第四話 ふたりぐらし
「キャーーーッッ!!!」
逃げようとしたが遅かった。秋葉が脱衣所から出る前に恵が風呂から上がってきてもろに遭遇してしまい、思わず秋葉は今日二度目となる叫び声をあげた。
慌てて脱衣所から飛び出して扉を閉める。ガッツリ見てしまった。
細身だが引き締まった体躯にすらりと長い足、色白の肌………。
秋葉は決してウブではない。今はたまたまフリーだが、何人か付き合ったことはあるから初めて男性を見るというわけでもないのだが。恵は顔も良ければアイドルのような芸能人のようなスタイルで、見るには少し刺激が強すぎる。
「なんだ大袈裟だな」
「あああ当たり前ですっ!今日初めてお会いしたんですよ!?びっくりします…」
でもこんなに緊張しているのは秋葉だけなのだろう。恵は平然と身体を拭いて着替えているのか、ガサゴソと動いている気配がする。
「少し考えたんだが」
「はい」
恵が言い出したことは、さらに秋葉の理解を超えていた。
「私がここに住めばいいのではないか?」
住む。住む。住む。住むとは。
「住むって…?」
バァン!と恵が脱衣所の扉を開けた。かろうじて秋葉に配慮して着物を帯で簡単に留めているが、肩にかかろうかという黒い髪はビショビショである。父の着物は案の定丈が足りておらず手足が出ているが、さほど違和感のある姿ではなかった。
「先ほどお前に言われて気がついた。寂しいと感じたことはなかったが、今日お前と話して過ごした時間は楽しかった。確かにそうなのかもしれない。そして」
恵の長い指が秋葉のことを指差した。
「お前も寂しい。さっき泣いていたからな」
「あっ、あれはちょっと浸っていただけで………」
「でも寂しいには違いなかろう。私はお前のことは気にかけている。…………少なくとも、今までの世話役とは違う感情を持っている」
ごくり、と秋葉は喉を鳴らした。
(もしかして、綺麗だとか褒めてくれていたのって………今までとは違う、私が特別だから?)
「お前を拾ったのも、名前をつけたのも私だ。つまり私はお前の保護者だ!!!」
「ほ、ほごしゃ?」
「そう。父が亡くなり一人というのは確かに不安だろう。しかも、今まで全く知らない神という存在の世話もしなければならない。少なくとも今はあまり負荷をかけないほうがよい」
一緒に住むということが負荷とは考えないのか、この男は…………!!!!
秋葉は呆然として何も言えなかった。突拍子がないのと想像がつかなすぎて、何も言葉がでてこない。
「そして、私はこの風呂が気に入った。今まで世話役は言ってきたことはないが、なかなかよい。これは確かに毎日入りたい。そして、お前は毎日東神社までわざわざ飯を持ってくる手間が省ける。利害が一致すると思わんか」
「えっと………神様って、こんな普通の家にいていいんですか?」
「先ほど言っただろう。場所は問わず、すべての願いは私に届く。心配はいらん」
恵はどことなく楽しそうだ。まるで、いいことを思いついた子供のよう。変なの。もう長い長い間生きているのに。
「何より、お前は私の世話をする役目だろ。それがやりやすいのは同居だと思うんだが」
そう言って恵はソファーに腰掛けて、長い足をゆっくりと組んだ。着物がはだけそうで、秋葉はそことなく目を逸らす。
「ちなみにお前に拒否権はない。私がそう決めたからな」
「なッ…………なんでそんな偉そうなんですか!」
「神なんだから偉いだろ」
真顔で言うものだから、秋葉はガックリと肩を落とした。
「………サンダルを買ってくるので、外に出る時は必ず履いて、家の中に入る時は脱いでください
「わかった」
「あと、男の人と住んでるとかちょっと知られたくないので、誰にも言ったり姿が見られないように気をつけてください」
「うむ」
「あと」
「まだあるのか、多いな」
ため息をつかれたので、秋葉はジロリと恵のことを見た。
「私の部屋には入らないでください!着替えは神の世界か何か分からないけど何着か調達してきてください!あと、お風呂も覗いたりしたらダメで、家の中では必ず着物を着てもらって………」
「なんか多くないか」
恵の顔は既にうんざりしてそうだ。
「…………あと、私の名前、お前じゃないです。…秋葉です。あなたにつけてもらった名前です。秋葉って、呼んでください」
我儘すぎるだろうか。
それでも、秋葉という名をつけてくれた彼に呼んでもらえるのは、自分がまだ生きていて良いと、生を受けて良かったと思えるようになる気がした。生い立ちがなんだ。父の死がなんだ。これからだ。
恵は嫌な顔をしていたが、最後の言葉にはふっと笑った。
「わかった。秋葉」
「………交渉成立ですね」
秋葉が右手を差し出すと、恵も右手を差し出す。そして握手をして……少し強引に、思い切り引っ張られた。
何の覚悟もしていなかったので抱きつくような姿勢になってしまい、慌てて身を引く。顔が熱くなるのが分かった。
「髪、拭いてくれ」
頭を差し出す恵。黒く艶やかな髪が、しっとりと濡れていた。これも世話役の仕事なのだろうか。けれど不思議と悪い気はしなかった。
「……もーーー」
肩にかかっていたバスタオルを手に取って、恵の頭をわしゃわしゃと拭きあげる。恵は大人しく頭を差し出していて、どこか子供を相手にしているようだった。
「よろしく頼む、秋葉」
「…はい!」
こうして、秋葉の家には神様が一緒に住むことになった。正体は恵比寿様。一人よりはずっといい。
秋葉は無言で、それでも優しく恵の髪の毛をタオルでわしゃわしゃと拭いていた。




