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幸せになりますように。  作者: かめ
父の死と神様

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第三話 入浴

「そういえば、神様ってお風呂とかどうしてるんですか?ここに来るのは初めてなんですよね」


 食事を終えた後、秋葉は食器を洗いながら振り返った。例にもよって面白そうに恵は秋葉を眺めている。


「風呂?入らんな。特段支障は感じない」


 そう答えた恵に、秋葉がとんでもなく険しい顔をした。


「え、え…?ずっと…?じゃあ着替えとかって…」

「神の世界に針子がいるから、時々新しく繕ったりするが。まぁ基本的にはこれだな。そういえば最近替えてないな何年前……」

 恵は今着ている着物を指差しながら言うと秋葉からものすごい音がした。ガシャァン!と食器を置いて手を拭き、おもむろにキッチン隣の給湯器のスイッチを押す。

[ピッ♪お風呂のお湯張りを、します♪]

 軽快な音楽が流れてきて、秋葉は恵に恐る恐る近寄った。


「お風呂入ってください。今すぐ!」

「ほう、家で風呂が入れるのか。それは便利だなぁ」

「神様だからって無頓着すぎます実体あるんならせめて入浴を!!」


 そうして秋葉が連れてきたのは、家の脱衣所だった。特別なことは何もない、洗濯機と洗面台がある脱衣所。秋葉が思春期の頃に、父重蔵が気を利かせてリフォームをしてくれたため、綺麗なユニットバスになっている。

「ほう、綺麗なもんだ。立派だな」

「ああぁあの、そこのカゴに着物入れてください。着替えは何か探しますので着物は洗います。これがシャンプー、これで頭を洗ってください。これは身体を洗うものです。泡立てて使ってください。お湯は今貯めてるので、その間にこのシャワーで身体を洗ってからお湯に浸かってください」

 早口で秋葉は説明したあと、それではとピシャッと脱衣所のドアを閉めた。


「はーーー………」


 どっと疲れたような気持ちで脱衣所の前に座り込む。匂いや体臭なんかは全然しないから、本当に神様はお風呂に入らなくても大丈夫なんだろう。それでも、秋葉の精神的に何年も洗ってないというのは難しい。潔癖症なつもりはなかったが。


「着替え、あるかなぁ…」


 父重蔵はあまり長身ではない。恵の体格に合う服があるか、考え込みながら父の部屋へと向かった。



 *



 言われた通りに着物を脱ぎ、扉を開けると湯気が薄く自分を包む。そこまで広くはないスペースだが、きちんと整頓されていて清潔な入浴施設といえた。

 恵は秋葉の言われた通りに頭と身体を洗い、先程教えてもらったシャワーとやらで身体を流した。まるで汚物のように扱われたのは心外だが、確かにいい香りがして清潔な気はする。そのタイミングでいい具合に風呂に湯が貯まったので、足先からゆっくりと湯に入った。


「ほう、これはいいなぁ」


 肩までしっかり浸かると、なんとも言えぬ快さだ。確かにこれは素晴らしい。しばらく久しぶりの風呂を堪能しながら、そういえば風呂を大切にする国だったなと思い返す。神々の国でたまに入る程度だったが、習慣化してもいいかもしれない。風呂の外から秋葉の声がかかった。


「……あの、父の着ていた着物があって、たぶん丈は足りないと思うんですけどタオルと一緒に置いておきます」

「うむ。どうした、入って良いぞ」

「入りません……」

「なんだ、遠慮して入らないのかと思ったのだが。私のことは気にするな。好きに入ってこい」

「いえそうではなくて…!!」


 扉の向こうで秋葉はもじもじした様子だった。

「あの……め、恵様は男性のお姿、ですよね。私は女なので、男性の裸を見るのは恥ずかしいです…」

「恥ずかしい?そういうものか」

「はい、恥ずかしいです」

「…………」


 人間の女というものはこんなものだったか。恵は長い記憶を巡らせた。神々の間では着物は着ているが、恥ずかしいとかいう気持ちはない。人間はそうだったか………


「あの、今質問タイム!いいですか?」

「今か?このまま?……まぁよいが」

「では」


 途中で秋葉は遮って(もしかしたら大分長い間考えていたのかもしれない)、風呂の扉の外に座る気配がした。


「今まで草苅が代々お世話をってことでしたけど、それは何年前からなんですか?」

「ふーむ。いつかはもう覚えておらんな。長く生きすぎて、記憶もかなりあやふやだ。もう何十人にも世話になった」

「では、私がすることといえば……ご飯を東神社に持っていけば?他には…その、神主さんとかは」

「あの神社は小さいから固定の神主はいなくてな。山向こうにある別の神社から、定期的に神主が来ている」

「では、神主さんは恵様のことをご存知なんですね?」

「いや。神主には私は姿は隠しておる。私が実体としてあの東神社にいることは、草苅の家の者しか知らん」

「そういうものなんですか?」

「神が実体としていると分かると、何かと不都合なこともあるだろう。他の祀られている神もそうだな。住むところがどこかにあり、世話役の家系がある。そこにすべての願いが集まってくる。神主などに知られると何かと頼まれるから面倒でいかん。信頼のおける家と個別に契約を交わしているんだ」

「では、私がすることはご飯だけですか?」

「そうだな。大体飯と、世間話だったり、衣を繕ってもらったり。身体を拭いてもらうこともあったが……」


 扉の向こうで秋葉が硬くなる気配がした。まぁ秋葉の様子を見ていると、若い女性に頼むのは酷かもしれない。


「まぁそんなところか」

「分かりました。ではご飯はお持ちしますね。…白米と味噌汁」

「頼む。私からもお前に聞いても良いか」


 扉の向こうの秋葉は、こちらに背を向けて座っている。扉越しにうっすらと長い黒髪、白い衣服の姿が透けているのを眺めながら恵は口を開いた。


「……父上のことは、本当に残念だった」

「………はい」

「不自由はないか。お前は今どのように生活しているんだ。何歳になった」

「私はーーー」


 扉の向こうで秋葉が考えているような節だった。不思議と、お互いがはっきり見えないのに分かる。


「今、22歳になったばかりです。大学に通っていますが、もうすぐ冬休みですし来年の春には卒業です。卒業後は、隣町の中小企業に就職が決まっています。大体朝起きて、昼から夕方までは出かけて、夜には帰ります」

「ふむ。金はどうしている」

「父が残してくれたお金がありますし、バイトをしています。学費も払い終わって、来年春からは働けるので困らないと思います」


 秋葉の声が少し震えた。


「父が、………お父さんが、思ったよりたくさんお金を残してくれてます。私の将来や、結婚の時も考えて…貯めてくれていたみたいです」

「ふむ。本当によい父上であったな。友人や生活に困りはないか?」

「友人は小中高大と地元なので、この辺りに住んでますが…就職で都会に出る子が多いですね。学生生活も楽しくて、もちろん喧嘩や色々ありましたけど。楽しかったです」

「……そうか」


 ふっと、笑みが自然に溢れた。


「お前が幸せなら、よい。私はそれを願っていた」

「……はい」


 秋葉も笑う気配がした。


「恵様は、東神社で一日何をしてるんですか?」

「私か?何もしない」

「…なにも?」

「ああ。私はそこに存在するだけだ。皆は願いを私に話しかけるが、私はほとんど聞いていない。全て聞いていたらきりがないからな」

「……きりがない?」

「恵比寿と祀られたものに対して願われたすべての願いは、常に私のところに届いてくる。願っている人の顔や人生なんかも…知ろうとすれば分かるな。願いを叶えてやりたいと思ったら、叶うように祈ったり手助けをすることもあるが…あまりしない」

「どうしてですか?全て聞いてあげたほうが皆幸せになれるのでは?」

「そう簡単ではない」


 息をついて、さらに深く湯に沈んだ。


「人間の欲望は後をたたない。私は商売繁盛の神だと言われるが、すべての願いを聞くことは人間の自立した生活を損なう」

「損なう?」

「本来ならばあるべき姿より多く、よく、あるいは少なくすることはできない。例えば、お前がもっと不細工になりたいとする」


 扉の向こうで秋葉が息を呑む気配がした。


「なっ、ななななんですかその願いは!なんで不細工!?」

「?お前は今充分綺麗だから、それ以上綺麗にと願うことはなかろう」

 秋葉が言葉に詰まっている。えっ、とかなにかもぞもぞと言っているが、恵としては真実を言っているつもりだ。


「だからまぁ、そう願ったとしても、人間の姿形を変えることはできない。…………しかし、願うことはできる。お前が不細工になるようにな」

「なんかすごく嫌な例えですがよく分かりました」

「そうして私が願ったことは、万物に働く。万物も私の願いを聞くとは限らないが、そう、お前が不細工になるように働くかもしれない」

「不細工嫌です綺麗にしてください!」


 抗議の声をあげる秋葉は、座ったまま頬杖をついているようなのが分かる。そう言われてもこれ以上綺麗にというほうが無謀な気もするが。


「じゃあ今も、恵比寿様への願いはずっと聞こえるんですか?」

「聞こえるぞ。別にあの場所にこだわる必要はない。私は私だ。ただ居場所として東神社があるだけでな。あそこは小さいから、直接参拝に来る者がいれば観察したりもするが………まぁ、ほとんどは、海を眺めている」


「それって………寂しくないですか?」


 秋葉の言葉に時が止まった。


「毎日あの狭い暗いところで、海を見て、いろんな声を聞いて…………一人ぼっちで。すごく、寂しいような気がしました」


 寂しい。

 考えたこともなかった。いつからか分からないほど昔から、それは当たり前だったから。世話役ができても、ここまで深く話したのは秋葉が初めてかもしれない。

 今こうして湯に浸かり、お互いの話を聞きながら温まる時間を過ごした後だとーーー寂しい、と感じるのか。あの社で、一人で、海を見る。それが普通だったから。


「はは、そんなことを言われたのは初めてだな。いくら世話役でも」

「ごめんなさい……何かおかしいことを言いましたか?」

「いや、そんなことはないぞ」


 充分に温まったので、恵は湯船から立ち上がった。その気配に「あ、タオルあるので拭いてください」と言って秋葉が立ち上がるが構わず風呂の扉を開けた。

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