心配と言えば心配だ。身の危険は無いだろうが、誰かに騙されないかという心配はある」
「そう?ぼくにはそうは見えないけどね。あれで真偽を見極める目は持ってそうな気がするなぁ」
「まぁ口実のようなものだ。彼女なら、民のために何かしているのだろう。だが、それを一切知らないままではいたくない」
「…ホスティス国の民のだったら?」
「………」
ベアトリスの千里眼は、どこまで見通せるのか、それはヴィンセントにすら分からない。ヴィンセントでもホスティス国の王城まで飛べたのだ。それを上回るだろうベアトリスなら、容易に行けるだろう。
もしかしたら、ソーシアス国の民ではなく、ホスティス国の民のため。そうだった場合、自分はどうするのか、それをヴィンセントは決めていなかった。
(いや、聞かずに判断するのはダメだ。聞いてから、考えよう)
「本人に確かめてからだ。それに、例えそうだったとしても……私に、それを止める権利はない」
「いやあるでしょ?もう夫なんだよ?それに彼女はソーシアス国の王子妃だ。民のためだというなら、ソーシアス国の民のためじゃなくっちゃ」
「それはそうだがな…」
いずれにせよ、答えは当人しか分からない。
ヴィンセントはざわざわした感じを誤魔化しながら、ベアトリスが戻ってくるのを待った。
「ベアトリス様、今日はどちらに行っておられたんですか?」
「王都の外」
ベアトリスが出先から王子宮に戻ると、そこにはメリッサが仁王立ちで待ち構えていた。
その表情には明らかに怒りの感情が見えるが、ベアトリスにはメリッサが怒る理由が分からなかった。
(どうしてメリッサは怒っているのかしら。私なんてどうでもいいでしょうに)
それに、ベアトリスは詳しい場所を言いたくなかった。
ベアトリスはいずれ王子殺しの汚名を被るからだ。そのとき、ベアトリスが何かした民に嫌な気持ちを持たせたくない。だから、ベアトリスは自分の素性を隠し、何をしたかも誰にも知られたくなかった。
孤児院のときはまだ魔法の力がなく、お金でなんとかするしかなかったからメリッサやヴィンセントたちにはバレることになったが、今は違う。
自力だけでなんとかなるのだから、もうこれ以上自分の所業を知らしめたくない。
今日は盗賊を捕まえてきた。数日前に盗賊が馬車を襲い、積み荷を強奪していたのを千里眼で見かけたからだ。
千里眼で盗賊のアジトを探し出し、魔法で撃退。気絶させた盗賊を縛り上げ、近くの詰め所に通報してきた。意外と一人一人縛り上げるのに時間がかかって、夕方ごろになってしまったのだ。
「王都の外では分かりません!もっと細かい場所を…!」
「そう言われても、分からないわ」
分からないのは事実だ。ベアトリスにはソーシアス国の土地勘が無い。
それに、千里眼で見て転移しているから、地名などを覚える必要も無いのだ。だから、どんなにメリッサが怖い顔をしていても、ベアトリスには答えられることが無い。
ベアトリスが答える気が無いと分かったのか、メリッサは大きく息を吐いた。
「…わかりました。ではこの後、王子殿下と晩餐ですので、その際にたっぷり聞かれてくださいね」
「えっ?」
それはどういう…と聞こうとして、ベアトリスは容赦なく浴室に連れ込まれた。
盗賊のアジトで暴れたり捕まえたりして、今日のベアトリスは埃っぽかった。お風呂はありがたいが、ヴィンセントと晩餐とはどういうことなのか。
せわしなく準備を整えるメリッサに聞く暇もなく、ベアトリスは食堂へと連れてかれた。
「来たな」
そこには朝と同様、椅子に座って待つヴィンセントの姿があった。
(朝だけじゃなく、夜まで一緒なんて。一体どうしたのかしら)
ここ最近になって、ヴィンセントの考えが分からない。
以前から分からなかったが、ここ最近は特にだ。食事はともにするけど、相変わらず共有寝室には来ないし。
分からないから、後で聞こうと思いながらベアトリスは椅子に座った。
晩餐だけあって、ヴィンセントの前に並んだ食事は朝よりも豪華だった。
食前酒のワインに、パンとスープ、メインとなる鳥のステーキに、魚のグリルもある。
一方、ベアトリスの晩餐は朝と何ら変わらない。
それを見たヴィンセントは眉をひそめた。
「あなたは、夜も朝と同じなのか?」
「はい」
何か言いたげなヴィンセントだが、それは飲み込んだらしい。
そのまま晩餐は始まった。
サラダを食べ終え、パンを一口サイズにちぎって口に運ぼうとしたところで、ヴィンセントから声を掛けられた。
「メリッサから聞いたが、あなたは昨日今日と、転移でどこかに出掛けたらしいな?」
「はい」
「どこに?」
「わかりません」
「わからない…とは、どういうことだ?」
「私はこの国の土地勘がありません。千里眼で見て転移してるので、地名などは分かりません」
「……そうか、確かにそれでは分からないな」
ベアトリスの回答に、ヴィンセントはうんうんとうなずいた。
それにメリッサの目つきがきつくなるが、ベアトリスもヴィンセントも気にしない。
「では質問を変えよう。その分からない場所で、あなたは何をしている?」
「言いません」
「……」
「……」
場の雰囲気に緊張が走った。
壁に控えるティルソンも珍しく笑顔の裏に闇を纏い、メリッサは無表情ながら怒りの波動を漂わせている。
それを打ち消すように、ヴィンセントは言葉を続けた。
「また質問を変えよう。これだけは答えてほしい。あなたのしていることは、ソーシアス国の民のためか?」
「はい」
「ならばいい」
ベアトリスの返答に、ヴィンセントは満足そうにうなずいた。
ヴィンセントからすれば、それだけで十分だ。
ベアトリスは嘘を言わない。だから、彼女が「はい」と言ったのなら、それでいい。
メリッサは納得していないようだが、王子夫妻の間に割って入るほど不躾でもない。
一方、ベアトリスはここでようやく、ヴィンセントの態度に不思議なものを感じていた。
ベアトリスにとって、ヴィンセントはいずれ殺さなくてはならない相手だ。そんな相手にどう思われようと、どうでもいい。そう思っていた。
しかし、今の問答にベアトリスは何かを感じた。
それは信頼だ。ベアトリスの言葉を、それだけで信じるという、信頼。
(どうして、あなたは私のことを、信じるの?)
信じてもらってももらわなくても、同じこと。ベアトリスが何かをするのに、ヴィンセントは関係ないのだ。
それなのに、彼が自分の言葉を疑わずに受け入れてくれたことに、胸が温かくなるような気がした。
その意味が、ベアトリスには分からない。




