第5章 噂と沈黙
文化祭当日。
喫茶店風のクラス出し物。
彼女はエプロン姿で、笑顔を作っていた。
その笑顔を、俺は“演技”とは思わなかった。
けれど、“本音”でもないことは、分かった。
来場者の声、シャッター音。
笑顔が撮られるたび、
彼女の頬がほんの少しだけ強張る。
その一瞬の違和感を、俺だけが拾ってしまう。
拾っても、何もできない。
俺の立ち位置は、あくまで練習相手。
“本番”のステージには、上がれない。
昼休み、踊り場で彼女が言った。
「さっき、後輩に告白された」
「……そう」
「ちゃんと断ったけどね」
「そっか」
会話が途切れる。
何かを聞き返すべきなのに、言葉が出ない。
出さない、じゃない。出ない。
心が、変に慎重になっていた。
彼女を失うことよりも、
“この関係の形”を壊すことのほうが怖い。
人を想う気持ちは、こんなにも臆病なのか。
「ねえ、中嶋くん」
「ん」
「本番のとき、怖くないの?」
「何が?」
「失敗とか。笑われるとか」
「怖いけど、慣れた」
「慣れるんだ」
「うん。失敗しすぎて」
「そっか」
彼女は少し笑って、すぐに真顔に戻った。
「私、失敗に慣れたい。だから“練習”って言ってたのかも」
“恋人の練習”なんて、建前だったのかもしれない。
彼女は、自分の完璧さを壊したかったんだ。
壊す練習を、俺としていた。
そう思った瞬間、胸の奥が温かくなった。
でも同時に、それは俺の役目がもうすぐ終わる証でもあった。
放課後、噂を聞いた。
「水城、彼氏できたらしい」
「相手、別のクラスの先輩だって」
笑いながら話す声を、俺は聞き流せなかった。
耳を塞ぐ動作よりも、聞いてしまう選択をしていた。
“知らない”より“痛い”ほうが、まだマシだと思った。
夜、スマホの画面を見つめた。
メッセージを送る理由を探したけど、
“練習”の名目がないと、何も打てなかった。
俺は、まだ言い訳がないと動けない。




