第五話 推し?
とりあえずは恵が家で暮らすことが決まって、案内や食事の擦り合わせなんかをして、守ってほしいことを説明して。恵はとりあえず客間に布団を敷き寝てもらうことにした。いずれ心の整理がついたら、父の部屋を片付けて住んでもらってもいい(それまで同居が続いてるかどうかは置いておいて)。
秋葉も入浴や片付けを済ませ、明日のご飯を炊飯器のタイマーでセット。悩んだのは下着をどうするかだった。
父と同居の時は何も気にしていなかったが、考えてみると家に男性がいるのにノーブラは憚れる。悩んだ挙句、自室までは普通に着用することにする。
「ナイトブラとか買ったほうがいいのかな〜…」
ささやかサイズなのは自覚しているので考えたこともなかったが、必要かもしれない。そう考えながら秋葉は自室に戻った。
秋葉の部屋は6畳程度とそんなに広くはなく、和室だ。思春期の頃は友達の可愛いフローリング部屋に憧れて父を困らせた。
今はすっかり慣れて、和室で布団の生活の方が馴染んでいる。和室の隅には勉強机。高校受験の際に買ってもらったものだが、大学生になってからはすっかりパソコンスペースとなっていた。
「よーいしょっと。間に合った〜♪」
キッチンで淹れてきた紅茶のマグカップを片手に、パソコンの電源をつける。秋葉は学校用のノートパソコンとは別に、中古のデスクトップも持っていた。そんなに新しくはないけれど、ゲームや配信をしないなら充分動く。
[よーーし、今日はこのゲームを実況するぞー!!]
やがて、パソコンからは賑やかな声が聞こえてきた。動画配信サイトで、推しの配信をみながらゆっくりと過ごす。これは秋葉の趣味のようなものであり、ストレス解消だった。
画面にゲーム画面が映し出されて、わーだのぎゃーだの叫び声が聞こえてくる。
(……恵様、大丈夫かな)
ちょうど佳境に入ったのか、選択肢を選ぶ場面であぁでもない、こうでもないと推しは悩んでいる。
(なんか押し切られた形になっちゃったけど、本当にこれでいいのかな。神様なんだよね?なんか実感があるようなないような…)
選択肢が決まって、またキャラクターが進み始めた。
(ていうか、急に押しかけてきたり住むとか言い出したり、あんまりこっちの気持ち考えてないよね?どういうつもりなんだろう。何がしたいのかイマイチ分からないな……)
「おい」
急に声をかけられて、秋葉は本日何度目かに文字通り飛び上がった。
「きゃっ!!!…………ななななんですか!?」
振り返ると、恵が部屋の入り口にもたれかかるように立っている。父の深緑色の着物は丈も足りないが、きついのかかなり胸をあけてきている。露出度が高い。神様なのにいいんだろうか。
「すまない、音が気になるんだが」
「…え?あ、あぁすみません」
全く気にしていなかったので少し反省して一旦ミュートにした。父の時は、むしろ賑やかでいいとのことでスピーカーで聞いたり、友達と通話をしていた。普通は夜中にこんなことをされたら気になるだろう。
「すみません、ちゃんとヘッドホンで聞きますから、音は響かないようにします」
「なんだそれは」
ずんずんと恵が近寄ってきて、パソコンを覗き込んだ。
「あ……ええーと、パソコンと言って、インターネットで遠くにいる人の声が聞けたりするんです」
説明はしてみたものの絶対分からないだろうな、と思ったが意外にも恵はすんなりと理解していた。
「お前が………すまん。秋葉が持っているその小さいのと同じようなものなのか?」
「スマホですか?そうですね。パソコンの方がもっと色々できますけど、ほとんど同じです」
「今……特にここ数年で見かける人間は皆それを持っている。どうやらとても便利だとかなんとか」
「そうですね。ないとこの時代生きていけません」
そんなにか、と驚く恵にそんなにです、と頷いて見せた。
「………で、さっきの男の声は誰だ?恋人か?」
「恋人!?」
我ながら素っ頓狂な声が出た。
「そんなそんな、恐れ多いです…!この方は…巧さんって名前で活動している活動者さんで、その知り合いとかじゃないんです。なんていうか……推しっていうか……」
「おし?」
「はい。こうして配信したり、テレビに出たりする人を応援して、活動費用を援助したりグッズ買ったりするんですけど……それを推し活って言ったりします。推しを応援する活動です!」
「………よくわからんな。会って話したりしないのに応援するのか?」
「はい。こうして声を聞いて、コメントして会話できることもありますけど、それでいいんです。見てるだけで楽しくて、癒されたり笑ったり、それが推し活です。そしてこの方が私の推しの巧さんです!!」
ふーーん、と恵はまじまじと画面を見ていたが、急に興味を失ったように入った逸らした。
「うるさくて眠れん。静かにしておけ」
「………すみません」
恵はそれだけ言い残し、秋葉の部屋を出て行った。せっかく見ていたのに、これでは内容についていけなくなってしまった。
「………ヘッドホン、明日さがそ」
というか勝手に押しかけてきて、あれが嫌だのこうするだの、神様はやっぱり我儘だ。今日のゲーム実況楽しみにしてたんだけどーーー
ふと気づいた。
配信は流していたけれど、内容はあんまり覚えていない。なんならずっと、恵のことを考えていた。そう思い返して秋葉はパッと赤くなる。そんなのまるで、私がとても、推しよりも興味があるみたいじゃないか。
「寝よ!……寝よう!!!」
寝たらきっと忘れる。今日は驚きの連続だったから、きっとすぐ寝れるだろう。秋葉は布団に入ることにした。楽しかったのに、台無し。でも今日そんなことばっかりだった気がする。
(やっぱり、なんかちょっとムカつくよね)
そう思うのは許してほしいと思った。
*
推しという概念は分かったが、分からん。
恵は布団の上で胡座をかいて、頬杖をついていた。会えなくても話せなくても応援するって、それはもはや神じゃないのか?見返りがなくてもいいってどういうことだ。自分たちは見返りは常に求められているというのに。
しかも、あの顔だ。
ニヤけたような、笑顔。それは明らかにリラックスした表情で、画面の向こうのナントカ(覚えられない)に向けられたもの。
果たして自分には、怒ったり泣いたり忙しい。
「…………なんだか面白くないな」
そう呟いたが、聞く者は誰もいない。
こうして、草苅家の夜は静かに更けてゆく。




