第十一話 熱
登場人物
草苅秋葉くさかりあきは
22歳の女子大生。明るく素直な性格。"居酒屋 たくみ食堂"にてアルバイト中。巧チャンネルのファン。
十日恵とおかめぐみ
恵比寿様の姿。草苅家が世話役として身の回りの世話をしていたが、秋葉を心配して同居中。
宍戸拓海ししどたくみ
"居酒屋 たくみ食堂"の店長で、巧の名前で動画配信活動もしている。チャンネル登録数10万人。秋葉に好意をよせている。
「好き」
そう掠れた声で、しかも秋葉の好きな声で囁かれたのが頭の中でリフレインしている。
バイト先の店長から告白されてしまった。
思い出すだけで恥ずかしくて、両手で顔を覆った。あれからは気まずくなって、他の店員も来たのでなぁなぁになって、そのままシフト終わりに帰った。店長はというと、平然と「お疲れー」と言っていた。
しかも彼が好きな配信者だったなんて、誰にも相談できない。
「あぁ〜〜〜」
恵のことも気になるし、店長のこともあるしで卒論が進まない。気分を変えようと秋葉が自室を出ると、リビングで恵がソファーに寝そべっていた。日本酒が気に入ったのか、猪口を片手にテレビを見ている。
「…どうした?卒論とやらをやるんじゃなかったのか」
「そのつもりなんですけど、進まなくて」
溜め息をつきながら、ケトルに水を入れてお湯を沸かした。
「恵様、お茶飲みます?」
「うむ」
二人の生活を始めてしばらく経って、お互いのペースが掴めてきている。
朝は、恵は食事をとらない。秋葉が大抵パタパタと動いて準備をしているのを眺めている。
昼間から夜は別々に過ごす。一度聞いたら、神社にいた頃から暇なのは慣れているそうで、人間から届く願いをひたすら聞いたり聞かなかったりするらしい。
夜は秋葉が夕食の支度をするのもまたじっと観察して、一緒に夕食。その間にお風呂を沸かし、順番にお風呂。そのあとは一緒にテレビを見たりすることもある。眠くなったら各々自室に帰り、就寝。
最初はなんだか身構えていたが、距離感は結構心地よく、思っていたよりも楽であった。なんなら神社に通っていたりしていた父の方がよっぽど大変だっただろう。
お茶を湯呑みに注いで恵の前に置き、秋葉は自分の湯呑みを持ってソファーの前の床に座った。
「どうした、何か悩みでもあるのか」
だらしなくソファーに寝そべっていた恵は、起き上がってソファーに座り、湯呑みに口をつけた。
「えっ…………、分かります?」
「まぁ。何やら悩みを抱えているのは分かるぞ。言ってみろ」
「恵様には分からない悩みだと思いますが」
「それでも秋葉の悩みなら聞く価値はあろう」
あまりにもさらっと言われるのに、なんだかくすぐったい。多分理解はされないだろう。けれど、話すことで自分の考えもまとまるかもしれない。
秋葉は意を決して口を開いた。
「………実は、バイト先の店長から、す、好きって言われて………」
「…………」
恵は黙って、少しびっくりしたように秋葉を見ている。
「し、しかもあの、前見せた配信、あの推しって言った人がいたじゃないですか。その人が、店長だったんです…」
「ほら、だから名前が一緒だと言っただろう」
恵が溜め息をついた。
「……何も悩むことはないだろう。好いた相手に好きと言われたんだろう」
「すっ、好いたっていうか……。なんていうか恋愛じゃないんです。声とか性格とかは好きだし面白いけど、それと店長が結びつかないし、店長をそんな目で見たことなかったし…」
「ほう」
「巧のことは遠くから、ファン達と一緒に応援する距離感だったから。いきなり店長って分かって、逆に距離があいちゃったような気がします」
恵は以外にも黙って秋葉の話を聞いてくれていた。てっきりくだらんとかバッサリ切り捨てられるような気もしたが、さすが神様である。そういえば悩みを聞くことが仕事なんだった。
「じゃあ今からゆっくり確かめればいいのではないか。秋葉はまだ若い。急ぐことはないのではないか」
少し驚いて秋葉が恵を見上げると、恵はふっと目を逸らした。
「その男がそれを待てないような人間ならそれまで。私の世話人をその男にはやらん」
なんだか親のようなことを言われて、秋葉はぷぷっと吹き出した。
「…なんか、お父さんみたい」
「同じようなもんだろう。保護者だ保護者」
「ご飯とかお世話は私がしてますけどね!」
ふん、と言うと恵は無言だった。顔はむくれている。
うらうら、と恵の頬を人差し指でつんつんとつつくと睨まれた。調子に乗りすぎただろうか。
「ーーーそれがお前の役目だからな」
ハッとした。
恵がここにいるのは、単に秋葉が世話人の家にいる唯一の人間だから。本来なら別々に住んでいるし、そもそもこんなに関わることもないだろう。
世話人だから、楽だから、ここにいるだけ。
そう思うと、心に暗い影が落ちた。秋葉が特別なんじゃない。草苅秋葉だから特別なのだ。
「私、よく考えてみます…!話聞いてもらってありがとうございました」
慌てて立ち上がって、自分の湯呑みを持って自室に戻る。恵の顔は見られなかった。自室に入り、ばたんと閉めた扉に寄りかかった。
「………なんか、かなしいの、なんでだろう」
急に寒くなってきた。ぞくぞくとする。
秋葉はぬるくなったお茶を飲み干す。お茶はぬるくて少し渋かった。
*
寒いと思ったら、風邪を引いたらしい。
翌日、秋葉はぐったりと布団にくるまっていた。ここのところ急に寒くなって、寒暖差もあったせいだろうか。頭が重く、身体がだるい。測らなくても熱があるのが分かる。
時計を見ると朝9時だった。
「………バイト、休まなきゃ」
スマホを手繰り寄せて、店長にLINEを送る。
『すみません。風邪をひいて熱があるようなので、今日は休ませてください』
返事はすぐにきた。
『了解。大丈夫?気をつけて』
気まずいような、助かったような。そのタイミングで、秋葉の部屋の扉がガラッと開いた。
「秋葉?今日は遅いがどうした」
「………風邪ひいたみたいで…すみません…」
自室の入り口には、深い闇色の着物を纏った恵が立っていた。自分の声は思ったよりもしっかりと鼻声である。「体調悪いのか」と言いながら恵が近づいてきて、布団の傍に胡座をかいて座った。
大きな手のひらが伸びてきて、額に乗った。冷たくて気持ちいい。秋葉は目を閉じた。
恵は溜め息をついた。
「………全く。父上が亡くなったばかりだというのに無理するからだ。ゆっくり寝ておけ。私のことは気にするな」
「はい………」
大人しく目を閉じると、恵の手のひらがゆっくりと頭を撫でた。はぁ、気持ちいいな、安心する。
やがて、恵が部屋から出ていく気配がする。目を閉じたまま、身体のだるさが抜けていくのを待とうとゆっくりと眠りについた。
ピンポーン
どのくらい経ったか、インターホンの音で目が覚めた。ゆっくりと身体を起こすと昼前だ。頭がズキズキと痛く、朝よりも熱は上がってそうだ。少し何か食べて薬でも飲みたいが、食欲がない。
(水分くらいはとらなきゃだよね…)
ゆっくりと起き上がり部屋から出る。
長い廊下の先に玄関がある。インターホンに応答しにいくより、直接玄関に行った方がいいだろう。ふらふらと秋葉は玄関に向かい、「は〜い……」と弱々しく扉を開けた。
「っ………草苅ちゃん、大丈夫!?」
「え………店長?」
玄関に立っていたのは店長だった。トレーナーにジーンズ姿で、出勤前だろう。手にはビニール袋を提げていた。
「ごめんね、急に来ちゃって。一人だから色々不便だろうと思って、差し入れ。………大丈夫?」
「ありがとうございます…」
だめだ。頭が痛い。ふわふわする。
「とっ、とにかく横になろう!」
店長が肩を支えてくれた。あぁ、助かる、家には大したものはない………。気まずかったことも忘れ、秋葉は店長に身体を預けた。そこからの記憶は朧げである。




