第十三話 病み上がり
登場人物
----草苅秋葉
22歳の女子大生。明るく素直な性格。"居酒屋 たくみ食堂"にてアルバイト中。父が亡くなり、恵の身の回りの世話をしている。
----十日恵
恵比寿様の本当の姿。今まで草苅家が世話役として身の回りの世話をしていたが、秋葉が引き継いだ際に秋葉の家に住み始めた。神社に捨てられていた秋葉の名付け親。
----宍戸拓海
"居酒屋 たくみ食堂"の店長で、巧の名前で動画配信活動もしている。チャンネル登録数10万人。秋葉に好意をよせている。
熱があるときに横になるとぐわんぐわんと世界が揺れる。だからと言って立つとふらふらするので横になっておくしかないのだが、眠っているのかいないのか、狭間で意識が揺れ動いていた。
(…………今、何時かなぁ)
枕元にあるポカリをとろうと手を伸ばしたついでに時間を見ようと身体を起こす。薬が効いたのか、昼間よりも少しマシになっている。
「どうした」
突然声をかけられて、声のした方向を見る。恵が勉強机の椅子に、脚を組んでかけていた。
「………何してるんですか…」
力なくポカリをとって、なんとか口にする。飲みこむと、水分が全身に行き渡るような感覚がしたが、その刺激で咳がでた。
ゴホッ、ゴホと咳をしていると恵が秋葉の布団の側に膝をついた。骨ばった大きな手が、背中をさする。
「あの男に、お前をちゃんと見ておけと叱られたからな」
声の調子は少し不貞腐れていた。
「………!そうですよ、なんで姿見せたんですか…」
「文句を言うのはこっちだ。簡単に部屋に入らせようとしていた。あいつはお前のことが好きなんだろう、気持ちが固まってないのに隙を見せるな」
「…………」
確かにそう言われると何も言い返せない。頭も回ってないので、ポカリのペットボトルの蓋を閉める。恵がペットボトルを受け取って、また枕元に置いてくれた。
「………はい」
「なんだ、えらく素直だな」
大人しくまた布団に潜る。
「………熱が出ると心細いというか、寂しいというか…。前、お父さんが生きてた頃は、よくうどん作ってくれました」
「そうか」
「……それを思い出しちゃって。店長が作ってくれたお粥はとても、美味しくて。でも、やっぱり、お父さんのうどんがおいしかったです…」
両手を上に上げて、恵から顔が見えないように目の上で組んだ。
「…そう、思っちゃう自分はひどいかなって。せっかく、来て、気にかけてくれたのに……。なんか違うなって…」
恵は黙って秋葉の話を聞いてくれている。
相槌も何もないのに、心の底の言葉がすらすらと出てきた。
「私がいやなら配信もやめるって………そんな言葉ききたくなかった。私が、いやなわけないのに。そんな嫌なこと言う女だと、思ってるのかなって……」
すみません、ぐちゃぐちゃです…と最後に付け足すと、頭の上にふわっと恵の手が乗る感触がした。
「……今はあまり深く考えるな」
確かにそうかもしれない。身体がきついので悲観的な部分もあるだろう。
「………で、なんで姿見せてたんですか」
「…………気分だ、気分」
「絶対変に思われましたって。恵様はただでさえ人間っぽくなくて偉そうなんだから」
「失礼だな」
「もしかして………心配とか、してくれたんですか?」
「そんなんじゃない」
恵はふいっとそっぽを向いた。顔が見えなくなる。
「………俺は普段お前に面倒をかけている。恩義を返すのは俺だろう」
「やきもちみたいなこと言いますね」
俺って言うの珍しいな。
そう思うのも束の間、「病人は早く寝ろ」と頭を軽く小突かれて、はぐらかされたような気がしたけれど。嫌とは思わなかった。
*
風邪はお粥を食べて横になっていたら1日で治り、さらに念の為もう1日バイトを休んだ。その次の日はシフト上もともと休みであり、父のこともあって最近休みすぎたかなと思う。
ちなみに、その休みの間は卒論に集中でき、焦ることはないくらいに筆が乗った。
恵はといえば、家のことを何もできないのを反省したらしい。しかし何やら火は苦手で近寄りたくないようで、ひとまず洗濯物を干すところから教えてみたら、不器用そうにハンガーを使って干していた。難しいだの文句は言っていたが、手伝おうという意思はとてもありがたいので、少々大袈裟なくらいに褒めたら得意げだった。秋葉の下着は事前に回収しておき、他は干してもらうことにしている。
そんな休みを過ごして久しぶりの出勤。
店長は、恵のことは何も言わずに秋葉の身体を心配してくれた。
居酒屋たくみ食堂は、基本的に17時からの営業である。
秋葉も最初は17時から勤務という条件でバイトを始めたが、料理ができることから店長にスカウトされ、都合がつく日は早めの昼過ぎから、仕込みや開店準備などを手伝っている。
「悪いねーいつも作ってもらっちゃって」
と笑う店長はいつも通りに見える。
店長はパソコン仕事をするときは眼鏡をかけている。いつもは奥の部屋でしているが、今日は客席でカタカタとキーボードを打っていた。
秋葉はというと、客席の正面のカウンターでたたききゅうりの仕込みを手伝っている。
「いえー、全然!店長秘伝のレシピが知れるので楽しいです!そういえば、お粥作ってもらったの美味しかったです」
「そうでしょー。俺お粥は自信あんだよね。妹がちっちゃい頃によく作ってあげたりしてさ」
「へー!優しいお兄ちゃんですね。お粥じゃなくてもおいしいですけど」
店長は、秋葉の言葉に照れ笑いをしていた。
「ま、昔から家で料理してたからね。だからこうやってお店をもってるわけだけど!」
そう胸を張った店長は、なんだか誇らしげだった。
「………そういえば、店長」
「ん?どしたー」
「あ、あの、先日の件ですけど………」
秋葉はきゅうりを乱切りしていたが、少し手を置いた。店長の、普段はざっくばらんとした親しみやすい空気が少し緊張するのを感じる。
「……あぁ、うん」
「私、まだ店長のことをよく知らないなと思って。配信してるのもびっくりしましたし、プライベートなこともよく知らないし。妹さんの話も初めて聞きました。だから、よく分からないんです」
「あーそっかぁそりゃそうだよね。年もちょっと違うしな、イメージしづらいよな」
「だからお互いを知る機会が必要だと思って、デ、デート、しませんか?」
「…………マジ?」
店長はじっと秋葉を見ている。秋葉も半ば睨みつけるような気持ちで真っ直ぐと店長を見た。
「まじ、です」
「うわーーーーーよかったぁ俺フられんのかと思ったーーーー!」
いきなり店長が大声を出して、椅子に背を預けるように天井を仰いだ。
「ありがとね、考えてくれて。もちろん草苅ちゃんがよければ、いこうよ、デート。あっ、こういうのって俺から誘うべきだよね、ごめんね!?」
あたふたする店長に思わず笑ってしまう。
気まずい空気にならないのは、店長の人柄によるだろう。




