第八話 家族
「…………遅いな」
すっかり外は暗くなっている。
恵は椅子に腰掛けて、外を見た。この町は人が少ないため、灯りはそれほど多くない。だから月や星が見えて恵は好きなのだが、秋葉にとっては暗すぎるかもしれないと思う。
あれから針子屋にいって、神衣を3着程受け取って来た。
針子屋とは、神界にある仕立て屋だ。神衣は様々な種類があり、好みもある。それぞれが好きなように神衣を仕立てるのが通常である。
だから今は恵も自分の着丈にあった、いつもの着物に着替えていた。新品を着るのは久しぶりだ。
「……くそ」
何かあったのか、それともこれが通常なのか分からない。恵は家の外に出て、門のところから坂を見下ろした。秋葉は働きに行くと言っていた。バイト?というんだったか。
真っ暗な闇が東町を包んでいるのを見下ろして、どの位経ったただろうか。
「あれっ??」
坂を登ってくる秋葉が見える。手には白い袋を持って、ごぼうがチラリとのぞいていた。他にも食材が入ってそうな重量感を感じる。
「恵様、どうしたんですか…!?」
慌てて駆け寄ってくる秋葉の顔は、肌寒い中それなりに歩いてきたのか赤く染まっている。
「……待っていた」
「そんな、すみませんもしかしてお腹空きました!?」
秋葉は心配そうな顔をして、恵を見上げた。
「腹は空かんが、お前を心配した」
正直にそう答えると、秋葉の顔がさらに赤く染まる。照れているのだろうか。
恵はずっと一人だった。東神社で、人々の願いを聞く日々。世話人や、他の神と話すこともあれど、基本的には一人の日々。それが、昨日から今日の一瞬で変わってしまったような気がする。明かりの灯る部屋で、温かいものを食べ、秋葉と話し、風呂に浸かり、笑い、怒り、祈った。その全てが、今までの普通を覆してしまった。
「お前は腹は空かないのか」
ものすごく久しぶりに会ったような気がして、秋葉の頭にぽんと手を乗せた。この温かい人間に触れていたいと、ただそれだけを思っていた。
「めっっちゃ空きました……」
「そうだろうな。貸せ、持つ」
秋葉の持っていた袋をひょいと取り上げると、やはり見た目通りそれなりに重みがあった。
「あ、ありがとうございます」
「早く入るぞ」
そう言って家に向かうと、秋葉もやや駆け足でついてきて、「ただいまです」と言った。
「……………おかえり」
背後でやや満足そうに秋葉が笑う気配がして、心が温かくなる。
そうか、この存在が、家族。そして、人間たちが家族みんなで幸せに、とよく願う理由がよく分かった。
*
恵の手は冷たい。
末端冷え性というものなのだろうか、氷のような、キンとした冷たさというよりは単純に外気に体温が負けている冷たさだ。外で待っていた恵の手は案の定冷たかったが、しばらく家でのんびりとしているとまた温かくなった。
秋葉は夕食にご飯、味噌汁(余りである)、ごぼうのサラダ、お店からもらってきた唐揚げを並べた。
「お肉、食べますか?」
と聞くと、「食べる」と即答されたので、普通に用意した。
仏壇にも同じようなメニューを供えて、手を合わせる。
「お父さん、ただいま」
父は挨拶にうるさい人間だった。
穏やかであまり怒ることのないような人だったが、秋葉がまだ小さい頃、おはようやおやすみ、いってらっしゃいやごめんなさい、ありがとう。その辺りの挨拶をきちんとするようにものすごく言われた記憶がある。
もちろん、近所の人に会った時には必ず挨拶。その教育のおかげか、秋葉は近所でもよく可愛がられて「今時にしては珍しい」とよく言われたものだ。
「…恵様は、今日は何してましたか?」
黙々と夕食を口に運んでいた恵が、秋葉の言葉に視線をあげた。男の人にしては長い黒髪の合間から覗く目は今日も漆黒。けれど怖さや威圧感は感じない。
「今日は……服を取りにいっていた」
「あぁ、神の世界ってやつですか…?」
うむ、と恵は神妙な顔で頷いた。
「どうやって行くんですか?」
「東神社の本殿の中に、鏡があってな。それで行き来ができるようになっている。私の他にも、神はそれぞれ神器を持っていることが多いな。それで地上と神界を行き来する」
「なんか、すごいですね」
「そうか?この町と変わらん。男も女もいる」
「すごいですよ、神の世界なんて全然想像つかないです」
「……秋葉は、今日何をしていたんだ」
「あっ、えっとバイトと言ってですね、1時間あたりお金をもらって働いてきました!」
お金を稼いでますよ、というつもりで敬礼をすると、恵は興味を持ったようだった。そういえば、商売繁盛の神だった。
「なんの店だ」
「繁華街の方にあるお店でですね、創作料理が食べれてお酒を飲める小さいお店です。店長が料理が上手なんです」
「だから、店の名前はなんだ?」
「お店の名前…?…“居酒屋 たくみ食堂“って言います」
「たくみ?何か聞いたことあるな」
恵はしばらく記憶を辿るように考え込んで、あっ、と思い出したようだった。
「お前が昨日見ていた男の名前だ」
「あぁ、言われてみればそうですね。でもたくみって、よくある男性の名前ですし」
「…そうなのか」
恵がまたしばらく黙り込んだ。
「……今、願っておいた。お前の働く店が繁盛するように」
「え……願ったって、いいんですか?」
「私がいいからいいんだ」
恵は澄ました顔でお椀に口をつけた。所作はいちいち神がかっているというか、優雅である。
「え〜、恵比寿のお願いなら効果ありそうですね!店長も喜ぶかもしれません」
「だといいな」
ニコニコと、また唐揚げを口に運んだ。店長の作る唐揚げは冷めてもジューシーで美味しい。鶏肉の旨みを感じながら、ふと思った。
「あれ、それって効果があったら…………」
後日。
「草苅ちゃ〜ん、なんなのほんとに〜〜」
「いや、ほんとすみません!!!!!」
「なんで草苅ちゃんが謝るのさ?」
バイト先の居酒屋が何故か大繁盛して大忙しとなり、しばらく目も回るような来客数であった。
「あーーー、余計なことされたあああ〜〜〜〜〜〜」
と、秋葉が嘆いたのはまた別の話である。
本当は毎回イラストを描きたいです!絶対無理!




