第一話 お父さん
登場人物
草苅秋葉
22歳の女子大生
十日恵
恵比寿様の姿。普段は東神社に実体を置いていて、草苅家が世話役として身の回りの世話をしていた。
秋葉は、家の片付けをしていた。
父は元気だった。仏壇の写真は、父草苅重蔵が朗らかに笑っている。あっという間だった。
脳卒中で倒れて、秋葉が病院に駆けつけた時は意識はなかった。そのままだった。近所のおばさん達が手伝ってくれて、なんとかお葬式をあげた。
秋葉が20歳になったときに、いざというときのために父が色々と話してくれた。お金のこと、キャッシュカードや保険のこと、そして自分が養子であること。
養子なのは薄々勘付いていた。母の存在があまりにもなさすぎる。父は独り身で、それでも自分のことを一生懸命可愛がって育ててくれた。
「お父さん………」
仏壇の写真は笑っている。がんばれ、秋葉。そう言われているような気がした。
「お父さん…寂しいよ……私、一人ぼっちになっちゃった」
「なんだ、落ち込んでいるのか」
「…………!!!???」
一人だと思っていたのに急に男性の声がしたので、秋葉は文字通り飛び上がった。振り返ると、背後のソファーに細身で長身の男性が座っている。
黒髪に、漆黒の瞳が鋭い。何より奇抜なのはその服装だった。着物だろうか?海のような、夜のような色の着物を纏っている(着ているという表現は似つかわしくない)。
「どっどどどどどなたですか!!??」
「お前の父上に会いに来たんだ。知り合いでな」
こんな知り合い、いた?絶対知らない。
そもそもこの東町は小さくて、皆が皆お互いの家族構成まで知っている。こんな人がいたら、22歳の秋葉が知らないはずはなかった。
「父上は残念だったな。突然だった。気持ちは察するが………様子を見に来てみた」
「ありがとうございます。……あああああのあの………どういうお知り合いですか……?存じ上げなくて……えっ、誰?」
最後はほとんど素である。初対面なのに失礼だが秋葉はパニックだった。
「はて、その様子だと父上から聞いてないか?」
「聞いてません!!もうビックリするじゃないですか!インターホン鳴らしてくださいよ!」
秋葉の言葉に、男は心底不思議そうだった。
「いんたーほん?何だそれは」
信じられない。秋葉は怖くなった。鍵はかけてなかったっけ。一人だと思っていたのに知らない男性がいたら、普通の反応だと思うのになぜこの人はこんな冷静なんだ。
「まぁ、よい。お前秋葉だろ。泣いていたのか」
男が立って、急に秋葉に近づいてきた。滑らかで流れるような所作。なんだか人間離れしている。
「えなんで名前…………」
そう思ったのも束の間、男は秋葉の頭を両手で掴んで、親指で少し乱暴に秋葉の両眼をぬぐった。
「いっっっ、いやーーーー!!!!!!!」
わざわざぬぐわれなくても、涙なんて止まっている。
*
綺麗になったな。
それが第一印象だった。幼い頃はたまに神社に遊びにきていたが、成長してからはとんと見かけなくなった。
黒髪は長く、目が大きくて紅葉のような色をしている。これは人間の中でもかなり美人なのではないだろうか。恵はなんとなく誇らしげだった。
「そんなに怯えなくてもよかろう」
「怖いですよっ!!!」
そんな秋葉は恵から距離をとって、一応の礼儀としてかお茶をサっと目の前に置いた。不服だが喉は渇いているので遠慮なくいただく。
「草苅家は、代々私の世話役を務めてくれていた。父上からは、お前も大学を卒業したら一緒にやるつもりと聞いていたんだが……まさか何も知らなかったとはな」
「あの世話役って、なんですか?あなたは誰ですか?」
秋葉は不審そうだ。しかし全く知らないのならば仕方ない。恵はため息をついた。
「知ってるだろう東神社。私はそこに住む恵比寿だ。そして、草苅の家の者が代々私を世話することになっている。大昔からの取り決めで、まぁすることといったら神社の手入れや草刈りや、たまに私に食事を持ってくるくらいだな。父上は毎日来てくれていたが、頻度は任せる」
「…………えびす?」
秋葉は考え込んだ。恵比寿は知っている。確かに東神社は恵比寿を祀っていたような気がする。興味がないから覚えていないが………
「恵比寿様って、あの小さくてぽっちゃりしたおじさんじゃないの?」
「まずそこか」
恵は少し憮然とした。
「あれは空想の絵だからな。そもそも神なんて人間は普通見えないだろう」
「でも何であなたのことは見えるんですか?」
「神だからな。誰に姿を見せるかくらい選べる」
「ではあなたは人間ではないの?」
「如何にも」
「恵比寿はあなた一人なの?全国に神社あると思うけど」
「神が何人もいてどうする。恵比寿は私一人だ。私宛の願いは私のところに集まってくる」
「…………」
全然納得しなさそうな顔で、恵は少し楽しくなってきた。先代世話役はこんな説明なくとも分かっていた、恐らく先先代から聞いていたからだ。今までもずっとそうだった。今までこのやりとりが草苅の家で続いていたのだろうか。
「神というのは、この国では様々存在する。山の神、海の神、太陽の神。自然なものでなくとも、この国では物でも人でも、神と考え崇める風習がある」
「……それは、わかる気がします」
「私は恵比寿として神社に祀られている。だから人々の願いを聞くために実体としてこの世界にいる。大きい神社もあるが、実体を置くならあまり目立たない神社のほうが何かと都合がいい。何百年前だが、ここにいることを決めた」
「………はい」
「そして、私という神の概念は全国の神社にある。だからそこで願われたことは私のところに集まる」
「……………」
「全ての神々が祀られているわけではないから、実体のない神もいる。あいつらは神々の世界でのんびりやっているがな」
「……………」
難しい顔をして秋葉が黙り込んだ。
「難しく考えるな。全てのものに神はいる」
「………すみません」
秋葉は納得はしていなさそうだが、一応は理解した表情をしている。
「……お父さんが死んじゃって、一人で、もちろん近所の人たちがとてもよくしてくれるけど、寂しくて……たくさん、たくさん色々してもらったのに、何も返せなかった…」
「……秋葉」
「なんでお父さん死んじゃったんですか!?神様なら生き返らせてよ!!できるでしょ!?世話役とか言うなら、死なないようにしてくれればいいじゃない!病気だって治してよ!!!!」
秋葉はまた目に涙を溜めていた。なぜだろう。彼女が泣いていると、ザワザワする。
捨てられていた赤子の頃を思い出すからか。
「………それは、できないんだ。すまない」
「神様なんでしょ!?見せてよ!証拠を見せてよ!!!」
秋葉は思っていた。自分らしくない。
そもそも秋葉はあまり怒鳴ったりしない。父の穏やかさを受け継いだと思っていた。父がいなくなった途端、これだ。理不尽なことを言っているのも分かっている。我儘だ。きっと神様にもいろいろあって、生と死とかは、どうにもできないんだろう。なんとなく分かる。
それでも、八つ当たりだと分かっていても、止まらなかった。男の元へ近寄って、彼の胸板を叩いて叫んで、崩れ落ちた。
恵は困ったような顔をして、それでも真っ直ぐに秋葉を見下ろした。
「………すまない。私には何もできなかった。」
「………っ……」
恵はしゃがんで秋葉に高さを合わせ、そっと秋葉の頭を撫でた。
「父上の代わりにはならないが、私はお前のそばにいる。八つ当たりでもよい。吐き出すがいい」
秋葉の涙腺が崩壊した。子供のように泣いて、恵の胸にとびついた。こんなに大泣きしたのはいつぶりだろう。初めて会った人なのに、男の人なのに、違和感はあまりなかった。
なだめるように、恵は秋葉の背中を撫でながら、泣き止むのをずっとまっていた。




